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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Mohamed Siam&“My Father's Scent”/エジプト、父と息子の最後の一夜

親子関係というものは創作において尽きせぬオアシスだろう。映画に関してだけでも、私がわざわざ名前を挙げずとも読者それぞれで頭に浮かぶ作品があるはずだ。そこにおけるサブテーマも千差万別なら、さらに作られた国も様々ではないだろうか。親子関係というテーマは最も普遍的なものの1つと思えたりするわけである。さて今回紹介したいのはそんな親子関係を描きだしたエジプト映画であるمحمد صيام Mohamed Siam監督作“كولونيا”(英題:“My Father's Scent 父の匂い”)を紹介していこう。

今作はある一人の老人オマール(Kamel El-Basha)の死から幕を開ける。彼は車の運転席で謎の死を遂げていたのだが、疑惑の渦中にいる存在がファルーク(Ahmed Malek)という彼の息子だった。彼は兄であるアリ(Abed Anani)から、昏睡状態から目覚めたばかりの父を一晩だけ介護してほしいと頼まれていたのだが、それでこの事件が起こってしまったわけである。誰もが彼に疑惑の目を向ける中で、ファルークは何も語ろうとはしない……

そして物語はそんなファルークの視点から昨夜の出来事を振り返っていく。子供時代のファルークは学校で優秀な成績を収め、大学では薬学を学んでいたが道を踏み外して麻薬常習者に身を落としていた。仕事もないので、父から受け継いだ雑貨屋を渋々経営していたが、その裏側では麻薬の密売も行っている。サラ(Mayan El-Sayed)という恋人もいるのだが、関係性を前に進めようとする彼女と正面から向き合えずにいる。

そんな状況でファルークは父の介護を任されることになったわけだが、父との仲はすこぶる険悪なものだ。オマールは癇癪持ちで頑固、自分を助けようとしてくれる相手にも罵詈雑言を吐き散らかす手に負えない存在だ。さらにファルークに関してはロクなこともできない放蕩息子と嫌っている。逆にファルークは彼が母を捨て、そのせいで彼女は若くして亡くなったという恨みを抱いている。2人は当然口論に次ぐ口論を繰り広げ、緊張感は加速度的に高まっていく。

Omar Doumaによる撮影は端正なものであり、その画からは常に陰影と、黒や群青といった鬱々たる寒色が迫ってくるほどだ。そして多くの時間、物語はファルークの自宅、特にオマールが横たわる寝室を舞台としているので、息詰まるような閉塞感もまた影とともに迫るのだ。こういった画を基調として、監督は不穏な家族劇として今作を組みあげていく。この緊張と閉塞感の中で、親子の口喧嘩はより陰鬱で痛々しいものとして響くのだ。

そのストレスに押し潰されてファルークは持っていた薬物を吸い現実から目を背けようとするのだが、これが予期せぬ事態を引き起こすことになる。トリップ状態となったファルークは自分を非難してくるオマールに対し、売り言葉に買い言葉とばかり反応するわけだが、これを期に今まで言えなかった本音をブチ撒けることとなり、逆にそれに応えるようにオマールも本心を吐露し始め、2人は互いに対して奇妙な形で心を開いていくことになるのだ。そして彼らは今まで自分たちが出来なかったことをするのだ。一緒にテレビを観る、一緒にドライブをする、一緒に“親子の時間”の時間を過ごす。

そうして物語においては今までの閉塞感がほどけていき、開放感すら感じさせられる瞬間がある。そしてそこには吹き抜ける隙間風のように、ユーモアすらも現れていき、観客の顔には笑みがこぼれてしまう時すらあるだろう。しかし同時に私たちはこの交流の終わりにオマールは死んでしまうと分かっている。それゆえにユーモアにはさらに、一抹の切なさすら混じりこんでくるのだ。

そしてこういった多様な情感を担っていくのが父と息子を演じるEl-BashaとMalkeたち俳優陣に他ならない。最初は観客に苦笑を催させるほどに激しくぶつかりあいながらも、彼らは互いを理解するとともに徐々に溶けあっていく。俳優たちは、キャッチボールで言えば投げる/受けとめるというのを代わる代わる成していくわけだが、その度に情感は豊かになっていくのだ。

“My Father's Scent”は親子関係というものが宿すダイナミズムを父と息子の一夜の交流に託した1作だ。血の繋がってるからこそ理解し合える部分、そして血の繋がっていたとしても理解し合えない部分、この2つが確かにあるというのを観客の心にもじんわりと実感させるような余韻がここにはある。そしてそれは悲しさだけでは終わらないのである。