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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

デヴィッド・ゴードン・グリーン&「スモーキング・ハイ」/男の友情最高!ホモソーシャル万々歳!

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デヴィッド・ゴードン・グリーン及び彼の過去作品についてはこちら参照。

さて、デヴィッド・ゴードン・グリーンは前作から3年越しに「スノー・エンジェル」を手掛け、サンダンス映画祭で話題を博す訳だが、作り終わった後の心模様についてインタビューでこう答えている。”この作品を作る際、脚本に2年をかけ、パーソナルな問題や感情をこれでもかと注ぎ込み、人生の多大なる時間を捧げました。そしてドラマという物に関わる時、私たちは活力や正直さ、誠実さを以て完全に没頭しなくてはならない、そうでなくては関わるべきじゃないと強く感じました。この映画には当時の自分を100%捧げた故に、再びパーソナルで親密な作品を手掛けようとするより力を充電するのが最善だ、だから全部投げ出してさぼっちまえと思ったんです。それと同時にデカい予算で楽しみたい(中略)世界の裏側で一体何が起こってるか見てみたいという思いもあったんです”……そんなグリーンが次に踏み出した一歩、つまり第5長編“Pineapple Express”aka「スモーキング・ハイ」は以前の彼の作品とは全く似つかない、凄まじいものになってしまった、悪い意味で。

今作の主人公デイル(「ダイヤルはン〜フ〜」セス・ローゲン)は召喚状配達人、つまり弁護人の代わりに“テメエは犯罪者だ、裁判所出廷しろや!金払えや!”という書類を運ぶ配達人という訳だ。彼は自身のボロ車でマリファナスッパスパ吸いながら、あっちこっちを縦横無尽に駆け回る日々を送っていた。最近の悩みの種は恋人アンジー(幸せがおカネで買えるワケアンバー・ハード)のことだ、彼女は高校生なのだが大学に進学したら自分を捨てるんじゃないかという思いから逃れられずにいる……けどもマリファナ吸ったら全部忘れちゃうぜーーーーーい!!!

「スモーキング・ハイ」はそういう感じ且つ題名そのままに、マリファナを吸って吸って吸いまくる、いわゆるストーナーコメディとしての常道を疾走していく。その上で関わってくるのが上述したジャド・アパトー一派、つまりはアパトーギャングの面々である。まずギャングの太まし特攻隊長セス・ローゲンが主演として突入してきたかと思うと、次に出てくるのは当然ギャングのヘラヘラ番長ジェームズ・フランコである。彼の演じるソールは似非キリスト然とした姿で現れ、ソファーの上でスパスパ良い感じのマリファナを吸い、二人は他愛ない喋りを繰り広げる。この何とも言い難くフワッフワした空気感が好きな人は少なくない筈だ。

そしてデイルはソールから“パイナップル・エクスプレス”という名前(原題はこれが元)の最新高級マリファナをもらい、それをスパスパ吸いながら召喚状を届けに行くのだが、何とそこで警察官らしい女と精気を失ったケヴィン・ベーコンのような顔の男が殺人を犯している現場に遭遇してしまう。おしっこチビる勢いでデイルは逃走を図るのだが、道にバイナップル・エクスプレスを捨てたのが運の尽き、身元を特定された彼はソールと共に逃げて逃げて逃げまくる羽目になる。

今まで文芸作品を中心に手掛けてきたグリーンだが、今回はジャド・アパトーの元でコメディ映画に初挑戦している。この時代に流行りだった、例えばスーパーバッド 童貞ウォーズのような男の友情ものakaブロマンスものへと果敢に挑み、ド迫力のカーチェイスや必然性をかなぐり捨てた上で繰り出される銃撃戦、マリファナ大礼賛などネタを矢継ぎ早に乱射してくる。グリーン自身は80年代のバディ・コメディを目指していたといい「ミッドナイト・ラン」ブルース・ブラザーズの名前を挙げている。

だが結論から言うと今作は大失敗も大失敗、ゼロ年代アメコメの駄目な所がこれでもかと詰まった作品と化してしまっている。その原因の1つはシンプルにグリーンの力不足だ。慣れないジャンルだからか、ネタブチ込んでもアクションやっても、どこかテンポが悪く乗り切れない。いつものまるで観る音楽のような作風は何処へ?と疑問符が湧くほどにリズムが死んでいる。特にデイルとソール、そしてダニー・マクブライド演じるヤクの密売人レッドとの乱闘シーンにはこれが顕著で、いくらローゲンたちが馬鹿騒ぎをかましても、こっちのテンションは上がらない。まるで死骸にマリファナ吸わせてるような空回りぶりだ。

そしてもう1つの原因がいわゆるホモソーシャル問題である。一見すればこういった映画は男の友情最高!という無邪気な作品のようだが、彼らは男の友情という奴をを保つために様々なものを踏みにじっていく。その犠牲となる存在が女性な訳である。アイツ最高だぜ、だってアイツの連れてきた女の子が俺にフェラしてくれんだぜええええええ!みたいな会話をカジュアルに繰り広げ、女性を性的な対象としてしか見ない。更にデイルが10代の高校生と付き合ってるって設定自体がアレだが、彼女が結婚しようと言うと、いやそこまでは面倒見切れないとばかり責任から逃げ彼女を放置した上で、男の友情最高だぜ!となるのだから目も当てられない。私がゼロ年代のアメコメを嫌う理由は、こういった価値観を持ったジャド・アパトー(告白すると、彼とジョン・ヒューズの映画は反吐が出るほど嫌いだ)やセス・ローゲンというアパトーギャングが大手を振っていたのがこの時代だからだ。それでもローゲンが“ああいう映画はちょっと差別的だった”と反省した上で「ネイバーズ2」を作ったりと、彼らも価値観をアップデートし始めていることは書いておくべきだろう。

さて、ここからはグリーンの作家性に話を戻したいが、ホモソーシャルを考える上で彼には“All the Real Girls”という前科がある。今作は田舎町に住む主人公ポールとこの地に戻ってきたばかりである女性ノエルの恋模様を詩情豊かに描き出す作品だ。しかし詳しくはレビュー記事を参照して欲しいのだが、実際に浮かんでいるのは田舎町に帰ってきた女性がホモソーシャル的な共同体で男たちの幻想を投影される様だ。彼女のいない時に主人公と友人が“アイツのおっぱい良い形してるよな!”とか会話する姿や、妹を強権的に支配しようとする兄の姿などにはホモソーシャルの醜い部分がこれでもかと反映されている。

じゃあ今作がホモソーシャル批判の映画になっているかと言えばむしろ逆なのだ。詳しく説明し直すのはめんどいので、レビュー記事から抜粋でお茶を濁そう。”だがここで致命的なのは、では今作がそのホモソーシャル的な価値観を批判しているかと言えばむしろ逆で、グリーン監督自身はこの価値観側にいるということだ。物語が進むにつれ、ポールとノエルの愛は熱を失い、別離の予感が彼らを包み込むようになる。この時物語はポールの心に寄り添うゆえに、ホモソーシャルの醜さを鑑みれば独りよがりとしか思えない苦しみが頗る詩的な演出で描かれ、自己憐憫と自己耽溺が凄まじく濃厚となっていく。それゆえ逆説的にホモソーシャルの醜さが忌憚なく生々しく描かれるという側面もあるにはあるのだが、これは批判精神から来ているものではないと終盤で分かる。

ラスト、共同体の不気味な存在感を描いていた作品は、ポールとノエルの個人的な問題へと収斂していってしまう。そしてポールは別れを受け入れ、ノエルは彼の元から去っていく。これもある意味では幻想からの解放と取れるのだが、ノエルが向かうのは先に“あいつ良い乳してるよな”と言った件のバッド・アスの元なのだ。つまりノエルはポールから解放されながらも、ホモソーシャルからは完全に解放されることはなく終わるのだ。それでいて独りになったポールは辛い経験で成長しました的な良い話風の終わり方をしてしまう。いや、いやいやこれは完全に問題があるだろう、色々な問題を完全に投げっぱなしにしてしまっている”という訳である。だが“All〜”が南部の寒々しい光景と豊かな詩情によって歪な魅力を持っていたのに対し「スモーキング・ハイ」には南部も詩情もなく、あるのはただホモソーシャルの醜さのみである。

さて、では何故グリーンはこんなコメディを作ってしまったのか。その鍵を握る存在がダニー・マクブライドその人である。グリーンとマクブライドが大学の同級生というのは先に書いたが、彼は先述した“All the Real Girls”で俳優としてブレイクし映画界で活躍、アパトーギャングに加入することとなる。そしてマクブライドは、アパトーとローゲンが「スモーキング・ハイ」を監督する人物を探していた際に友人であるゴードンを紹介した訳である。彼によればグリーンとアパトーは現場の空気をコントロールする手腕、俳優たちがそれぞれの裁量でアドリブが出来る自由な雰囲気、そういった物が似通ってるので引き合わせたらしい。マジでお前そうしたせいで1つの才能が浪費されてんじゃねーかと言いたくなる。それでもグリーン本人はこの経験がとても楽しかったようで、マクブライドと新作を構想、そして2009年に「ロード・オブ・クエスト」を完成させる訳だが、正直「スモーキング・ハイ」観てグリーン特集記事書くの止めようかなとか思うくらいには詰まらなかったので、今から戦々恐々である。

参考文献
http://www.firstshowing.net/2008/interview-pineapple-express-director-david-gordon-green/(監督インタビューその1、アパトーとの共同製作や今後の展望などなど)
http://www.avclub.com/article/david-gordon-green-14290(監督インタビューその2、今までとは違う映画を作ること、コメディへの姿勢などなど)
http://www.indielondon.co.uk/Film-Review/pineapple-express-danny-mcbride-interview(ダニー・マクブライドのインタビュー)