鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Justin Tipping&"Kicks"/男になれ、男としての責任を果たせ

先日マジで信じられないことが起こった。マジでトランプが大統領になったって知った時は信じられなかった。その後から女性やアジア系やアフリカ系の人々、イスラム教徒、障害を持つ人々などマイノリティに対するヘイトクライムが多発した。海の向こうに生きる自分はTwitterなどネットで彼らが虐げられる姿を見て成す術もない思いに駆られた。それと同時に、そこから生まれる絶望を越えて何かやらなくてはならないという思いも生じた。

ではその中で私が出来ることが何か。それを考える時、このブログでやり続けていることを継続していくべきだと思った。つまり日本では観られることのない映画を紹介することを。だがそれだけではない、トランプが大統領であることによって虐げられる人々を描いた未公開映画を紹介するべきだと。アメリカには白人ばかりが生きている訳ではない。人種、宗教、SOGI(性的指向性自認)と様々な多様性を持った人々がこの国には住んでいる。だからこそ今回からはそんな人々の声を語る作家や作品を紹介していきたいと思う。まず最初はアフリカ系アメリカ人である若者たちの置かれたシビアな状況を描き出す作品“Kicks”とその監督Justin Tippingを紹介していこう。

Justin Tippingはカリフォルニア州オークランドに生まれた。スウェーデン、フィリピン、イギリス人の血を引いており、この背景が映画の製作姿勢にも影響を与えているという。最初は経営経済学について学んでいたが途中で専攻を変え、カリフォルニア大学では映画とメディア研究を、LAでしばらく働いた後に入学したアメリカン・フィルム・インスティチュートでは監督業について学ぶ。映画監督として名声を博すきっかけとなったのが2011年製作の短編"Nani"だ。グラフィティ製作に精を出す青年が、奉仕活動の一環で出向いた老人ホームで84歳の老女イザベルと知り合い……という作品でダラス国際映画祭、サンディエゴ・ラティーノ映画祭などで賞を獲得し話題となる。その後も"Swiming Pool"(2013)にレクサスやソニーのコマーシャル動画を監督、よりすぐりの学生映画を地上波で放送する番組"Film School Shorts"に参加するなど精力的に活動した後、2016年には初の長編映画"Kicks"を完成させる。

いつも自分が宇宙船を持っていたら良いのにって思う、それで飛んでいければ誰も僕をバカになんて出来ないから……毎朝そんな思いと共にブレンダン(Jahking Guillory)は目覚める。15歳で思春期真っ盛りな彼の日々は灰色だ、道端でも学校でも自分の小柄で女っぽい外見のせいで舐められ続け、いじめられる。いつだってモテモテなリコ(Christopher Meyer)と自称R&Bの天才アルバート(Christopher Jordan Wallace)という親友はいて良い奴らなのだが、彼らすら自分のことを馬鹿にしてくる時がある。ブレンダンはそんな自分を変えたくて必死だった。

“Kicks”は鬱屈した日々を送るアフリカ系の少年ブレンダンの日々を追っていくが、こうした日常の中で彼が求める物こそが“男らしさ”だ。外見については勿論のこと、彼はリコのようにバスケも巧くプレイできず、アルバートのようにライムも紡げやしない、周囲の少年たちがクールにやってのける事を自分は1つも出来やしない、そのせいか女の子に注目されることもないが、リコたち含め他の奴らは彼女たちと良い感じの関係でセックスもしているらしい。運動神経抜群、リズム感も鋭敏、性的にも奔放などアフリカ系に対する固定概念は少年たちの内面にも影響を与えているという根深さが伺える一幕だが、そんな“男らしい”彼らを尻目に、ブレンダンはヘタレで最低でクソッタレな自分に悩み続ける。

だが彼の鬱屈を吹き飛ばすような事件が起こる。ブレンダンはエア・ジョーダンにご執心で、そのために金を稼いでいたのだが350ドルの大金をそう簡単に手に入れられる訳がない。それでも偶然に偶然が重なり、彼は夢だった赤黒柄のエア・ジョーダンを手に入れることになる。それを履き外へ出る彼には、世界が全く違うように見えてくるのだ。体も心も一回りデカくなったような気分のブレンダンはリコたちを逆に馬鹿にしたり、女の子からナンパされたりと最高の気分を味わうが、幸せは長く続かない。学校からの帰り道、彼はこの地域でもかなり悪名高い男フラコ(Kofi Siriboe, エヴァ・デュヴァーネイのドラマシリーズQueen Sugar”にも出演)と鉢合わせ、案の定エア・ジョーダンを強奪されてしまう。

今作は監督が16歳の頃実際に体験した出来事を元にしている。ナイキのエアー・プレストスを履いて喜び勇んで出掛けた彼は、道の途中で暴漢に襲われ靴を強奪されそうになったのだ。偶然人が通りがかったおかげで靴は盗まれずに済んだのだが、顔に傷を負いしばらく周囲の人々から嘲笑を浴びたのだという。この時抱いた思いを反映した“Kicks”は中盤からブレンダンがエア・ジョーダンを取り返す旅路を描くこととなる。その旅路には黒人文化がふんだんに取り入れられている。劇中ヒップホップが頻繁に流れ、各章のタイトルをケンドリック・ラマー2Pacなど名だたるアーティストの曲から引用するなどしているのだ。

そして今作の演出はブレンダンの精神世界を反映したような筆致となっている。彼らの息遣いや空間に満ちる匂いが画面越しに迫ってくるようなリアリズムが基盤ながら(本人は自転車泥棒などのネオレアリズモからの影響を公言している)、そこにスローモーションからMTV的編集、ボイスオーバーが重なり、全体的に不安定で浮き足立った感触が宿っている。だがそこで一本の支柱となるのが現実に介入してくるブレンダンの妄想だ。彼の前には時折宇宙服を纏った人物が空から舞い降りてくる。飛行士は彼に対し自分の行くべき道を指し示してくるのだが、無重力を伴う宇宙的イメージの数々が、思春期の少年が抱えるだろう浮き足立つ感触に迫真性を与えている。

ブレンダンはエア・ジョーダン奪還のため、リコたちと共にオークランドへと足を踏み入れていくが、そこから少しずつ物語のトーンが変貌していく。この地に足を踏み入れていくことは、つまり“男らしさ”の危険な部分へと進んでいくことに他ならない。彼は助力を求めて叔父であるマーロン(ルーク・ケイジ」マハーシャラー・アリ)の元を訪れるのだが、そこで思わず目にするのが拳銃だ。ブレンダンはある部屋で無邪気に笑う赤子とその隣に置いてある銃と対面することとなる。些かの躊躇いの後、彼は銃を手にしその懐に納める。生と死の鮮烈な対比の中で手にしたそれがブレンダンの運命を大きく分けることとなる。

ここで少し注目したいのが、アフリカ系の人物を主人公とした作品群における最近のトレンドだ。まず今最も話題になっていると言うべき作品としてBarry Jenkins監督作“Moonlight”が挙げられる。今作はゲイである主人公の姿を幼少期/青年期/成人期という3つの時間軸から語るという作品なのだが、今作が試みているのは“男性性”の再考である。黒人男性は強く、男らしくあらねばならないという社会の圧力に苦しむ主人公がいかにしてそういった価値観/呪縛から解放されるかを本作は描き出しているという。そしてマーベルのドラマシリーズルーク・ケイジはハーレムなど黒人文化を大々的に描き出した作品でもあるが、主人公と対立する人物としてコットンマウスという悪役が登場する。彼はハーレムを牛耳るボスとして威厳を放つが、元々彼は音楽を愛する青年であり、しかし自分の後を受け継がせようとする先代によって暴力=“男らしさ”の呪縛に呑み込まれていった犠牲者であることが明かされる。更に彼の邪悪な“男らしさ”が別の人物へと受け継がれる描写も存在している。

上述した2作と“Kicks”の3作品に共通して出演する俳優がマハーシャラー・アリだ。“Moonlight”では主人公の人生に大きな影響を与える父親的存在を、そしてルーク・ケイジではコットンマウスを演じているのが正に彼なのだ。そして“Kicks”においてはブレンダンの叔父マーロンを演じているが、彼は劇中において最も濃厚に“男らしさ”を体現する人物だ。殺人の罪で刑務所に服役していたこともある札付きの悪であるマーロンは、しかし向こう側の世界にどっぷり浸かっているからこそブレンダンにこっちへは来るなと警告を与える。この三作を観て考えるのは、黒人コミュニティが“男らしさ”を再考するにあたり、その中心に位置する存在がアリということである。彼の漂わせるカリスマ性は例えばサミュエル・L・ジャクソンデンゼル・ワシントンが漂わせる物とはまた異なる。彼の佇まいは厳かで、例え筋骨は隆々でNワードを饒舌に繰り出すとしているとしても、どこかフェミニンな印象すら与える。それが源なのかは定かではないが、他の俳優たちが“男らしさ”を自ら選びとった故のカリスマ性を漂わせるのに対し、彼の場合は“男らしさ”を選びとらざるを得なかった故の後ろめたいカリスマ性がある。そういった意味で常道と少しずれた場所に彼は位置し、このズレが観る者に内省を促すのだ。今までアフリカ系の文化において基盤となっていた“男らしさ”とは一体なんだったのかということを黙して考えさせる力が宿っているのだ。

更に監督自身はこの“男らしさ”についてインタビューでこんな言葉を残している。"あの頃を振り返ると、何故いつも"男らしさ"は暴力と同義となるのか考えてしまうんです。涙など流さない男になれ、男としての責任を果たせ、怒り以外に何も感じるな、もし経験がなかったとしてもどれだけ自分が女の子とセックスしてるか言ってやれ……何故社会は私たちにそう教えるように構築されているのでしょう、私はそのどれにも同意できません"

しかし監督の思いとは逆にブレンダンはマーロンの忠告を無視し、彼の銃を奪ってフラコを追い求めるが、“男らしさ”へ足を踏み入れた彼の旅路は一転して血にまみれた凄まじい物と化す。彼はただエア・ジョーダンを取り戻したかっただけなのに、その思いが満杯になったコップに注がれる最後の一粒となり、暴力は洪水のようにブレンダンたちに襲いくる。その果てに“Kicks”という物語は“男らしさ”の原風景へと辿り着くこととなる。観る者はその唇に苦い血を感じるしかない荒涼たる風景がそこには広がっているのだ。

参考文献
http://www.latimes.com/entertainment/movies/la-et-mn-kicks-director-justin-tipping-20160819-snap-story.html(監督インタビュー)
http://www.indiewire.com/2016/04/tribeca-directors-to-watch-student-academy-award-winner-justin-tipping-kicks-off-the-fest-tonight-290030/(監督インタビューその2)
http://www.justintipping.com/(監督公式サイト)

ポスト・マンブルコア世代の作家たちシリーズ
その1 Benjamin Dickinson &"Super Sleuths"/ヒップ!ヒップ!ヒップスター!
その2 Scott Cohen& "Red Knot"/ 彼の眼が写/映す愛の風景
その3 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その4 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その5 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その6 ジェームズ・ポンソルト&「スマッシュド〜ケイトのアルコールライフ〜」/酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい…
その7 ジェームズ・ポンソルト&"The Spectacular Now"/酒さえ飲めばなんとかなる!……のか?
その8 Nikki Braendlin &"As high as the sky"/完璧な人間なんていないのだから
その9 ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める
その10 ハンナ・フィデル&"6 Years"/この6年間いったい何だったの?
その11 サラ=ヴァイオレット・ブリス&"Fort Tilden"/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
その12 ジョン・ワッツ&"Cop Car"/なに、次のスパイダーマンの監督これ誰、どんな映画つくってんの?
その13 アナ・ローズ・ホルマー&"The Fits"/世界に、私に、何かが起こり始めている
その14 ジェイク・マハフィー&"Free in Deed"/信仰こそが彼を殺すとするならば
その15 Rick Alverson &"The Comedy"/ヒップスターは精神の荒野を行く
その16 Leah Meyerhoff &"I Believe in Unicorns"/ここではないどこかへ、ハリウッドではないどこかで
その17 Mona Fastvold &"The Sleepwalker"/耳に届くのは過去が燃え盛る響き
その18 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その19 Anja Marquardt& "She's Lost Control"/セックス、悪意、相互不理解
その20 Rick Alverson&"Entertainment"/アメリカ、その深淵への遥かな旅路
その21 Whitney Horn&"L for Leisure"/あの圧倒的にノーテンキだった時代
その22 Meera Menon &"Farah Goes Bang"/オクテな私とブッシュをブッ飛ばしに
その23 Marya Cohn & "The Girl in The Book"/奪われた過去、綴られる未来
その24 John Magary & "The Mend"/遅れてきたジョシュ・ルーカスの復活宣言
その25 レスリー・ヘッドランド&"Sleeping with Other People"/ヤリたくて!ヤリたくて!ヤリたくて!
その26 S. クレイグ・ザラー&"Bone Tomahawk"/アメリカ西部、食人族の住む処
その27 Zia Anger&"I Remember Nothing"/私のことを思い出せないでいる私
その28 Benjamin Crotty&"Fort Buchnan"/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
その29 Perry Blackshear&"They Look Like People"/お前のことだけは、信じていたいんだ
その30 Gabriel Abrantes&"Dreams, Drones and Dactyls"/エロス+オバマ+アンコウ=映画の未来
その31 ジョシュ・モンド&"James White"/母さん、俺を産んでくれてありがとう
その32 Charles Poekel&"Christmas, Again"/クリスマスがやってくる、クリスマスがまた……
その33 ロベルト・ミネルヴィーニ&"The Passage"/テキサスに生き、テキサスを旅する
その34 ロベルト・ミネルヴィーニ&"Low Tide"/テキサス、子供は生まれてくる場所を選べない
その35 Stephen Cone&"Henry Gamble's Birthday Party"/午前10時02分、ヘンリーは17歳になる
その36 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その37 ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その38 ネイサン・シルヴァー&"Stinking Heaven"/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その39 Felix Thompson&"King Jack"/少年たちと"男らしさ"という名の呪い
その40 ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
その41 Chloé Zhao&"Songs My Brothers Taught Me"/私たちも、この国に生きている
その42 ジョセフィン・デッカー&"Butter on the Latch"/森に潜む混沌の夢々
その43 Cameron Warden&"The Idiot Faces Tomorrow"/働きたくない働きたくない働きたくない働きたくない
その44 Khalik Allah&"Field Niggas"/"Black Lives Matter"という叫び
その45 Kris Avedisian&"Donald Cried"/お前めちゃ怒ってない?人1人ブチ殺しそうな顔してない?
その46 Trey Edwards Shults&"Krisha"/アンタは私の腹から生まれて来たのに!
その47 アレックス・ロス・ペリー&"Impolex"/目的もなく、不発弾の人生
その48 Zachary Treitz&"Men Go to Battle"/虚無はどこへも行き着くことはない
その50 Joel Potrykus&"Coyote"/ゾンビは雪の街へと、コヨーテは月の夜へと
その51 Joel Potrykus&"Ape"/社会に一発、中指ブチ立てろ!
その52 Joshua Burge&"Buzzard"/資本主義にもう一発、中指ブチ立てろ!
その53 Joel Potrykus&"The Alchemist Cookbook"/山奥に潜む錬金術師の孤独