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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Iris Elezi&"Bota"/アルバニア、世界の果てのカフェで

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さて、前回アルバニア映画史を概覧する記事をこの映画誌にアップした。その執筆者であるThomas Logoreciは映画評論家であると同時に、映画作家でもある。アメリカで撮影や編集など様々な経歴を経た後、妻であるIris Eleziとともにアルバニアで監督としてデビューしたのである。2014年に作られたその作品"Bota"は胸締めつけるような暖かさを持った作品だった。

今作の主人公ユーリ(Flonja Kodheli)は祖母であるノエ(Tinka Kurti)と肩を寄せ合いながら、暮らしている。そして彼女は沼地の隣にあるカフェ"Bota"のオーナーでもあり、ここで美味しいコーヒーを淹れながら、お客様を待ち続けている。そして今日も時は経ち、日は暮れていく。

まず今作はユーリの過ごす日常を丹念に描き出していく。ノエは認知症を患っており、ユーリを自身の娘であるアルバだと勘違いしている。そんな彼女をユーリは毎日甲斐甲斐しく世話するのだ。それがひと段落した後は、バイクに乗ってカフェへと向かう。カフェではやってくるお客様と一緒に静かに言葉を紡いでいく。

そして今作は群像劇としての面も持っている。カフェの従業員であるノラ(Fioralba Kryemadhi)はベニ(Artur Gorishti)という中年男性と不倫しており、この関係から抜けられずにいる。ミリ(Alban Ukaj)という青年はイタリア人の上司とともに高速道路建設の仕事をしており、ある日偶然出会ったユーリに恋に落ちることになる。

監督たちが登場人物を見据える様はとても静かながら、暖かみに満ち溢れている。彼らは余計な思考を付け加えることなく、ただ目の前に広がる風景をありのままに見つめているのだ。だからこそ登場人物たちの虚飾なき日常とそこに宿る感情が、柔らかな形で露になっていく。

今作は舞台となる場所も印象的である。アルバニアの田舎町は緑が少ない代わりに、砂色の荒野がどこまでも広がっている。その果てしなさの中にユーリたちが住んでいる団地や打ち捨てられた廃墟がポツンと佇んでいる。そのうら寂しさは心を掻きむしる類のものであり、孤独がそのまま世界として顕現したかのようだ。

そしてその荒野の中にカフェもまた寂しく建っている。だが晴れやかな光の中に佇んでいる時も、暗闇の中で明かりを灯しながら佇んでいる時も、等しく親密な雰囲気を湛えている。さらに内装も微笑ましいものだ。薄い緑の壁に、ユーリお手製の慎ましやかな小物が飾られており、それを見ながらコーヒーを飲めたなら、何と幸せだろうと思わされる。

このカフェでこそ様々な関係性が紡がれる訳である。ノラとベニのグダグダな関係性、ユーリとミリのぎこちない関係性。だが最も印象的なのはユーリとノラの女性同士の親密な関係性である。彼女たちの絆は密接でありながら軽やかであり、そこからは豊かな感情が静かに止め処なく溢れてくる。アルバニア映画における女性2人というと、ナチスと戦い抜いたパルチザン女性2人の絆を描いた"Ngadhnjim mbi vdekjen"を想起させるが、それほど濃密なものだ。

そしてこの関係性の数々が交錯する中で、ここではないどこかへの郷愁が生まれる。それはまるで太陽の光のように暖かで、心地よいものだ。私たちはこの美しい世界へと優しく誘われることになるだろう。それでも今作はそこで終わることがない。私たちはアルバニアの忌まわしき過去が、ゆっくりと首をもたげる様を、そして全てを呑みこんでいく様を目撃するだろう。そこに現れる切なさはあまりにも苦い。"Bota"は暖かな郷愁と苦い切なさが交わりあう、とても美しい一作だ。私たちは今作からアルバニア映画の新風が吹いてきていることに、観終わった後気づくだろう。

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