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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ミン・バハドゥル・バム&「黒い雌鶏」/ネパール、ぼくたちの名前は希望って意味なんだ

さて10月11月ときて映画祭ラッシュも終わりに近づき始めたが、そんな中で東京フィルメックスが開催である。私的には何で今年に限ってイスラエル映画一本も公開しないの????と開催前から落胆していたのだが、以前ブログでちょっと取り上げたヴィムクティ・ジャヤスンダラ監督の最新作「白い光の闇」が上映ということで喜び勇んで出掛けたが、これが外れだった。何というかさ、いい加減、苦しんでいる男のその苦痛の発露が女性をレイプするっていうの止めない、観るたび不快感が募るだけなんだよ、死生だとか大層なこと考えておいて女性観は結局それかよ、死生を考えるにおいて女性は勘定に入ってないんですね、ハイハイ、死ねって感じだった。

東京国際映画祭で観たホセ・ルイス・ゲリン「ミューズ・アカデミー」が家父長制のケツ舐め映画、4,5,60代のシスヘテロ男性映画評論家が露出しているチンコを手コキするみたいな映画で死ねとか思ってたし、もう映画祭行くの止めようかなと思っていた所で、出会いましたよ、素晴らしい映画に。ということで今回はネパール映画界の新鋭ミン・バハドゥル・バム監督と彼の長編デビュー作「黒い雌鳥」について紹介していこう。

ミン・バハドゥル・バム Min Bahadur Bham1984年ネパールに生まれた。大学ではネパール文学と映画製作について学び、後には仏教哲学と政治科学で修士学位を獲得する。現在はネパール・インディペンデント映画組合の会長、オスカー映画研究大学では助教授として教鞭を取り、自身のプロダクションであるShooney Filmsを立ち上げネパールで様々な作品を制作するなど多岐にわたって活動している。

彼が映画監督としてまず注目されるきっかけとなった作品が2012年に手掛けた"The Flute"だ。この作品はヴェネチア国際映画祭で初めて上映されたネパール映画として話題となり、トロントで開催されたネパール映画祭ではJury Awardを獲得する。2013年にはベルリナーレ・タレント・キャンパスと釜山国際映画祭主催のアジア映画アカデミーに参加し、2015年に初長編である「黒い雌鳥」を完成させる。

2001年、北ネパールの山間部に位置する小さな村、ここにプラカシュ(Khadka Raj Nepali)とキラン(Sukra Raj Rokaya)という2人の少年が住んでいた。彼らは親友で、いつだって2人一緒に遊んでいた。だけどもこの村が、ネパールが何か少しずつ変わり始めているのを肌で感じてもいた。例えば軍人の姿を何度も見かける、青い服の軍人たちが鶏を買いに来たと思うと、赤い服の軍人が「革命を!革命を起こせ!」と叫んだり。そんなある日、プラカシュは姉から白い雌鳥をもらい大喜び。雌鳥を好きな映画俳優にちなんでカリシュマと名付け、大事に育てるとプラカシュは姉に約束するのだが、翌朝彼女は忽然と姿を消してしまう。村人たちはあの赤いマオイスト共に連れ去られたのだと口々に言うのだが……

まず目を引くのはネパールに広がる雄大なる自然の姿だ。村とそこに生きる人々は木々と共にあり、プラカシュたちがふと外へと目を向けたその先には天を貫こうかという程に高く聳え立つ山々が見える、なので村から少しでも外に出ると険しい山道が広がっている。撮影監督のAziz Zhambakiyevはその雄々しさを美しく捉え、私たちの心を魅了しながらも、プラカシュたちの生きる世界に宿るのはそれだけではない。物語の冒頭に人間を差し置いて真ん中にドンと映るのは題名にもある黒い雌鳥だ、老いた男の背負ったカゴの上で、あっちこっちに首を振る。その姿に思わず微笑んでしまいそうだが、村にはこんな可愛らしい動物たちが多く住んでいる。キランたちが山道を歩いている時、後ろではのそのそと牛たちが歩いていて、2人がフレームアウトしても、カメラは草をもふもふと喰う牛を映し出し続けると、そういったシーンがこの作品には頻出するのだ。動物の可愛さと良い意味で間の抜けた編集が、魅力的なゆるみを世界にまた宿していく。

しかしそれだけではいられない苦しい状況も次第に浮き彫りとなっていく。プラカシュとキランの友情には1つの障壁がある、それがカースト制度だ。村長の孫息子であるキランは度々村長にこう言われる、あの"不可触民"と遊ぶのは止めるんだと。身分の高い・低いなんて分かりたくもないキランは彼と遊ぶのを止める訳もない一方、プラカシュや彼の父親は日々差別を受け続けている。安い労働力として酷使され、貧困から抜け出すことも叶わない。だから姉はあの赤い軍人と行ってしまったのかもしれないとプラカシュは思い、彼女の残した雌鳥を大事に育てようとするが、雌鳥すら貧しさに目の眩んだ父親に売り飛ばされてしまう。

こういった状況の中であったとしても、2人の友情は固いものだ。雌鳥を買い戻すために奮闘するキランたちの姿を、監督は暖かな視線と共に描き出していく。お祖父ちゃんから金盗んできたんだ、でもまだ足りないよ、じゃあ定規セット売っぱらちゃえばいいんだ!なんて会話を繰り広げながら、辛い状況でも笑みを絶やさない2人は純粋で、彼らがしでかすあの手この手の騒動、そしてそれを知ってか知らずか鳴き声をあげる雌鳥の姿は笑いなしには観られないだろう。

だがその絆すらも押し潰そうとする存在が、何処からともなく不気味にせりあがってくるのをあなたは肌で感じるだろう。政府軍とマオイストたちの対立は日に日に激化していき、2人も否応なくそれを目の当たりにすることとなる。雌鳥だけがプラカシュたちの絆を繋ぎとめる物となり、とうとう彼らは雌鳥のために旅立つ。あれほど緩やかだった物語には息が詰まるほどの異様な緊張感が張りつめ、私たちはその旅路を固唾を飲んで見守るしかない。そしてこの物語が提示するもの、それは禍々しき絶望、言葉なくうちひしがれるしかない絶望。

しかし最後に1つ、フィルメックスのQ&Aで知って慰められたことがある。監督によるとキランとプラカシュの名は"輝き"や"日の光"を意味するのだという。そうだ、この映画を観たならあのシーンを忘れないで欲しいのだ、ほんの微かであったとして希望もあってくれる、友情という名の希望がそこにあってくれると見せてくれたあのシーンを。


私の好きな監督・俳優シリーズ
その1 Chloé Robichaud &"Sarah préfère la course"/カナダ映画界を駆け抜けて
その2 アンドレア・シュタカ&“Das Fräulein”/ユーゴスラビアの血と共に生きる
その3 ソスカ姉妹&「復讐」/女性監督とジャンル映画
その4 ロニ・エルカベッツ&"Gett, le procès de Viviane Amsalem"/イスラエルで結婚するとは、離婚するとは
その5 Cecile Emeke & "Ackee & Saltfish"/イギリスに住んでいるのは白人男性だけ?
その6 Lisa Langseth & "Till det som är vackert"/スウェーデン、性・権力・階級
その7 キャサリン・ウォーターストン&「援助交際ハイスクール」「トランス・ワールド」/「インヒアレント・ヴァイス」まで、長かった……
その8 Anne Zohra Berracherd & "Zwei Mütter"/同性カップルが子供を作るということ
その9 Talya Lavie & "Zero Motivation"/兵役をやりすごすカギは“やる気ゼロ”
その10 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その11 リンゼイ・バージ&"The Midnight Swim"/湖を行く石膏の鮫
その12 モハマド・ラスロフ&"Jazireh Ahani"/国とは船だ、沈み行く船だ
その13 ヴェロニカ・フランツ&"Ich Ser Ich Ser"/オーストリアの新たなる戦慄
その14 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その15 クリス・スワンバーグ&"Unexpected"/そして2人は母になる
その16 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その17 Marco Martins& "Alice"/彼女に取り残された世界で
その18 Ramon Zürcher&"Das merkwürdige Kätzchen"/映画の未来は奇妙な子猫と共に
その19 Noah Buchel&”Glass Chin”/米インディー界、孤高の禅僧
その20 ナナ・エクチミシヴィリ&「花咲くころ」/ジョージア、友情を引き裂くもの
その21 アンドレア・シュタカ&"Cure: The Life of Another"/わたしがあなたに、あなたをわたしに
その22 David Wnendt&"Feuchtgebiete"/アナルの痛みは青春の痛み
その23 Nikki Braendlin &"As high as the sky"/完璧な人間なんていないのだから
その24 Lisa Aschan &"Apflickorna"/彼女たちにあらかじめ定められた闘争
その25 ディートリッヒ・ブルッゲマン&「十字架の道行き」/とあるキリスト教徒の肖像
その26 ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める
その27 ハンナ・フィデル&"6 Years"/この6年間いったい何だったの?
その28 セルハット・カラアスラン&"Bisqilet""Musa"/トルコ、それでも人生は続く
その29 サラ=ヴァイオレット・ブリス&"Fort Tilden"/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
その30 Damian Marcano &"God Loves the Fighter"/トリニダード・トバゴ、神は闘う者を愛し給う
その31 Kacie Anning &"Fragments of Friday"Season 1/酒と女子と女子とオボロロロロロオロロロ……
その32 Roni Ezra &"9. April"/あの日、戦争が始まって
その33 Elisa Miller &"Ver llover""Roma"/彼女たちに幸福の訪れんことを
その34 Julianne Côté &"Tu Dors Nicole"/私の人生なんでこんなんなってんだろ……
その35 ジアン・シュエブ&"Sous mon lit"/壁の向こうに“私”がいる
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