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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Nayla Al Khaja&“Baab”/娘と母、その心は彷徨う

世界最新の映画を追っていく中で、アラブ首長国連邦(UAE)において今女性監督によるジャンル映画が胎動を始めた予感がある。この国は自国初の長編映画が1988年制作、自国の映画が初めて劇場で上映されたのが2005年と大分遅咲きなのだが、2023年にこの国からから現れた新鋭Wendy Bednarzによる長編デビュー作“Yellow Bus”トロント国際映画祭に選出されることとなる。UAEにおける移民増加を背景に、娘の死の真相を追う女性の姿を描いたスリラー作品であり、いわゆる映画祭映画とは一線を画する娯楽性やジャンル性が際立つ作品だった。そしてこれに続く、また興味深いジャンル映画がUAEから現れた次第である。ということで今回はアラブ首長国連邦期待のジャンル映画作家Nayla Al Khaja نايلة الخاجة による最新のダークファンタジー“Baab”(アラビア語原題:“باب”)を紹介していこう。

今作の主人公はワヒダ(Shaimaa El Fadul)という中年女性だ。彼女は双子の妹であるニスマを失い悲しみに暮れる中で、夫との関係性がとうとう崩壊してしまい、子供たちを連れて母のファトマ(Huda Alghanem)が住む実家へと戻らざるを得なくなってしまった。ここで生活を持ち直そうとワヒダは試みるのだが、ストレス性の耳鳴りに苛まれ彼女は徐々に正気を失っていく。

今作はまず家族をめぐる愛憎劇として展開していく。ワヒダを追いつめる存在は母親であるファトマだ。親子関係は良好なものであるとは到底形容できるものではない。女性は夫に従い家庭を守るべきという旧態依然とした価値観を持つファトマは結婚生活を破綻させ、すごすごと実家に戻ってきた娘を軽蔑し、ネチネチとした厭味を彼女に投げかけ続ける。その様にはいわゆる“毒親”というに相応しい悪意が満ち満ちている。

そして観客は同時にその毒親的な側面をワヒダも引き継いでしまっているのに気づくだろう。長女であるアマル(Meera Almidfa)は進歩的な価値観を持ち、祖母よりも彼女に苦しめられる母親に同情的ながらも、アマルよりも幼い長男のタリク(Mansoor Alnoamani)は神経衰弱で自分を顧みない母親よりも、溺愛してくれる祖母に肩入れする。そして彼はスマートフォンの所有を禁止する母親を尻目に、彼女に取り入ってそれを買ってもらうのだが、ワヒダはこれに激怒し2人の溝はさらに深まっていく。家族間にこそ蟠る淀んだ感情が三世代で受け継がれていく様を、私たちは否応なしに目撃させられる。

監督はこうしたそんなワヒダたちをめぐる荒れ狂う日常を丹念に描きだしていくが、Rogier Stoffersによる洗練された撮影やSebastian Funkeによる小気味よい編集、さらにA.R. Rahmanの不安を煽るような劇伴、これらを纏めあげる監督の演出はすこぶる端正なものだ。そして物語において心労と耳鳴りによってワヒダは神経衰弱に陥るわけだが、これらの要素に加えて、その耳鳴りを模しているのだろうくぐもった音響設計を通じて、監督は彼女の不安定な状況や心理模様を観客に追体験させていくわけだ。

そしてワヒダがファトマに対して更なる猜疑心を連ねていくのは、彼女が亡くなったニスマが住んでいた部屋へと頑ななまでに誰も入らせようとしないからだった。邸宅において違和感のある緑色のドア、その奥に自分の母は一体何をひた隠しにしているのか。もしかするなら妹の死には秘密があるのではないか。猜疑心の果てにワヒダはとうとう部屋へと忍びこむのだったが、そこで見つけたカセットテープが彼女を悪夢の世界へと引きずりこんでいく。

ここから今作はダークな幻想譚へと驚きの変貌を遂げることとなる。悪魔崇拝、血に汚れた廃墟、肉体損壊などグロテスクな光景の数々がワヒダや観客を襲い始めるが、その様はギレルモ・デル・トロ作品などを彷彿の悍ましさが宿っている。だが今作においてはその背景にはキリスト教でなくイスラーム/アラブ文化が存在するゆえ、デル・トロ作品はもちろんハリウッド作品とも趣きを異としているのだ。

そしてこの変貌は、家族劇の舞台となる邸宅の様相をも一変させることになる。ファトマが所有する邸宅は驚くほど広大なものであり、その広さがゆえに数多くの使用人たちが敷地内を行き交うほどだ。さらに四角形を描くような形で部屋が作られ、その中心には中庭が存在しており、その様は1つの家族が住む邸宅というより集合住宅という印象を得る。このような広大な邸宅が、ワヒダの魂が彷徨うと迷宮と化すわけである。そしてその奥にあるのは宝ではない、妹の死の真実なのである。

今作の核となるのは主演俳優であるShaimaa El Fadulの存在感だろう。彼女は彷徨いを通じて抑圧からの解放を目指し、少しずつそれを成し遂げていく一方で、この解放とはつまり社会、特に家父長制社会からの逸脱であることも観客は目撃することになるだろう。ここにおいて解放と狂気は紙一重であり、その不穏さをEl Fadulは身を以て体現していくのである。こうして愛憎の家族劇とダークファンタジーがアラブ文化の中で交錯する個性的な一作こそが“Baab”なのだ。この作品によってNayla Al Khajaはジャンル映画界期待の新鋭として、アラブ首長国連邦はもちろん世界にまでその名を轟かせることだろう。