鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Hari Sama & "El Sueño de Lu"/ママはずっと、あなたのママでいるから

自分の子供を亡くすという経験は胸を引き裂かれるほどに辛いものだろう。古今東西、芸術はその悲哀を様々な形で表現し、喪失の痛みを癒すという役割を果たしてきた。映画ではどうだろう、ナンニ・モレッティ監督の「息子の部屋」ジョン・キャメロン・ミッチェル監督の「ラビットホール」、そしてスサンネ・ビア監督の「真夜中のゆりかご」などなどゼロ年代以降だけでも、これだけの秀作が作られてきた。ということで今回紹介するのも喪失の苦しみと癒しを描き出す作品だ。

Hari Samaは1967年メキシコシティに生まれた。メキシコ映画技能センター(CCC)で映画について学び、映像作家として活躍することとなりメキシコ空港やドリトスなどのCMや禁煙啓発ビデオなど数多くの映像作品を手掛ける(作品は監督の公式vimeoから鑑賞可)

1996年に短編"Una Suerte de Galleta"で映画監督デビュー、そして2003年には初の長編映画"Sin Ton ni Sonia"を手掛ける。神経質なTVディレクターと彼の妻、情熱的すぎるカップル、看護師兼連続殺人鬼のチャーミングな女性、この5人の人生がリアリティ番組的な演出で綴られていく群像劇で、グアダラハラ映画祭のメキシコ映画部門は観客賞を獲得した。そして第2短編"La Cola Entre las Patas"に第3短編"Tiene la Tarde Ojos"を経て、2012年には第2長編"El Sueño de Lu"を監督する。

朝の光が部屋に差し込む頃、ルシア(Úrsula Pruneda)はゆっくりと目を覚ます。だが瞳に光は宿っていない、濁った黒の色彩がそこにあるだけだ。そしてベッドから起き上がっても、自分からは何かをしようとはしない。母のラウラ(María del Carmen Farias)に促され、やっと彼女は最低限のことをこなし、だがソファーへと座り再び動かなくなる。窓の外にはヤシの葉が見える、ルシアと同じくその葉の数々も微動だにしない。彼女はいつまでもその葉を眺める、眺める、まるで彼女の中で時が止まってしまったかのように、ルシアは感情を全て刈り取られた顔で以てヤシの葉を眺め続ける。

ある日、彼女は母に付き添われてとある場所へと赴く。丸く並べられたパイプ椅子、その1つにルイサは座る。向かいの女性が彼女に言葉をかける、もし心の準備が出来ているなら、あなたのことを話して欲しいと。ルシアは躊躇いながらも意を決して話し始める、息子の名前はセバスチャンだということ、セバスチャンは5歳で脳腫瘍を患ったこと、治療の甲斐もなく彼はこの世を去ったこと……

"El Sueño de Lu"は最愛の我が子を失った母親の姿を静かに描き出していく作品だ。母はいつまでもルシアに付き添い、きょうだいのエミリオ(Moises Arizmendi)や友人のマリク(Gerardo Trejoluna)も彼女を心配して訪ねてくるが何もかもが無駄だ、全てが過ぎ去っていく。そしてセバスチャンが亡くなる前はプロのギタリストであったルシア、哀しみを紛らわせようともう一度ギターに手を触れるが、指は動くことがない。そして夜には息子が好きだったクジラの映像を眺め、眠りに落ちる。そんな何も変わることなき薄暗い日々、ルシアはひたすらに同じ日常を繰り返す。この反復がドキュメンタリータッチで以て延々と映し出される様は息が詰まりそうになるほどの悲壮さに満ちている。

そんなルイサに2つの事件が起こる。セラピーに初めて現れた女性が息子を失った哀しみを皆に語る、息子が亡くなって8年が経ちました、私はここで一体何してるんでしょう?私はこの世界で一体何をしているんでしょう?癒される方法なんてない、全てが変わってしまった……その言葉に共鳴したルシアは人目も憚らず涙を流す。そして家族が自分を気遣って招待してくれたパーティー、少しは楽しみながらも、庭を元気に走り回る子供たちを見るのは余り辛すぎると、彼女はトイレで泣き崩れる。この2つの涙がルシアをある行動へと走らせる。

こういった喪失の哀しみを描く映画において重要なのは"距離感"だ。観る者の心を主人公の心にピタッと重ね合わせるか、もしくは観る者と主人公を遠くに隔てその哀しみを冷静に眺めさせるか、それか――勿論これが一番難しいのだが――上述した2つの中間地点、いわば明晰な親密さを指向するか、この3つのうちどれかを掴むかが成功の鍵だ。"El Sueño de Lu"がどれを指向しているかと言えば3番目の明晰な親密さであり、Sara監督はこれを見事に映画として結実させていると言える。薄暗い反復の中でも歩くような早さで進んでいくルシアの心を私たちは一定の距離を取り見つめながら、彼女を演じるUrsula Prunedaの繊細な演技に私たちとルシアは確かに繋がっていく。そして親しみ深くディテールの数々、クジラ、疎遠だった父の存在、ギターの響きは悲哀とほのかな灯火を観る者の心に届ける。

最初のセラピーの時ルイサは、私はセバスチャンの母親"です"と言ってから、母親"でした"と言い直してしまう。それに対して1人の女性がこう諭す、あなたはセバスチャンの母親です、今までも、これからもずっと。この言葉は最初、ある意味で呪いのように響き渡る、私はあなたを忘れられないという呪いのように。だがいつしか言葉は温もりを宿して癒しとなる、私はあなたを忘れないという強い思いになる。だからこそルシは旅に出る、セバスチャンが愛した大いなる海へと。そしてヤシの葉の揺らめきや、クジラたちの美しい歌声と共に、ルシアの時は再び動き始める。

この作品以降も監督は精力的に作品を手掛けている。2013年の"Despertar el Polvo"は刑務所に収監された孫を救うために奔走する主人公を描いたクライムドラマ、2014年の短編"La Tiara Vacia"は貧困に喘ぐ女性が未来を掴むために苦闘するドラマ作品、そして最新作は2015年のドキュメンタリー"Sunka Raku: Algeria Evanescente"だ、メキシコに建てられた茶室(日本のアレである)を舞台に、その持ち主であるRoberto Beharと移り変わる四季を美しく描き出した作品だそうだ。ということでSama監督の今後に期待。

私の好きな監督・俳優シリーズ
その1 Chloé Robichaud &"Sarah préfère la course"/カナダ映画界を駆け抜けて
その2 アンドレア・シュタカ&“Das Fräulein”/ユーゴスラビアの血と共に生きる
その3 ソスカ姉妹&「復讐」/女性監督とジャンル映画
その4 ロニ・エルカベッツ&"Gett, le procès de Viviane Amsalem"/イスラエルで結婚するとは、離婚するとは
その5 Cecile Emeke & "Ackee & Saltfish"/イギリスに住んでいるのは白人男性だけ?
その6 Lisa Langseth & "Till det som är vackert"/スウェーデン、性・権力・階級
その7 キャサリン・ウォーターストン&「援助交際ハイスクール」「トランス・ワールド」/「インヒアレント・ヴァイス」まで、長かった……
その8 Anne Zohra Berracherd & "Zwei Mütter"/同性カップルが子供を作るということ
その9 Talya Lavie & "Zero Motivation"/兵役をやりすごすカギは“やる気ゼロ”
その10 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その11 リンゼイ・バージ&"The Midnight Swim"/湖を行く石膏の鮫
その12 モハマド・ラスロフ&"Jazireh Ahani"/国とは船だ、沈み行く船だ
その13 ヴェロニカ・フランツ&"Ich Ser Ich Ser"/オーストリアの新たなる戦慄
その14 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その15 クリス・スワンバーグ&"Unexpected"/そして2人は母になる
その16 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その17 Marco Martins& "Alice"/彼女に取り残された世界で
その18 Ramon Zürcher&"Das merkwürdige Kätzchen"/映画の未来は奇妙な子猫と共に
その19 Noah Buchel&”Glass Chin”/米インディー界、孤高の禅僧
その20 ナナ・エクチミシヴィリ&「花咲くころ」/ジョージア、友情を引き裂くもの
その21 アンドレア・シュタカ&"Cure: The Life of Another"/わたしがあなたに、あなたをわたしに
その22 David Wnendt&"Feuchtgebiete"/アナルの痛みは青春の痛み
その23 Nikki Braendlin &"As high as the sky"/完璧な人間なんていないのだから
その24 Lisa Aschan &"Apflickorna"/彼女たちにあらかじめ定められた闘争
その25 ディートリッヒ・ブルッゲマン&「十字架の道行き」/とあるキリスト教徒の肖像
その26 ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める
その27 ハンナ・フィデル&"6 Years"/この6年間いったい何だったの?
その28 セルハット・カラアスラン&"Bisqilet""Musa"/トルコ、それでも人生は続く
その29 サラ=ヴァイオレット・ブリス&"Fort Tilden"/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
その30 Damian Marcano &"God Loves the Fighter"/トリニダード・トバゴ、神は闘う者を愛し給う
その31 Kacie Anning &"Fragments of Friday"Season 1/酒と女子と女子とオボロロロロロオロロロ……
その32 Roni Ezra &"9. April"/あの日、戦争が始まって
その33 Elisa Miller &"Ver llover""Roma"/彼女たちに幸福の訪れんことを
その34 Julianne Côté &"Tu Dors Nicole"/私の人生なんでこんなんなってんだろ……
その35 ジアン・シュエブ&"Sous mon lit"/壁の向こうに“私”がいる
その36 Sally El Hosaini&"My Brother the Devil"/俺の兄貴は、俺の弟は
その37 Carol Morley&"Dreams of a Life"/この温もりの中で安らかに眠れますように
その38 Daniel Wolfe&"Catch Me Daddy"/パパが私を殺しにくる
その39 杨明明&"女导演"/2人の絆、中国の今
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その66 Valerie Gudenus&"I am Jesus"/「私がイエス「いや、私こそがイエ「イエスはこの私だ」」」
その67 Matias Meyer &"Los últimos cristeros"/メキシコ、キリストは我らと共に在り
その68 Boris Despodov& "Corridor #8"/見えない道路に沿って、バルカン半島を行く
その69 Urszula Antoniak& "Code Blue"/オランダ、カーテン越しの密やかな欲動
その70 Rebecca Cremona& "Simshar"/マルタ、海は蒼くも容赦なく
その71 ペリン・エスメル&"Gözetleme Kulesi"/トルコの山々に深き孤独が2つ
その72 Afia Nathaniel &"Dukhtar"/パキスタン、娘という名の呪いと希望
その73 Margot Benacerraf &"Araya"/ベネズエラ、忘れ去られる筈だった塩の都
その74 Maxime Giroux &"Felix & Meira"/ユダヤ教という息苦しさの中で
その75 Marianne Pistone& "Mouton"/だけど、みんな生きていかなくちゃいけない
その76 フェリペ・ゲレロ& "Corta"/コロンビア、サトウキビ畑を見据えながら
その77 Kenyeres Bálint&"Before Dawn"/ハンガリー、長回しから見る暴力・飛翔・移民
その78 ミン・バハドゥル・バム&「黒い雌鶏」/ネパール、ぼくたちの名前は希望って意味なんだ
その79 Jonas Carpignano&"Meditrranea"/この世界で移民として生きるということ
その80 Laura Amelia Guzmán&"Dólares de arena"/ドミニカ、あなたは私の輝きだったから
その81 彭三源&"失孤"/見捨てられたなんて、言わないでくれ
その82 アナ・ミュイラート&"Que Horas Ela Volta?"/ブラジル、母と娘と大きなプールと
その83 アイダ・ベジッチ&"Djeca"/内戦の深き傷、イスラムの静かな誇り
その84 Nikola Ležaić&"Tilva Roš"/セルビア、若さって中途半端だ