鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Sofia Bohdanowicz&"Maison du bonheur"/老いることも、また1つの喜び

f:id:razzmatazzrazzledazzle:20180903221301j:plain

老いることは恐ろしいことなのだろうか?テレビCMや広告では若さこそが至上とするような内容が喧伝され、私たちに恐怖を撒き散らしていく。そして老いゆく人々、老いた人々には人生の終りがやってきたとばかり軽蔑の視線が向けられていく。だが果たして本当に老いることは恐ろしいことなのか?今回はそんな風潮を軽やかに否定する素敵なドキュメンタリー映画Sofia Bohdanowicz監督作“Maison du bonheur”を紹介していこう。

Sofia Bohdanowiczトロントを拠点とする映画作家だ。2009年に短編"Falling with Force"でデビュー後、2012年にポーランド移民である女性の姿を描いた"Dundas Street"を、2013年にはやはり自身のルーツであるポーランドに材を得た"Modlitwa""Wieczor"などを製作した後、2016年には初の長編作品"Never Eat Alone"を手掛ける。主人公の祖母が過去の恋人と再びの交流を果たす姿を描き出したドキュドラマで、バンクーバー国際映画祭においてカナダ新人監督賞を獲得するなど話題になる。2017年にはブエノス・アイレス国際インディペンデント映画祭(BAFICI)で特集上映が組まれた後、第2長編である"Maison du bonheur"を完成させる。

このドキュメンタリーの題材となるのは、パリのとあるアパートメントに住む77歳の老女ジュリアーヌ・セラム Juliane Sellamだ。彼女は占星術師として多くの人々の人生を占いながら、人生を楽しく過ごしていた。カナダ人の監督はフランスへと旅行の後、同僚の母親である彼女と出会い、その生きざまに惹かれて、一緒に生活を共にしながらその姿をカメラに捉えていく。

まずジュリアーヌが監督に語り始めるのは、子供時代の思い出話だ。小さな頃おばに止められながらもおばあちゃんから飲ませてもらった苦いコーヒーについてのこと、昔から親が作っていたパンのこと。そんな子供時代について、ジュリアーヌは些かの記憶の混濁もなしに饒舌に語っていく。彼女の快活な言葉の数々は聞いているこちらの心も明るくしてくれる。

そして次に語るのは美についてだ。彼女を美しくしてくれる唯一無二のスタイリストについての話、ネイルを楽しむきっかけを作ってくれたおじについての話。その後も化粧についてなど様々な話題が現れては消えていくが、老いてなお美しくあることを謳歌している彼女の姿に勇気付けられる女性たちは多くいるだろう。

f:id:razzmatazzrazzledazzle:20180903221408j:plain

これらを語る際、監督は自身の持つカメラで以てジュリアーヌの姿を撮し続ける。例えばお気に入りのゼラニウムに水をやる姿、ネイリストに足を差し出して爪を美しくしてもらっている姿。16mmフィルムによって紡がれるその映像には、まるで夕日の湛える暖かさが常に満ちているようだ。ジュリアーヌの笑みはその中では一際明るい。それらは私たちに監督の眼差しの暖かさに思いを馳せさせることとなる。

カメラには色々なものが映るが、特に印象的なのは出てくる料理の数々だ。ジュリアーヌが器用に料理するこんがりと焼けたパンからは香ばしい匂いが今にも漂ってきそうだし、更に載せられた色とりどり形様々なテリーヌやチーズたちは観客の食欲をこれでもかと誘ってくる。そして劇中にはジュリアーヌがケーキを食べる姿だけを延々と撮した場面がある。美味しそうに食べるジュリアーヌ、それを親愛と共に見守る監督、2つが混ざりあうことで、映画は深く優しい情感を獲得していく。

そんな中で今作は監督自身の旅路をも描き出すことになる。写真や映像には異邦人である監督のフランスの街並みへの憧憬が滲み渡り、観客をその旅路に招き入れていく。そして久しぶりにやってきた思い出の地ドーヴィル、その閉じたパラソルの立ち並ぶ海岸線からは彼女の抱く郷愁が静かに溢れ出している。今作は紀行映画としても優れた側面を備えているのである。

だがもちろんこの“Maison du bonheur”の核となる存在はジュリアーヌに他ならない。瀟洒な佇まいをしたパリで老いを、美を、人生を謳歌する彼女の姿は私たちにこう語る。“老いることは怖くない、老いることもまた1つの喜びなの”だと。

今作はバンクーバー国際映画祭でプレミア上映されると共にカナダ・ドキュメンタリー映画作品賞を獲得、その他レイキャビックモントリオール、サラソタなどで上映されるなど話題になる。最新作は2018年の"Veslemøy's Song"で、20世紀のカナダにおいて名声を馳せたバイオリニストKathleen Parlowの姿を追った作品で、ロカルノトロント、ニューヨーク映画祭などで上映される。現在はヨーク大学で映画製作の美術学修士号を取得途中であると共に、第3長編を製作中だそうだ。ということでBohdanowicz監督の今後に期待。

f:id:razzmatazzrazzledazzle:20180814091213j:plain

私の好きな監督・俳優シリーズ
その201 Yared Zeleke&"Lamb"/エチオピア、男らしさじゃなく自分らしさのために
その202 João Viana&"A batalha de Tabatô"/ギニアビサウ、奪われた故郷への帰還
その203 Sithasolwazi Kentane&"Woman Undressed"/ Black African Female Me
その204 Victor Viyuoh&"Ninah's Dowry"/カメルーン、流れる涙と大いなる怒り
その205 Tobias Nölle&"Aloys"/私たちを動かす全ては、頭の中にだけあるの?
その206 Michalina Olszańska&"Já, Olga Hepnarová"/私、オルガ・ヘプナロヴァはお前たちに死刑を宣告する
その207 Agnieszka Smoczynska&"Córki dancingu"/人魚たちは極彩色の愛を泳ぐ
その208 Rosemary Myers&"Girl Asleep"/15歳、吐き気と不安の思春期ファンタジー!
その209 Nanfu Wang&"Hooligan Sparrow"/カメラ、沈黙を切り裂く力
その210 Massoud Bakhshi&"Yek khanévadéh-e mohtaram"/革命と戦争、あの頃失われた何か
その211 Juni Shanaj&"Pharmakon"/アルバニア、誕生の後の救いがたき孤独
その212 済藤鉄腸オリジナル、2010年代注目の映画監督ベスト100!!!!!
その213 アレクサンドラ・ニエンチク&"Centaur"/ボスニア、永遠のごとく引き伸ばされた苦痛
その214 フィリップ・ルザージュ&「僕のまわりにいる悪魔」/悪魔たち、密やかな蠢き
その215 ジョアン・サラヴィザ&"Montanha"/全てはいつの間にか過ぎ去り
その216 Tizza Covi&"Mister Universo"/イタリア、奇跡の男を探し求めて
その217 Sofia Exarchou&"Park"/アテネ、オリンピックが一体何を残した?
その218 ダミアン・マニヴェル&"Le Parc"/愛が枯れ果て、闇が訪れる
その219 カエル・エルス&「サマー・フィーリング」/彼女の死の先にも、人生は続いている
その220 Kazik Radwanski&"How Heavy This Hammer"/カナダ映画界の毛穴に迫れ!
その221 Vladimir Durán&"Adiós entusiasmo"/コロンビア、親子っていうのは何ともかんとも
その222 Paul Negoescu&"O lună în Thailandă"/今の幸せと、ありえたかもしれない幸せと
その223 Anatol Durbală&"Ce lume minunată"/モルドバ、踏み躙られる若き命たち
その224 Jang Woo-jin&"Autumn, Autumn"/でも、幸せって一体どんなだっただろう?
その225 Jérôme Reybaud&"Jours de France"/われらがGrindr世代のフランスよ
その226 Sebastian Mihăilescu&"Apartament interbelic, în zona superbă, ultra-centrală"/ルーマニアと日本、奇妙な交わり
その227 パス・エンシナ&"Ejercicios de memoria"/パラグアイ、この忌まわしき記憶をどう語ればいい?
その228 アリス・ロウ&"Prevenge"/私の赤ちゃんがクソ共をブチ殺せと囁いてる
その229 マッティ・ドゥ&"Dearest Sister"/ラオス、横たわる富と恐怖の溝
その230 アンゲラ・シャーネレク&"Orly"/流れゆく時に、一瞬の輝きを
その231 スヴェン・タディッケン&「熟れた快楽」/神の消失に、性の荒野へと
その232 Asaph Polonsky&"One Week and a Day"/イスラエル、哀しみと真心のマリファナ
その233 Syllas Tzoumerkas&"A blast"/ギリシャ、激発へと至る怒り
その234 Ektoras Lygizos&"Boy eating the bird's food"/日常という名の奇妙なる身体性
その235 Eloy Domínguez Serén&"Ingen ko på isen"/スウェーデン、僕の生きる場所
その236 Emmanuel Gras&"Makala"/コンゴ、夢のために歩き続けて
その237 ベロニカ・リナス&「ドッグ・レディ」/そして、犬になる
その238 ルクサンドラ・ゼニデ&「テキールの奇跡」/奇跡は這いずる泥の奥から
その239 Milagros Mumenthaler&"La idea de un lago"/湖に揺らめく記憶たちについて
その240 アッティラ・ティル&「ヒットマン:インポッシブル」/ハンガリー、これが僕たちの物語
その241 Vallo Toomla&"Teesklejad"/エストニア、ガラスの奥の虚栄
その242 Ali Abbasi&"Shelly"/この赤ちゃんが、私を殺す
その243 Grigor Lefterov&"Hristo"/ソフィア、薄紫と錆色の街
その244 Bujar Alimani&"Amnestia"/アルバニア、静かなる激動の中で
その245 Livia Ungur&"Hotel Dallas"/ダラスとルーマニアの奇妙な愛憎
その246 Edualdo Williams&"El auge del humano"/うつむく世代の生温き黙示録
その247 Ralitza Petrova&"Godless"/神なき後に、贖罪の歌声を
その248 Ben Young&"Hounds of Love"/オーストラリア、愛のケダモノたち
その249 Izer Aliu&"Hunting Flies"/マケドニア、巻き起こる教室戦争
その250 Ana Urushadze&"Scary Mother"/ジョージア、とある怪物の肖像
その251 Ilian Metev&"3/4"/一緒に過ごす最後の夏のこと
その252 Cyril Schäublin&"Dene wos guet geit"/Wi-Fi スマートフォン ディストピア
その253 Alena Lodkina&"Strange Colours"/オーストラリア、かけがえのない大地で
その254 Kevan Funk&"Hello Destroyer"/カナダ、スポーツという名の暴力
その255 Katarzyna Rosłaniec&"Szatan kazał tańczyć"/私は負け犬になるため生まれてきたんだ
その256 Darío Mascambroni&"Mochila de plomo"/お前がぼくの父さんを殺したんだ
その257 ヴィルジル・ヴェルニエ&"Sophia Antipolis"/ソフィア・アンティポリスという名の少女
その258 Matthieu Bareyre&“l’Epoque”/パリ、この夜は私たちのもの
その259 André Novais Oliveira&"Temporada"/止まることない愛おしい時の流れ
その260 Xacio Baño&"Trote"/ガリシア、人生を愛おしむ手つき
その261 Joshua Magar&"Siyabonga"/南アフリカ、ああ俳優になりたいなぁ
その262 Ognjen Glavonić&"Dubina dva"/トラックの棺、肉体に埋まる銃弾
その263 Nelson Carlo de Los Santos Arias&"Cocote"/ドミニカ共和国、この大いなる国よ
その264 Arí Maniel Cruz&"Antes Que Cante El Gallo"/プエルトリコ、貧しさこそが彼女たちを
その265 Farnoosh Samadi&"Gaze"/イラン、私を追い続ける視線
その266 Alireza Khatami&"Los Versos del Olvido"/チリ、鯨は失われた過去を夢見る
その267 Nicole Vögele&"打烊時間"/台湾、眠らない街 眠らない人々
その268 Ashley McKenzie&"Werewolf"/あなたしかいないから、彷徨い続けて
その269 エミール・バイガジン&"Ranenyy angel"/カザフスタン、希望も未来も全ては潰える
その270 Adriaan Ditvoorst&"De witte waan"/オランダ映画界、悲運の異端児
その271 ヤン・P・マトゥシンスキ&「最後の家族」/おめでとう、ベクシンスキー
その272 Liryc Paolo Dela Cruz&"Sa pagitan ng pagdalaw at paglimot"/フィリピン、世界があなたを忘れ去ろうとも
その273 ババク・アンバリ&「アンダー・ザ・シャドウ」/イラン、母という名の影
その274 Vlado Škafar&"Mama"/スロヴェニア、母と娘は自然に抱かれて
その275 Salomé Jashi&"The Dazzling Light of Sunset"/ジョージア、ささやかな日常は世界を映す
その276 Gürcan Keltek&"Meteorlar"/クルド、廃墟の頭上に輝く流れ星
その277 Filipa Reis&"Djon África"/カーボベルデ、自分探しの旅へ出かけよう!
その278 Travis Wilkerson&"Did You Wonder Who Fired the Gun?"/その"白"がアメリカを燃やし尽くす
その279 Mariano González&"Los globos"/父と息子、そこに絆はあるのか?
その280 Tonie van der Merwe&"Revenge"/黒人たちよ、アパルトヘイトを撃ち抜け!
その281 Bodzsár Márk&"Isteni müszak"/ブダペスト、夜を駆ける血まみれ救急車
その282 Winston DeGiobbi&"Mass for Shut-Ins"/ノヴァスコシア、どこまでも広がる荒廃
その283 パスカル・セルヴォ&「ユーグ」/身も心も裸になっていけ!
その284 Ana Cristina Barragán&"Alba"/エクアドル、変わりゆくわたしの身体を知ること
その285 Kyros Papavassiliou&"Impressions of a Drowned Man"/死してなお彷徨う者の詩
その286 未公開映画を鑑賞できるサイトはどこ?日本からも観られる海外配信サイト6選!
その287 Kaouther Ben Hania&"Beauty and the Dogs"/お前はこの国を、この美しいチュニジアを愛してるか?
その288 Chloé Robichaud&"Pays"/彼女たちの人生が交わるその時に
その289 Kantemir Balagov&"Closeness"/家族という名の絆と呪い
その290 Aleksandr Khant&"How Viktor 'the Garlic' Took Alexey 'the Stud' to the Nursing Home"/オトンとオレと、時々、ロシア
その291 Ivan I. Tverdovsky&"Zoology"/ロシア、尻尾に芽生える愛と闇
その292 Emre Yeksan&"Yuva"/兄と弟、山の奥底で
その293 Szőcs Petra&"Deva"/ルーマニアとハンガリーが交わる場所で
その294 Flávia Castro&"Deslemblo"/喪失から紡がれる"私"の物語
その295 Mahmut Fazil Coşkun&"Anons"/トルコ、クーデターの裏側で

Mahmut Fazil Coşkun&"Anons"/トルコ、クーデターの裏側で

f:id:razzmatazzrazzledazzle:20180903220257j:plain

2016年、トルコで軍事クーデターが起こったことは記憶に新しいだろう。こちらは未遂に終わったが、そんな未遂のものを含めてトルコでは幾度となく軍事クーデターが巻き起こっている。今回紹介するMahmut Fazıl Coşkun監督によるトルコ映画“Anos”もそんな過去を描き出した作品であるのだが、凡百の作品とは全く異なる視点からこれを描き出していると言えるだろう。

舞台は1968年のイスタンブール、男たちが夜の町を静かに潜行している姿からこの物語は幕を開ける。この時、アンカラでは軍事クーデター計画が進行していた。そんな中で男たちはイスタンブールのラジオ局を乗っ取り、軍の声明文をトルコ中に伝える任務を背負っていたのである。そして彼らは静かに計画の完遂へと近づいていく。

とは言え、計画がスムーズに行くなどということはまず有り得ない。偶然乗り合わせたタクシーではウザったいほどラジオから曲が流れるし、予期せぬ検問所の存在が男たちを苛立たせ、それを切り抜けてアジトに到着しながらも、こんな緊急事態に同志が時間を守らず遅刻して、彼のことを無駄に待ち続ける羽目になる。

あらすじからすると今作は政治的スリラー映画のように思えるが、実際見てみるとこれが実は妙なコメディ映画というのが段々と解ってくるだろう。アジトで男たちが計画について語っている中で背後では、作業員たちが延々とパン作りを行っている。同志の中の1人は韓国で北朝鮮の国歌を歌ってしまった南北分断ドジッ子エピソードを至極シリアスな顔で喋り、果ては皆の前でその北朝鮮国歌を歌う羽目になる。こういった何だか笑いを狙っているのか狙ってないのか判断しかねるエピソードが唐突に挿入されていくのだ。

f:id:razzmatazzrazzledazzle:20180903220535j:plain

それに共鳴してか、演出も少し不思議な方向を指向している。撮影監督Krum Rodriguezのカメラはワンシーンワンシーン完全に固定され、その状態で何分にも渡る長回しが続くことになる。そういう訳でカメラは男たちの一挙手一投足を子細に観察し続け、その眼差しがあんまりにも真剣すぎる癖に、先述した変エピソードが急にブッ込まれるため、いわゆる真顔のユーモアがそこに生まれるのだ。

この演出で思い出されるのは“ルーマニアの新たなる波”、特に日本でも「トレジャー オトナタチの贈り物」が公開されたコルネリュ・ポルンボユ作品である。数分は当然続く禅的な長回しで以て目前で起こる光景をストイックに捉えていく。そして途切れることのない時間の中から、時間の流れや人間の滑稽さというものを浮き彫りにしていく。正にポルンボユ作品が指向する笑いと同じ種類の笑いが“Anos”にも存在しているのである。

しかし本作品はそれで終わることがない。男たちは同志が裏切り者と発覚すれば即抹殺し、それ故に同志たちは互いの腹を探りあい続けるとそういった張り詰めた駆け引きもあるのだ。滑稽な雰囲気がシームレスに濃密な緊張感へと移ろう、この2つを巧みに行ったり来たりを繰り返すのがこの映画の魅力とも言うべきだろう。

そして同志たちの受難は続く。ラジオ局を乗っ取ったはいいが、機械のオペレーターが不在故にわざわざ彼を連れ戻すために車を走らせる羽目になる。更にはアンカラからの電話を待つ間、偶然巡りあったおじいちゃんの世間話を延々と聞かざるを得なくなる。こんなことで任務を遂行できるのか?彼らの不安を他所に、夜は更けていく。

“Anos”はトルコの隠された現代史を描き出した作品だ。しかしシリアスな自己満足には陥ってはいない。誰も真似できない奇妙なアングルから歴史というものを描き出す、妙な娯楽性に溢れた作品なのである。監督が織り成すその巧みなリズムによって観客は時にニヤケを抑えられなくなり、時に顔を引き攣らせ、時に大いなる歴史と神のいたずらな采配に思いを馳せることとなるのである。

f:id:razzmatazzrazzledazzle:20180903220543j:plain

私の好きな監督・俳優シリーズ
その201 Yared Zeleke&"Lamb"/エチオピア、男らしさじゃなく自分らしさのために
その202 João Viana&"A batalha de Tabatô"/ギニアビサウ、奪われた故郷への帰還
その203 Sithasolwazi Kentane&"Woman Undressed"/ Black African Female Me
その204 Victor Viyuoh&"Ninah's Dowry"/カメルーン、流れる涙と大いなる怒り
その205 Tobias Nölle&"Aloys"/私たちを動かす全ては、頭の中にだけあるの?
その206 Michalina Olszańska&"Já, Olga Hepnarová"/私、オルガ・ヘプナロヴァはお前たちに死刑を宣告する
その207 Agnieszka Smoczynska&"Córki dancingu"/人魚たちは極彩色の愛を泳ぐ
その208 Rosemary Myers&"Girl Asleep"/15歳、吐き気と不安の思春期ファンタジー!
その209 Nanfu Wang&"Hooligan Sparrow"/カメラ、沈黙を切り裂く力
その210 Massoud Bakhshi&"Yek khanévadéh-e mohtaram"/革命と戦争、あの頃失われた何か
その211 Juni Shanaj&"Pharmakon"/アルバニア、誕生の後の救いがたき孤独
その212 済藤鉄腸オリジナル、2010年代注目の映画監督ベスト100!!!!!
その213 アレクサンドラ・ニエンチク&"Centaur"/ボスニア、永遠のごとく引き伸ばされた苦痛
その214 フィリップ・ルザージュ&「僕のまわりにいる悪魔」/悪魔たち、密やかな蠢き
その215 ジョアン・サラヴィザ&"Montanha"/全てはいつの間にか過ぎ去り
その216 Tizza Covi&"Mister Universo"/イタリア、奇跡の男を探し求めて
その217 Sofia Exarchou&"Park"/アテネ、オリンピックが一体何を残した?
その218 ダミアン・マニヴェル&"Le Parc"/愛が枯れ果て、闇が訪れる
その219 カエル・エルス&「サマー・フィーリング」/彼女の死の先にも、人生は続いている
その220 Kazik Radwanski&"How Heavy This Hammer"/カナダ映画界の毛穴に迫れ!
その221 Vladimir Durán&"Adiós entusiasmo"/コロンビア、親子っていうのは何ともかんとも
その222 Paul Negoescu&"O lună în Thailandă"/今の幸せと、ありえたかもしれない幸せと
その223 Anatol Durbală&"Ce lume minunată"/モルドバ、踏み躙られる若き命たち
その224 Jang Woo-jin&"Autumn, Autumn"/でも、幸せって一体どんなだっただろう?
その225 Jérôme Reybaud&"Jours de France"/われらがGrindr世代のフランスよ
その226 Sebastian Mihăilescu&"Apartament interbelic, în zona superbă, ultra-centrală"/ルーマニアと日本、奇妙な交わり
その227 パス・エンシナ&"Ejercicios de memoria"/パラグアイ、この忌まわしき記憶をどう語ればいい?
その228 アリス・ロウ&"Prevenge"/私の赤ちゃんがクソ共をブチ殺せと囁いてる
その229 マッティ・ドゥ&"Dearest Sister"/ラオス、横たわる富と恐怖の溝
その230 アンゲラ・シャーネレク&"Orly"/流れゆく時に、一瞬の輝きを
その231 スヴェン・タディッケン&「熟れた快楽」/神の消失に、性の荒野へと
その232 Asaph Polonsky&"One Week and a Day"/イスラエル、哀しみと真心のマリファナ
その233 Syllas Tzoumerkas&"A blast"/ギリシャ、激発へと至る怒り
その234 Ektoras Lygizos&"Boy eating the bird's food"/日常という名の奇妙なる身体性
その235 Eloy Domínguez Serén&"Ingen ko på isen"/スウェーデン、僕の生きる場所
その236 Emmanuel Gras&"Makala"/コンゴ、夢のために歩き続けて
その237 ベロニカ・リナス&「ドッグ・レディ」/そして、犬になる
その238 ルクサンドラ・ゼニデ&「テキールの奇跡」/奇跡は這いずる泥の奥から
その239 Milagros Mumenthaler&"La idea de un lago"/湖に揺らめく記憶たちについて
その240 アッティラ・ティル&「ヒットマン:インポッシブル」/ハンガリー、これが僕たちの物語
その241 Vallo Toomla&"Teesklejad"/エストニア、ガラスの奥の虚栄
その242 Ali Abbasi&"Shelly"/この赤ちゃんが、私を殺す
その243 Grigor Lefterov&"Hristo"/ソフィア、薄紫と錆色の街
その244 Bujar Alimani&"Amnestia"/アルバニア、静かなる激動の中で
その245 Livia Ungur&"Hotel Dallas"/ダラスとルーマニアの奇妙な愛憎
その246 Edualdo Williams&"El auge del humano"/うつむく世代の生温き黙示録
その247 Ralitza Petrova&"Godless"/神なき後に、贖罪の歌声を
その248 Ben Young&"Hounds of Love"/オーストラリア、愛のケダモノたち
その249 Izer Aliu&"Hunting Flies"/マケドニア、巻き起こる教室戦争
その250 Ana Urushadze&"Scary Mother"/ジョージア、とある怪物の肖像
その251 Ilian Metev&"3/4"/一緒に過ごす最後の夏のこと
その252 Cyril Schäublin&"Dene wos guet geit"/Wi-Fi スマートフォン ディストピア
その253 Alena Lodkina&"Strange Colours"/オーストラリア、かけがえのない大地で
その254 Kevan Funk&"Hello Destroyer"/カナダ、スポーツという名の暴力
その255 Katarzyna Rosłaniec&"Szatan kazał tańczyć"/私は負け犬になるため生まれてきたんだ
その256 Darío Mascambroni&"Mochila de plomo"/お前がぼくの父さんを殺したんだ
その257 ヴィルジル・ヴェルニエ&"Sophia Antipolis"/ソフィア・アンティポリスという名の少女
その258 Matthieu Bareyre&“l’Epoque”/パリ、この夜は私たちのもの
その259 André Novais Oliveira&"Temporada"/止まることない愛おしい時の流れ
その260 Xacio Baño&"Trote"/ガリシア、人生を愛おしむ手つき
その261 Joshua Magar&"Siyabonga"/南アフリカ、ああ俳優になりたいなぁ
その262 Ognjen Glavonić&"Dubina dva"/トラックの棺、肉体に埋まる銃弾
その263 Nelson Carlo de Los Santos Arias&"Cocote"/ドミニカ共和国、この大いなる国よ
その264 Arí Maniel Cruz&"Antes Que Cante El Gallo"/プエルトリコ、貧しさこそが彼女たちを
その265 Farnoosh Samadi&"Gaze"/イラン、私を追い続ける視線
その266 Alireza Khatami&"Los Versos del Olvido"/チリ、鯨は失われた過去を夢見る
その267 Nicole Vögele&"打烊時間"/台湾、眠らない街 眠らない人々
その268 Ashley McKenzie&"Werewolf"/あなたしかいないから、彷徨い続けて
その269 エミール・バイガジン&"Ranenyy angel"/カザフスタン、希望も未来も全ては潰える
その270 Adriaan Ditvoorst&"De witte waan"/オランダ映画界、悲運の異端児
その271 ヤン・P・マトゥシンスキ&「最後の家族」/おめでとう、ベクシンスキー
その272 Liryc Paolo Dela Cruz&"Sa pagitan ng pagdalaw at paglimot"/フィリピン、世界があなたを忘れ去ろうとも
その273 ババク・アンバリ&「アンダー・ザ・シャドウ」/イラン、母という名の影
その274 Vlado Škafar&"Mama"/スロヴェニア、母と娘は自然に抱かれて
その275 Salomé Jashi&"The Dazzling Light of Sunset"/ジョージア、ささやかな日常は世界を映す
その276 Gürcan Keltek&"Meteorlar"/クルド、廃墟の頭上に輝く流れ星
その277 Filipa Reis&"Djon África"/カーボベルデ、自分探しの旅へ出かけよう!
その278 Travis Wilkerson&"Did You Wonder Who Fired the Gun?"/その"白"がアメリカを燃やし尽くす
その279 Mariano González&"Los globos"/父と息子、そこに絆はあるのか?
その280 Tonie van der Merwe&"Revenge"/黒人たちよ、アパルトヘイトを撃ち抜け!
その281 Bodzsár Márk&"Isteni müszak"/ブダペスト、夜を駆ける血まみれ救急車
その282 Winston DeGiobbi&"Mass for Shut-Ins"/ノヴァスコシア、どこまでも広がる荒廃
その283 パスカル・セルヴォ&「ユーグ」/身も心も裸になっていけ!
その284 Ana Cristina Barragán&"Alba"/エクアドル、変わりゆくわたしの身体を知ること
その285 Kyros Papavassiliou&"Impressions of a Drowned Man"/死してなお彷徨う者の詩
その286 未公開映画を鑑賞できるサイトはどこ?日本からも観られる海外配信サイト6選!
その287 Kaouther Ben Hania&"Beauty and the Dogs"/お前はこの国を、この美しいチュニジアを愛してるか?
その288 Chloé Robichaud&"Pays"/彼女たちの人生が交わるその時に
その289 Kantemir Balagov&"Closeness"/家族という名の絆と呪い
その290 Aleksandr Khant&"How Viktor 'the Garlic' Took Alexey 'the Stud' to the Nursing Home"/オトンとオレと、時々、ロシア
その291 Ivan I. Tverdovsky&"Zoology"/ロシア、尻尾に芽生える愛と闇
その292 Emre Yeksan&"Yuva"/兄と弟、山の奥底で
その293 Szőcs Petra&"Deva"/ルーマニアとハンガリーが交わる場所で
その294 Flávia Castro&"Deslemblo"/喪失から紡がれる"私"の物語

Flávia Castro&"Deslemblo"/喪失から紡がれる"私"の物語

f:id:razzmatazzrazzledazzle:20180902200603j:plain

60年代から80年代にかけて、ブラジルは軍事政権下におかれていた。1964年、クーデターによってカステロ・ブランコ将軍が大統領に就任した後から約20年の間、その時代は抑圧と粛清の嵐が吹き荒れ、突如行方不明となる人物が続出することとなる。一体何故彼らは目の前から消え去ったのか、そんな哀しみを抱えながら生きる人はおそらく今でも存在しているのだろう。今回紹介するのはそんな忌まわしき過去を背景とした作品、Flávia Castro監督作“Deslemblo”だ。

舞台は1979年、未だ軍事政権は続いていたがジョアン・バティスタ・フィゲイレード将軍の大統領就任により強権政治の修正が進められ、解放の気風が高まっていた。今作の主人公であるジョジョ(Jeanne Boudier)の家族はその状況を受けて、今住んでいるパリから故郷のリオデジャネイロに帰ることを計画していた。しかしジョジョは馴れ親しんだ町を離れるのに拒否反応を示し、パスポートをビリビリに破り捨てるなど家族に抵抗していく。

序盤においてはそんなジョジョの心を映し出していく。70年代のティーンエイジャーらしく好きな音楽はThe Doorsなどのロック音楽、そして読書も好きだ。思春期特有の反抗的な性格もかいま見せながら同時に、弟であるパコとレオンの世話も甲斐甲斐しく焼く家族思いの性格でもある。そんなジョジョを丹念に描き出すことで、Castro監督は観客の心をジョジョの心に重ね合わせていく。

ジョジョの抵抗もむなしく、家族はリオデジャネイロへと帰郷を果たす。しかし彼女が思っていたよりもここでの生活は悪くない。家に備え付けてあるハンモックに寝転がり昼寝をしたり、Pink Froidが好きな祖母と仲良くなったり、パーティーへと赴いてエルネストという青年と仲良くなったり。彼女は第2の地で青春を謳歌することになるのだ。

f:id:razzmatazzrazzledazzle:20180902200658j:plain

そんなある時、ジョジョは自身の本当の父親であるエドゥアルドの話を偶然聞くことになる。歌の上手かったという彼は、しかしある理由から警察に捉えられ獄中で亡くなったのだという。しかし死亡証明書は見つかってないというのだ。その謎めいた失踪について彼女は母や祖母に尋ねてまわるが、答えは芳しくない。でもどうしてもそれについて知りたいとジョジョは独自に捜査を始める。

だが監督は物語の主眼を謎の追求には置くことがない。重要なのはジョジョが父のことを知ろうとする過程で、今まで知らなかった自分についてを知っていく姿なのだ。私はどうやって生まれてきたのか、私は一体何者なのか、今まで問いもしなかったその疑問の数々が彼女の心から首をもたげ、ジョジョは自己という名の深淵へ分け入ることとなる。そして私の人生の軌跡を私自身で紡ぎだしていくのだ。

だからこそ監督はジョジョが生きる人生に根づく日常こそを印象深く描き出すことになる。ハンモックに寝転がりゆらゆら揺れる姿、恋人になったエルネストとの幸福に満ち溢れたセックス、そんな彼について母親と口論する時のジョジョの怒り、家族揃って車でハイキングに向かう光景、そういうものにこそ美しさは宿るのだと監督は語る。

“Deslemblo”はブラジルの軍事政権による抑圧を背景に、忌まわしき過去、光と影とが交じり合う現在、何もかもが不確かな未来を織りあわせて"私の物語"を紡いでいく少女の日常を描いた作品だ。そしてその何気ない一瞬一瞬に宿る息を呑むほどの尊さが輝いていく。私たちはその輝きを長きに渡る間、心に留めておくことになるだろう。

f:id:razzmatazzrazzledazzle:20180902200727j:plain

私の好きな監督・俳優シリーズ
その201 Yared Zeleke&"Lamb"/エチオピア、男らしさじゃなく自分らしさのために
その202 João Viana&"A batalha de Tabatô"/ギニアビサウ、奪われた故郷への帰還
その203 Sithasolwazi Kentane&"Woman Undressed"/ Black African Female Me
その204 Victor Viyuoh&"Ninah's Dowry"/カメルーン、流れる涙と大いなる怒り
その205 Tobias Nölle&"Aloys"/私たちを動かす全ては、頭の中にだけあるの?
その206 Michalina Olszańska&"Já, Olga Hepnarová"/私、オルガ・ヘプナロヴァはお前たちに死刑を宣告する
その207 Agnieszka Smoczynska&"Córki dancingu"/人魚たちは極彩色の愛を泳ぐ
その208 Rosemary Myers&"Girl Asleep"/15歳、吐き気と不安の思春期ファンタジー!
その209 Nanfu Wang&"Hooligan Sparrow"/カメラ、沈黙を切り裂く力
その210 Massoud Bakhshi&"Yek khanévadéh-e mohtaram"/革命と戦争、あの頃失われた何か
その211 Juni Shanaj&"Pharmakon"/アルバニア、誕生の後の救いがたき孤独
その212 済藤鉄腸オリジナル、2010年代注目の映画監督ベスト100!!!!!
その213 アレクサンドラ・ニエンチク&"Centaur"/ボスニア、永遠のごとく引き伸ばされた苦痛
その214 フィリップ・ルザージュ&「僕のまわりにいる悪魔」/悪魔たち、密やかな蠢き
その215 ジョアン・サラヴィザ&"Montanha"/全てはいつの間にか過ぎ去り
その216 Tizza Covi&"Mister Universo"/イタリア、奇跡の男を探し求めて
その217 Sofia Exarchou&"Park"/アテネ、オリンピックが一体何を残した?
その218 ダミアン・マニヴェル&"Le Parc"/愛が枯れ果て、闇が訪れる
その219 カエル・エルス&「サマー・フィーリング」/彼女の死の先にも、人生は続いている
その220 Kazik Radwanski&"How Heavy This Hammer"/カナダ映画界の毛穴に迫れ!
その221 Vladimir Durán&"Adiós entusiasmo"/コロンビア、親子っていうのは何ともかんとも
その222 Paul Negoescu&"O lună în Thailandă"/今の幸せと、ありえたかもしれない幸せと
その223 Anatol Durbală&"Ce lume minunată"/モルドバ、踏み躙られる若き命たち
その224 Jang Woo-jin&"Autumn, Autumn"/でも、幸せって一体どんなだっただろう?
その225 Jérôme Reybaud&"Jours de France"/われらがGrindr世代のフランスよ
その226 Sebastian Mihăilescu&"Apartament interbelic, în zona superbă, ultra-centrală"/ルーマニアと日本、奇妙な交わり
その227 パス・エンシナ&"Ejercicios de memoria"/パラグアイ、この忌まわしき記憶をどう語ればいい?
その228 アリス・ロウ&"Prevenge"/私の赤ちゃんがクソ共をブチ殺せと囁いてる
その229 マッティ・ドゥ&"Dearest Sister"/ラオス、横たわる富と恐怖の溝
その230 アンゲラ・シャーネレク&"Orly"/流れゆく時に、一瞬の輝きを
その231 スヴェン・タディッケン&「熟れた快楽」/神の消失に、性の荒野へと
その232 Asaph Polonsky&"One Week and a Day"/イスラエル、哀しみと真心のマリファナ
その233 Syllas Tzoumerkas&"A blast"/ギリシャ、激発へと至る怒り
その234 Ektoras Lygizos&"Boy eating the bird's food"/日常という名の奇妙なる身体性
その235 Eloy Domínguez Serén&"Ingen ko på isen"/スウェーデン、僕の生きる場所
その236 Emmanuel Gras&"Makala"/コンゴ、夢のために歩き続けて
その237 ベロニカ・リナス&「ドッグ・レディ」/そして、犬になる
その238 ルクサンドラ・ゼニデ&「テキールの奇跡」/奇跡は這いずる泥の奥から
その239 Milagros Mumenthaler&"La idea de un lago"/湖に揺らめく記憶たちについて
その240 アッティラ・ティル&「ヒットマン:インポッシブル」/ハンガリー、これが僕たちの物語
その241 Vallo Toomla&"Teesklejad"/エストニア、ガラスの奥の虚栄
その242 Ali Abbasi&"Shelly"/この赤ちゃんが、私を殺す
その243 Grigor Lefterov&"Hristo"/ソフィア、薄紫と錆色の街
その244 Bujar Alimani&"Amnestia"/アルバニア、静かなる激動の中で
その245 Livia Ungur&"Hotel Dallas"/ダラスとルーマニアの奇妙な愛憎
その246 Edualdo Williams&"El auge del humano"/うつむく世代の生温き黙示録
その247 Ralitza Petrova&"Godless"/神なき後に、贖罪の歌声を
その248 Ben Young&"Hounds of Love"/オーストラリア、愛のケダモノたち
その249 Izer Aliu&"Hunting Flies"/マケドニア、巻き起こる教室戦争
その250 Ana Urushadze&"Scary Mother"/ジョージア、とある怪物の肖像
その251 Ilian Metev&"3/4"/一緒に過ごす最後の夏のこと
その252 Cyril Schäublin&"Dene wos guet geit"/Wi-Fi スマートフォン ディストピア
その253 Alena Lodkina&"Strange Colours"/オーストラリア、かけがえのない大地で
その254 Kevan Funk&"Hello Destroyer"/カナダ、スポーツという名の暴力
その255 Katarzyna Rosłaniec&"Szatan kazał tańczyć"/私は負け犬になるため生まれてきたんだ
その256 Darío Mascambroni&"Mochila de plomo"/お前がぼくの父さんを殺したんだ
その257 ヴィルジル・ヴェルニエ&"Sophia Antipolis"/ソフィア・アンティポリスという名の少女
その258 Matthieu Bareyre&“l’Epoque”/パリ、この夜は私たちのもの
その259 André Novais Oliveira&"Temporada"/止まることない愛おしい時の流れ
その260 Xacio Baño&"Trote"/ガリシア、人生を愛おしむ手つき
その261 Joshua Magar&"Siyabonga"/南アフリカ、ああ俳優になりたいなぁ
その262 Ognjen Glavonić&"Dubina dva"/トラックの棺、肉体に埋まる銃弾
その263 Nelson Carlo de Los Santos Arias&"Cocote"/ドミニカ共和国、この大いなる国よ
その264 Arí Maniel Cruz&"Antes Que Cante El Gallo"/プエルトリコ、貧しさこそが彼女たちを
その265 Farnoosh Samadi&"Gaze"/イラン、私を追い続ける視線
その266 Alireza Khatami&"Los Versos del Olvido"/チリ、鯨は失われた過去を夢見る
その267 Nicole Vögele&"打烊時間"/台湾、眠らない街 眠らない人々
その268 Ashley McKenzie&"Werewolf"/あなたしかいないから、彷徨い続けて
その269 エミール・バイガジン&"Ranenyy angel"/カザフスタン、希望も未来も全ては潰える
その270 Adriaan Ditvoorst&"De witte waan"/オランダ映画界、悲運の異端児
その271 ヤン・P・マトゥシンスキ&「最後の家族」/おめでとう、ベクシンスキー
その272 Liryc Paolo Dela Cruz&"Sa pagitan ng pagdalaw at paglimot"/フィリピン、世界があなたを忘れ去ろうとも
その273 ババク・アンバリ&「アンダー・ザ・シャドウ」/イラン、母という名の影
その274 Vlado Škafar&"Mama"/スロヴェニア、母と娘は自然に抱かれて
その275 Salomé Jashi&"The Dazzling Light of Sunset"/ジョージア、ささやかな日常は世界を映す
その276 Gürcan Keltek&"Meteorlar"/クルド、廃墟の頭上に輝く流れ星
その277 Filipa Reis&"Djon África"/カーボベルデ、自分探しの旅へ出かけよう!
その278 Travis Wilkerson&"Did You Wonder Who Fired the Gun?"/その"白"がアメリカを燃やし尽くす
その279 Mariano González&"Los globos"/父と息子、そこに絆はあるのか?
その280 Tonie van der Merwe&"Revenge"/黒人たちよ、アパルトヘイトを撃ち抜け!
その281 Bodzsár Márk&"Isteni müszak"/ブダペスト、夜を駆ける血まみれ救急車
その282 Winston DeGiobbi&"Mass for Shut-Ins"/ノヴァスコシア、どこまでも広がる荒廃
その283 パスカル・セルヴォ&「ユーグ」/身も心も裸になっていけ!
その284 Ana Cristina Barragán&"Alba"/エクアドル、変わりゆくわたしの身体を知ること
その285 Kyros Papavassiliou&"Impressions of a Drowned Man"/死してなお彷徨う者の詩
その286 未公開映画を鑑賞できるサイトはどこ?日本からも観られる海外配信サイト6選!
その287 Kaouther Ben Hania&"Beauty and the Dogs"/お前はこの国を、この美しいチュニジアを愛してるか?
その288 Chloé Robichaud&"Pays"/彼女たちの人生が交わるその時に
その289 Kantemir Balagov&"Closeness"/家族という名の絆と呪い
その290 Aleksandr Khant&"How Viktor 'the Garlic' Took Alexey 'the Stud' to the Nursing Home"/オトンとオレと、時々、ロシア
その291 Ivan I. Tverdovsky&"Zoology"/ロシア、尻尾に芽生える愛と闇
その292 Emre Yeksan&"Yuva"/兄と弟、山の奥底で
その293 Szőcs Petra&"Deva"/ルーマニアとハンガリーが交わる場所で

Szőcs Petra&"Deva"/ルーマニアとハンガリーが交わる場所で

f:id:razzmatazzrazzledazzle:20130520054944j:plain

ルーマニアハンガリーは長い間複雑な関係性を築いてきたが、それ故にルーマニア内にはハンガリー人コミュニティが存在している。ルーマニアを知る60章」によれば、2002年の時点でハンガリー系住民はトランシルヴァニアを中心に約143万人おり、それはルーマニア全人口の約6%を占めるのだという。彼らは独自の文化を持ち、それ故に教育界における分離政策など様々な問題が起こっている。それほどにルーマニアハンガリー系住民たちは影響力を持っているのだ。ということで今回はそんなルーマニアハンガリー人コミュニティを描き出した作品、Szőcs Petra監督作“Deva”を紹介していこう。

Szőcs Petraは1981年にルーマニアのクルジュ=ナポカに生まれた。詩人としても活躍していて、既にドイツ語とハンガリー語で詩集を出版している。ブダペスト演劇映画アカデミーで映画製作について学び、在学中から映画を手掛け始める。脚本家・助監督・撮影監督など様々な役職に携わるが、彼女が有名になるきっかけとなった監督作品が2014年製作の"A kivegzes"だった。3人の子供がチャウシェスクの処刑場面を演じる姿を描いた作品でカンヌ国際映画祭で上映後、サラエボ映画祭で特別賞を獲得する。そして2018年にはビエンナーレ・カレッジへの参加を経て、初の長編映画"Deva"を完成させる。

今作の主人公はカトー(Nagy Csengelle)という10代の少女だ。彼女はいわゆるアルビノという特異体質を持っており、孤児院で暮らしている。ある日彼女は何気なくドライヤーで髪を乾かそうとするのだが、その時感電して意識を失ってしまう。その瞬間から彼女の人生は少しずつ変わり始める。

という訳で、この作品を構成するのはカトーの何気ない日常の数々だ。孤児院の仲間たちとはしゃぎ回って枕を投げたり、孤児院の職員であるアンナ(「バーガンディ公爵」Fatma Mohamed)とお喋りを繰り広げたり、オセアニア地方について講釈する地理の教師に突然喰ってかかったりと、そんな日常が淡々と素描されていく。

感電した時から変わり始めたのはカトーの日常ばかりではない。孤児院それ自体もだ。建物には電気技師たちが集まり、新しい職員が募集されるなどする。そんな中でカトーは新しく起用された体育教師のボジ(Komán Boglárka)と出会い、親交を深める。そして2人でボジの友人だという男性に写真を撮影してもらったり、誰にも内緒でディスコに赴いたりと、ちょっとした冒険に出るのだが、これが後にちょっとした事件を引き起こしてしまう。

題名にもなっている“Deva”はカトーの住む町の名前なのだが、この地は正にハンガリールーマニアが交錯する場所と言える。何よりも印象的なのは言語についてだ。普段カトーはハンガリー語を話し孤児院でもその言葉が使われているのだが、1度外に出ると花屋の店主や教会の神父はルーマニア語を使用しており、故にカトーもルーマニア語を話さざるを得なくなる。2つの言語が奇妙に混ざりあう様は、文化の混成を象徴するものでもあり、それらが地理誌学的に捉えられていく点は頗る興味深い。

ちなみに監督は今作を作るきっかけについてインタビューでこう語っている。"2005年にデヴァの孤児院で3歳のアルビノの少女と出会いました。彼女は墓場で生まれたと言いました。私たちは友達になり、何度も尋ねるようになりました。そんな彼女が物語の構想源となってくれたんです"

そう監督が言う通り“Deva”の核となっているのはカトーを演じるNagyの存在感だろう。アルビノであるが故の真っ白な姿はまるでルネッサンス期の絵画に描かれた天使のようだ。それでいてカトー自身は神父の前で自分を悪魔と呼んで憚らない。そのコンプレックスは反抗期的というべき不機嫌で不敵な眼差しに現れている。そんな多面的な魅力を持ち合わせたカトーがデヴァの町を彷徨うというだけで、この詩的な映画は既に完成されているのである。

f:id:razzmatazzrazzledazzle:20180725145932j:plain

ルーマニア映画界を旅する
その1 Corneliu Porumboiu & "A fost sau n-a fost?"/1989年12月22日、あなたは何をしていた?
その2 Radu Jude & "Aferim!"/ルーマニア、差別の歴史をめぐる旅
その3 Corneliu Porumboiu & "Când se lasă seara peste Bucureşti sau Metabolism"/監督と女優、虚構と真実
その4 Corneliu Porumboiu &"Comoara"/ルーマニア、お宝探して掘れよ掘れ掘れ
その5 Andrei Ujică&"Autobiografia lui Nicolae Ceausescu"/チャウシェスクとは一体何者だったのか?
その6 イリンカ・カルガレアヌ&「チャック・ノリスVS共産主義」/チャック・ノリスはルーマニアを救う!
その7 トゥドール・クリスチャン・ジュルギウ&「日本からの贈り物」/父と息子、ルーマニアと日本
その8 クリスティ・プイウ&"Marfa şi Banii"/ルーマニアの新たなる波、その起源
その9 クリスティ・プイウ&「ラザレスク氏の最期」/それは命の終りであり、世界の終りであり
その10 ラドゥー・ムンテアン&"Hîrtia va fi albastrã"/革命前夜、闇の中で踏み躙られる者たち
その11 ラドゥー・ムンテアン&"Boogie"/大人になれない、子供でもいられない
その12 ラドゥー・ムンテアン&「不倫期限」/クリスマスの後、繋がりの終り
その13 クリスティ・プイウ&"Aurora"/ある平凡な殺人者についての記録
その14 Radu Jude&"Toată lumea din familia noastră"/黙って俺に娘を渡しやがれ!
その15 Paul Negoescu&"O lună în Thailandă"/今の幸せと、ありえたかもしれない幸せと
その16 Paul Negoescu&"Două lozuri"/町が朽ち お金は無くなり 年も取り
その17 Lucian Pintilie&"Duminică la ora 6"/忌まわしき40年代、来たるべき60年代
その18 Mircea Daneliuc&"Croaziera"/若者たちよ、ドナウ川で輝け!
その19 Lucian Pintilie&"Reconstituirea"/アクション、何で俺を殴ったんだよぉ、アクション、何で俺を……
その20 Lucian Pintilie&"De ce trag clopotele, Mitică?"/死と生、対話と祝祭
その21 Lucian Pintilie&"Balanța"/ああ、狂騒と不条理のチャウシェスク時代よ
その22 Ion Popescu-Gopo&"S-a furat o bombă"/ルーマニアにも核の恐怖がやってきた!
その23 Lucian Pintilie&"O vară de neuitat"/あの美しかった夏、踏みにじられた夏
その24 Lucian Pintilie&"Prea târziu"/石炭に薄汚れ 黒く染まり 闇に墜ちる
その25 Lucian Pintilie&"Terminus paradis"/狂騒の愛がルーマニアを駆ける
その26 Lucian Pintilie&"Dupa-amiaza unui torţionar"/晴れ渡る午後、ある拷問者の告白
その27 Lucian Pintilie&"Niki Ardelean, colonel în rezelva"/ああ、懐かしき社会主義の栄光よ
その28 Sebastian Mihăilescu&"Apartament interbelic, în zona superbă, ultra-centrală"/ルーマニアと日本、奇妙な交わり
その29 ミルチャ・ダネリュク&"Cursa"/ルーマニア、炭坑街に降る雨よ
その30 ルクサンドラ・ゼニデ&「テキールの奇跡」/奇跡は這いずる泥の奥から
その31 ラドゥ・ジュデ&"Cea mai fericită fată din ume"/わたしは世界で一番幸せな少女
その32 Ana Lungu&"Autoportretul unei fete cuminţi"/あなたの大切な娘はどこへ行く?
その33 ラドゥ・ジュデ&"Inimi cicatrizate"/生と死の、飽くなき饗宴
その34 Livia Ungur&"Hotel Dallas"/ダラスとルーマニアの奇妙な愛憎
その35 アドリアン・シタル&"Pescuit sportiv"/倫理の網に絡め取られて
その36 ラドゥー・ムンテアン&"Un etaj mai jos"/罪を暴くか、保身に走るか
その37 Mircea Săucan&"Meandre"/ルーマニア、あらかじめ幻視された荒廃
その38 アドリアン・シタル&"Din dragoste cu cele mai bune intentii"/俺の親だって死ぬかもしれないんだ……
その39 アドリアン・シタル&"Domestic"/ルーマニア人と動物たちの奇妙な関係
その40 Mihaela Popescu&"Plimbare"/老いを見据えて歩き続けて
その41 Dan Pița&"Duhul aurului"/ルーマニア、生は葬られ死は結ばれる
その42 Bogdan Mirică&"Câini"/荒野に希望は潰え、悪が栄える
その43 Szőcs Petra&"Deva"/ルーマニアとハンガリーが交わる場所で

私の好きな監督・俳優シリーズ
その201 Yared Zeleke&"Lamb"/エチオピア、男らしさじゃなく自分らしさのために
その202 João Viana&"A batalha de Tabatô"/ギニアビサウ、奪われた故郷への帰還
その203 Sithasolwazi Kentane&"Woman Undressed"/ Black African Female Me
その204 Victor Viyuoh&"Ninah's Dowry"/カメルーン、流れる涙と大いなる怒り
その205 Tobias Nölle&"Aloys"/私たちを動かす全ては、頭の中にだけあるの?
その206 Michalina Olszańska&"Já, Olga Hepnarová"/私、オルガ・ヘプナロヴァはお前たちに死刑を宣告する
その207 Agnieszka Smoczynska&"Córki dancingu"/人魚たちは極彩色の愛を泳ぐ
その208 Rosemary Myers&"Girl Asleep"/15歳、吐き気と不安の思春期ファンタジー!
その209 Nanfu Wang&"Hooligan Sparrow"/カメラ、沈黙を切り裂く力
その210 Massoud Bakhshi&"Yek khanévadéh-e mohtaram"/革命と戦争、あの頃失われた何か
その211 Juni Shanaj&"Pharmakon"/アルバニア、誕生の後の救いがたき孤独
その212 済藤鉄腸オリジナル、2010年代注目の映画監督ベスト100!!!!!
その213 アレクサンドラ・ニエンチク&"Centaur"/ボスニア、永遠のごとく引き伸ばされた苦痛
その214 フィリップ・ルザージュ&「僕のまわりにいる悪魔」/悪魔たち、密やかな蠢き
その215 ジョアン・サラヴィザ&"Montanha"/全てはいつの間にか過ぎ去り
その216 Tizza Covi&"Mister Universo"/イタリア、奇跡の男を探し求めて
その217 Sofia Exarchou&"Park"/アテネ、オリンピックが一体何を残した?
その218 ダミアン・マニヴェル&"Le Parc"/愛が枯れ果て、闇が訪れる
その219 カエル・エルス&「サマー・フィーリング」/彼女の死の先にも、人生は続いている
その220 Kazik Radwanski&"How Heavy This Hammer"/カナダ映画界の毛穴に迫れ!
その221 Vladimir Durán&"Adiós entusiasmo"/コロンビア、親子っていうのは何ともかんとも
その222 Paul Negoescu&"O lună în Thailandă"/今の幸せと、ありえたかもしれない幸せと
その223 Anatol Durbală&"Ce lume minunată"/モルドバ、踏み躙られる若き命たち
その224 Jang Woo-jin&"Autumn, Autumn"/でも、幸せって一体どんなだっただろう?
その225 Jérôme Reybaud&"Jours de France"/われらがGrindr世代のフランスよ
その226 Sebastian Mihăilescu&"Apartament interbelic, în zona superbă, ultra-centrală"/ルーマニアと日本、奇妙な交わり
その227 パス・エンシナ&"Ejercicios de memoria"/パラグアイ、この忌まわしき記憶をどう語ればいい?
その228 アリス・ロウ&"Prevenge"/私の赤ちゃんがクソ共をブチ殺せと囁いてる
その229 マッティ・ドゥ&"Dearest Sister"/ラオス、横たわる富と恐怖の溝
その230 アンゲラ・シャーネレク&"Orly"/流れゆく時に、一瞬の輝きを
その231 スヴェン・タディッケン&「熟れた快楽」/神の消失に、性の荒野へと
その232 Asaph Polonsky&"One Week and a Day"/イスラエル、哀しみと真心のマリファナ
その233 Syllas Tzoumerkas&"A blast"/ギリシャ、激発へと至る怒り
その234 Ektoras Lygizos&"Boy eating the bird's food"/日常という名の奇妙なる身体性
その235 Eloy Domínguez Serén&"Ingen ko på isen"/スウェーデン、僕の生きる場所
その236 Emmanuel Gras&"Makala"/コンゴ、夢のために歩き続けて
その237 ベロニカ・リナス&「ドッグ・レディ」/そして、犬になる
その238 ルクサンドラ・ゼニデ&「テキールの奇跡」/奇跡は這いずる泥の奥から
その239 Milagros Mumenthaler&"La idea de un lago"/湖に揺らめく記憶たちについて
その240 アッティラ・ティル&「ヒットマン:インポッシブル」/ハンガリー、これが僕たちの物語
その241 Vallo Toomla&"Teesklejad"/エストニア、ガラスの奥の虚栄
その242 Ali Abbasi&"Shelly"/この赤ちゃんが、私を殺す
その243 Grigor Lefterov&"Hristo"/ソフィア、薄紫と錆色の街
その244 Bujar Alimani&"Amnestia"/アルバニア、静かなる激動の中で
その245 Livia Ungur&"Hotel Dallas"/ダラスとルーマニアの奇妙な愛憎
その246 Edualdo Williams&"El auge del humano"/うつむく世代の生温き黙示録
その247 Ralitza Petrova&"Godless"/神なき後に、贖罪の歌声を
その248 Ben Young&"Hounds of Love"/オーストラリア、愛のケダモノたち
その249 Izer Aliu&"Hunting Flies"/マケドニア、巻き起こる教室戦争
その250 Ana Urushadze&"Scary Mother"/ジョージア、とある怪物の肖像
その251 Ilian Metev&"3/4"/一緒に過ごす最後の夏のこと
その252 Cyril Schäublin&"Dene wos guet geit"/Wi-Fi スマートフォン ディストピア
その253 Alena Lodkina&"Strange Colours"/オーストラリア、かけがえのない大地で
その254 Kevan Funk&"Hello Destroyer"/カナダ、スポーツという名の暴力
その255 Katarzyna Rosłaniec&"Szatan kazał tańczyć"/私は負け犬になるため生まれてきたんだ
その256 Darío Mascambroni&"Mochila de plomo"/お前がぼくの父さんを殺したんだ
その257 ヴィルジル・ヴェルニエ&"Sophia Antipolis"/ソフィア・アンティポリスという名の少女
その258 Matthieu Bareyre&“l’Epoque”/パリ、この夜は私たちのもの
その259 André Novais Oliveira&"Temporada"/止まることない愛おしい時の流れ
その260 Xacio Baño&"Trote"/ガリシア、人生を愛おしむ手つき
その261 Joshua Magar&"Siyabonga"/南アフリカ、ああ俳優になりたいなぁ
その262 Ognjen Glavonić&"Dubina dva"/トラックの棺、肉体に埋まる銃弾
その263 Nelson Carlo de Los Santos Arias&"Cocote"/ドミニカ共和国、この大いなる国よ
その264 Arí Maniel Cruz&"Antes Que Cante El Gallo"/プエルトリコ、貧しさこそが彼女たちを
その265 Farnoosh Samadi&"Gaze"/イラン、私を追い続ける視線
その266 Alireza Khatami&"Los Versos del Olvido"/チリ、鯨は失われた過去を夢見る
その267 Nicole Vögele&"打烊時間"/台湾、眠らない街 眠らない人々
その268 Ashley McKenzie&"Werewolf"/あなたしかいないから、彷徨い続けて
その269 エミール・バイガジン&"Ranenyy angel"/カザフスタン、希望も未来も全ては潰える
その270 Adriaan Ditvoorst&"De witte waan"/オランダ映画界、悲運の異端児
その271 ヤン・P・マトゥシンスキ&「最後の家族」/おめでとう、ベクシンスキー
その272 Liryc Paolo Dela Cruz&"Sa pagitan ng pagdalaw at paglimot"/フィリピン、世界があなたを忘れ去ろうとも
その273 ババク・アンバリ&「アンダー・ザ・シャドウ」/イラン、母という名の影
その274 Vlado Škafar&"Mama"/スロヴェニア、母と娘は自然に抱かれて
その275 Salomé Jashi&"The Dazzling Light of Sunset"/ジョージア、ささやかな日常は世界を映す
その276 Gürcan Keltek&"Meteorlar"/クルド、廃墟の頭上に輝く流れ星
その277 Filipa Reis&"Djon África"/カーボベルデ、自分探しの旅へ出かけよう!
その278 Travis Wilkerson&"Did You Wonder Who Fired the Gun?"/その"白"がアメリカを燃やし尽くす
その279 Mariano González&"Los globos"/父と息子、そこに絆はあるのか?
その280 Tonie van der Merwe&"Revenge"/黒人たちよ、アパルトヘイトを撃ち抜け!
その281 Bodzsár Márk&"Isteni müszak"/ブダペスト、夜を駆ける血まみれ救急車
その282 Winston DeGiobbi&"Mass for Shut-Ins"/ノヴァスコシア、どこまでも広がる荒廃
その283 パスカル・セルヴォ&「ユーグ」/身も心も裸になっていけ!
その284 Ana Cristina Barragán&"Alba"/エクアドル、変わりゆくわたしの身体を知ること
その285 Kyros Papavassiliou&"Impressions of a Drowned Man"/死してなお彷徨う者の詩
その286 未公開映画を鑑賞できるサイトはどこ?日本からも観られる海外配信サイト6選!
その287 Kaouther Ben Hania&"Beauty and the Dogs"/お前はこの国を、この美しいチュニジアを愛してるか?
その288 Chloé Robichaud&"Pays"/彼女たちの人生が交わるその時に
その289 Kantemir Balagov&"Closeness"/家族という名の絆と呪い
その290 Aleksandr Khant&"How Viktor 'the Garlic' Took Alexey 'the Stud' to the Nursing Home"/オトンとオレと、時々、ロシア
その291 Ivan I. Tverdovsky&"Zoology"/ロシア、尻尾に芽生える愛と闇
その292 Emre Yeksan&"Yuva"/兄と弟、山の奥底で
その293 Szőcs Petra&"Deva"/ルーマニアとハンガリーが交わる場所で

Emre Yeksan&"Yuva"/兄と弟、山の奥底で

f:id:razzmatazzrazzledazzle:20180831174019j:plain

 今年もヴェネチア国際映画祭が幕を開けた。今回はカンヌが世代交代を図って割りを喰ったとされる巨匠や鬼才がコンペティション部門に勢揃いし、今までにない盛り上がりを見せているが、ぶっちゃけ私はあんまり興味がない。それよりも、映画配信サイトFestival Scopeがコンペの裏で上映されている様々な作品を全世界に配信している方が私にとっては重要である。だってレビューが読めるだけじゃなく、実際に作品が観れてしまうのだから!ということで今回からヴェネチア期間中、お家でヴェネチア国際映画祭特集2018を開催したいと思う。まず最初に紹介するのはトルコの新鋭作家Emre Yeksanによる第2長編“Yuva”だ。

Emre Yeksanは1981年にトルコのイズミルに生まれた。ミーマル・スィナン美術大学とパリのソルボンヌ大学で映画製作について学び、そのままフランスでプロデューサーとしての活動を始める。携わった作品としては同じくフランスへと留学し映画を学んでいたブルガリア人監督カメン・カレフのデビュー作ソフィアの夜明けや第2長編“The Island”Hüseyin Karabey監督の“Were Dengê Min”などがある。その後、彼は故郷であるトルコのイスタンブールに戻り、映画監督としてのキャリアを歩み始める。まず監督したのが2017年に手掛けた第1長編“Körfez”だ。監督の故郷イズミルを舞台に、町をあてどなく彷徨うモラトリアムを謳歌する若者の姿を追った作品で、ヴェネチア国際映画祭でプレミア上映後、イスタンブール国際映画祭の国際批評家連盟賞(FIPRESCI Prize)を獲得するなど話題となる。そして2018年にはビエンナーレ・カレッジ参加を経て第2長編“Yuva”を完成させる。

とある山の奥深く、霧が濃厚な森の影に何者かの影が蠢いている。ゆっくりとカメラが肉薄していくうち、それが鬱蒼たる髭や髪を纏った男の影だと分かってくる。彼は既に動かなくなっている動物の身体の周りをうろついているのだ。そして突如猿のような雄叫びを上げたかと思うと、その身体を抱えて何処かへと向かう。目的地に着くと、彼は倒れた木の幹を器用に組み上げていき、何かを作っていく。それは死にゆく身体に捧げられる墓標だった。

この映画の主人公は名もなき中年男性(Kutay Sandikçi)、彼は灰色に染まった百獣の王ライオンといった風な容貌をさらけ出しながら、愛犬と共に山の中を駆け回る。彼は一体何者なのか?何の目的で以てこんな生活をしているのか?そんな観客の問いなど気にもせず、森の中で男は自由を謳歌する。

序盤において、映画は彼の生活風景を禁欲的なまでの淡々さで以て追い続ける。男は山の斜面を裸足で登ってゆくかと思えば、川を見つけると全裸になって水へと飛び込んでいく。そして濡れそぼつ身体のままに、まるで彼もまた犬と化してしまったかの如く鳴き声を響かせながら、愛犬と戯れに戯れるのだ。その姿は完全に野生児のそれである。

f:id:razzmatazzrazzledazzle:20180831174353j:plain

 以前私はこのブログで「ドッグ・レディ」という作品を紹介した。今作は何匹もの犬たちと共にアルゼンチンの野原で自給自足の生活を送り続ける女性の姿を描いた作品で、その女性は正に犬のような存在感を湛えながら、資本主義の周縁で以て逞しく生存していた。“Yuva”の男も正にそんな存在である。更にはもはや演技だとかそういう問題ではなく、山に住む本物の野生児を見つけ出してドキュメンタリーを撮っていると、そんな風な印象を与えるほどに本作は迫真性に満ち溢れているのだ。

その印象をより力強くしているのが撮影監督Jakub Gizaによって捉えられるトルコの大自然の美しさだ。そこには森厳なる風景の数々が広がっている。林立する頑健な木々たちが纏う壮大なるオーラ、男が泳ぎに入る清らかな川の流れ、彼が組み上げた木の墓標の無骨で無造作な崇高さ。それらには観る者の心を震わせるほどの力が漲っている。

そんな中で男は森に入ってくる侵入者の姿を目撃する。銃を携えた制服の男たちは、こちらに気づくと苦々しげな視線を向けてくる。そしてある時、彼が自分の住む粗末な小屋へと戻ると、1人の男(Eray Cezayirlioğlu)が待ち構えていた。必死に逃走しながら、敢えなく捕らえられてしまった後、彼は男にこんな言葉を投げ掛けられる。“なあもう十分だろ、兄さん?”

こうして第2幕が始まるのだが、それは第1幕の壮大さに比べると些かミニマルな印象を与えるものとなっている。彼の名はハサン――そして同時に野生児の男の名はヴェイセルだと明らかにされる――といい、兄を連れ戻しにここにやってきたという。この土地は買収され開発される故、彼らに危害を加えられない内に助けにきたという訳だ。小屋の中で兄弟は対峙しながら、しかしヴェイセルは断固として山から出ていくことを拒否する。ハサンも交渉を続けるが、彼自身突然全てを放棄して世捨て人になり、母親の葬式にすら出なかった彼に対して複雑な感情を持ち合わせているようだ。そんな2人の対話は、しかし少し物語の停滞を感じさせてしまう。

それでもこの出来事をきっかけとして、失踪したヴェイセルをハサンが捜索する羽目になる第3幕は最も印象的な輝きを放っている。土地の買収者の圧力は更に強まり、とうとう実力行使に打って出てくる。その中をハサンが彷徨う様は静かなる戦争映画を眺めているようだ。そしてその道行きは崇高なる自然を背景として、やがて兄弟の内面世界へと至る精神的旅路へと変貌する。様々なジャンルの越境を経て、そこでこそ今作は真の姿を観客に披露するのである。それに私たちは茫然とするしかないだろう。

“Yuva”はトルコの大自然を舞台とした、それ自体が深遠なる謎である。これを観る者たちは当惑すると共に、しかし筆舌に尽くしがたい畏敬の念すらも覚える自分の心の移ろいに気づく筈だ。

f:id:razzmatazzrazzledazzle:20180831174404j:plain>>
私の好きな監督・俳優シリーズ
その201 Yared Zeleke&"Lamb"/エチオピア、男らしさじゃなく自分らしさのために
その202 João Viana&"A batalha de Tabatô"/ギニアビサウ、奪われた故郷への帰還
その203 Sithasolwazi Kentane&"Woman Undressed"/ Black African Female Me
その204 Victor Viyuoh&"Ninah's Dowry"/カメルーン、流れる涙と大いなる怒り
その205 Tobias Nölle&"Aloys"/私たちを動かす全ては、頭の中にだけあるの?
その206 Michalina Olszańska&"Já, Olga Hepnarová"/私、オルガ・ヘプナロヴァはお前たちに死刑を宣告する
その207 Agnieszka Smoczynska&"Córki dancingu"/人魚たちは極彩色の愛を泳ぐ
その208 Rosemary Myers&"Girl Asleep"/15歳、吐き気と不安の思春期ファンタジー!
その209 Nanfu Wang&"Hooligan Sparrow"/カメラ、沈黙を切り裂く力
その210 Massoud Bakhshi&"Yek khanévadéh-e mohtaram"/革命と戦争、あの頃失われた何か
その211 Juni Shanaj&"Pharmakon"/アルバニア、誕生の後の救いがたき孤独
その212 済藤鉄腸オリジナル、2010年代注目の映画監督ベスト100!!!!!
その213 アレクサンドラ・ニエンチク&"Centaur"/ボスニア、永遠のごとく引き伸ばされた苦痛
その214 フィリップ・ルザージュ&「僕のまわりにいる悪魔」/悪魔たち、密やかな蠢き
その215 ジョアン・サラヴィザ&"Montanha"/全てはいつの間にか過ぎ去り
その216 Tizza Covi&"Mister Universo"/イタリア、奇跡の男を探し求めて
その217 Sofia Exarchou&"Park"/アテネ、オリンピックが一体何を残した?
その218 ダミアン・マニヴェル&"Le Parc"/愛が枯れ果て、闇が訪れる
その219 カエル・エルス&「サマー・フィーリング」/彼女の死の先にも、人生は続いている
その220 Kazik Radwanski&"How Heavy This Hammer"/カナダ映画界の毛穴に迫れ!
その221 Vladimir Durán&"Adiós entusiasmo"/コロンビア、親子っていうのは何ともかんとも
その222 Paul Negoescu&"O lună în Thailandă"/今の幸せと、ありえたかもしれない幸せと
その223 Anatol Durbală&"Ce lume minunată"/モルドバ、踏み躙られる若き命たち
その224 Jang Woo-jin&"Autumn, Autumn"/でも、幸せって一体どんなだっただろう?
その225 Jérôme Reybaud&"Jours de France"/われらがGrindr世代のフランスよ
その226 Sebastian Mihăilescu&"Apartament interbelic, în zona superbă, ultra-centrală"/ルーマニアと日本、奇妙な交わり
その227 パス・エンシナ&"Ejercicios de memoria"/パラグアイ、この忌まわしき記憶をどう語ればいい?
その228 アリス・ロウ&"Prevenge"/私の赤ちゃんがクソ共をブチ殺せと囁いてる
その229 マッティ・ドゥ&"Dearest Sister"/ラオス、横たわる富と恐怖の溝
その230 アンゲラ・シャーネレク&"Orly"/流れゆく時に、一瞬の輝きを
その231 スヴェン・タディッケン&「熟れた快楽」/神の消失に、性の荒野へと
その232 Asaph Polonsky&"One Week and a Day"/イスラエル、哀しみと真心のマリファナ
その233 Syllas Tzoumerkas&"A blast"/ギリシャ、激発へと至る怒り
その234 Ektoras Lygizos&"Boy eating the bird's food"/日常という名の奇妙なる身体性
その235 Eloy Domínguez Serén&"Ingen ko på isen"/スウェーデン、僕の生きる場所
その236 Emmanuel Gras&"Makala"/コンゴ、夢のために歩き続けて
その237 ベロニカ・リナス&「ドッグ・レディ」/そして、犬になる
その238 ルクサンドラ・ゼニデ&「テキールの奇跡」/奇跡は這いずる泥の奥から
その239 Milagros Mumenthaler&"La idea de un lago"/湖に揺らめく記憶たちについて
その240 アッティラ・ティル&「ヒットマン:インポッシブル」/ハンガリー、これが僕たちの物語
その241 Vallo Toomla&"Teesklejad"/エストニア、ガラスの奥の虚栄
その242 Ali Abbasi&"Shelly"/この赤ちゃんが、私を殺す
その243 Grigor Lefterov&"Hristo"/ソフィア、薄紫と錆色の街
その244 Bujar Alimani&"Amnestia"/アルバニア、静かなる激動の中で
その245 Livia Ungur&"Hotel Dallas"/ダラスとルーマニアの奇妙な愛憎
その246 Edualdo Williams&"El auge del humano"/うつむく世代の生温き黙示録
その247 Ralitza Petrova&"Godless"/神なき後に、贖罪の歌声を
その248 Ben Young&"Hounds of Love"/オーストラリア、愛のケダモノたち
その249 Izer Aliu&"Hunting Flies"/マケドニア、巻き起こる教室戦争
その250 Ana Urushadze&"Scary Mother"/ジョージア、とある怪物の肖像
その251 Ilian Metev&"3/4"/一緒に過ごす最後の夏のこと
その252 Cyril Schäublin&"Dene wos guet geit"/Wi-Fi スマートフォン ディストピア
その253 Alena Lodkina&"Strange Colours"/オーストラリア、かけがえのない大地で
その254 Kevan Funk&"Hello Destroyer"/カナダ、スポーツという名の暴力
その255 Katarzyna Rosłaniec&"Szatan kazał tańczyć"/私は負け犬になるため生まれてきたんだ
その256 Darío Mascambroni&"Mochila de plomo"/お前がぼくの父さんを殺したんだ
その257 ヴィルジル・ヴェルニエ&"Sophia Antipolis"/ソフィア・アンティポリスという名の少女
その258 Matthieu Bareyre&“l’Epoque”/パリ、この夜は私たちのもの
その259 André Novais Oliveira&"Temporada"/止まることない愛おしい時の流れ
その260 Xacio Baño&"Trote"/ガリシア、人生を愛おしむ手つき
その261 Joshua Magar&"Siyabonga"/南アフリカ、ああ俳優になりたいなぁ
その262 Ognjen Glavonić&"Dubina dva"/トラックの棺、肉体に埋まる銃弾
その263 Nelson Carlo de Los Santos Arias&"Cocote"/ドミニカ共和国、この大いなる国よ
その264 Arí Maniel Cruz&"Antes Que Cante El Gallo"/プエルトリコ、貧しさこそが彼女たちを
その265 Farnoosh Samadi&"Gaze"/イラン、私を追い続ける視線
その266 Alireza Khatami&"Los Versos del Olvido"/チリ、鯨は失われた過去を夢見る
その267 Nicole Vögele&"打烊時間"/台湾、眠らない街 眠らない人々
その268 Ashley McKenzie&"Werewolf"/あなたしかいないから、彷徨い続けて
その269 エミール・バイガジン&"Ranenyy angel"/カザフスタン、希望も未来も全ては潰える
その270 Adriaan Ditvoorst&"De witte waan"/オランダ映画界、悲運の異端児
その271 ヤン・P・マトゥシンスキ&「最後の家族」/おめでとう、ベクシンスキー
その272 Liryc Paolo Dela Cruz&"Sa pagitan ng pagdalaw at paglimot"/フィリピン、世界があなたを忘れ去ろうとも
その273 ババク・アンバリ&「アンダー・ザ・シャドウ」/イラン、母という名の影
その274 Vlado Škafar&"Mama"/スロヴェニア、母と娘は自然に抱かれて
その275 Salomé Jashi&"The Dazzling Light of Sunset"/ジョージア、ささやかな日常は世界を映す
その276 Gürcan Keltek&"Meteorlar"/クルド、廃墟の頭上に輝く流れ星
その277 Filipa Reis&"Djon África"/カーボベルデ、自分探しの旅へ出かけよう!
その278 Travis Wilkerson&"Did You Wonder Who Fired the Gun?"/その"白"がアメリカを燃やし尽くす
その279 Mariano González&"Los globos"/父と息子、そこに絆はあるのか?
その280 Tonie van der Merwe&"Revenge"/黒人たちよ、アパルトヘイトを撃ち抜け!
その281 Bodzsár Márk&"Isteni müszak"/ブダペスト、夜を駆ける血まみれ救急車
その282 Winston DeGiobbi&"Mass for Shut-Ins"/ノヴァスコシア、どこまでも広がる荒廃
その283 パスカル・セルヴォ&「ユーグ」/身も心も裸になっていけ!
その284 Ana Cristina Barragán&"Alba"/エクアドル、変わりゆくわたしの身体を知ること
その285 Kyros Papavassiliou&"Impressions of a Drowned Man"/死してなお彷徨う者の詩
その286 未公開映画を鑑賞できるサイトはどこ?日本からも観られる海外配信サイト6選!
その287 Kaouther Ben Hania&"Beauty and the Dogs"/お前はこの国を、この美しいチュニジアを愛してるか?
その288 Chloé Robichaud&"Pays"/彼女たちの人生が交わるその時に
その289 Kantemir Balagov&"Closeness"/家族という名の絆と呪い
その290 Aleksandr Khant&"How Viktor 'the Garlic' Took Alexey 'the Stud' to the Nursing Home"/オトンとオレと、時々、ロシア
その291 Ivan I. Tverdovsky&"Zoology"/ロシア、尻尾に芽生える愛と闇
<<

Ivan I. Tverdovsky&"Zoology"/ロシア、尻尾に芽生える愛と闇

さてここ連続して、ブログでロシア映画の記事ばかり執筆しているのに皆さん気づいているだろうか。というのも最近Soviet and Russian Moviesという未公開映画配信サイトを見つけ、ここで新作を片っ端から観ているからなのだ。ここは名前の通りソ連/ロシア映画を配信しているサイトで、セルゲイ・エイゼンシュタイン戦艦ポチョムキンからアンドレイ・ズビャギンツェフ「ラブレス」まで旧作新作を配信、もちろん未公開映画も多数取り揃えている。という訳で個人的にロシア映画ブームが来ており、記事を多く執筆しているのだ。さて今回はロシア映画界の新鋭トリックスターIvan I. Tverdovsky監督による奇妙なラブストーリー“Zoology”を紹介していきたいと思う。

本作の主人公はナターシャ(Natalya Pavlenkova)という中年女性だ。動物園で事務員として働く彼女は職場では同僚に嘲笑われ、家では耄碌した母親(Irina Chipizhenko)によく分からない話を聞かされ続け、どこにも居場所がない孤独な生活を送っていた。そんな彼女はドン詰まりの生活の中で、1つだけある秘密を抱えていたのだった。

“Zoology”はまず悲惨なほどに孤独なナターシャの生活を見つめ続ける。撮影監督Aleksandr Mikeladzeによる手振れカメラは、今にも壊れてしまいそうな幸薄さを湛えた彼女が寂しさに耐え忍びながらも、同僚たちに陰口を叩かれたり大量のネズミをけしかけられるなど確実に精神を削られていく姿を追いかけていく。唯一心落ち着くのは動物園で檻の中の動物たちと戯れる時だけだ。ライオンにエサをやり、騒ぎ回る猿に“いたずらな子!”と声をかけたり。その時だけはナターシャの顔にも笑顔が浮かぶのだ、その時だけは。

そんな彼女はお尻に痛みを感じ、病院へと駆け込む。医師であるペーチャ(Dmitriy Groshev)にレントゲンを取ってもらうことになるのだが、彼女はどうしても下半身を彼の前に晒そうとはしない。それでも最後には覆いを取ってしまうと、何と膝くらいまで届く細長い肌色の尻尾がそこにはあったのだった。

この作品は寒々しいロシアの岸辺の町を舞台とした、大人向けの少し不思議なファンタジー映画だとひとまず言えるだろう。尻尾はなかなかにリアルでグロテスクな印象を受ける人もいるかもしれない(その辺りは人魚伝説を大胆にアレンジしたポーランドゆれる人魚を彷彿とさせる)だが序盤はダルデンヌ兄弟風の社会派リアリズム的演出も相まって、それほど現実離れした筋道を辿ることがない。ナターシャも医師も尻尾の存在に何故だか余り驚かないのである。

だが物語はある出来事をきっかけに進展していく。診察の際にナターシャはレントゲン医師のペーチャと出会った訳であるが、治療の都合で何度も彼の元へ通ううちに、2人は仲良くなっていく。ワインを一緒に飲んだり、岸辺にある秘密の場所でソリに乗ったりする中で彼女たちは惹かれあい、そしてとうとう唇を重ねあうまでになる。

という訳で今作は男女逆転版シェイプ・オブ・ウォーターとも言うべきーーナターシャは怪物とまでは行かないがーーロマンス劇へと舵を切り始める。本作が上映された際“怪物はいつも男で、それを受け入れるのはいつも男だ”という呟きをTwitterで見かけ、確かにその通りかもしれないと思っていたのだが、遡ること1年前に遠きロシアで“怪物は女で、それを受け入れるのは男”というロマンス映画が作られていた訳である。その愛の光景は本当に微笑ましく、ロシアの寒さを吹き飛ばすような暖かさに満ち溢れている(ついでに年齢が女>男という恋物語のもかなり珍しいだろう)

しかしだんだんとその愛に不穏な影が差し始めるのに観客は気づくだろう。ダンス場で2人は音楽に合わせ踊るのだが、余りにも舞い上がりすぎたナターシャのドレスから尻尾が飛び出してしまう。すると周囲の客は悲鳴を挙げて、凄まじい勢いでダンス場から逃げ出していくのだ。更に通りを歩いている時、うっかり尻尾をチラと見せてしまうものなら、通行人はまるで狂人を見るような目つきで睨みつけ、ナターシャを避けていく。ここにおいては“普通”からは逸脱した物に対する恐怖や軽蔑が現れ出ていて、それは国を問わないものだろうが、ロシア国内から見るとそれらはまた違って見えてくるらしい。今作のレビューを書く際、色々と海外のレビューを漁っていたのだが、Varietyのレビューにおそらくロシア在住者によるものだろう興味深いコメントがついていたので、それを紹介しよう。

"この作品は私生活を公にしたLGBTの人々を虐げる国における、暗喩に満ちた同性愛映画なんです。ナターシャの動物園での同僚は彼女を怠け者と考えていて、自分たちが飼育している檻の中の動物たちと彼女が密接な関係にあるのに気付いていません。ナターシャの隣人たちは彼女を自分たちと同じ価値観を持つ人物だと思っているが、その価値観は主流にある故に、自分たちが彼女を傷つけていると気付けていません。最終的にナターシャが"本質的に悪である"と彼女の母が気付いた時、母は自分が理解できない悪魔を祓うため部屋を十字架で埋めていきます。ロシア正教の神父がナターシャを祝福する方法が分からなかったり、聖餐を行おうとしないのもつまりはそういうことです"*1

“Zoology”はそうして暖かな愛の風景と凍えるようなロシアの闇が交錯する、中年女性のためのお伽噺なのである。この極寒の地で彼女は幸せを掴めるのだろうか。その余韻は頗る深いものだ。

私の好きな監督・俳優シリーズ
その201 Yared Zeleke&"Lamb"/エチオピア、男らしさじゃなく自分らしさのために
その202 João Viana&"A batalha de Tabatô"/ギニアビサウ、奪われた故郷への帰還
その203 Sithasolwazi Kentane&"Woman Undressed"/ Black African Female Me
その204 Victor Viyuoh&"Ninah's Dowry"/カメルーン、流れる涙と大いなる怒り
その205 Tobias Nölle&"Aloys"/私たちを動かす全ては、頭の中にだけあるの?
その206 Michalina Olszańska&"Já, Olga Hepnarová"/私、オルガ・ヘプナロヴァはお前たちに死刑を宣告する
その207 Agnieszka Smoczynska&"Córki dancingu"/人魚たちは極彩色の愛を泳ぐ
その208 Rosemary Myers&"Girl Asleep"/15歳、吐き気と不安の思春期ファンタジー!
その209 Nanfu Wang&"Hooligan Sparrow"/カメラ、沈黙を切り裂く力
その210 Massoud Bakhshi&"Yek khanévadéh-e mohtaram"/革命と戦争、あの頃失われた何か
その211 Juni Shanaj&"Pharmakon"/アルバニア、誕生の後の救いがたき孤独
その212 済藤鉄腸オリジナル、2010年代注目の映画監督ベスト100!!!!!
その213 アレクサンドラ・ニエンチク&"Centaur"/ボスニア、永遠のごとく引き伸ばされた苦痛
その214 フィリップ・ルザージュ&「僕のまわりにいる悪魔」/悪魔たち、密やかな蠢き
その215 ジョアン・サラヴィザ&"Montanha"/全てはいつの間にか過ぎ去り
その216 Tizza Covi&"Mister Universo"/イタリア、奇跡の男を探し求めて
その217 Sofia Exarchou&"Park"/アテネ、オリンピックが一体何を残した?
その218 ダミアン・マニヴェル&"Le Parc"/愛が枯れ果て、闇が訪れる
その219 カエル・エルス&「サマー・フィーリング」/彼女の死の先にも、人生は続いている
その220 Kazik Radwanski&"How Heavy This Hammer"/カナダ映画界の毛穴に迫れ!
その221 Vladimir Durán&"Adiós entusiasmo"/コロンビア、親子っていうのは何ともかんとも
その222 Paul Negoescu&"O lună în Thailandă"/今の幸せと、ありえたかもしれない幸せと
その223 Anatol Durbală&"Ce lume minunată"/モルドバ、踏み躙られる若き命たち
その224 Jang Woo-jin&"Autumn, Autumn"/でも、幸せって一体どんなだっただろう?
その225 Jérôme Reybaud&"Jours de France"/われらがGrindr世代のフランスよ
その226 Sebastian Mihăilescu&"Apartament interbelic, în zona superbă, ultra-centrală"/ルーマニアと日本、奇妙な交わり
その227 パス・エンシナ&"Ejercicios de memoria"/パラグアイ、この忌まわしき記憶をどう語ればいい?
その228 アリス・ロウ&"Prevenge"/私の赤ちゃんがクソ共をブチ殺せと囁いてる
その229 マッティ・ドゥ&"Dearest Sister"/ラオス、横たわる富と恐怖の溝
その230 アンゲラ・シャーネレク&"Orly"/流れゆく時に、一瞬の輝きを
その231 スヴェン・タディッケン&「熟れた快楽」/神の消失に、性の荒野へと
その232 Asaph Polonsky&"One Week and a Day"/イスラエル、哀しみと真心のマリファナ
その233 Syllas Tzoumerkas&"A blast"/ギリシャ、激発へと至る怒り
その234 Ektoras Lygizos&"Boy eating the bird's food"/日常という名の奇妙なる身体性
その235 Eloy Domínguez Serén&"Ingen ko på isen"/スウェーデン、僕の生きる場所
その236 Emmanuel Gras&"Makala"/コンゴ、夢のために歩き続けて
その237 ベロニカ・リナス&「ドッグ・レディ」/そして、犬になる
その238 ルクサンドラ・ゼニデ&「テキールの奇跡」/奇跡は這いずる泥の奥から
その239 Milagros Mumenthaler&"La idea de un lago"/湖に揺らめく記憶たちについて
その240 アッティラ・ティル&「ヒットマン:インポッシブル」/ハンガリー、これが僕たちの物語
その241 Vallo Toomla&"Teesklejad"/エストニア、ガラスの奥の虚栄
その242 Ali Abbasi&"Shelly"/この赤ちゃんが、私を殺す
その243 Grigor Lefterov&"Hristo"/ソフィア、薄紫と錆色の街
その244 Bujar Alimani&"Amnestia"/アルバニア、静かなる激動の中で
その245 Livia Ungur&"Hotel Dallas"/ダラスとルーマニアの奇妙な愛憎
その246 Edualdo Williams&"El auge del humano"/うつむく世代の生温き黙示録
その247 Ralitza Petrova&"Godless"/神なき後に、贖罪の歌声を
その248 Ben Young&"Hounds of Love"/オーストラリア、愛のケダモノたち
その249 Izer Aliu&"Hunting Flies"/マケドニア、巻き起こる教室戦争
その250 Ana Urushadze&"Scary Mother"/ジョージア、とある怪物の肖像
その251 Ilian Metev&"3/4"/一緒に過ごす最後の夏のこと
その252 Cyril Schäublin&"Dene wos guet geit"/Wi-Fi スマートフォン ディストピア
その253 Alena Lodkina&"Strange Colours"/オーストラリア、かけがえのない大地で
その254 Kevan Funk&"Hello Destroyer"/カナダ、スポーツという名の暴力
その255 Katarzyna Rosłaniec&"Szatan kazał tańczyć"/私は負け犬になるため生まれてきたんだ
その256 Darío Mascambroni&"Mochila de plomo"/お前がぼくの父さんを殺したんだ
その257 ヴィルジル・ヴェルニエ&"Sophia Antipolis"/ソフィア・アンティポリスという名の少女
その258 Matthieu Bareyre&“l’Epoque”/パリ、この夜は私たちのもの
その259 André Novais Oliveira&"Temporada"/止まることない愛おしい時の流れ
その260 Xacio Baño&"Trote"/ガリシア、人生を愛おしむ手つき
その261 Joshua Magar&"Siyabonga"/南アフリカ、ああ俳優になりたいなぁ
その262 Ognjen Glavonić&"Dubina dva"/トラックの棺、肉体に埋まる銃弾
その263 Nelson Carlo de Los Santos Arias&"Cocote"/ドミニカ共和国、この大いなる国よ
その264 Arí Maniel Cruz&"Antes Que Cante El Gallo"/プエルトリコ、貧しさこそが彼女たちを
その265 Farnoosh Samadi&"Gaze"/イラン、私を追い続ける視線
その266 Alireza Khatami&"Los Versos del Olvido"/チリ、鯨は失われた過去を夢見る
その267 Nicole Vögele&"打烊時間"/台湾、眠らない街 眠らない人々
その268 Ashley McKenzie&"Werewolf"/あなたしかいないから、彷徨い続けて
その269 エミール・バイガジン&"Ranenyy angel"/カザフスタン、希望も未来も全ては潰える
その270 Adriaan Ditvoorst&"De witte waan"/オランダ映画界、悲運の異端児
その271 ヤン・P・マトゥシンスキ&「最後の家族」/おめでとう、ベクシンスキー
その272 Liryc Paolo Dela Cruz&"Sa pagitan ng pagdalaw at paglimot"/フィリピン、世界があなたを忘れ去ろうとも
その273 ババク・アンバリ&「アンダー・ザ・シャドウ」/イラン、母という名の影
その274 Vlado Škafar&"Mama"/スロヴェニア、母と娘は自然に抱かれて
その275 Salomé Jashi&"The Dazzling Light of Sunset"/ジョージア、ささやかな日常は世界を映す
その276 Gürcan Keltek&"Meteorlar"/クルド、廃墟の頭上に輝く流れ星
その277 Filipa Reis&"Djon África"/カーボベルデ、自分探しの旅へ出かけよう!
その278 Travis Wilkerson&"Did You Wonder Who Fired the Gun?"/その"白"がアメリカを燃やし尽くす
その279 Mariano González&"Los globos"/父と息子、そこに絆はあるのか?
その280 Tonie van der Merwe&"Revenge"/黒人たちよ、アパルトヘイトを撃ち抜け!
その281 Bodzsár Márk&"Isteni müszak"/ブダペスト、夜を駆ける血まみれ救急車
その282 Winston DeGiobbi&"Mass for Shut-Ins"/ノヴァスコシア、どこまでも広がる荒廃
その283 パスカル・セルヴォ&「ユーグ」/身も心も裸になっていけ!
その284 Ana Cristina Barragán&"Alba"/エクアドル、変わりゆくわたしの身体を知ること
その285 Kyros Papavassiliou&"Impressions of a Drowned Man"/死してなお彷徨う者の詩
その286 未公開映画を鑑賞できるサイトはどこ?日本からも観られる海外配信サイト6選!
その287 Kaouther Ben Hania&"Beauty and the Dogs"/お前はこの国を、この美しいチュニジアを愛してるか?
その288 Chloé Robichaud&"Pays"/彼女たちの人生が交わるその時に
その289 Kantemir Balagov&"Closeness"/家族という名の絆と呪い
その290 Aleksandr Khant&"How Viktor 'the Garlic' Took Alexey 'the Stud' to the Nursing Home"/オトンとオレと、時々、ロシア

Aleksandr Khant&"How Viktor 'the Garlic' Took Alexey 'the Stud' to the Nursing Home"/オトンとオレと、時々、ロシア

ロシアと言えばソ連時代から連綿と続くアート映画大国だろう。ジガ・ヴェルトフアンドレイ・タルコフスキーアレクサンドル・ソクーロフアンドレイ・ズビャギンツェフなどなど文芸映画の担い手であった映画作家たちは枚挙に暇がない。だが今回はそういう文芸映画だとか高尚なものは全て忘れろ!ということで今回はロシアの現在を描き出すハイテンション不謹慎コメディ、Aleksandr Khant監督作“How Viktor 'the Garlic' Took Alexey 'the Stud' to the Nursing Home”(題名長すぎ!)を紹介していこう。

主人公は“ニンニク”という渾名を持つ男ヴィクトル(Evgeniy Tkachuk)だ。彼は筋金入りのチンピラ野郎で、子供も妻もいるのに夜は悪友たちと酒をブチ込みまくりバーにいる女を口説きまくり、そして泥酔状態で家に帰ってきたかと思うと、二日酔いの状態でゴミ収集所での仕事を適当にこなしていく。彼の日常はそうやって刹那的に過ぎ去っていく。

まず今作はロシアのクソッタレ野郎の豪快なクソッタレぶりを存分に描き出していく。自分の浮気相手に言い寄ってくる相手を外に連れ出して鉄拳で一発KO、更に浮気相手と車の中でガンガンヤりまくって、家へ堂々のご帰宅だ。するとそんな現状に嫌気が差した妻と喧嘩になり、流れでビール瓶を持ち出され頭をカチ割られる始末。そんな破天荒な状況がハイテンションで以て綴られていく訳である。

その中で印象的なのは映画の色彩感覚だ。撮影監督Daniil Fomichevの映し出す世界には赤やら緑やら黄色やらのクラブに満ちる明かりを思わせる極彩色が広がっている。デンマークのキレキレ作家ニコラス・ウィンディング・レフン映画さながら、常に色味はバッキバキに輝いている。そんな場所で暴飲に暴力に暴走が描かれていく様は、脳髄をブン殴ってくるような攻撃性に汪溢しているのだ。

ある日、ヴィクトルは長年音信不通であった父の“イケメン野郎”アレクセイ(Aleksey Serebryakov)と再会することとなる。彼が家族を捨てたのがきっかけで母親は首吊り自殺を遂げヴィクトルは孤児になってしまった。それ故、彼は父親に対して敵意剥き出しだが、既にアレクセイは寝たきりで言葉すら発せられない状態に陥っていた。そしてひょんなことからヴィクトルは彼を老人ホームまで送るというクソ最悪な仕事をやらざるを得なくなり、奇妙な旅路が幕を開けることとなる。

こうして“How Viktor”は喧しいロードムービーの様相を呈し始める。道中、おっぱいにタトゥーを入れた鶏連れのねーちゃんが乗ってきたかと思うと、おっぱいに見とれたヴィクトルは豪快に事故ってしまう。そして痙攣しまくって超ヤバい感じの父親を病院へブチ込むと、何の注射を射たれたかは分からないが、何故か寝たきり状態から奇跡的に大復活、何処からか銃を持ち出してヴィクトルに要求する。“俺には行かなきゃならん所がある。そこまで連れてけクソッタレ!”

そんな訳でロードムービーは更に父と子の関係性を描き出す道筋となっていく。道中で、ヴィクトルはアレクセイがやらかしてきたらしい数々の悪事を目撃することとなる。その中には現在進行形で自身がやっている悪行を彷彿とさせるものもあり、ヴィクトルは嫌悪感を催すほどの父親と同じ轍を踏んでいるのではないか?と内省せざるを得なくなる。そんな中でアレクセイのある過去が発覚した時、彼はとうとう真実の父親と対峙せざるを得なくなる。そしてそこには絆が生まれる…………のか?

題名の奇妙さと同様に“How Viktor”はなかなかに奇特な味つけをされた父子のロードムービーだ。何よりも笑いのセンスという奴は国によって異なるため、コメディ映画は国境を越えるのが難しいとは言われるが、本作もある側面ではそれが言えると思われる。だがロシア産のコメディ映画ってこんなんなんだなぁと観たりするのもまた一興と言うべきだろう。

私の好きな監督・俳優シリーズ
その201 Yared Zeleke&"Lamb"/エチオピア、男らしさじゃなく自分らしさのために
その202 João Viana&"A batalha de Tabatô"/ギニアビサウ、奪われた故郷への帰還
その203 Sithasolwazi Kentane&"Woman Undressed"/ Black African Female Me
その204 Victor Viyuoh&"Ninah's Dowry"/カメルーン、流れる涙と大いなる怒り
その205 Tobias Nölle&"Aloys"/私たちを動かす全ては、頭の中にだけあるの?
その206 Michalina Olszańska&"Já, Olga Hepnarová"/私、オルガ・ヘプナロヴァはお前たちに死刑を宣告する
その207 Agnieszka Smoczynska&"Córki dancingu"/人魚たちは極彩色の愛を泳ぐ
その208 Rosemary Myers&"Girl Asleep"/15歳、吐き気と不安の思春期ファンタジー!
その209 Nanfu Wang&"Hooligan Sparrow"/カメラ、沈黙を切り裂く力
その210 Massoud Bakhshi&"Yek khanévadéh-e mohtaram"/革命と戦争、あの頃失われた何か
その211 Juni Shanaj&"Pharmakon"/アルバニア、誕生の後の救いがたき孤独
その212 済藤鉄腸オリジナル、2010年代注目の映画監督ベスト100!!!!!
その213 アレクサンドラ・ニエンチク&"Centaur"/ボスニア、永遠のごとく引き伸ばされた苦痛
その214 フィリップ・ルザージュ&「僕のまわりにいる悪魔」/悪魔たち、密やかな蠢き
その215 ジョアン・サラヴィザ&"Montanha"/全てはいつの間にか過ぎ去り
その216 Tizza Covi&"Mister Universo"/イタリア、奇跡の男を探し求めて
その217 Sofia Exarchou&"Park"/アテネ、オリンピックが一体何を残した?
その218 ダミアン・マニヴェル&"Le Parc"/愛が枯れ果て、闇が訪れる
その219 カエル・エルス&「サマー・フィーリング」/彼女の死の先にも、人生は続いている
その220 Kazik Radwanski&"How Heavy This Hammer"/カナダ映画界の毛穴に迫れ!
その221 Vladimir Durán&"Adiós entusiasmo"/コロンビア、親子っていうのは何ともかんとも
その222 Paul Negoescu&"O lună în Thailandă"/今の幸せと、ありえたかもしれない幸せと
その223 Anatol Durbală&"Ce lume minunată"/モルドバ、踏み躙られる若き命たち
その224 Jang Woo-jin&"Autumn, Autumn"/でも、幸せって一体どんなだっただろう?
その225 Jérôme Reybaud&"Jours de France"/われらがGrindr世代のフランスよ
その226 Sebastian Mihăilescu&"Apartament interbelic, în zona superbă, ultra-centrală"/ルーマニアと日本、奇妙な交わり
その227 パス・エンシナ&"Ejercicios de memoria"/パラグアイ、この忌まわしき記憶をどう語ればいい?
その228 アリス・ロウ&"Prevenge"/私の赤ちゃんがクソ共をブチ殺せと囁いてる
その229 マッティ・ドゥ&"Dearest Sister"/ラオス、横たわる富と恐怖の溝
その230 アンゲラ・シャーネレク&"Orly"/流れゆく時に、一瞬の輝きを
その231 スヴェン・タディッケン&「熟れた快楽」/神の消失に、性の荒野へと
その232 Asaph Polonsky&"One Week and a Day"/イスラエル、哀しみと真心のマリファナ
その233 Syllas Tzoumerkas&"A blast"/ギリシャ、激発へと至る怒り
その234 Ektoras Lygizos&"Boy eating the bird's food"/日常という名の奇妙なる身体性
その235 Eloy Domínguez Serén&"Ingen ko på isen"/スウェーデン、僕の生きる場所
その236 Emmanuel Gras&"Makala"/コンゴ、夢のために歩き続けて
その237 ベロニカ・リナス&「ドッグ・レディ」/そして、犬になる
その238 ルクサンドラ・ゼニデ&「テキールの奇跡」/奇跡は這いずる泥の奥から
その239 Milagros Mumenthaler&"La idea de un lago"/湖に揺らめく記憶たちについて
その240 アッティラ・ティル&「ヒットマン:インポッシブル」/ハンガリー、これが僕たちの物語
その241 Vallo Toomla&"Teesklejad"/エストニア、ガラスの奥の虚栄
その242 Ali Abbasi&"Shelly"/この赤ちゃんが、私を殺す
その243 Grigor Lefterov&"Hristo"/ソフィア、薄紫と錆色の街
その244 Bujar Alimani&"Amnestia"/アルバニア、静かなる激動の中で
その245 Livia Ungur&"Hotel Dallas"/ダラスとルーマニアの奇妙な愛憎
その246 Edualdo Williams&"El auge del humano"/うつむく世代の生温き黙示録
その247 Ralitza Petrova&"Godless"/神なき後に、贖罪の歌声を
その248 Ben Young&"Hounds of Love"/オーストラリア、愛のケダモノたち
その249 Izer Aliu&"Hunting Flies"/マケドニア、巻き起こる教室戦争
その250 Ana Urushadze&"Scary Mother"/ジョージア、とある怪物の肖像
その251 Ilian Metev&"3/4"/一緒に過ごす最後の夏のこと
その252 Cyril Schäublin&"Dene wos guet geit"/Wi-Fi スマートフォン ディストピア
その253 Alena Lodkina&"Strange Colours"/オーストラリア、かけがえのない大地で
その254 Kevan Funk&"Hello Destroyer"/カナダ、スポーツという名の暴力
その255 Katarzyna Rosłaniec&"Szatan kazał tańczyć"/私は負け犬になるため生まれてきたんだ
その256 Darío Mascambroni&"Mochila de plomo"/お前がぼくの父さんを殺したんだ
その257 ヴィルジル・ヴェルニエ&"Sophia Antipolis"/ソフィア・アンティポリスという名の少女
その258 Matthieu Bareyre&“l’Epoque”/パリ、この夜は私たちのもの
その259 André Novais Oliveira&"Temporada"/止まることない愛おしい時の流れ
その260 Xacio Baño&"Trote"/ガリシア、人生を愛おしむ手つき
その261 Joshua Magar&"Siyabonga"/南アフリカ、ああ俳優になりたいなぁ
その262 Ognjen Glavonić&"Dubina dva"/トラックの棺、肉体に埋まる銃弾
その263 Nelson Carlo de Los Santos Arias&"Cocote"/ドミニカ共和国、この大いなる国よ
その264 Arí Maniel Cruz&"Antes Que Cante El Gallo"/プエルトリコ、貧しさこそが彼女たちを
その265 Farnoosh Samadi&"Gaze"/イラン、私を追い続ける視線
その266 Alireza Khatami&"Los Versos del Olvido"/チリ、鯨は失われた過去を夢見る
その267 Nicole Vögele&"打烊時間"/台湾、眠らない街 眠らない人々
その268 Ashley McKenzie&"Werewolf"/あなたしかいないから、彷徨い続けて
その269 エミール・バイガジン&"Ranenyy angel"/カザフスタン、希望も未来も全ては潰える
その270 Adriaan Ditvoorst&"De witte waan"/オランダ映画界、悲運の異端児
その271 ヤン・P・マトゥシンスキ&「最後の家族」/おめでとう、ベクシンスキー
その272 Liryc Paolo Dela Cruz&"Sa pagitan ng pagdalaw at paglimot"/フィリピン、世界があなたを忘れ去ろうとも
その273 ババク・アンバリ&「アンダー・ザ・シャドウ」/イラン、母という名の影
その274 Vlado Škafar&"Mama"/スロヴェニア、母と娘は自然に抱かれて
その275 Salomé Jashi&"The Dazzling Light of Sunset"/ジョージア、ささやかな日常は世界を映す
その276 Gürcan Keltek&"Meteorlar"/クルド、廃墟の頭上に輝く流れ星
その277 Filipa Reis&"Djon África"/カーボベルデ、自分探しの旅へ出かけよう!
その278 Travis Wilkerson&"Did You Wonder Who Fired the Gun?"/その"白"がアメリカを燃やし尽くす
その279 Mariano González&"Los globos"/父と息子、そこに絆はあるのか?
その280 Tonie van der Merwe&"Revenge"/黒人たちよ、アパルトヘイトを撃ち抜け!
その281 Bodzsár Márk&"Isteni müszak"/ブダペスト、夜を駆ける血まみれ救急車
その282 Winston DeGiobbi&"Mass for Shut-Ins"/ノヴァスコシア、どこまでも広がる荒廃
その283 パスカル・セルヴォ&「ユーグ」/身も心も裸になっていけ!
その284 Ana Cristina Barragán&"Alba"/エクアドル、変わりゆくわたしの身体を知ること
その285 Kyros Papavassiliou&"Impressions of a Drowned Man"/死してなお彷徨う者の詩
その286 未公開映画を鑑賞できるサイトはどこ?日本からも観られる海外配信サイト6選!
その287 Kaouther Ben Hania&"Beauty and the Dogs"/お前はこの国を、この美しいチュニジアを愛してるか?
その288 Chloé Robichaud&"Pays"/彼女たちの人生が交わるその時に
その289 Kantemir Balagov&"Closeness"/家族という名の絆と呪い