鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Marko Đorđević&"Moj jutarnji smeh"/理解されえぬ心の彷徨

f:id:razzmatazzrazzledazzle:20200124114523p:plain

いわゆる"コミュ障"という言葉が日本語にはある。内に引きこもるばかりで他者との交流の仕方を知らず、孤独をこじらせていく悪循環に陥る人々のことだ。日本ではこの言葉がカジュアルに使われているが、実際問題この障害によって実生活に悪影響が及んでいる人々も少なくないだろう。今回紹介するのはそんな人物を描き出したセルビア映画、Marko Đorđević監督のデビュー長編"Moj jutarnji smeh"を紹介していこう。

今作の主人公はデヤン(Filip Đurić)という28歳の男だ。彼には友人も恋人もおらず、さらに実家で母ラディツァ(Jasna Đuričić)と祖父ライコ(Bratislav Slavkovic)と3人で暮らしている。その性格は良いものとは言えない。ある朝、冷蔵庫を覗いたデヤンは怒りを覚える。ライコが自分のパンケーキを食べたからだ。彼は激高した後、癇癪でガラス戸を破壊してしまう。そんな日々が続いていた。

設定としてはアメリカのコメディ作品にあってもいいものだ。だがそこにあるべき過剰で下品なユーモアは今作にはない。あくまでも監督の演出はすこぶる冷徹なものだ。撮影監督Stefan Milosavljevicはカメラを一か所に固定したまま、眼前の光景を厳然と映し続ける。世界は鈍い青色など寒色に包まれており、ひどく寒々しい印象を与える。

ある日、デヤンはラディツァに付き添われ精神科医のもとに赴くことになる。だが医師は心に寄り添うどころか、彼の臆病さや弱さを"女々しい"と非難し、さらには性愛の経験がないことが精神不調の原因であると詰るのだ。そんな言説に対して、デヤンはすごすごと待合室へと引き返すしかできない。

今作はそんな孤独な男の魂の彷徨を映し出していく。デヤンの生活にはどこまでも淀んだ鬱屈と性的な不満が存在している。彼はこの負の感情をどう処理していいのか分からず、何か行動に移すことが全くできないでいる。それが人生の停滞を引き起こし、負の螺旋を描き出しいくのだ。田舎町の雪の風景にはそんな彼の痛切な思いが滲んでいる。

さらに際立つのは母であるラディツァの存在だ。彼女は親として過保護な傾向が見られ、どうしても身の回りの世話を焼いてしまう。そしてその傾向を精神科医に見抜かれて、デヤンが独立できない原因は彼女だと名指しで非難される存在だ。

そんな母と息子の関係性はとても微妙なものである。怪我をしたデヤンを労わるラディツァの姿には親としての愛が感じられるが、その愛こそが2人を共依存という罠に導いていくことが監督の演出からは如実に感じることができる。そして彼らはこの共依存から逃れられないまま、ズブズブと沼に嵌っていく。

だがその関係性に一石を投げかける存在が現れる。カツァ(Ivana Vuković)という女性はデヤンが勤務する学校で教師として働いている。彼女はデヤンを信頼しており、原因不明の痛みに襲われた際には付き添ってもらったりする仲だ。そうして彼女たちの関係性はゆっくりと親密なものへと変わっていく。ここにおいて物語の主軸となるのはデヤンがカツァと結ばれ、性的な不満が解消されるかどうかだと思われるかもしれない。一面的にはそうかもしれないが、作品を観るうちまた違う可能性が存在することにも気づくかもしれない。

デヤンの姿を眺める最中に気づくのは、彼が本当に通俗的な性的不満を抱いているのかどうかということだ。確かに彼は恋人はおらず、童貞であることも明言される。だがそれを彼が苦にしているかと言えば、劇中の描写だけではそうとも断言できないのが実情である。そこである可能性が浮かんでくる。彼はいわゆるアセクシャルな人物であり、性欲といった概念を持たないのかもしれないと。

その観点から今作を観ていくと物語のもう1つの側面が見えてくる。精神科医はデヤンの性愛への関わりのなさを"女々しい"と非難するが、アセクシャルとするならその言説は全く意味を成さないことになる。むしろその言葉はアセクシャルへの社会の無理解を象徴していると言える。

主演であるFilip Đurićはそんな複雑な男の肖像を静かに、しかし熱意たっぷりに描き出している。普段は表情を表に出すことはないが、世界と相いれない寂しさや悲哀はその身体から濃厚なまでに滲み出ている。その解消の鍵はカツァとの関係性であるかもしれないが、可能性が曖昧で複雑微妙な地点へと至る起点となる終盤の展開は圧巻という他ないだろう。徹底した長回しで紡がれるそれは生命力に満ち溢れている。"Moj jutarnji smeh"はひどく荒涼たるもすこぶる繊細な心の機微を描き出した圧巻の作品だ。

f:id:razzmatazzrazzledazzle:20200124114551p:plain

私の好きな監督・俳優シリーズ
その361 Mona Nicoară&"Distanța dintre mine și mine"/ルーマニア、孤高として生きる
その362 Siniša Gacić&"Hči Camorre"/クリスティーナ、カモッラの娘
その363 Vesela Kazakova&"Cat in the Wall"/ああ、ブレグジットに翻弄されて
その364 Saeed Roustaee&"Just 6.5"/正義の裏の悪、悪の裏の正義
その365 Mani Haghighi&"Pig"/イラン、映画監督連続殺人事件!
その366 Dmitry Mamulia&"The Climinal Man"/ジョージア、人を殺すということ
その367 Valentyn Vasyanovych&"Atlantis"/ウクライナ、荒廃の後にある希望
その368 Théo Court&"Blanco en blanco"/チリ、写し出される虐殺の歴史
その369 Marie Grahtø&"Psykosia"/"私"を殺したいという欲望
その370 Oskar Alegria&"Zumiriki"/バスク、再び思い出の地へと
その371 Antoneta Kastrati&"Zana"/コソボ、彼女に刻まれた傷痕
その372 Tamar Shavgulidze&"Comets"/この大地で、私たちは再び愛しあう
その373 Gregor Božič&"Zgodbe iz kostanjevih gozdov"/スロヴェニア、黄昏色の郷愁
その374 Nils-Erik Ekblom&"Pihalla"/フィンランド、愛のこの瑞々しさ
その375 Atiq Rahimi&"Our Lady of Nile"/ルワンダ、昨日の優しさにはもう戻れない
その376 Dag Johan Haugerud&"Barn"/ノルウェーの今、優しさと罪
その377 Tomas Vengris&"Motherland"/母なる土地、リトアニア
その378 Dechen Roder&"Honeygiver among the Dogs"/ブータン、運命の女を追って
その379 Tashi Gyeltshen&"The Red Phallus"/ブータン、屹立する男性性
その380 Mohamed El Badaoui&"Lalla Aïcha"/モロッコ、母なる愛も枯れ果てる地で
その381 Fabio Meira&"As duas Irenes"/イレーニ、イレーニ、イレーニ
その382 2020年代、期待の新鋭映画監督100!
その383 Alexander Zolotukhin&"A Russian Youth"/あの戦争は今も続いている
その384 Jure Pavlović&"Mater"/クロアチア、母なる大地への帰還
その385 Marko Đorđević&"Moj jutarnji smeh"/理解されえぬ心の彷徨