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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Michael Kofler&“Zweitland”/南チロル、自由とそして犠牲と

さて、南チロルである。ヨーロッパ中部、そのオーストリアとイタリアにまたがるアルプス山脈東部にチロルと呼ばれる地域があるのだが、南チロルは名前の通りその南側に位置している。現在はイタリア領でトレンティーノ=アルトアディジェ自治州となっているが、その北部ボルツァーノ県はドイツ系住民が圧倒的に多く、イタリア語とともにドイツ語も公用語となっている。言語とともにその文化もオーストリアやドイツといったゲルマン系のものとなっており、他のイタリアの地域とは全く一線を画している。ゆえにここでは分離独立運動が盛んに行われているが、今回はこれが頂点を迎えていた時期を描きだす南チロルの新鋭Michael Koflerによる長編“Zweitland”(英題:“A Land Within 内部の国”)を紹介しよう。

ここではまず南チロルが辿った現代史をおさらいしよう。20世紀初頭まで南チロルはオーストリア=ハンガリー帝国に属していた。しかし19世紀後半にイタリアでは統一運動が展開し、その中で“未回収のイタリア”の一部としてこの地域の併合を目指すようになる。第一次世界大戦においてイタリアは協商国側との間で秘密協定をむすび、オーストリア下の南チロル割譲を条件に参戦、そして終戦後の1919年にはサン=ジェルマン条約によってこの地域を得ることになる。

しかし南チロルは、特に北部がドイツ系住民が多数を占めており必然的に彼らは強い不満を抱き始める。さらにムッソリーニが政権を獲得すると地域のイタリア化政策を推進、彼らのドイツ語の使用を禁止することで人々の不満はさらに募っていく。第2次世界大戦後、この高まりを受けてオーストリアは南チロルでの住民投票を要求したが、1945年10月のロンドン外相会議はそれを拒否したうえで国境の変更を認めないと決定する。つまり南チロルは引き続きイタリアに帰属するという決断が成されたわけである。

そしてこの状況下においてイタリア政府が実施していった政策は、ドイツ系住民もオーストリア政府も満足するものとはならなかった。南チロル人民党といった政党が結成され政治参加が進む一方、南チロル解放委員会(Befreiungsausschuss Südtirol、通称BAS)をはじめとする急進的な分離主義者の組織が結成されオーストリアへの帰属を求める動きが活発化、1950年代半ば以降はテロ活動が頻発することとなってしまう。

今作はそんなテロの時代が続いていた1961年を舞台としている。主人公はパウル(Thomas Prenn)という青年であり、南チロルの山間部に位置する農村で家族とともに暮らしていた。だが貧困に喘ぐこの村には職がなく、兄のアントン(Laurence Rupp)が妻のアナ(Aenne Schwarz)とともに経営している牧場に頼らざるを得ない。そんな彼にはこの村を出てドイツはミュンヘンの美術学校に入学し、画家になりたいという夢があった。そのために勤勉に金を稼ぎ、とうとう移住のための準備が整うのだったが……

まず展開するのは陰鬱な家族劇である。兄のアントンは牧場経営を行う裏側で、実は南チロル解放委員会にも参加しており、選挙など待たずに行動に移すべきとの先鋭化した姿勢を隠さず、そんな兄にパウルは冷ややかな視線を向けざるを得ない。彼がより共感するのはアナの姿勢だ。彼女は穏健派であり、多数派であるイタリア系住民と自分たちドイツ系住民たちの対立を望んでおらず2者の共生を望んでいる。

しかし少なくとも村人の多くはアントン側に寄っているのは、劇中でのイタリア語とドイツ語の使われ方が象徴している。家族内ではもちろん村内でもドイツ語が使われるが、役所ではイタリア語が使われておりそんな役人たちに村人たちは怒りを向ける。さらに学校の授業でも主にドイツ語が使われ、それはムッソリーニ下におけるドイツ語禁止を鑑みれば喜ばしいことながら、不穏なのはイタリア語の排斥が行われていることだ。授業は全てドイツ語で行われるべきとの圧力がかかり、生徒たちはイタリア語を喋る教師に対して軽蔑を隠さず、イタリア語で何か言われる限りは一切聞かないのだ。これは大人たちの態度を見てのことではないだろうか。この状況を、共生を願うアナは苦々しく思わざるを得ない。

このようにして村内ひいては家庭内においても表面上は共に暮らしながらの、水面下には対立と緊張が張り詰めてしまっている。そんな状況を見据えるFelix Wiedemannの撮影においては、光よりも影や闇の方が際立っている。画面は常に暗く、登場人物たちを抱く大いなる自然の数々も広大さよりも不穏さの方が印象は強い。この仄暗い緊張感がいつ激発するか、観客は不安に思わざるを得ないはずだ。

そしてとうとうその日はやってきてしまう。1961年6月12日の未明、連続爆破事件が起こり地域に激震が走る。後に火の夜事件(ドイツ語:Feuernacht、イタリア語:Notte dei fuochi)と呼ばれるこのテロ事件はBASによって行われたもので、計画を通じて主要送電施設が一斉に爆破され、南チロルおよび北イタリア各地の工業地帯で数日間にわたり送電が停止することとなる。こうして甚大な被害が出たのを受けてイタリア政府は厳しく犯人を追及し逮捕者や拷問による死傷者が多数出て、南チロル分離運動はより混迷を極めていく。

このテロを皮切りに今作では息詰まる政治スリラーが展開していくこととなる。BAS構成員としてこのテロに関与していたアントンはオーストリアの北チロルへと逃走、パウルは彼からアナたち家族を一方的に託されてしまう。そして彼らはイタリア政府からの弾圧を真正面から受けることになる。捜査に当たるのはカラビニエリ Carabinieriと呼ばれる国家憲兵隊で、アントンの居場所を知るため高圧的な態度で尋問を行うことはもちろん、暴力をも辞さない。そしてパウルは、同じくBAS構成員だった友人の解放と引き換えにアントンの居場所を教えろとの辛い選択を強いられるのだった。

ここにおいてはイタリア政府による暴虐が丹念に描かれるわけだが、それと等しく印象的なのは南チロル人が会話中で“イタリア”ではなく“ローマ”という言葉遣いをすることだ。標語においても“ローマからの自由を!”との言葉が壁には書かれる。これは首都名を使った仄めかし以上に“ローマ帝国”を見据えた言葉遣いと思われる。ローマは古代西洋における最大の帝国と名高いとともに、ここからの侵略と滅亡を被った国は数知れない。南チロル人にとっては自分たちがこの帝国の侵略を受けた、帝国主義の犠牲者という想いが強くあるのだろう。

この犠牲者意識を背景として南チロルは民族主義ひいてはナショナリズムが激化していき、それによってテロもまた激化していく様を、監督はパウルやアナの視点を通じて冷ややかに描きだしていく。人々はBASの活動に共感を抱き、イタリアに関する全てを排斥しようとするようになっていく。ここにおいては何より子供たちが平和に生きれるようにと二者の共生を願うアナは裏切り者扱いされ、家族は窮地に陥らざるを得ない。

そこにおいて彼らの希望となってくれるのが芸術であるのかもしれない。アントンに「ヒトラーにでもなるつもりか?」と批判されても、パウルは苦しい生活の中で絵を描き続け、ある種その作品や描くという行為そのものが家族にとっては癒しや解放になる様もまた今作では描かれる。しかし同時に監督は芸術の無力さも同様に描きだしていく。暴力に次ぐ暴力、そして報復に次ぐ報復。この圧倒的な力の前では芸術は社会を変えることもできずにただ立ち尽くすしかない。

歴史という意味では1961年から11年後の1972年に、イタリアは南チロルの自治権を認め南チロルの人々は多数派と同等の権利を得ることができた。民族主義は粘り強さによって大きな達成を果たしたというわけだ。しかしこの“Zweitland”歓喜や高揚よりも、その血腥い政治闘争で踏みにじられた命と多くの犠牲こそを見据えている。その眼差しには、何よりも平和への願いが酷く苦い形で滲んでいる。

参考文献
https://www.y-history.net/appendix/wh1202-101_1.html
https://jneia.org/171123-2/
https://secondocasa-okinawa.com/south-tyrol-guide/