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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

クリスティナ・グロゼヴァ&「ザ・レッスン 女教師の返済」/おかねがないおかねがないおかねがないおかねがない……

さて、ブルガリアである。何でもブルガリアは年間映画製作数3本という少なさだそうで、そりゃ日本でブルガリア映画なんて観る機会ほぼないよなという。最近、と言っても5年前だがカメン・カレフの監督作で東京国際で作品賞も獲得したソフィアの夜明けが公開されたが、それ以外は殆ど来ていない。ちなみにカレフ監督、最近どうしてんのかなと思って検索したら精力的に作品を作っていて、2015年にはフランスを舞台にブルガリア人の情報屋とロマの娼婦の出会いを描き出した第3長編"Tête baissée"を監督、ブルガリアの映画祭で賞を取るなんかもしていた。ということで今回は知られざる東欧ブルガリアの新鋭クリスティナ・グロゼヴァと彼女の長編デビュー作「ザ・レッスン 女教師の返済」を紹介して行こう。これも何か文芸エロ映画みたいな邦題つけられちゃって……

クリスティナ・グロゼバ Kristina Grozeva は1976年ブルガリアのソフィアに生まれた。2005年にはソフィア大学でジャーナリズムの学位を取得後、演劇映画芸術アカデミー(NATFA)で監督業について学ぶ。

2004年の"Toshka i Toshko"は嫌われ者とスリの出会いが巻き起こす大騒動を白黒サイレント映画の形式で描き出したコメディ短編、2008年の"Ptitzi Bozhii"(英題: Birds of Heaven)はブルガリアの山奥の寒村を舞台に、村の住民と観光客が文化と言語の違いを越えて友情を育む姿を綴る作品で話題になる。

夫であるペタル・ヴァルチャノフとの共同製作は2009年の短編ドキュメンタリー"Parable of Life"から始まり、2010年のTV映画"Avariyno Katzane"(英題: Forced Landing)は恋、夢、友情、すべてを失った2人の男が過去の記憶を巡る姿を描く作品で、ブルガリア長編映画祭「黄金のバラ」では特別賞を獲得した。そしてこの勢いに乗り製作された2012年の短編"Skok"は、独身の中年男性がとある豪邸で友人の留守を任されたのだが、そこに現れた水道メーターの検針者の存在が奇妙な愛の風景へ彼を誘うこととなる……といった作品でブリュッセル短編映画祭やクレルモン=フェラン国際短編映画祭で作品賞を獲得、大きな話題となる。そして2014年彼女たちは初の長編映画「ザ・レッスン 女教師の返済」を手掛ける。

お金を盗んだ者は正直に名乗りでなさい、教師のナデ(マルキタ・ゴシェヴァ)は黒板の前に立ち、生徒たちに向かってそう告げる。無表情を張りつける者、ニヤニヤと唇を歪ませる者、名乗りでる奴がいないか周りを見渡す者、だが自分ですと名乗る者は現れない。気まずい沈黙、淀んだ空気。お金を盗んだ者は正直に名乗りでなさい、ナデは再び声を響かせる、だが誰も応えることはない……

不誠実な生徒たちに怒りを覚えながら、ナデ自身もお金の問題を抱えていた、とにかく散々たるほどに貧乏であるという問題を。夫のムラデンは職にもつかず酒浸りの日々、そのクセ最愛の娘デアはいつも家にいる夫ばかり慕って面白くない。家計の助けに副業として英語の翻訳もやっているがATMには一向に給料が入ってこない、責任者に詰め寄っても"今度払う、今度……"と埒が空かず、イライラは募るばかり。そんな彼女に特大の不幸が舞い込んでくる。市の職員突然の訪問によって発覚したのは、夫が趣味の車にローンの返済金を注ぎ込んでいたこと、期日内に金を払わなければ家は抵当に入れられてしまう。そしてナデは何とか金を用意しようと、あちらこちらを駆け回るハメになる。

物語に通底するのは胃がキリキリと痛くなるほどのリアリズムだ。ナデと夫ムラデンの関係性は余り良い状態とは言えない。ナデは苦境の穴にすっぽりと嵌まってしまったムラデンを労りながらも、テストの採点に忙しいナデが彼に皿洗いを頼むと、夫は後でなと言ってからドダン!!!と露骨な不機嫌さで以てドアを締める。監督たちは両方の抱えるモヤモヤをスクリーンに染み渡らせる。そしてナデと生徒たち、盗まれた金について両者が対面する時のあの雰囲気、大人という人種の存在への恐れ、それでいて教師という人種を舐め腐るような軽蔑、教室にはこの2つが奇妙に合わさった空気感が生々しく漂っている。

しかしこの「ザ・レッスン」において特徴的なのは、表面上・演出上はウンザリする程のリアルさが貫かれながら、脚本は精緻に組み上げられており、正に映画的としか形容できないサスペンスの興奮に満ちている点だ。ナデは金を集めるため、疎遠だったクソったれな父親の元へ行ったり、何とか給料を前借りしようとしたりと万策を尽くし一応金は用意できる。だが此処からなのだ、お役所仕事という名の不運がナデの頬骨をブン殴ってくるその時は。文字通りに駆け回ることになるナデが何か1つ取り繕うと、また別の問題が持ち上がりそれを解決したかと思えば、良かれと思ったことが裏目に出て全てが彼女に跳ね返り、往復ビンタのように観る者を襲う。学校のトイレでヒイヒイハアハア、バスの中でヒイヒイハアハア、銀行の窓口でヒイヒイハアハア、公園の噴水でヒイヒイハアハア、監督たちの巧みなストーリーテリングは計算された不幸の釣瓶落としによってナデの、そして私たちの胃をグルグルグルグル回しまくるのだ、もう勘弁してくれ!

こうして冷たいリアリズムと現実離れしたサスペンス、2つの良いとこ取りで展開していく物語に浮かび上がってくるのは社会への静かな怒りだ。官僚主義的な社会体制は弱者のみを押し潰し、踏みにじる。その抑圧は些か滑稽でもありながらその実致命的だ。それによって疲弊していく、もしくは現在進行形で憔悴していっている人々の呻き声はそのままナデを演じるの渋面に見えてくる。ノオミ・ラパス似の硬質な面持ちからは表だって感情が表れることは少なくとも、内奥にドロつく苦しみの滲み方は酷く雄弁だ。そして惨めで情けなくて涙すら枯れ果てる状況に陥った彼女の行動は、そのまま監督たちが私たちに提示するモラルへの問いとなる。「ザ・レッスン」は官僚主義と資本主義の冷や水に1人の弱者の顔を容赦なくブチ込む作品だ、だが彼女の破れかぶれの一発は弱き者たちの渾身の叫びとして胸を打つだろう、それは良い意味でも悪い意味でも。

「ザ・レッスン」テッサロニキ映画祭で銅賞と脚本賞東京国際映画祭では審査員特別賞、トランシルヴァニア国際映画祭では監督賞・主演女優賞を獲得するなど話題になった。ということで監督の今後に期待。

参考文献
https://iffr.com/en/persons/kristina-grozeva/(監督プロフィール)
http://www.cineuropa.org/ff.aspx?t=ffocusinterview&tid=2745&did=263828(監督インタビューその1)
http://blogs.indiewire.com/womenandhollywood/tiff-women-directors-meet-kristina-grozeva-the-lesson-20140904(監督インタビューその2)

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