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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

エミール・バイガジン&"Ranenyy angel"/カザフスタン、希望も未来も全ては潰える

さて、カザフスタンである。中央アジアに位置するこの国の有名人と言えば誰だろう。例えば今年急逝したフィギュアスケート選手デニス・タンや映画界においては去年ベン・ハーのリメイクという映画史の神に悖る行為をやらかしたティムール・ベクマンベトフが有名だろう。では、そんなカザフスタンの映画はどうなっているのだろう、そんな好奇心を持って観たらこれが絶望感と虚無感を同時にブチ込んでくる恐ろしい作品だった。ということで今回はカザフスタンの新星エミール・バイガジンと彼の第2長編“Thw Wounded Angel”について紹介していこう。

エミール・バイガジン Emir Baigazin1984年にカザフスタンのアルガ地区に生まれた。カザフスタン国際芸術学校とアジアの新進映画作家支援プログラムであるアジア映画学校(AFA)で映画について学ぶ。在学中から短編を幾つも監督した後、2013年に初の長編作品である「ハーモニー・レッスン」を手掛ける。学校内におけるいじめや暴力の問題を描き出した本作はベルリン国際映画祭でプレミア上映後に撮影銀熊賞を獲得、サンパウロ国際映画祭では作品賞、東京フィルメックスでは審査員特別賞を獲得するなど世界を股にかけて話題になる。そして2016年には第2長編である"Ranenyy angel"を完成させる。

舞台は90年代初頭のカザフスタンソビエト連邦崩壊によってこの国は未曾有の経済危機に見舞われ、電気の配給すら滞る状況が続いていた。本作はそんな過酷さの中で生きる少年たちの姿を素描していく。ジャリルは仕事をクビにされ無職になった父の代わりに、学校にも行かず働く日々を送っている。コソコソ隠れて煙草を吸う時間だけが、彼にとって気の休まる時だった。そしてチックという少年は有望な歌い手として、その美しい歌声で人々を魅了している。しかしある日を境に声の調子が悪くなっていき、彼は自分の将来に絶望を抱き始める。

まず私たちが目を引かれるのは、撮影監督イヴ・ケープ(ホーリー・モーターズ)が切り取るカザフスタンの荒涼たる風景の数々だろう。乾いた草原には残骸の群れと化した廃墟が連なり、そこでは塵埃にも似た虫たちだけが狂ったように飛び回っている。そして少年たちが住む家もまた殺伐たるものだ。灰色の石が剥き出しになった壁に、必要最低限の家具すら存在しないゆえの虚ろな空間性、夜には電気も点かないゆえに濃厚な影が全てを覆い尽くす。それでも少年たちが灯す蝋燭の火が闇を薄い橙に染める様には、微かな希望もまた灯っている。

だがジャリルたちを取り巻く状況は日に日に過酷さを増していく。例え仕事があっても賃金は雀の涙ほどしかない故に、ジャリルは仕事場で盗みを働き、それを売って家計の足しにしている。さらに村には様々な理由で学校に行けない/行かない子供たちがおり、彼らは徒党を組んで犯罪を犯していく。そこには当然凄惨な暴力も存在している。1話においてもジャリルが父と共に人を殴る練習をするというシーンがあるが、2話において監督はチックの行く末それ自体を暴力の道行きと重ね合わされる。人を殴れないゆえに臆病者と見なされているチックは、声を失う恐怖に怯えながら身体を鍛え始める。1話の反復としての鍛練は切実さを増し、寒々しい現実の中で拳は堅く、赤くなっていく。

1話2話はそうして息詰まるような現実を描き出す作品だったが、3話4話で監督は別の方向へと舵を切り始める。3話の主人公はトードという孤独な少年だ。彼は学校に行くこともなく、廃墟を彷徨い歩きながらお金になりそうな廃材を探す日々を送る。唯一の楽しみといえば廃材から抽出した金属で指輪を作ることだけだ。そして孤独な誕生日を迎えたトードは、廃墟で奇妙な少年たちと出会い……4話は医学学校の受験を控えたアシュランが主人公だ。自分を律し勉強だけにのめり込んでいたアシュランだったが、恋人が妊娠したのを知った時から、自分の腹で何かが蠢く妄想に取りつかれるようになる。

この2つの話はカザフスタンの現実と残酷なるお伽噺が混ざりあったような感触を宿している。奇妙な少年たちはまるで時計を持った兎さながらに、トードを不気味な世界へと誘い、異形の世界へと引き込んでいく。そしてアシュランは蠢く何かに苛まれて、人生から転落していくのだ。ファンタジー的味つけと言えど、監督は容赦することがない。

この寒々しい4つの話に共通するのは、少年たちがまるでキリストの如く責め苦を受ける姿だ。それはおぞましいほどの淡々さで以て描かれていき、他者には気にもされず孤独に風化していく。その中でも特に残酷なのは、彼らが輝かしい若さの時代にあることだ。それが消え去り諦めという感情が根づく前に、老いることすらも許されぬまま、美しい声も希望ある未来も全ては潰える運命を彼らは受け入れなくてはならないのだ。

バイガジン監督、2018年には2作の新作が控えている。まず1本が"Would You Like to Stargaze"で内容はオムニバス短編集だそう。2作目は長編映画"The River"で内容の詳細は不明であるが、ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門でプレミア上映予定である。ということでバイガジン監督の今後に期待。

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