鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

“何者か”へと至る「レッド・ライト」(凄くネタバレ)

 物語は、とある神さびた洋館より始る。
 物理学者マーガレット・マシスン(シガニー・ウィーバー)とその助手トム・バックリー(キリアン・マーフィ)、彼らがその洋館に赴いたのは、そこで起こる怪奇現象――ポルターガイストという超常の原因を探るためだ。だが其処にはもう一人の来客がいた。自分を“霊能力者”と名乗る女性だ。不敵な笑みを浮かべる彼女を交え、超常を解明するための儀式が始まる。
 それは赤い、赤い。しかし血というには昏すぎて、そして余りにも人為的に過ぎる赤き燈明に包まれながら。

 その題に相応しき赤き光を以て物語は幕を開ける。それは劇中において、存在するには甚だしく不穏当なる物として、ある時はその色彩を伴い、ある時はその意味を伴い姿を現す。それは時に視覚的な形を得て、時に耳朶に蟠る音を得て、観客の瞳に明示される。その“不穏当”なる存在を、マーガレットたちは彼らの知識と行動を以て、捻じ伏せていくのが序盤のハイライトだろう。
 彼女たちは前述の幽霊屋敷での騒動を解決した後、インチキメンタリストの講演会へと潜入する。大仰な言葉を以て叫ばれる嘘と悪意、その間隙を縫う如く水面下にて執り行われる不可視の闘争。暴き出される愚かな嘘の数々、虚構に塗れた男が知らぬ間に破滅へと堕とされていくそのスリル、そして静かなる緊迫が観客の指の一本一本にまで伝わる。確かに派手とも鮮やかとも言い難い、それは精彩の存在してならない見えざる闘いであるから。だがビクトル・レイエスの波を孕む荘厳なるスコア、ロドリゴ・コルテス監督自身が手掛ける小気味良い編集と演出が、それを冷徹なスリルの刻として魅せるのだ。

 そんな超常の嘘を暴き出し、それを白日の下に晒すことを生業とするマーガレットとトムは云わば師匠と弟子、いやそれよりもむしろ母と息子の関係性に近いかもしれない。彼らを繋ぐ絆は、或る一定の距離を保ちながらも、固く断たれることの無い物と錯覚される。だがその絆が揺らぎ、いとも容易く断たれるのが中盤、ロバート・デ・ニーロ演じる盲目の超能力者サイモン・シルバーの登場よりのことだ。シルバーは30年前、その“超能力”を以て一世を風靡したが、しかし突然の引退により伝説と言う痕跡を残して、彼は姿を消した。そんな彼が今になって沈黙を破り、“超能力”を衆目に晒す。
 彼とマーガレットの間には因縁があった。彼女の息子、植物状態の彼をこのまま生かし続けるのか?それとも彼を行かせるのか?シルバーによってその選択を迫られ、彼女は敗北したのだ。
 シルバーとの過去と現実の狭間で、マーガレットとトムは対立する。その対立はいつしか致命的な激動を生み、本当にあっさりと、それはまるでちっぽけな砂の城が波濤に潰されるように、絆は潰える。この展開はあまりにも軽薄に過ぎると、疑問に思われる方も多いだろう。だがこの別離は必要不可欠なものだったのだ。歩みを頼るべき指針を失ったトムは、暴走を始める。その時こそ、畳み掛ける終盤への狼煙だ。

 トムはシルバーの嘘を暴き出さんが為、がむしゃらに駆け抜ける。その焦燥、そして怒りは痛烈な行為と痛切な表情を以て言葉なくも饒舌に語られる。パートナーであるサリー(エリザベス・オルセン)の心配をよそに、先を見据えぬ前進を以て彼は自分を追い詰めていくのだ。そしてシルバー最後のショーが壮大に執り行われるその時、その場所が彼の終着点であり、マーガレットとの真なる別離を示しだす始まりの時だと、トムは気付くのだ。
 そして観客である私たちは、滴に濡れそぼつトムを目の当たりにするとき、この物語が見せかけのみ取り繕った虚構を暴き出すための物語などではなく、ただシンプルな一人の人間の彷徨いの物語だったのだと。

 トムこそが、マーガレットの否定する、そしてトム自身の否定する超能力者だった。
 それは110分の物語を見ていたとしても、荒唐無稽と思われるかもしれない。振り返れば確かにそれを仄めかす伏線・描写も存在していた。それが筋道の通る物と言えるほどの土台を形成した末の衝撃だった。だがそれにしても虚構が過ぎるのではないか、と。しかし酷くツイストされた物語を丁寧に紐解いていけば、たった一つのありふれた彷徨が見えてくる。誰しもが体験したであろう、自分が“何者か”を知るための長い旅の道筋が。
 トムは劇中において首尾一貫して、超能力などの論理を逸脱する現象の存在を拒み続けた。彼がその果てに至るのは、
 “You can't deny yourself forever”――自分自身を拒むことなど出来ない、永遠に。
 トムの足掻きの意味を、全て握り潰す言葉だ。シルバーとの対峙によって、その言葉の意味を、彼は痛いほど噛み締める。
 そして彼は揺らぐ世界に崩れ去り、零に至る。それは終りであり、また始まりでもあるのだ。
 
 人生を虚構で塗り固めることで長い時を生きてきたシルバー、自分のエゴに苦悩しながら志半ばに斃れたマーガレット。思えば彼らは自分が“何者か”を知らないままに、偽りに充ちたまま終わっていった。その中でトムだけが“何者か”へと至る。
“何者”にも成り得なかった自分が、“何者か”の意味を得た自分へと至る。空白は満たされていくだろう、彼の意志とは関係なく。
 彼は生きていかなければならない。映画は終幕を迎えども、彼はここから始まるのだ。その先に何が待ち受けているのだろうか。それは私たちにも、勿論トム自身にも知ることは出来ない。

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