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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Farkhat Sharipov&"18 kHz"/カザフスタン、ここからはもう戻れない

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さて、最近のカザフ映画界の躍進は正に瞠目すべきものだ。詳しくはこの国期待の多産作家Adilkhan Yerzhanovを紹介する記事で説明したのでこちらを読んでほしいのだが、実はもう1人、2010年代初頭から静かに映画製作を行いながら、カザフ映画界を支えてきた映画作家がいることを、私は今の今まで知ることがなかった。それを恥ずべきことだと思う一方で、しかし彼ととうとう出会えたことへの喜びを深く噛み締めたいと思う。ということで今回紹介するのはカザフ映画界の2020年代においてもう1人の旗手となるだろう人物Farkhat Sharipovによる第5長編"18 kHz"を紹介しよう。この映画、悍ましい傑作である。

舞台は90年代のカザフスタン、サンジャルとジャガ(Musakhan Zhumakhanov&Alibek Adiken)という青年たちはいつも2人でつるみながら、無為な生活を送っていた。家庭にも学校にも心安らぐような居場所はなく、かといって2人で過ごす時間にも淀んだ空気が流れている。そんな彼らが求めているのは完全なる自由だった。

まず今作はサンジャルたちの日常を描きだしていく。盗み出したものを団地の真ん中で闇業者に売りつける、"立ち入り禁止"という看板が設置されたドアを強引に突破する、そうして辿りついた場所で肩を並べながらぼうっと時間を無駄にする。その風景の数々にはどこか胸を締めつけるような遣るせなさや人生への幻滅が付きまとう。

だがある日、彼らはある出来事に遭遇する。団地で少年が飛び降り自殺するという悲劇が起こるのだが、彼の遺留品であるウォークマンを盗みだした2人はその中にマリファナが隠されていることに気づく。それが相当の上物だと分かった時、ジャガはここ一帯のチンピラを束ねる若者マックスと接触するのだが、この出会いが2人をドラッグという自由、そして闇の世界へと導くことになる。

Sharipov監督の演出、そしてその眼差しは果てしないまでに凍えている。撮影監督Alexander Plotnikovとともに彼が構築する世界は、常に灰燼の色彩に包まれており、骨にまで打ち響くような凍てに支配されている。世界は頗る窮屈でサンジャルたちが俯きがちにその世界を彷徨う姿には、閉所恐怖症的な息苦しさだけが感じられるのだ。

90年代のカザフスタンの状況はソ連から独立したばかりゆえに不安定であり、ゆえに若者たちはドラッグへと走り未曽有の事態が広がっていたそうだ。そんな90年代という享楽の地獄にサンジャルたちは頭を突っ込み、その脳髄はドラッグで塗り潰されてしまう。その状況下において、例えば「トレイン・スポッティング」の代表的な曲として有名なUnderworld"Born Slippy"が流れるなか、錠剤を含んでハイになったサンジャルの狂った踊りには一種のカタルシスがある。だがそれは一過性のものでしかない。実際には存在するのは破滅へと続く淀んだ快楽であり、その道筋を監督は静かに見据えるのだ。

当然、サンジャルとジャガは快楽に身を委ねながらドン詰まりへと堕ちていく。ジャガが極端なまでにドラッグへ溺れる一方、サンジャルはマックスの女である少女(Kamila Fun-So)に惹かれていき、今まで感じたことのない肉欲に突き動かされることになる。それはともすれば細胞が煮え滾るような熱狂的な演出を以て描くこともできるだろうが、筆致は徹底的に乾いている。私はここに例えば2010年代におけるアルバニア映画の傑作"Pharmakon"を想起するのだが、この深淵にも似た乾きは時代の空気なのかもしれない。

だがある事件が起こった瞬間から、サンジャルの人生は完全に悪夢へと変貌してしまう。悍ましい光景を目撃し恐怖に震えるも、ふと目覚めてそれはただの悪夢だったように思える。だがそれが現実だと発覚し呆然としているとまたベッドの上で目覚めるのだ。これが何度も反復されるうち、何が夢で何が現実か、サンジャルも観客もハッキリと分からなくなる。夢オチというのは禁じ手として扱われがちだが、今作のように執拗なまでに繰り返されるとそれは吐き気を催す異様さとして効果的に際立つことになる。こうして映画は迷宮的な混沌へと変貌を遂げるのだ。

序盤において"18 kHz"は灰燼色の青春を徹底した冷ややかさで描きだしていた。だがある時点から描かれるのは、もはや後戻りできない場所まで来てしまった、人生が完膚なきまでに破壊されてしまった2人の悲壮な姿だ。そこには何者の言葉も共感も否定する全き絶望が広がっている。私たちはその凄まじさにただただ立ち去るしかないのだ。

"18 kHz"は映画史にも稀なるドス黒い虚無を我々に提示する壮絶なる1作だ。だが絶望の先にこそ新たなる希望は広がるのかもしれない。何故ならこの絶望を提示したFarkhat Sharipovという映画作家は、カザフスタン映画界の大いなる2020年代を牽引する1人だと運命づけられたからだ。

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