「ということで第二回であるが、まずはあらすじを紹介しよう」
「で、どうだった、初めてのZ級映画は?」
「度し難い………っ………!余りにも酷過ぎる!
『喪失』という言葉の意味をこれほどまでにマザマザと、この心に感じたことが、今まで生きてきた20年の内にあったでしょうか……ホラーという俗悪にさえ至らぬこの陳腐さ……っ……!これを映画と呼ぶことを私の矜持が、私の積み重ねてきた
“経験”が強く拒みます………っ……こんな映画存在して良い筈が……良い筈が……ない、のにぃいいィい…………
どうか、どうかワタシを助けて下さい、リュミエール兄弟…………」
「宜しい!その戦慄!私も『俺だって侵略者だぜ!!』*1を見た時に嫌という程味わった!
その極個人的でしかない体験に依拠することで形成された“映画”という地平が脆くも崩れ去る音を、君は耳朶に聞いたか!
そう、Z級映画鑑賞にはそれが必要だ。それはまるで、光浦靖子につままれた子犬のような、無垢から来たる戦慄が!」
「今の私には、突っ込む力すらありません……」
「具体的にどこがどう“酷かった”かを、私に詳しく聞かせてはくれないか?」
「まず…………この類のホラー映画は、見世物的に人がブチ殺されるのを、無残に殺められるのを、安全圏から眺めることで好奇心を満たしてくれる、そういう役割を果たす映画の一種なのですよね?」
「ああ、そうだ。このようないわゆる“無害なマゾヒズム”*2という、人間だれしもが持ち合わせる欲求を満たすための映画…………その中でも人が無残に虐殺される、という一点に特化したホラー映画を俗に『スラッシャー映画』*3という。これについては早急に詳細なる解説を加えたい所であるが、先のZ級邦題を鑑みて、また追々述べる事としよう。君よ、続けてくれ」
「それだのに……確かに人は多くブチ殺されますけれど……見世物的グロテスクさなんて微塵も存在しやしない!好奇心を満たすためには、グロ描写が余りにものどごし爽やか過ぎる!まるでビールを飲んだはずが、間違って麦茶を飲んでしまったかのような、この落胆……」
「ふむ、例えば?」
「最初の殺害シーンではナイフで刺殺という形を取りますが、人肉を刺し貫いたのに血が出ない……
これはホラー映画として致命的なのでは?そして首 をナタだか何だかで斬首するにしても、血など勿論噴き出せず、しかも生首はウィッグでおめかししたボールの如くコロコロ転がるのみで、何のグランギニョール的残酷もない……!」
「そうだな。確かに血が出ないのはこのジャンルの映画としては辛い所がある。
昔、ゴアの帝王と呼ばれた映画界において血の創造主、そしてZ級映画界の重鎮、ハーシェル・ゴードン・ルイスは『ドクターゴア/死霊の生体実験』の冒頭においてこう言った。
“昔の映画は使用した血糊の量で決まったモンさ……”と」
「血糊が無かったら無かったで、例えばスピルバーグの残虐描写のような創意工夫を惜しまないグロテスクも出来た筈と思わないでしょうか?その描写の後、再び脅しのガジェットとして現れる生首さえも、特にグロくもなく、それこそニッセンの家具の一つにしか見えないじゃあないですか………」
「そうヘチョい、ヘチョいな………だがこの極端なヘチョさこそZ級ホラーの醍醐味じゃあないか!」
「…………本当に、教授と同じシーンを見ているとは思えません。私の戦慄、そして教授の大爆笑!
あのように振る舞う事の出来る余裕は、私にはありません」
「それも斯くありなん……人は未知に対してはただ戦慄を感じるのみ……。だが知識を得る事によって、視界が開ける。
するとどうだ、オウフwwwwwwwフォヌカポォウwwwwwwwwwwwwwwwwとなる事請け合いだ」
「絶対に私はそうなりません!!!
唯一良かったのは、乳繰り合っていたバカップルがヘリコプターのプロペラで豪快に挽肉にされる所でしょうか。
しかし、しかし!余りにも画面が暗すぎて、血肉でなく墨汁を混ぜた下痢便を飛行機にブチ撒けたかの如くにしか見えないなんて、度し難い……度し難いぃぃ……!照明を使うという脳さえも、スタッフには存在しなかったというの……?」
「ドグマ'95……」
「え………」
「ドグマ'95の第4条にはこうある『Speciel lyssætning er forbudt』――照明は使ってはならぬ、と」
「…………いやいやいやいやいや!こんな愚にも付かないZ級作品に“純潔の誓い”を適応しないでくれません?!
そもそも15年くらいその成立に隔たりがありますし!」
「こう考えられないか?
もしかすると、ラース・フォン・トリアーはこの作品やジェス・フランコ*4の『ゾンビの秘宝』などに代表される
“何でこの昏い場面で照明使わないの??バカなの???”演出に感銘を受けた故に、純潔の誓いに照明の禁止を組み込んだ のではないか、と」
「絶対に有り得ませんから!貴方の深読み力が、私には恐ろしくてなりません!」
「だが、今何かと話題の『ドライヴ』はニコラス・ウィンディング・レフンは、Z級映画界でもその異様さに定評のあるアンディ・ミリガンに魅せられ、彼の幻の作品を発掘せしめたとも聞く。だからこそラース・フォン・トリアーとこの……」
「だから、有り得ませんから!!!
この映画にはトリアーの吐き気を催す程のエグさも、レフンの緩急極まるグロテスク描写も何もありはしません!
ただのヘッポコヘナチョコ映画………いえ、映画と呼称するのも烏滸がましく思えてなりません!
しかも何でしょうか、あの全編に渡って乳繰り合われるイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャ!あっちでイチャイチャ!こっちでイチャイチャ!どっちでイチャイチャ!何処でもイチャイチャ!イチャイチャがゲシュタルト崩壊した末に、まさかの固定カメラで長回しイチャイチャと来たら、エロスどころか私の脳髄はタナトス一直線………!」
「斯くの如き映画を見る者は、グロと等しくエロも求める。それがZ級の常だ。
私もプルプルおっぱいが結局ブラジャーを外さなかったのには落胆してしまった。そして貧乳はシャワーシーンで露出したにはしたが、ポッチャリの片鱗も無い手羽先バディで哀しくなってしまった。
だがしかし!Z級映画と対峙するに覚えるべきは、長回しがとかく多用されることだ!」
「あの長回しイチャイチャの如く、いやそれ以上に間延びも好い加減にして欲しいクソ長回しと、これから私は対峙しなければいけないということなのですか……?」
「その通り!長回しはだ!
『カット割りメンドい』『編集に費やす時間が無い』『カメラ動かすの重くて辛い』
というZ級映画製作者のニーズに応える万能撮影法であるからして、Z級映画とは君の言う“クソみたいな”長回しの宝庫であると言わざるを得ない!」
「うぁあぁあっぁあぁx…………度し難い……余りにも度し難いぃぃぃいい……」
「長回しとは、アンゲロプロスやタルベーラ、そしてブライアン・デ・パルマ師匠の物だけでも、増してやロクな展望も持ちえない癖に“映画を分かってる”感を出そうとする大学生の物だけでもないことを推して知るべきだ」
「ですけど……ですけど、このただ……イチャイチャを映しているだけの長回しよりも……酷い長回しが存在するなんてあり得る訳が……有り得る訳が…………Z級映画の闇、深すぎる……」
「して、スラッシャー映画においては、殺人鬼の造形は重要だが、この殺人サンタについてはどう思ったか?」
「クリスマスという時間設定を端的に表現し、真犯人が警察の目を欺く変装としての役割も果たし、そしてサンタが殺人鬼という大衆イメージとの乖離によって恐怖を増幅させる。そういう意味で、その意義は十分にあったとは思いますが………………如何せん特に怖いということは全くないのは………殺しも雑過ぎて本当に退屈でした……」
「だがあのサンタという扮装が、ホラー映画史に残る稀代のラストを生んだ!」
「ハァ???アレの何処が!
アレをドンデン返しと言って良いなら『フォーガットン』*5は何ですか?神ですか?!」
「恐怖から解放されて涙を流す主人公の後ろで行われる、いともたやすく行われるえげつない行為!
あのさりげなくも想像絶する絶望が再来する驚愕のラストは、それこそ『ハロウィン』のラストを凌駕するだろう!
Z級映画界においては『宇宙から来たツタンカーメン』*6に匹敵する驚きが、あのラストにはある!」
「宇宙から……何なの、一体Z級映画とは何なの?!」
「そして驚愕から悲劇へと、悲劇から鎮魂の歌へと。
物悲しき響きに支配されたエンドクレジットに、私は胸が締め付けられて堪らなかった。
このラストの超展開は是非とも各自の目で確かめて欲しい物だな」
「私には締め付けが強すぎて、ゲロをブチ撒けそうになりましたけどね」
「だが事実あのラストの素晴らしさは評価されて、同年公開のスラッシャー映画『Just Before Dawn』(ネタバレになる故に原題のみを)にパクられている」
「それはまた、度し難い…………全てが、全て酷い。
私は……宣言します。私はZ級映画を好きにはならないと!
それを証明するために、不退転の決意を以て、貴方の茶番に望んでみせます!
ええ、私は絶対にZ級映画を好きにはならない!」
「フフ、宜しい!ならば私のZへのLOVEと君のZへのHATE、どちらが勝るか。これから闘争を始めようではないか?」
「望むところです………!」
「だが次回も『犯されたお嬢さま/女子寮を襲う聖夜の殺人鬼』についての講義は終わらない」
「えええぇえ……もう終わったとしか思えなかったのに………」
「Z級映画を語るには欠かせぬある男が、この映画の監督を務めている。
その男の名は――デヴィッド・ヘス。
ある悍ましきZ級映画を知る者なら、彼の存在に戦慄を覚えたに違いない。
次回はそのデヴィッド・ヘスを中心に、キャスト・スタッフについて特集する。
それでは、サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ………」
*1:ジョン・ウォーターズに並ぶボルチモアの巨匠ドン・ドーラーの代表作。これを見ればその凄絶さが分かると思われる。http://www.youtube.com/watch?v=mqQ-X9t58pI
*2:レイチェル・ハーツ『あなたはなぜ「嫌悪感」をいだくのか』
*3:スラッシャー映画については日本語での解説はここに詳しい。http://angeleyes.dee.cc/slasher_film_1/slasher_films_1.html そして英語文献ではあるがスラッシャー映画専門サイトも存在するので参照されたい http://retroslashers.net/
*4:ユーロトラッシュと呼ばれるクズ映画を金のために量産しまくった伝説の監督である。代表作は「ヴァンピロス・レスボス」「ブラッディ・ムーン 血塗られた女子寮」など多数どころの騒ぎではない
*5:私は好きです