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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

オランダ映画界、謎のエロ伝道師「処女シルビア・クリステル/初体験」

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最近はそうでもなかったが、前はこの鉄腸マガジンで"文芸エロ映画"というジャンルを紹介していた。TSUATAYAなどのレンタル店にある外国映画の棚、その端に煽情的なタイトルの、ポルノではないけども限りなくポルノに近そうな題名の映画が多々置いてあることがある。例えば「誘う処女」「アブノーマル」「裸の診察室」などがそうだ。タイトルに惹かれ実際に観てみると、エロは少しだけで内容は映画祭でよくやってそうな文芸映画だったと落胆した人々も少なくないだろう。興味深いのはそんな作品の中には、本当に映画祭、しかもかなり著名な映画祭でプレミア上映された作品があるということだ。

例えば「欲望の航路」(レビュー記事はこちら)という作品はエロ大国フランスの格調高いエロ映画的のような売り方が成されているが、実際はフランスとギリシャを代表する若手俳優アリアーヌ・ラベドが主演で、世界的にも有名な新人監督の登竜門ロカルノ映画祭でプレミア上映、女優賞なども獲得している。「ダニエラ 17才の本能」(レビュー記事はこちら)はジャケット画像と邦題からは想像もつかないが、実際はチリに台頭するキリスト教啓蒙主義に対し反旗を翻すバイセクシャルの少女を描いた作品で、アメリカにおけるインディー映画の祭典サンダンス映画祭脚本賞を獲得しているほどの作品だ。

今挙げた作品群は2010年代に制作された、比較的最近の映画だが、昔からこうして内容や履歴を無視して、エロ要素だけを抜き取ったうえで文芸エロ映画として推されてきた作品は少なくない。今回紹介するのはそんな運命を辿った映画の1本である、ビム・ド・ラ・パラ・Jr監督作「処女シルビア・クリステル/初体験」を紹介してきたい。正直全てが酷いのだが、それに関してはおいおい説明と訂正をしていきたいと思う。

まずは普通に本編を紹介していこう。主人公はフランクとエーファという夫婦(ヒューゴ・メッツェルス&ヴィレケ・ファン・アメローイ)だ。フランクの激しい浮気性のせいで夫婦仲は最悪、救い難い倦怠が彼らの間には広がっていた。だがエーファは希望を捨てておらず、夫婦仲を再生するために様々な方法に打って出るのだった。

今作、冒頭から何とも壮絶に生命力が爆発している。フランクは助手席に愛人であるシルヴィア(シルヴィア・クリステル、彼女は主演でもなければ処女でもない)を乗せて道路を突っ走る。シルヴィアは酒をブチ込みながらオナニーまで始め、車内にはムラムラは爆裂するが、それに気を取られ車は豪快に事故をブチ起こす。だがフランクはそれすら気にせず、シルヴィアすら置いてバーへと向かう。そこからもうフランクという男の向こう見ずさが分かるだろう。

こんな男を中心として、ここから90分間銀幕をチンコとマンコがのたうち回る訳である。愛人とのセックスは勿論、夫婦仲のショック療法として妻エーファの寝取られ&フランクはクローゼットで盗み見という陰湿なプレイをかましたりと、貞操観念をいとも容易くブチ抜くエロの饗宴がかまされる訳だ。正直言えば全編エロパワーに満ち溢れているので、文芸エロ映画として売られた理由も分からなくはない。が、主人公のように喧伝されるシルヴィア・クリステルは前述の通りフランクの愛人で、端役の1人でしかない。「エマニエル夫人」フィーバーで日本に輸入されたのは想像に難くない。

だが今作は本国オランダにおいては頗る重要な作品としてシネフィルの記憶に残っている。それは何故か。これを説明するためには、今作の監督であるビム・ド・ラ・パラ・Jrを紹介していかなくてはならない。本名はPim de la Parra ピム・デ・ラ・パラ、"ビム"という表記は明確に間違いで、末尾のJrは今作限定で何故そうなのかは定かではない。彼は1940年、当時オランダの植民地だったスリナムに生まれ、オランダに移住した後に1960年からオランダ映画アカデミーで映画について学びはじめる。1963年には友人であるWim Verstappen ヴィム・フェルツァペンNikolai van der Heyde ニコライ・ファン・ダル・ヘイダGied Jaspars ヒェト・ヤスパルスらと映画批評誌Skoopを立ちあげる。

1965年にはその批評の実践とばかりに、Verstappenとともに自身の制作会社Scorpio Filmsを設立した。ここでParraは"Jongens, jongens, wat een meid""Aah... Tamara"といった短編を監督するとともに、友人Verstappenの短編"De minder gelukkige terugkeer van Joszef Katús naar het land van Rembrandt"(1966)や長編デビュー作"Drop Out"をプロデューサーとして制作する。そしてこの経験を経て、自身にとっての初長編"Bezeten - Het gat in de muur"を1969年に完成させる。医学生である主人公が借りた部屋の壁に小さな穴を見つけ、隣人のセックスを覗き見し始める……という物語で、明確にヒッチコック、特に「裏窓」に影響を受けた作品となっている。

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だが今作で最も注目すべき点は共同脚本家が、何とあのマーティン・スコセッシであるということだ。この時スコセッシは初長編「ドアをノックするのは誰?」の追撮(今作は1967年に"I Call First"として完成していたものの、配給会社にセックスシーンを追加しろと要求された。そして1970年には今に知られる"Who's That Knocking at My Door"として完成を見る)を行うため、ハーヴェイ・カイテルらとオランダの首都アムステルダムに赴いた。ここでスコセッシとParraは出会い、彼は"Bezeten"に脚本家として参加したらしい。何とも奇妙な運命である。

そして1970年の第2長編"Rubia's Jungle"の後、プロデューサーとしてParraはオランダ映画史上最も議論を呼んだ作品の1本、盟友Vertsappenの長編"Blue Movie"(1971)を完成させる。今作は簡単に言えば、前科者が団地の欲求不満な人妻たちとヤリまくるという、ヒッピー時代のセックス革命を背景としたオランダ版団地妻ロマンポルノなのだが、劇場公開されたオランダ映画で初めてセックスと勃起したペニスを映した作品なのだそうだ。当初映画コミッションは上映を許可しなかったが、Vertsappenが直談判し上映を認めさせたところ、観客が雪崩込み当時最大の興行収入を叩きだし、ParraとVertsppenは時代の寵児となった。

この勢いに乗ってParraが1973年に監督した第3長編が"Frank en Eva"、つまり「処女シルビア・クリステル/初体験」という訳である。先述した内容を読めば分かる通り、今作もまたセックス革命を背景としたコメディ作品で"Blue Movie"に続いてこの傾向を突き詰めた作品だったのだ。そして彼らと並行して長編を作り始めていた新鋭監督があのポール・ヴァーホーヴェンである(日本ではハリウッド進出後に有名になった故、名前が英語読みになっているがPaul Verhoevenオランダ語ではパウル・ファルーフェンらしい)彼はParraやVertsappenに先駆け1960年代初頭から短編やTVドラマを手掛けていたが、"Blue Movie"公開と同じ1971年に初長編"Wat zien ik"を完成させた。中年娼婦2人組が仕事に愛にてんやわんやといったコメディ作品で、やはりここにもセックス革命の影響が見受けられる。そして1973年、つまり「処女シルビア・クリステル/初体験」の公開年、彼は日本でも有名な第2長編"Turks fruit"akaルトガー・ハウアー/危険な愛」を完成させた。今作もまたオランダで興行的に最も成功した映画として数えられているが、この背景にあるのは間違いなく"Blue Movie"やParraなのである。

しかしヴァーホーヴェンがここからオランダ映画界、ひいてはハリウッドでのスターダム一直線なのに反して、ParraとVertsappen、そして彼らの制作会社Scorpio Filmsは危機的な状況にあった。Verstappenは映画製作の現状に不満を抱き、当時において最大級の予算をかけた長編"Dakota"に観客が入らなかったことにも苛立つ。その一方でParraは生来の浪費癖を発揮しながら"Dakota"すらも越える予算で新作"Wan pipel"を製作(今作はとても重要な1作なので、後で詳しく解説する)、そして今作もまた興行的に失敗、これ原因でScorpio Filmsは破綻を迎えた。残されたのは借金20万ギルダ、当時のレートで約1100万円だそうだ。当然の帰結としてParraとVertsappenは袂を分かつこととなり、より大衆に寄った作品群、例えば第2次世界大戦時のオランダの田舎町を描く戦争映画"Pastorale 1943"(1978)やルトガー・ハウアーも出演の警察もの"Grijpstra & De Gier"(1979)とその続編"De ratelrat"(1987)などを製作した後、映画界から姿を消した。だが逆にParraの創作意欲は衰えることを知らなかった。80年代から90年代にかけて17本もの低予算映画を製作するなどオランダ映画界の問題児としての存在感を発揮し続けた。しかし1995年に"ジャンル映画への別れの1作"と自身で呼ぶ"De droom van een schaduw"を完成させた後には、故郷のスリナムへと戻り今に至る……

と、最後の部分をはしょってしまったがParraの映画史における異端性、重要性はここにある。先述したが彼はスリナムという国で生まれた、スリナム系オランダ人である。だがそもそもの話、スリナムという国名を聞いたことがない人物もそう少なくないだろう。スリナム共和国南アメリカ大陸の北東部に位置し、南にブラジル、西に――おそらくシネフィルにはガイアナ人民寺院の悲劇」で有名な――ガイアナ共和国と国境を接する国だ。以前はオランダ領ギニアと呼ばれ、17世紀からオランダに植民地として支配されていたが、1954年に自治権を獲得した後、1975年には完全な独立を果たした。故にラテンアメリカで唯一オランダ語公用語であったり、黒人奴隷や移住してきたアジア系住民の文化が混ざり合った無二の文化を持っていたりと、かなり興味深い歴史がこの国には広がっている。そんなスリナムにParraは生まれた訳である。

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Parraは1976年に"Wan pipel"という長編を監督したと先述したが、今作はスリナム独立後、現地の人々を俳優やスタッフとして起用して作られた、言うなれば初めてのスリナム映画なのだ。オランダに留学したアフリカ系スリナム人の主人公が、母の死をきっかけに恋人を残して故郷へと戻ることになる。彼はそこでインド系スリナム人の女性と出会い恋に落ちるが、アフリカ系とインド系の文化的衝突がその愛を邪魔し、更には彼を追ってやってきた恋人の存在は宗主国オランダの存在とも重なり、主人公はアイデンティティの危機に陥る。そんなスリナムの文化の複雑さを反映した物語となっているが、それもあってかオランダでの興行は散々なものだったという。

この後Parraは約20年間オランダで映画を作り続けた訳だが先述の"De droom van een schaduw"を製作した後、彼は故郷のスリナムに移住する。ここで彼はスリナム映画アカデミーの設立に携わり、スリナム映画界の前進に貢献する。そして2007年には引退状態から脱し、彼にとってもう1本のスリナム映画"Het geheim van de Saramacca rivier"を完成させた。若い夫婦が危機的な関係性を建て直そうと奔走する作品はスリナム映画アカデミーによる制作映画第1作という記念すべき作品ともなっている。奇妙にも「処女シルビア・クリステル/初体験」と似た質感を持っていたりもする。この後Parraはスリナムで悠々自適な隠居生活を送っているという。81歳で未だ存命である。ちなみに2021年のアカデミー賞国際長編賞において、スリナムは初めて代表を選出した(Ivan Tai-Apin監督作"Wiren")という記念すべき事件が起こったが、これもParraの尽力が無かったら起こっていなかったかもしれない。

さて「処女シルビア・クリステル/初体験」に戻ろう。今作は、実は日本にPim de la Parraというオランダ映画界の重鎮を紹介していたという意味で超重要な作品だ。それもシルヴィア・クリステル「エマニエル夫人」バブルで奇跡的に日本紹介が成された訳だが(もしかするとこの解説で初めてクリステルがオランダ人と知った人も少なくないのではないか)これ以降、1985年の"オランダ・ニューシネマの波"やロボコップ公開からのヴァーホーヴェンのオランダ時代の作品ビデオ発売、オランダ映画祭の開催などなど徐々に日本でオランダ映画受容が進んでいく。

だが2010年代に入って、まるで「処女シルビア・クリステル/初体験」さながら、俄かに文芸エロ映画として日本へ秘密裏に紹介されることが増えた。その先鞭を切ったのが「裸の診察室」("Brownian Movement", 2010)である。医師である女性が結婚生活への不満から患者とのセックスを繰り返すといった作品だが、今作は今や「さよなら、トニ・エルドマン」で日本でも有名なザンドラ・フュラーが主演で、トロントとベルリンで上映されている。監督のNanouk Leopold ナヌーク・レオポルドは2001年頃から長編を製作し始め、今作が評判となり最も有名なオランダ人監督の1人となる。私が最もその作品を愛するオランダ人監督でもある。作品自体も傑作なのでぜひ観てほしい。

そして次は「アブノーマル」("Hemel", 2012)である。父親とのトラウマから年上の男性とのセックスを繰り返す女性を描いた作品で、今作もまたベルリン国際映画祭で上映されている。監督のSacha Polak サーシャ・ポラックはオランダで期待される新鋭の1人で、2019年には"Dirty God"英語圏進出も果たしており、世界に広く知名度がある。ここに続くのが「誘う処女」("Supernova", 2014)だ。今作もオランダ期待の新人の1作としてベルリン国際映画祭に選出されている。ベルリンに評価されるほどの作品がこんな奇妙な邦題で日本に紹介され、そのポテンシャルを見過ごされたままレンタル店の棚に埋もれているのだ。

という訳で「処女シルビア・クリステル/初体験」オランダ映画史における重要作というだけでなく、日本におけるオランダ映画受容においても色々とさきがけていた1作なのだ。こういう風に未だ埋もれている作品は多いと思うゆえに、今後もディグっていきたいと思う。

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