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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ヴァレリー・マサディアン&"Nana"/このおうちにはナナとおもちゃとウサギだけ

禁じられた遊び」「ポネット」「ハッシュパピー」「メイジーの瞳」最近ではM・ナイト・シャマラン「ヴィジット」「ぼくたちの家路」などが日本でも公開されているが、子供たちの視点で物語を作るということにはどんな意味があるのだろう。私たちがかつてそうであったはずなのに、いつしか忘れてしまった何かへの郷愁、もしくは自明であるはずの何らかの概念について子供たちの視線を通じて考え直すため、そこには様々な意味があるだろうが、今回紹介する作品にはそんな問いに対する1つの答えがあると言っていい、ということで私の好きな監督・俳優その61では写真家出身の映画監督ヴァレリー・マサディアンと彼女の長編デビュー作"Nana"を紹介していこう。

ヴァレリー・マサディアン Valérie Massadianはフランスを拠点とする映画監督・写真家だ。アルメニア系の家庭に生まれたのだが、父のジャック・マサディアンジャン=フランソワ・ビゾーと共にカウンター・カルチャー誌"Acutuel"と自由FM局RADIO NOVAを創始した人物だという。若い頃は東京でモデルをしたり、ニューヨークではワイン作りに励んだりと世界を飛び回るが、後年フランスに戻りファッションブランド"ジャンコロナ"で働き始める。ここで出会ったのが写真家のナン・ゴールディンだった、2001年から2003年までマサディアンは彼女のアシスタントを務め、シノグラフィー製作、展覧会の開催、小説出版など幅広い分野で活躍することとなる。

そして彼女は美術監督として、伊勢谷友介加瀬亮が出演しているフランソワ・ロトゲール「パッセンジャーで映画界デビューを果たす。2007年にはシルヴィー・テステュー出演・ミケランジュ・ケイ監督作のハイチ映画「食べよ、これは我が体なり」「ターボキッド」で狂人ヒロインを演じたローレンス・レボーフが主演している"Story of Jen"、そしてベアトリス・ダルエマニュエル・ベアールが超素敵で私の大好きなラブロマンス映画「嫉妬」などの美術も担当していた。映画作家ペドロ・コスタとも親交があり、2012年時のイベントでの彼の写真はマサディアンの手によるもの。因みに彼の作品で一番好きなのはヴァンダの部屋だそう。

そして彼女は自身の制作会社であるGaijinを立ち上げる。Gaijin……ってあの外人じゃないよねとお思いの貴方、由来はホントにその外人です。"Gaijinとは日本語で見知らぬ人、異なる何かという意味です。私たちは偽りのシステムから逃れたいのです"とはホームページの言葉。他国からどう日本語が受容されるかという一例に思いがけなく行き当たり、興味深かったり。まあそこは置いといて、2011年には初監督作"Ninouche"を手掛け、この短編を元にして同年、長編作品"Nina"を監督することとなる。

芝の上をグルグル回り続けるブタと、追いかける2人の男。それを見ているのは私たちと3人の小さな子供たちだ。彼女たちの歓声とブタの鳴き声が重なりあううち、銃声が響き渡る。ブタは頭から血をブチ撒けながら痙攣し、男の片方が押さえつけようとするが凄まじい震えは止まらない。少女たちはアトラクションを楽しむように、その姿を眺め続ける。そして肉の塊になったブタはすぐさま燃やされ、黒みを増していく。白い煙がモクモクで空みたいだね、1人の少女が笑いながら呟く、ほらまだブタさんがブヒブヒ言ってるよ。

主人公は4歳の少女ナナ(Kelyna Lacomte)だ、彼女は牧場でおじいちゃん(Alain Sabras)と一緒に暮らしている。何にでも興味を持つ年頃の彼女はあちこち歩いたり走ったり、その行動は予測がつかない。ブタさんのしっぽはクルンって回ってるんだね、ほらあっちにもこっちにもタンポポがいっぱいあるよ。好奇心を輝かせ、自然と戯れるナナ、マサディアン監督はカメラを大地にしっかりと据え、ロングショットにクロースショットを巧みに行き交いながら、長回しで以て彼女の姿をじっくりと映し出す。そこにはナナの存在全てを包み込むような慈愛の暖かみに満ちている。冒頭の映像にたとえ驚いたとしても、ナナを観るうち頬の緩みを抑えきれなってくる自分に気付くはずだ。

物語のトーンはしかし、ナナのママ(Marie Delmas)の登場から少しずつ変わっていく。険しい表情を浮かべる彼女はナナを山奥にある古びた家へと連れていく。説明は一切排されたミニマルな作りゆえに、家族の事情はほぼ明かされない。ナナは2人をおじいちゃん/ママと呼ぶが本当にそうなのか、それが真実なら何故2人は離れて暮らしているのだろうか、そしてママがこんな山奥に住む理由は?マサディアン監督自身が手掛ける断絶的な編集はこの謎めきをさらに深めていく。だが何にしろ私たちが出来ることは、ナナの姿を見つめるとただそれだけだ。

ママはいつも眉間に皺を寄せて、疲れはてたような顔をしている。そんな彼女の前でもナナの無邪気さは変わらずに輝いている。ママと一緒にソファーに座り夕食の時間、彼女がナイフとフォークを雑に使って料理を食べているのを見て、ナナは見よう見まねでフォークを突き刺し、ナイフを動かしていく。だんだん食べるとかではなくその動きが楽しくなってきた彼女を、ママは冷淡な目を向ける。この作品において赤いソファーにはハッキリと境界線が引かれている、ナナの世界、そしてママの世界を分ける線だ。この後2人は、ソファーの上で3つの魂についての童話を読むこととなる。楽しそうに童話を読むナナに対して、ママはやはり冷たい視線を向ける。どうして今こんなことになってる、こんなはずではなかった、人生にもう倦んでしまったかのような表情は説明などなくても饒舌に虚無の何たるかを語る、そして彼女はまたこの映画を観る私たちの未来の姿なのではないかという思いにすら駆られる。

ある日ナナはリュックサックを背負って山道を歩き、そして元来た山道を戻っていって家に帰ってくる。そこには暖炉も赤いソファーも大好きなおもちゃもそのままだが、ママの姿だけが消えている。ナナはママが帰るのを待って独りで遊び続けるが、ママはいつまで経っても帰ってこないのだ。ここから映画に出てくるのはナナたった一人になり、無邪気さがそのまま予測不可能性と重なりあう彼女の姿を、マサディアン監督は追う。今にも大いなる自然が、圧倒的な孤独がちっぽけな彼女を押し潰してしまうのではないか、そんな観客の不安はある1つの物体としてこの映画に現れる。

ナナは森を探索するうちに、罠に引っ掛かったウサギを見つける。幼い力で何とかウサギを助けた彼女は、家に彼を連れて帰る。だがいくら触れたり声をかけたりしても、ウサギは目を閉じたまま動くことはない。観客は分かっている、そのウサギは既に死んでしまっているのだと。だがナナには分からない、彼女はまだ"死"という概念を知らない、それは冒頭のブタのシーンでも明らかだろう。そして私たちは彼女の視点から、"死"を改めて眼差すこととなるのだ。マサディアン監督はここで個人の主観というべき物は徹底して排除しナナの姿をただただ撮り続ける、ナナが彼女なりに"死"を理解する過程が、これを観る人々がそれぞれに"死"を学び直す過程とするために[B+]

(写真家であるあなたは、何を表現するために映画を作ったのでしょうという質問に対し)人生です。写真というのは死んだ一瞬を切り取るもので、墓標と同じなんです。だからこそ力強さを持っているのでしょう。映画において素晴らしいのは写真とは全く真逆の性質を持つことで、限界はありません。写真にはないもの、つまり光は動いているのだという事実が映画には刻まれているのです。

(子供の視点から映画を作ったのは何故ですかと聞かれ)そこが一番心地よかったからです、かつて私もそこにいましたから。(中略)映画とは知的であるよりも先に、身体的で感情に満ちた存在です。この作品を観ながらあなたは4歳の少女に対して難しい問いを投げ掛けるでしょう、つまり死についての哲学的な問いです。ここに答えを与えるため私は彼女と沢山の時間を共に過ごしましたが、でも問いについて説明する必要はありませんでした、ここに興味はなかったからです。これは全てあなたの問題であり、映画はモノローグではなく会話として作りました、ここには考える余地があるんです。*1

"Nana"はロカルノ映画祭で上映され最優秀初監督作に選出、その後はベルギーのナミュール映画祭、バンクーバー国際映画祭、ロッテルダム国際映画祭、香港国際映画祭など世界各国で上映され話題を集める。最新作は2013年に監督した短編"America"だ。あらすじは、公式サイトに掲載されている詩を参照。ということでマサディアン監督の今後に期待。

参考文献
http://www.interviewmagazine.com/film/valerie-massadian-nana(監督インタビューその1)
http://www.gaijin.fr/GAIJIN/NANA_ENTRETIEN.html(監督から主演の子役への手紙と、インタビューその2)
http://www.gaijin.fr/GAIJIN/HOME.html(監督の製作会社ホームページ)

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