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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Tiakümzük Aier&“Nana: A Tale of Us”/ナガランド、奪い取られるその1票

さて、ナガランド州である。インド北東部にある8州のうちの1つとして険しい山岳地帯に位置している州で、東にはミャンマー、北にチベットと中国、西にブータンとネパール、南にバングラデシュが隣接している。ミャンマーにも分布するモンゴロイド系の民族である
ナガ族が多く住んでおり、ここにはやはり独自の文化や言語が存在している。今回はそんなナガランド州でナガランドの固有言語であるナガ・クレオール語を使って初めて制作されたというTiakümzük Aier監督による長編作品Nana: A Tale of Us”を紹介していこう。

今作の主人公である中年男性のマライ(Zhokhoi Chüzho)は妻アノ(Mengu Süokhrie)と娘ナナ(Watipongla Kichü)たちとともに山間部の村で暮らしていた。しかし村の経済はあまり良いものではなく、マライ自身も貧困に喘いでおり借金を背負わざるを得ない苦境に追い詰められていた。そんな状況を何とか改善しようと彼は奔走するのだったが……

このように物語は幕を開けるのだが、正直その技術はお世辞にも巧みなものとは言い難い。俳優の演技は拙く、彼らのセリフはまた説明的で不自然なものが多い。ナガランド州の置かれた現状を観客に説明するために、自然さが犠牲となってしまっている。さらに撮影もどこか不安定なところがあり、素人臭さを認識せざるを得ない。制作において今作が様々な側面で“初”というのがここからも伝わってくる。

とはいえ、その素人臭さを越えて監督が描きだす風景からはナガランド州に生きる人々の姿がリアルに伝わってくる。生活用水を得るためにバケツを持って列を成す村人たち、医者に見てもらうために病院の待合室で延々と時間が過ぎるのを待つ患者たち、しかしそういった苦境を跳ねのけるかのようぬ和気藹々と家でくつろぐ家族たち。そこには生活の実感が確かに根づいていると思える。

こういった状況を何とか切り抜けるためマライたちが頼ったのはナガランド州の大臣だった。彼は生活を保障する代わりの交換条件として、近く開かれる選挙において自分が再選できるように住民たちを“説得”するように求められる。その“説得”はあくどい方法も辞さない類のものであり、マライは最初良心の呵責を覚えながらも背に腹は代えられないと“説得”を始めるのだったが……

このようにして今作では選挙が重要な要素となってくる。劇中においては汚職政治家が選挙に必要不可欠な民主的手続きをハックすることで権力を得るという民主主義が内部から腐っていく様が描かれていく。例えば貧困に喘ぐ人の選挙権を金で買収していく。それを実行させられるのは貧しいマライたちなのが皮肉だ。さらに投票所ではその政治家に反対する者に手下が暴力を振るい、自身に票を入れなければどうなるかを見せつけてくる。

監督はこの汚職に加担してしまった主人公をどこまでも追い詰めていく。家族との平穏な暮らしを求めるがゆえと情状酌量の余地はありながらも“因果応報”という言葉が思い浮かぶような苦難の道を彼は歩むことになる。その荒涼たる光景を通じて選挙の重みを伝えんとするNana: A Tale of Us”には、稚拙を越えて鬼気迫るものが宿っている。選挙という制度を大切にしようと、逆張りな自分すら思わざるを得なかった。なのでキチンと投票に行ってきました。Nana: A Tale of Us”に感謝。