鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ミャンマー映画史の向こう側~Interview with Myat Noe

f:id:razzmatazzrazzledazzle:20200626143807p:plain

さて、日本の映画批評において不満なことはそれこそ塵の数ほど存在しているが、大きな不満の1つは批評界がいかにフランスに偏っているかである。蓮實御大を筆頭として、映画批評はフランスにしかないのかというほどに日本はフランス中心主義的であり、フランス語から翻訳された批評本やフランスで勉強した批評家の本には簡単に出会えるが、その他の国の批評については全く窺い知ることができない。よくてアメリカは英語だから知ることはできるが、それもまた英語中心主義的な陥穽におちいってしまう訳である(そのせいもあるだろうが、いわゆる日本未公開映画も、何とか日本で上映されることになった幸運な作品の数々はほぼフランス語か英語作品である)

この現状に"本当つまんねえ奴らだな、お前ら"と思うのだ。そして私は常に欲している。フランスや英語圏だけではない、例えばインドネシアブルガリア、アルゼンチンやエジプト、そういった周縁の国々に根づいた批評を紹介できる日本人はいないのか?と。そう言うと、こう言ってくる人もいるだろう。"じゃあお前がやれ"と。ということで今回の記事はその1つの達成である。

今回インタビューしたのはミャンマー映画批評家Myat Noe ミャトノエである。彼は映画批評家・脚本家として旺盛に活動、ミャンマーの映画界を牽引してきた人物である。そして現在はミャンマー映画における検閲の立ち位置についての論文を執筆中だ。そんな彼に、今回はミャンマー映画への極個人的な思い出、ミャンマー映画界や映画批評の現状、ミャンマーと日本や台湾など諸外国との関係性、そしてミャンマー映画界における検閲など様々なテーマについて尋ねてみた。ミャンマー映画史についての日本語記事はこれが初めてではないか?くらいの自信を持っているので、ぜひとも読んでみて欲しい。それでは素晴らしいミャンマー映画史の旅へ!

////////////////////////////////////////////

済藤鉄腸(TS):まず、どのようにして映画批評家になったのですか? どのようにそれを成し遂げましたか?

ミャトノエ(MN);まず、私は映画批評家になりたい訳ではありませんでした。私は脚本家からキャリアを始め、今でも時々長編の脚本を書いたり、コンサルタントをしたりしています。

しかし映画を分析したり、批評を書いたりするのは子供の頃からとても得意だったんです。友達と一緒に観ていた映画作品のある美学やスタイル、テーマやそれに対する意見について話していたんです。

ミャンマーには90年代まで良い映画批評家が少なかったんです。批評という芸術はほとんど沈黙を強いられていました。それは必ずしも政府の制約のせいだけでなく、紙媒体のメディアがエンタメ業界のスクープを手に入れるため、制作会社とズブズブだったからでもあります。なので2000年まで映画批評など誰も書きませんでした。映画のクオリティはどんどん酷くなり、批評の厳しい言葉の数々が必要とされていたにも関わらずです。

なので私は仕事(給料はなし!)として、2010年からFacebookに映画批評をポストし始めました。それは映画批評から遠ざかっていた業界に波紋を投げかけ、敵を幾人も作りました。それからある雑誌(今はもうありませんが)が給料ありの仕事を依頼してくれて、7ヵ月間ほど記事を書きました。それでも生計を立てるには程遠く、フリーランスで通訳や翻訳の仕事をする必要がありました。そして2017年脚本を書き始めたんです。そこから映画を観るのを止めて、批評を書くのも止めました。しかし若い人々が映画批評を書き始め、それをオンラインで発表してくれることを喜んでいます。彼らは自分の作品を掲載するため適切なプラットフォームを探し続けています、私がかつてそうだったように。そして幾つかの雑誌が彼らの作品を掲載するようになったんです。

TS:映画に興味を持ち始めた頃、どんな映画を観ていましたか? 当時のミャンマーではどういった映画を観ることができましたか?

MN:私はとても、とても若い頃から映画を愛していました。ミャンマー映画以外だと、子供の頃に観ることのできた作品はハリウッドの娯楽映画や香港のアクション映画でした。日本のドラマ映画も毎週日曜日にTVで放映していましたね(80年代、真田広之ミャンマーの観客にとても人気でした)90年代までには、タイや中国と距離が近いおかげで、多くの作品が海賊版のソフトという形で、お店で広く手に入るようになりました。

TS:初めて観たミャンマー映画は何でしょう? その感想も聞かせてください。

MN:正直覚えてません! ですがそれはTVで放映していた、60年代や70年代の古い白黒映画だったとは思います。私にとってほとんどのミャンマー映画は死ぬほどつまらないもので、それは古臭い様式の家族映画ばかりだったからです(例えば音楽がずっと流れていたり、カメラワークが無気力だったり、歌も絶えず流れていたり……)しかし思い出せるのは"Shwe Gaung Pyaung"というカンフー/冒険映画が好きだったことです。それから"The Emerald Jungle"(今作はヤンゴンのメモリー国際映画祭でリストアの後、上映されました)も好きですね。それからミャンマー人皆が好きな"Thingyan Moe"、これも大好きです。

TS:ミャンマー映画の最も際立った特徴とは何でしょう? 例えばフランス映画は愛の哲学、ルーマニア映画は徹底したリアリズムとドス黒いユーモアなどです。それではミャンマー映画はどうでしょう?

MN:"リアリズム"はミャンマー映画において大きいものであったことがないです。メロドラマ的な恋愛物語、恋人たちの間の階級差などが最も一般的な特徴でしょう。2つ目は親子関係です。検閲は映画のハイライトとしてモラル的美徳を守らせようとするんです。

TS:ミャンマー映画史において最も重要な作品は何でしょう? その理由もお聞きしたいです。

MN:今から語るのは個人的な意見であり、議論の余地が多くあると思います。が、私が選ぶのは"Chit Thu Yway Mae` Chit Ware Le"ですね。ここでは監督・脚本家であるWin Oo ウィン・オォが8役(7人の兄弟と父親役です!)を演じており、そこに7人のトップ女優たちが加わります(製作年は忘れてしまいました)こんにちから見ても技術的な達成が素晴らしいんです(特に今ですら私たちが使う撮影器具は流行おくれなのに)物語も楽しいですね。プロダクション・デザインも意義深いものです。今作は兄弟の末っ子が6人の結婚した兄たちを訪ねるという物語です。彼は兄から結婚や女性についてアドバイスをもらおうとするんですが、それは彼のフィアンセが魅力的でないからでした。そして彼は兄たちの6人の妻が持つ欠点や力を目の当たりにし、誰も完璧ではないことを知り、相互理解によって全ては進んでいくことを知るんです。そしてセットデザインはその6人の女性たちの性格を反映しているんです! それでも他の人にはそれぞれの意見があると思います。

TS:もし好きなミャンマー映画を1作だけ選ぶとするなら、何を選びますか? その理由は何でしょう? 個人的な思い出がありますか?

MN:それは"Bel Panchi Yay Lo Ma Mi"でしょう。今作は父と子の関係性や行動規範を描いています。まず父が村の狂った女性をレイプします。それを息子だけが知っているのですが、父の名誉を守るため沈黙を貫きます。しかしその女性が妊娠した時(父によってです)村の長はその犯人を追うため、魔女狩りを行います。村人たちは息子に疑いの目を向けますが、それでも彼は沈黙を貫くんです。そして利己的な父は告白したり、息子を守ろうともしません。映画は真相が明かされないまま悲劇で終ります。今作はモラル的に複雑な映画で、全ての登場人物が灰色の立ち位置にあります。そして多くの問いを投げかけるんです。真実の代償とは何か? 秘密や家族の責任によって醜い真相を社会から隠し続けるのは美徳と見做せるのか? ミャンマー映画においてこういった挑戦的な問いを持ち、複雑でモラル的に疑わしい登場人つを描きだす映画はとても少ないんです。今作が私にとってとても新鮮なのは、ほとんどのミャンマー映画がとても説教に満ちたものだからです。

f:id:razzmatazzrazzledazzle:20200626082617p:plain

TS:ミャンマー映画史において、ミャンマーと日本の関係性はとても興味深いものです。2国の共同制作で作られた「日本の娘」から市川崑監督のビルマの竪琴はもちろん、最近では日本人監督がミャンマーで映画を作るようになっています。例えば藤元明緒監督の僕の帰る場所北角裕樹監督の「一杯のモヒンガー」などです。そしてもちろん清恵子さんの存在感もミャンマーの現代映画においては大きいでしょう。ではミャンマー映画批評家として、この状況をどのように見ているでしょう?

MN:そうです、とても興味深いですね!(彼らはアジア三面鏡においてミャンマーが舞台の映画も作っていますね)私としては日本の関わりをとても歓迎しています。というのも彼らは最も複雑微妙な映画を作り、若い頃から日本の家族映画は私たちの大好きな作品だったからです。最も際立った日本映画はスタイル的に頭1つ抜けているだけではなく、その素朴さも鍵でしょう。端的に言えば、日本映画は私たちにいい映画を作るのに最新の撮影機器や狂ったカメラワークは必要ないと教えてくれます。個人的には、日本の映画作家やプロデューサーがミャンマーに来てもっとワークショップやマスタークラスを開いて欲しいと思います。しかし今のところジャパンファウンデーションは1年に1回映画祭を開くばかりで、そういった活動をすることはないのが残念です。

TS:そして興味深いのはミャンマーと台湾で活動する映画作家たちの登場です。例えばMidi Z ミディZは台湾を拠点にミャンマー人の現実を描いた作品を作りつづけていますし、Lee Yong-chao リー・ヨンチャオ"Blood Amber"ロカルノ映画祭で上映されるなどしました。そこで聞きたいのは、ミャンマー史において2つの国には特別な関係性が存在したのかということです。

MN:政治的に、台湾とミャンマーに素晴らしい歴史は存在しません。50年代のミャンマーにおける中国国民党の存在が原因です。しかしそこから全てが好転し、過去は赦されるようになりました。ミャンマーと台湾には正式な国交は存在しませんが、今2国は良い、健康な関係性を保っており、人々は頻繁に行き来しています。

しかし文化的な意味では、繋がりや交流はとても小さなものです。実際、ミャンマーのほとんどの人々はMidi Zが誰か知りませんし、その作品について聞いたこともありません。私としてはMidi Zの作品はミャンマー人の現実に対する"印象"のように思えます。ミャンマーに来て、ゲリラ撮影を行う時、彼が地元民にコンサルタントを頼んだり、彼らと議論をしたりしているかよく分かりません。もちろん"ミャンマー人"という登場人物を実際にはミャンマー人ではない人物が演じるというのも作品の助けにはなっていません。彼らは全員監督が出会った台湾人俳優なんです。しかし彼の映画には美徳もあり、ミャンマーにおける田舎生活に満ちる雰囲気の一部を反映しているとも思います。

TS:2010年代も数か月前に終わりました。そこで聞きたいのは2010年代において最も重要なミャンマー映画は何かということです。例えばMidi Zマンダレイへの道」The Maw Naing ティーモーナイン"The Mank"Htoo Paing Zaw Oo トゥーパインゾーオー"Night"などがありますが、あなたのご意見は?

MN:芸術的な意味で、"The Monk"は2010年代のミャンマー映画を代表するベストの映画でしょう。しかしここミャンマーでは上映されておらず、私たちのような小さなシネフィルのグループしか観ていないことは念頭に置かなくてはなりません。そしてマンダレイへの道」ミャンマー映画であると主張されていますが、実際にはミャンマーの関係するものは何もありません。ミャンマー人移民労働者たちは全くミャンマー人に見えません。何故って彼らはミャンマー人ではありませんからね!

そして多くの人々がこの2本を知りません。故に私としてはこれらを最も重要な作品と見做すことはできません。私は大衆映画から1作選びたいと思います。それは"Mi"です。今作は1950年代のミャンマーを生きたミーという女性についての物悲しく、ゆっくりとした、絢爛な撮影の印象的な1作です。出演するのは大作のスター俳優たちですが、テーマは確実に大作のものではありません。基本的に本作は謎めいた女性と、彼女を救いたい情熱的な男性の運命的な愛を描いたメロドラマです。女性は男たちから愛され軽蔑される存在であることを好みながら、炎と戯れ社会的な慣習を無視していきます。今作はマレーシアのASEAN国際映画祭や韓国のASEAN映画週間にも選出されました。そして検閲への人々の興味や怒りを掻きたてたんです。何故なら検閲によって酒を飲む場面が全て削除されたんです。"正しいミャンマー人女性は酒を飲まない"という理由で。

TS:ミャンマー映画の現状はどういったものでしょう? 外側からは良いように見えます。新しい才能たちが現れ、ワタン映画祭が存在感を発揮し始め、多くの映画の専門家がFAMU Burma Projectから巣立っていっています。しかし内側から見ると、現状はどのように見えているのでしょうか?

MN:商売に偏っていて、現状は未だに不安定です。私たちの国はとても小さな力しか持っていませんし、供給が需要を上回っている状況です。映画館では月に6-8本ほどのミャンマー映画が公開されています。心配しているのはバブルが崩壊しないかということです。もちろんこれはメインストリームの映画についてです。"Night""Mi""Mone Swel"などの例外を除いて、大衆映画は国際的な映画祭においては価値がないし、上映の準備もできていません。興奮するような新しい才能が現れていることは本当です。しかしその中の3、4人だけが境界線を越えてローカルな映画市場を広げていく力と野心を持っています。

それからFAMUのトレーニング・プログラムや他の組織によって、海外で学んだ若者たちとともに多くの映画の専門家がこのシーンを揺り動かそうとしているのも本当です。しかし……彼らは国際映画祭で上映される短編映画以外は作れていません。多くの長編の計画は未だ発達段階なんです。そしてほとんどが拒否されたり、放棄されています。なので私としては"作品を多く、言葉は少なめに"というのがメインストリームでもインディーズでも必要とされていることだと思います。

TS:そしてミャンマーの映画批評の現状はどういったものでしょう。"3 ACT"というミャンマー初の映画雑誌が発刊され、2010年代に存在感を発揮しているというのを聞きました。あなたもこの雑誌に記事を執筆していますね。しかし現状はどのように見えているでしょう?

MN:大部分の問題は前の質問のなかで答えたと思います。映画批評は私たちの多くにとって"趣味"なんです。これをプロとして、フルタイムで仕事にすることはできません。しかし雑誌における映画レビュー記事の割合が増えてきていることは嬉しいです。酷いのもあれば、面白いものありますし、クオリティは様々です。しかし私たちは未だスタート地点にあります。なので成長していくことを願っていますね。

TS:今あなたはミャンマー映画界における検閲についての論文を書いているとお聞きしました。ぜひともこの検閲について詳しくお聞きしたいです。1962年の軍事クーデターから映画作りの自由が失われたそうですね。今でも検閲は存在しているのですか?

MN:検閲は1962年のクーデター直後に始まりました。基準は極めて厳しいものでした。例えばホラー映画は全て禁止されたんです。しかし1990年代まで、政治的な問題から離れ、登場人物の行動や服を保守的なものにすれば、ほとんどは検閲を通りました。私が先述した名作の数々が70年代80年代に実際公開されました。

しかし軍事政権が崩壊した1988年から、物事は悪い方向に進みました。検閲は市民や政府の人物が混じった形で再編されましたが、彼らは皆超保守派で元軍人であったりしました。例えば政府の人物は軍人、警察、消防士(ジョークじゃないですよ!)たち、それに様々な省庁の代表者が加わり、彼らは自身の領域においてネガティブな側面を持つ作品を検閲していきました。基準は90年代半ばからとても極端なものになり、馬鹿げたロマンティック・コメディ以外は何も撮影できなくなりました。

検閲委員会は言葉による定義が先立つような規制を行うよう課されていました。例えば"文化的な価値を支持する"、"法と秩序を支持する"、"猥褻性を抑える"、"子供のイメージを守る"などです。

"それぞれの領域を守る"というのに加え、検閲のメンバーは自身の気まぐれで任意の決定を行いました。例えば多すぎる赤色の使用はカット、という風に!

2010年、連邦団結発展党(USDP)が政党として登録された後、少しの間自由の窓が開きました。検閲のメンバーたちはこの新しい"民主的な"システムにおいてやるべきことを何も為さなかったからです。長い間、禁止されていたホラー映画も再び作れるようになりました。しかし検閲が再び力を持ち始めます。

2015年、国民民主連盟(NLD)が政権を奪取したことで、検閲が改正されるか寛大になるかという希望が生まれました。レイティングの発展は1996年のモーションピクチャー法の改正を必要としたため、未だ遠かったですが。しかしそれでも私たちは検閲の基準が人道的かつ寛大になることを祈っていました。そしてその願いが完全に誤っていたことが証明されます。

NLDの新しい情報大臣は映画という福祉にほとんど興味がないように思えました。映画はその情報庁の管轄だったのにです。そして検閲委員会は未だに超保守主義者や軍人らに支配されたままでした。彼らは軍隊のルールを検閲基準に適用しようとしただけでなく、自身の個人的な信条や感情によって検閲を勧めようとしたんです。彼らは公式な権限者でも政治家でないにも関わらず。例えば最近の映画において、男性が恋人の足の爪を切るという場面がカットされました。何故なら検閲のメンバーが男性は女性の下半身を触るべきではないと思ったからです!

TS:2020年代にビッグになるだろう、最も若く才能あるミャンマー人監督は誰でしょう? 私としては独特の映画的言語を持っているという点で、Nyi Zaw Htwe ニーゾートウェZaw Bo Bo Hein ゾーボーボーヘインの名前を挙げたいと思います。

MN:ああ! この質問は私を難しい立場に追いやります。彼らの多くは個人的な友人で、彼らに敬意を持つなら、誰かを傷つけたくないなら質問に答えるべきではないでしょう。それに誰が最も若いというのは分かりません。年齢は気にしてませんからね。しかし新しい監督たちは皆それぞれの形で才能に溢れており、メインストリームにしろインディーズにしろ国際的にしろ、彼らの成功を祈りたいです。

f:id:razzmatazzrazzledazzle:20200626082532p:plain