鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

カザフスタンの男と女~Interview with Eldar Shibanov

f:id:razzmatazzrazzledazzle:20191015101730j:plain

さて、このサイトでは2010年代に頭角を表し、華麗に映画界へと巣出っていった才能たちを何百人も紹介してきた(もし私の記事に親しんでいないなら、この済藤鉄腸オリジナル、2010年代注目の映画監督ベスト100!!!!!をぜひ読んで欲しい)だが今2010年代は終わりを迎え、2020年代が始まろうとしている。そんな時、私は思った。2020年代にはどんな未来の巨匠が現れるのだろう。その問いは新しいもの好きの私の脳みそを刺激する。2010年代のその先を一刻も早く知りたいとそう思ったのだ。

そんな私は、2010年代に作られた短編作品を多く見始めた。いまだ長編を作る前の、いわば大人になる前の雛のような映画作家の中に未来の巨匠は必ず存在すると思ったのだ。そして作品を観るうち、そんな彼らと今のうちから友人関係になれたらどれだけ素敵なことだろうと思いついた。私は観た短編の監督にFacebookを通じて感想メッセージを毎回送った。無視されるかと思いきや、多くの監督たちがメッセージに返信し、友達申請を受理してくれた。その中には、自国の名作について教えてくれたり、逆に日本の最新映画を教えて欲しいと言ってきた人物もいた。こうして何人かとはかなり親密な関係になった。そこである名案が舞い降りてきた。彼らにインタビューして、日本の皆に彼らの存在、そして彼らが作った映画の存在を伝えるのはどうだろう。そう思った瞬間、躊躇っていたら話は終わってしまうと、私は動き出した。つまり、この記事はその結果である。

2020年代に巣出つだろう未来の巨匠にインタビューをしてみた! 第3回は中央アジアの中でも躍進目覚ましいカザフスタンから現れた新鋭Eldar Shibanov エルダル・シャバノフに注目!

ここで取り上げる短編"Sex, Fear and Humburger"は男女の関係性についての物語である。主人公はパートナーと一緒に食品の写真家として活動しているのだが、パートナーが外出中にテロの戒厳令が発令、モデルである少女と2人きりで仕事をすることになる……今作は弱く傷ついた男性性が、女性たちから思いや性欲を搾取することで、いわゆるアルファ的な"有害な男性性"として生まれ変わる姿を描いた不穏な作品である。と個人的には思っていたのだが、興味深いことにインタビューを通じて明らかになって来たのは、むしろ監督は真逆の解釈を以て映画を製作していたのではないか?という事実である。という所も含めて、インタビューをどうぞ。

//////////////////////////////////////////////

済藤鉄腸(以下TS):まず何故映画監督になろうと思ったのですか? そしてどのようにそれを達成したのですか?

エルダル・シャバノフ(以下ES):物心ついた時から何かの監督になることは決めていました。最終的な結果をコントロールするにはそうなることでこそだからです。

高等教育を受けている時期、プロダクション・デザイナーのアシスタントとして映画界に入りました。2005年から建築学について勉強していたんです。最初に携わった作品はSatybaldy Narimbetov サティバルディ・ナリムベトフが監督した、膨大な予算の歴史映画"Mustafa Shokay"でした。製作はKazakhfilmです。とても気に入った仕事でした。しかし1年後に世界的な経済危機がやってきて、カザフスタンでは建築業界で危機が起こりました。建築計画の全てがストップし、経験のある建築士すら仕事がもらえない状況になりました。

その時私はアシスタントとして多くの長編映画に携わり、何本かではプロダクション・デザイナーとして仕事をしました。とても興味深い経験でしたね。映画が生起する世界、登場人物たちが生きる世界を作るんですから。コンセプト・デザインに携わる上で、スケッチを描き、装飾や建築の構造を組み立てていきました。建築業界よりもその速度はすこぶる早いものでした。だから素晴らしい建築物やインテリアを作ることが可能だったんです。しかもそこに長く住む人はいない、よくて数か月だけ。何てクールなんでしょうか!

しかしその後、ある1本の歴史映画に長く携わることになりました。村自体を作り上げたんですが、結果としては精巧に組み立てられた美の全てをスクリーンで見ることは叶いませんでした。1年もの歳月をこの映画に費やしたんですが。そこで一部でいい仕事をしても、映画に関する最終決定権は自分たちにないと気付いたんです。そうして私たちは映画人のスタジオARTDEPARTMENT.KZを2010年に設立しました。この時きょうだいが撮影監督になるためカザフ美術アカデミーに通い始め、自分は1年間映画監督になるための勉強を始めました。同じタイミングで、自分にとって最初の映画製作が始まりました。Emir Baigazin エミール・バイガジン監督(紹介記事)の「ハーモニー・レッスン」のヴィジュアル・コンセプトにスタジオとして携われたのは興味深い経験でした。この仕事の後、私たちは最初の短編映画"Dolls Story"を作りました。私たちというのは自分に加えてきょうだい(撮影監督)、母(プロデューサー、脚本家)のことを指しています。

TS:映画に興味を持ち始めた時、どんな映画を観ていましたか? その時期、カザフスタンではどんな映画を観ることができましたか?

ES:映画に恋に落ちたのは2000年代前半、両親が映画チケットを買うためにお金をくれた頃です。ソ連崩壊後の90年代はとても難しい時期でした。その前にはTVで映画を楽しんでいましたが、映画館でやっとスクリーンで皆と一緒に映画を観ることの魔術的な魅力を知ったんです。映画館で最初に観た映画はハムナプトラ2/黄金のピラミッド」でした。13歳の私はとても喜びました。あの特殊効果全て、興味深い物語、愛について。そして冒険映画やファンタジーを観るようになりました。例えばロード・オブ・ザ・リング」「ハリー・ポッター」「ジュラシック・パークⅢ」……

その頃、母は映画監督/芸術家/アニメーターとして2度目の教育を受けることになり、彼女と今までとは全く違う芸術映画を観るようになりました。ヨーロッパ映画アメリカ映画、ロシア映画。興味深い作品ばかりでした。大部分理解はできなかったですが、イメージや意味について考えるようになり、脳みそに溜まっていきました。

今、カザフスタンでは何でも観ることができます。幸運なことに、インターネットや配信サイトがありますから。映画館について語ると、ここで公開される50%以上の作品がハリウッド映画です。ヨーロッパ映画は少し。カザフスタン映画は週に1,2本公開されます。ここ3年はインディーズのカザフスタン映画界は躍進を遂げているんです。大部分はロマンティック・コメディですが、監督たちは犯罪もの、ホラー、スリラーなど他のジャンルにも挑戦しています。

TS:短編"Sex, Fear and Hamburgers"の始まりは何でしょう? カザフスタンの現状、男女についてのあなたの考え、またはあなたの実体験でしょうか。

ES:今作の始まりはある少女との出会いで、彼女は多くの物事に関する私の態度を変えてくれました。彼女と過ごした時間は短かったですが、新しい形で多くの事を見られるようになったんです。

さらにNYFAという4週間の映画製作ワークショップから帰ってきたことも関わってきます。つまり自分はカザフスタンに帰ってきて、そこで数本の物語を綴り始めました。その頃は2年間何も撮影していない状況だったんです。自分たちはある問題に直面していたんです。前作が映画祭で評価されませんでした。おそらく短編としては長すぎた、もしくは平凡すぎたか才能がなかったか、そう考えました。

中編映画の1本は"Last Real People"という題名の作品です。サハリン国際映画祭と共同で撮影を行いました。日本諸島に住んでいたアイヌ人たちを描いた作品でした。しかし上映時間は35分で、そのせいで映画祭への道が閉ざされてしまいました。なのでもっと短い短編を作ろうと決めたんです。良い物語を作り、洵美も万端にしようと。失敗したら、いわゆる芸術映画は自分たちのためのものじゃないと。なのでプロダクション・デザインや特殊効果を変える必要がありました。こういった社会における芸術家の役割について、そして自分たちの能力をめぐる不安定さについての考えが今作の基礎にはあります。

作り手として、性的な関係と自己欺瞞についての自分の経験もまた今作の構想源の基礎にあります。自分は5ページの短編小説を書いて、Juliya Levitskaya ユリヤ・リヴィツカヤが脚本化を助けてくれました。

TS:映画に関連して、カザフスタンの現状について知りたいです。今作の冒頭でテロが起き、それが主人公の未来に大きな影響を与える様には驚かされました。実際、カザフスタンでテロは頻繁に起こっているのですか。今は危険な状況なんでしょうか?

ES:あのテロは思い出せる限り初めて起こったテロでした。その前は、ニュースを通じ他国で起こる事件をただ眺めるだけでした。それが実際に私たちに起きた訳です。とても恐ろしかった。麻痺に陥り、何をするべきなのか全く分からないんです。あの時思いましたよ――クソ! 今からここで、僕の故郷で地獄絵図が繰り広げられるんだ!と。

この事件では、1人の男が都市を彷徨いながら警官たちを撃っていき、現実をテロ以前と以後に分けてしまいました。これは私たち誰にでも起こるのだと思い知らされました。そして私は自分の不安定さを実感することになりました。その一方で生の喜びがもっと鮮やかに感じられるようになり、テロが頻繁に起こる地域への共感も目覚めたんです。

危険な状況かについてですが、それは大丈夫です。あの事件は単発的なもので、カザフスタンは平和です。もちろん犯罪は起こっていますけどね。例えばスリだとか強盗だとかは世界の大都市と同じく。ですかこのテロ行為は最も大きな出来事でした。

f:id:razzmatazzrazzledazzle:20191015101639j:plain

TS:とても興味があるのは男性主人公の性格についてです。男として、彼は無力で弱いと感じています。彼の心は深く傷ついているんです。それが1人の少女との短い邂逅によって、彼は男性的で不穏な場所へと辿り着くこととなります。彼の性格や変化について、脚本上ではどのように描いたんでしょうか?

ES:その言葉はとても正しいです。彼は弱い存在です。その弱さの源は恐怖と優柔不断さです。何か間違ったことをしないかと不安なんです。これが彼のビジネスパートナーをイラつかせる訳です。彼女は強い女性で、より強い男性が隣にいて欲しいと思っています。あの少女は男性に間違えることを恐れるべきではないと教えます。生きるためには挑戦することが必要なんです。1つの手段で機能しなかったとしても、求めた結果に辿り着くためには他の手段もたくさん存在するんです。

TS:前の質問に関連するのですが、今作において男性性はとても重要なテーマだと思われます。主人公が育んでいる男性性は傷だらけで繊細なものです。彼はこの傷ついた男性性を変えるために行動します。今作における男性性の描き方について詳しく教えて頂けますか。

ES:ええ、彼は男性性について問題を抱えています。私が思うに、これは私たちが住む社会の傾向なんです。強い女性たちの世界にいる弱い男性たち。女性たちはここにおいて本物のアルファなんです。彼女たちに決定権があります。主人公はパートナーと仕事をしていますが、彼女が決断を下します。彼女がボスなんです。最初の場面で主人公が大きな計画を立てていることが描かれます。彼はそのために道具を買った訳です。しかしパートナーであるラウラがその試みを阻みます。彼女自身は主人公が自分で勇ましく何かを決められる時が来て欲しいと願っているにも関わらず。

男は勇気を持ち強くあれという規範が公共には存在します。それが彼らに多くのプレッシャーを与えるんです。しかし文句を言ったり泣いたりすることを考えてはならない。結局のところ、男というのは泣かないんです。

TS:こういった力強いテーマは主人公を演じた俳優Chingiz Kapin チンギス・カピンのおかげで、更に強いものとなっています。どのように彼を見つけたんですか? どうして彼を今作に起用したんですか?

ES:彼とは長い間とても良い関係にあります。彼はアーティショック・シアターに所属しているんですが、映画やTV番組で仕事をしています。オーディションに彼を呼んだんですが、その時は有力候補が2人いました。

彼は俳優として興味深い有機的な側面を持っています。多くの監督は彼を積極的で自信に満ちた人物、もしくはすこぶる狂った人物に起用するんですが、私には彼がとても控えめな魂の気質を持ち、偽りに溢れた人物であるように見えました。ですからこの主人公のような役を与えたかったんです。それで彼を起用しようと決定しました。

これは完璧なプロの俳優たちと仕事をする最初の経験でした。インディー的な製作環境で多くのストレスも生まれました。俳優たちはとても忙しく、準備や撮影を計画するのがとても難しいんです。彼らに生計を立てるための仕事を断れとは言えませんからね。ですが今作はノーギャラで引き受けてくれました。とても感謝しています。リハーサルは1週間だけしかできなかったので、3人の俳優たちが劇場で舞台をこなしてくれていることはとても助けになりました。

TS:あなたは男女の間に横たわる複雑な空気感を創り出すことに長けていますね。ぎこちない時もあれば、不穏な時もある空気感です。セットにおいてはどのようにこの空気感を監督していたんでしょう?

ES:ありがとう。思うにそもそも男女の関係性とはこういうものなんです。奇妙で興奮に満ち、馬鹿げて悲劇的、それが1度に起こると。歴史におけるこの関係性を自分は描きたかったんです。こういった状況の数々がトーンを決め、リハーサルにおいてはこの感情の嵐をどう描くかについてベストを追い求めました。

まず読み合わせがあります。それから空間や登場人物間の交流について理解を深めていきます。自分は俳優たちが仕事に心地よさを感じる環境を作ろうと努力しています。その一方で、既に証明されたごく普通の感情に揺さぶりをかけてやろうとも狙っているんです。例えばセットにおいて、周到に準した上でベッドシーンを撮影することになります。少女役の女性が主人公の上に跨っていたんですが、それをビデオで見ていて胸を露出する必要があると思ったんです。自分は撮影中に実験したくなるタイプの監督なんです。それはとても親密なもので、議論はしませんでした。ですが露出は必要だと思ったんです。テイクの間、服を脱いでくれと言いました。彼女は止まって数秒の沈黙がありながら、撮影は続行されます。彼女のせいで地獄に送られるなと感じていました。しかし彼女は自分の方を向いて少し躊躇いを見せた後、服を脱いでくれました。それがよりよい空気感を作ってくれました。その後には謝罪をしました。つまり、監督からの計画にない修正は俳優にとってストレスなんです。特にこういう状況は。彼女の素早い判断と役への没入には感謝しています。

親密な空気感については完全に忘れていました。誠実であると同時にスクリーンで裸になれる女優を見つけるのはとても難しいです。女優の多くは、オーディションでこの場面の脚本を読んだ時言ったんです。とても興味深い物語だけど、自分にはできない、ここはカザフスタンでベルリンではないからと。今作を撮影した後にもカザフスタンで生計をためるために女優として仕事しなければなりませんからね。ですから私を、そして私のヴィジョンと趣味嗜好を信じてくれた俳優たちには感謝しなくてはなりません。

TS:現代のカザフスタンにおいて、もしくはこの世界において、男女の関係性はどこへ向かうとお思いですか?

ES:私としては、時代を通じて培われてきたロールモデルというもの――女性は従属的で優しくあるべき、男性は強くあらねばならない――について人々が積極的に議論を始めたことをとても嬉しく思います。これに関して誰が誰に責任を負っているとかそういうことはないように思えます。人間はみなユニークです。性格と社会の関係性、これこそが大切な問題なんです。私たちは現在準備中の長編映画でこれに関する考えを深める予定でいます。

TS:カザフスタン映画の現状はどういったものでしょう? 外から見るとその状況は良いものに見えます。例えばロカルノSharipa Urazbayeva シャリパ・ウラズバイェヴァヴェネチアEmir Baigazinとあなたなど、とても有名な映画祭に新たな才能が現れ始めているからです。しかし内側からは現状はどのように見えるのでしょう?

ES:先に言った通り、カザフスタンの映画産業は上昇傾向にあります。インディペンデントな製作会社が多く設立され、積極的にジャンル映画や作家の映画を撮ろうと挑戦しています。若い映画作家の新しい波も来ています。Farhat Sharipov ファルハット・シャリポフEmir BaigazinAdilkhan Erzhanov アディルハン・エルジャノフSharipa Urazbayevaなどです。近い将来に質的な飛躍の時が来るでしょう。そしてもっと多くのカザフスタンの作家たちが姿を現すことになるでしょう。

TS:日本の映画好きがカザフスタンの映画史を知りたくなった時、どんな映画を観るべきでしょう? その理由はなんでしょう?

ES:思うにカザフ映画史における幾つもの波に属する名作から始めるべきでしょう。まずは"Turksib"(1929)です。今作はソ連ヨーロッパ大陸部から中央アジアまで線路が引かれていく様を描いています。最近リストアもされました。ソビエト時代のカザフスタン映画の重要人物としてShaken Aimanov シャケン・アイマノフが挙げられます。彼の作品"Our Dear Doctor""An Angel in a Skullcap"は50年代60年代のカザフスタンを映し出しています。80年代の新たな波の映画としてRashid Nugmanov ラシド・ヌグマノフ"Igla"(有名なロック歌手が出演しています)、"Balcony""Woman of the Day"も有名です。Darezhan Omirbaev ダレジャン・オミルバエフの作品も重要です。批評家からは"カザフスタンタルコフスキー"と呼ばれる時もあります。

TS:新しい短編、もしくは初長編を作る計画はありますか? もしあるなら日本の読者にぜひ説明を宜しくお願いします。

ES:ええ、何本も長編作品を準備しています。何本かはアートハウス映画で、何本かはジャンル映画です。例えば"Motel"はブラック・コメディでかつ探偵もの、コーエン兄弟マーティン・マクドナーのスタイルを踏襲しています。大晦日のモテールで起こった殺人事件を描いた作品です。

"The Red Flower"という作品の場合、第2回アルマティ国際映画祭で開かれた脚本コンペにも参加しました。コンセプトはこうです。"ある少女が結婚式の前に処女を取り戻すために行きずりの男とセックスをする。一方で彼女のフィアンセは結婚式の時に親戚の前で良い顔をするために、家族が貯めていた最後のお金を使い込んでしまう。ビビグルとマリクの不条理で悲喜劇的な愛の物語。父親と子供をめぐる永遠のテーマ。子供に対して良くあろうとする、両親の決心はもはや機能しない自身の経験に寄る。時代は変わったのだ。無気力な子供たちは年長者に従う、より冷静だ、自分自身で決断をしないのだから。私たちは自分でどこに幸せがあるのか、どうやって達成できるのかを探り当てなくてはならない"

私は日常の中にある不条理が好きなんです。それについて映画を以て観客に伝えようと、私は挑戦しているんです。

f:id:razzmatazzrazzledazzle:20180830000937j:plain