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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Nils-Erik Ekblom&"Pihalla"/フィンランド、愛のこの瑞々しさ

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さて、毎年冬に東京ではフィンランド映画祭が行われる。日本では未公開である現代のフィンランド映画を上映してくれる有り難い映画祭だ(個人的にはいつかルーマニア映画祭とかも上映されないかなと羨ましく思っている)という訳で今回はそれに合わせてフィンランド映画を紹介しよう。しかしもちろんそれは映画祭ですら上映されない未公開作、Nils-Erik Ekblom監督作"Pihalla"だ。

今作の主人公はヘルシンキに住んでいる青年ミク(Mikko Kauppila)だ。ある日、両親が不在の中、彼は兄のセブ(Juho Keskitalo)に唆されて自宅でパーティを開くことになる。パーティは大盛況だったが、客たちが騒ぎ過ぎて部屋の中にはゴミが散らばる大混乱ぶりだ。しかも両親が帰ってきてしまい大激怒、ミクは彼らと共に田舎の療養地へ連れて行かれることとなる。

序盤はよくある青春映画という趣だ。ミクが開くパーティは当然のごとく大騒ぎで、若さがどこまでも炸裂している。その中で彼は気になる相手であるサンナと二人きりになり、良い感じの雰囲気になるのだが、何か理解できない感情のせいでキスより先に行くことができない……

そんなミクは田舎で退屈な時間を過ごすのだが、ある時エリアス(Valtteri Lehtinen)という同年代の青年と出会う。両親のせいで少しも騒ぐことができなかったミクだが、彼とは意気投合して、お喋りを繰り広げたり、ビールを飲み交わしたりする。そうして愉快に時間は過ぎていくのだったが……

物語が進むにつれて、2人の関係性には微妙な雰囲気が付き纏うことになる。友情でもなければ、愛情でもない頗る微妙な雰囲気だ。監督の演出はまだ長編2作目ということもあり、とっ散らかった話下手なところがあるのだが、そのぎこちなさが彼らの関係性のぎこちなさに重なるところがあり、とても愛おしく思えてくる。

しかしそんな微妙な関係性は突発的ながら官能的なキスから、勢いよく愛情関係へともつれ込んでいく。若々しい愛情と衝動のままに、彼らは唇を重ね合わせ、互いの身体を抱き、その温もりを共有するように身体を重ね合う。その瑞々しさはとても爽やかなものだ。

ゲイ映画含めてLGBTQ映画には、LGBTQであることの苦悩が付き纏う作品が多いが、今作はそういった要素はサラッと流していく。代りに描かれていくのは、人を愛することの難しさと喜びという普遍的なテーマだ。今作はゲイ映画としての面白さと普遍的な愛の物語としての面白さの2つが同居していると言える。

とはいえ演出のぎこちなさもあってか、青春映画としては突出したところがない、平凡な出来であると言わざるを得ないところがある。だがその平凡さはまた、ゲイであるミクたち若者の等身大の恋物語にはとても合っている。劇的なものはないし、現実離れして美しいものもない。だが日常の中にあるかけがえのなさが今作では確かに描かれている。それは今の平凡な日常を生きるゲイの青年たちに希望を与えるものだろう。

"Pihalla"フィンランドからやってきた、瑞々しい青春映画でありゲイ映画だ。彼らの愛おしさは深いものであり、私たちはミクとエリアスの幸せを願わずにはいられないだろう。

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