鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Carolina Rivas&"El color de los olivos"/壁が投げかけるのは色濃き影

Carolina Rivasはメキシコ出身の映画監督だ。メキシコシティのCUEC映画学校で映画を学びながら、同時に演劇や舞踏にも親しんでいたという。監督デビューは1995年の"La vida se amputa en seco"、1つの自殺が生む波紋を描き出した短編映画だそうだ。間が空いて2003年には終末世界で息子を救おうと奔走する父親の姿を描くファンタジー映画"Zona cero"を監督、フィンランドタンペレ国際短編映画祭のインターナショナル部門で最高賞を獲得する。そして2006年には彼女にとって初長編であるドキュメンタリー"El color de los olivos"を監督する。

画面に現れるのはオリーブの樹、樹齢は1000才を越え、映画の舞台となるマシャという村落よりも歴史は長いのだと字幕は伝える。マシャはテルアビブから25㎞の地点にある村で、果実の売買などが盛んだった。そんな状況が変わってしまったきっかけが"壁"の建設だった。パレスチナ人の隔離など様々な理由からイスラエルは"壁"を作り始めるが、その土地に生きる人々の意向は全く無視し、建設を止めようとはしない。

そんな状況に人々は声を上げる、アメール家も同様だ、彼らは政府の蛮行に抵抗し続けるが、イスラエルは容赦なく土地を収奪、家は潰さない代わりに建物を巻き込んだ形で壁を作り上げてしまう。そうしてマシャ村の産業は壊滅的な状況に陥り、アメール家の生活も劇的に変わってしまった。この""はそんな彼らの日常をありのままに淡々と映し出す力作だ。

まず描かれるのはアメール家が一家揃って果樹園へと向かう光景だ。以前はその道中に何かがある訳ではなかったが、今は門がある。そこには銃を持ったイスラエル兵が警備にあたっており、いちいち許可を取らなければ壁の向こうには行けない。果樹園の周りには荒涼たる景色が広がっている。枯れた大地、地面に打ち捨てられた岩の塊、かつての繁栄を感じさせる廃墟、そんな中で父のハニや彼の子供たちは果実やオリーブを収穫していく。

この土地は先祖代々受け継がれてきたものであり、私たちの血と根がここにはあるのです、そんなハニの言葉が字幕として浮かび上がる。この映画で特徴的なのは、被写体がカメラの前に立ち自分の考え・思いを語るシーンが一切存在せず、そういった思いについての言葉は字幕で処理されていることだ。声や身振りから滲み出るだろう感情は全てスポイルされ、無機質な文字列だけがここにはある。

ハニはある朝早くから、ロバと共に果樹園へと赴く。ハニが許可を求めると、10分待ってろと彼らは命令し、そして10分が経ち、30分が経ち、1時間、2時間……ハニは怒りに震えながら家に戻り、モニラへと愚痴を吐き出す。そして彼女が茶を入れていると、茶くらいすぐに出せ、お前もあいつらと同じく何時間も待たせる気かと罵倒を浴びせる。イスラエルという国に抑圧されるパレスチナ人、そして彼はその怒りを自分より弱い存在にぶつける、弱き者への抑圧の連鎖がまざまざと繰り広げられる、やるせない一瞬だ。この時、家の中に色濃く広がる影は、また映画全体の雰囲気をも象徴してもいる。監督とカメラのDaoud Sarhandは照明を使うことなく、全編自然光で撮影している故に、アメール家が抱く閉塞感がそのまま映像のトーンとして現れているのだ。字幕の無機質さも相まって、私たちは果てしない息苦しさをも追体験することともなる。

ドキュメンタリーが展開すると共に、焦点はアメール家の子供たちに絞られていく。ぼくは医者になりたい、壁のせいで兄のケガを誰も治すことが出来なかった、ぼくはそんな人を助けるため医者になりたい、家族の次男で三男であるイシャクはそんな言葉と共に粒子鉄線の向こうを見つめる。長女であるアーシャはこんな言葉を語る、家に友達を招待するって楽しいことだけど、壁が作られてからはイスラエル兵が怖いからって、私の家には誰にも来なくなりました。

それぞれがそれぞれの悲しみを抱える中で、壁の存在に最も影響を受けたのは末っ子のシャダッドだ。生まれた時から壁があったからか、人と関わることに臆病で家族以外の人々と余り関わろうとはしない。ママはもう一生連れていってくれないと思うけど、僕は動物たちがいっぱいいる所に行きたい。動物といっぱい遊んで、それから一緒に眠りたいんだ……そしてある時、彼らの母であるモニラのこんな言葉が浮かび上がる、子供たちに何か一つだけアドバイスできるとしたら、それは"我慢を覚えなさい"ということです。だがいつまで我慢すればいい、彼らの生活を目の当たりにした私たちはそんな思いから逃れられないが、アメール一家や我慢を口にするモニラ自身が一番そう思っていることは想像に難くない。

色とりどりのグラフィティが描かれた壁の前で、そして一枚の写真が撮られる。"El color de los olivos"はここに写った8人の日常を恐ろしく淡々と描き出す。だからこそここには新聞やニュースでは知ることの出来ない、一つの現実が焼き付いているのだ。[B+]

Rivas監督、この作品撮影中の2005年にはDaoud Sarhandiと結婚、これ以降は彼と共同で映画を製作していくこととなる。2007年には短編ドキュメンタリー"Como te fue en la feria"を、2009年にはメキシコにおける移民の実状を描いた短編"El desalojo"を監督し、そして2011年には待望の第2長編"Lecciones para Zafirah"を手掛ける。ここから先は次回の記事で書こうと思うので、待て次回!

私の好きな監督・俳優シリーズ
その1 Chloé Robichaud &"Sarah préfère la course"/カナダ映画界を駆け抜けて
その2 アンドレア・シュタカ&“Das Fräulein”/ユーゴスラビアの血と共に生きる
その3 ソスカ姉妹&「復讐」/女性監督とジャンル映画
その4 ロニ・エルカベッツ&"Gett, le procès de Viviane Amsalem"/イスラエルで結婚するとは、離婚するとは
その5 Cecile Emeke & "Ackee & Saltfish"/イギリスに住んでいるのは白人男性だけ?
その6 Lisa Langseth & "Till det som är vackert"/スウェーデン、性・権力・階級
その7 キャサリン・ウォーターストン&「援助交際ハイスクール」「トランス・ワールド」/「インヒアレント・ヴァイス」まで、長かった……
その8 Anne Zohra Berracherd & "Zwei Mütter"/同性カップルが子供を作るということ
その9 Talya Lavie & "Zero Motivation"/兵役をやりすごすカギは“やる気ゼロ”
その10 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その11 リンゼイ・バージ&"The Midnight Swim"/湖を行く石膏の鮫
その12 モハマド・ラスロフ&"Jazireh Ahani"/国とは船だ、沈み行く船だ
その13 ヴェロニカ・フランツ&"Ich Ser Ich Ser"/オーストリアの新たなる戦慄
その14 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その15 クリス・スワンバーグ&"Unexpected"/そして2人は母になる
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