鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Ernar Nurgaliev&"Sweetie, You Won't Believe It"/カザフスタン、もっと血みどろになってけ!

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現在、カザフスタン映画界がアツいというのはこの鉄腸マガジンで何度も書いている。この前もまだ詳細は書けないのだが、カザフスタンの友人から"新作ができたから、意見を聞きたい"と作品を送られ、これがまた素晴らしかった。今作が映画祭でプレミアを迎える際にはぜひ特集したいと思っているが、その数日後にまた異なる魅力を誇るカザフ映画、しかも血みどろの不謹慎コメディ映画を観てしまい、私のなかのカザフ映画界への信頼が更なるものとなったんだった。ということで今回はカザフ映画界期待の星たる新人Ernar Nurgalievによる1作"Sweetie, You Won't Believe It"/ "Жаным, ты не поверишь!"を紹介していこう。

今作の主人公はダス(Erkebulan Dairov)という男性だ。彼の妻ジャンナ(Asel Kaliyeva)は出産を間近に控えているが、毎日毎日彼女に赤ちゃんの名前候補のセンスや自身の優柔不断ぶりを壮絶に詰られるなど、パッとしない日々を送っている。とうとう不満が爆発したダスは出産予定日に友人たち(Rustem Zhany-Amanov&Azamat Marklenov)と釣りに行くという暴挙へ出ることとなるが……

まず監督が描きだすのは人生の分岐点に差し掛かった男の惨めさだ。ダスの現状はいわゆるかかあ天下、妻の尻に敷かれるという典型であり、妻によって常に精神をボコ殴りにされている。代わりに女性店員や銀行員には居丈高な態度を取り"クソ女……クソ女……"と吐き捨てることも辞さない。ダスの日常を小気味よく描いた冒頭5分だけでも、その惨めさが濃厚に伝わってくる、苦笑するしかないだろう。

紆余曲折があった後、ダスが友人たちと釣りに勤しむのだが、そこで最悪の出来事に遭遇してしまう。ギャング集団が、ショットガンで男の頭を吹っ飛ばす凄惨な殺人現場を目撃してしまったのだ。ダスたちは逃走、そしてギャング集団はもちろん猛追、奇妙な逃避行が繰り広げられるが、その彼方から眺めるのは謎の禿頭男だった。

ここから作品に本格的にギアが入り、私たちの網膜にブチ撒けられるのは血みどろの笑いの数々だ。ひょんなことから耳たぶがブチ切れるわ、ショットガンで脳髄が爆裂するわ、他にも様々な肉体の部位が吹き飛びまくり、血飛沫が炸裂していく。監督は血潮に飢えたグロ映画愛好家の勘所を的確に刺激していきながら、肉片まみれの物語を紡いでいく。

そしてそこには下衆のユーモアも欠かせない。友人の1人は警察官なのだが同時にダッチワイフ狂いの童貞でもあり、勝手に持参してきた2体の人形がダスたちにひと悶着を齎したりする。おしっこ関連で相当馬鹿なことやらかす下りもあり、血肉ブチ撒けに並んで排泄物ネタが大好きな私としては爆笑するとともに心が温まるような思いだった。こういった血と下衆のユーモアを原動力として、今作は不謹慎を邁進していく。

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だがこの作品が他のジャンル映画と一線を画するのは演出の息を呑む洗練だ。例えばAzamat Dulatovの担当する撮影は技術への理解に裏打ちされた気品が存在している。主人公たちが歩く様を鷹揚に捉える優雅な横移動撮影、即物的なショックからは一歩引いた、惨々たる世界そのものを映すロングショットの多用が頗る目立つのだ。ホラーなどのジャンル映画は幾らかの軽薄は許されるだろうが、今作はその常道も進む一方で、こうした演出によって逸脱する瞬間が多くある。だからこその別種の強度がここには宿っている。

こうした洗練の撮影と先述の不謹慎なユーモアの数々はある種水と油と同じ関係性にあるとも思われながら、今作において2つの間に均衡を齎しているのが監督自身が手掛ける熟練の編集だ。後者がブチ撒ける瞬間的な快楽に耽溺することなく、かといって前者が陥りがちな見てくれだけが良い怠惰な美しさに埋没することもなく、そのあわいの滑らかなリズムを彼の編集は紡ぎだしているのだ。

そしてこの均衡は常に緊張感を孕んでいる。互いが互いを濃密さにおいて凌駕しようと虎視眈々と機会を伺っているのだ。不謹慎なユーモアは、後半において登場人物たちの強烈な自我を膨張させていく。主人公ら3馬鹿集団はその馬鹿っぷりを更に加速させ、徐々に素性が明かされていく謎の禿頭男はその超人的な能力で映画を引っかき回す。特に印象的なのはギャング集団の1人でトレインスポッティングのベグビーにも似たチンピラだ。常にショットガンを携帯する乱射魔で劇中通じて人間を肉塊に変えていくが、妙に仁義に厚いところもあり、その人情が血糊の量を増幅させていく。

この一方で撮影と編集も練度を増していく。どの場面も捨てがたいが、特に印象的なのは禿頭男とダッチワイフ狂いの家屋でのかくれんぼだ。画面を一見だけするなら"いや、普通バレてるだろ"という露骨な白けが充満しながら、作り手らの視線は先鋭だ。キャラの距離感や奥行きに対する計算を綿密に組み立てながら、この白けをスリリングな潜み笑いへと昇華していく。そして緩急自在の編集が笑いから更に進んだ驚きすらも観客に齎すのだ。このシークエンスの画面構成や編集リズムの素晴らしさだけでも今作には観る価値がある。

この映画はいわゆる犯罪コメディやホラーコメディと表現できる1作だ。だが演出を見ていって分かるのは、作り手側の映画史への深い造詣だ。前述のジャンル映画の流れを学び汲んでいくだけでも、面白い作品はできるだろうが、その埒外にある映画を観てその技術を吸収し取り入れる、これがジャンル映画を更に深化させることもある。笑う者もいるだろうが、今作において語りに厭味なく嵌った華麗な横移動撮影を観るたび、私は長きに渡るこの撮影法の歴史に思いを馳せた。そういった映画史の蓄積を今作には感じたのだ。

"Sweetie, You Won't Believe It"はホラーコメディ、そしてジャンル映画の持つ喜びをトコトン突き詰めた破格の1作だ。シッチェス映画祭でも絶賛された今作とその監督Ernar Nurgaliev2020年代のジャンル映画界に現れた輝く彗星だ、きっと未来を更に血みどろ肉塊まみれにしてくれるに違いない。

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