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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Camilo Restrepo&"Los conductos"/コロンビア、その悍ましき黙示録

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さて、コロンビア映画界において私が注目してきた映画作家が2人いる。まずはLaura Huertas Millánだ。彼女はフランスを拠点としながらも、コロンビアに広がる現在や過去を見据える作品を多く作ってきた。そしてもう1人がCamilo Restrepoだ。彼はコロンビアとカリブ地域を中心に、異様なまでに幻惑的な実験的作品を作り続けてきた。彼ら2人に共通するのは、活動歴は長いながらも短編だけを製作してきたことだ。このコロンビアの新鋭2大巨頭であるが、先に長編制作に打って出たのはRestrepoであった。今回紹介するのは、先ごろのベルリン国際映画祭で上映されたばかりのRestrepoの長編デビュー作"El conducator"である。

今作の主人公は謎の男ピンキー(Fernando Úsaga Higuíta)である。彼は昼間はTシャツ工場で黙々と働き続ける労働者だ。しかし夜になると、彼は活動を開始する。闇に包まれた街中を暗躍し、何か危険な計画を進める。その先にあるものは圧倒的な破壊なのか、それとも……

まずこの映画で印象的なものは、ここに広がる夜の風景である。男はこの濃厚なる闇に紛れて、様々な活動を行う。バイクに跨り夜の街を駆け抜け電気の供給を止めるために発電所に潜入し、時には銃を以ての殺人行為にまで及ぶ。そういった過激な行為の数々が、監督自身による光の点滅を彷彿とさせる激しい編集で紡がれていく様は異様でおり、剣戟さながら観客の心臓を切りつけてくる。

そしてGuillaume Mazloumによる撮影も特徴的だ。彼はフィルムを用い、メデジンの闇を撮影することで、そこに奇妙な効果が生まれる。描かれる光景は危険で不気味なものでありながら、そこには催眠的な魔術すらも宿るのである。その魔術は影と光のコントラストが濃厚であり、引力さながら眼球を惹きこんでいく。これが先述した激烈な編集と交わりあうことで、凄絶な効果が生まれることになる。

だが逆に昼間の世界は頗る緩慢なものだ。男はただただ淡々と他の労働者とともにTシャツ工場で働き続けるのだが、監督はその光景を静かに眺める。Tシャツにロゴをつける。カーテンを鮮やかな色彩で染める。昼休みには休憩を取る。そういった光景の数々が、些かの虚飾もなくありのままに提示していく。

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過去のRestrepo作品において際立っていたのはその民族誌学的なアプローチである。例えば"La impresión de una guerra"ではコロンビア内戦を、"Cliaos""La bouche"ではカリブ地域に広がる極彩色の文化を、Restrepoは透徹なる視線で以て観察し続け、映画を製作してきた。

そしてこの視線は今作にも適用されている。今作において観察の対象となるのは資本主義である。Restrepoは社会の周縁に生きるピンキーという存在を通じて、コロンビアに広がる資本主義の現在を描き出そうとする。デパートで風船を配るピエロたち、テレビで放映されるニュースの数々、ピンキーが食べるファストフード。それらがフィルムという異化効果を経て、資本主義を奇妙に浮かび上がらせるのである。昼に現れる緩慢ながら尖鋭な観察の眼差し、夜に現れるコロンビアの闇を切り裂く緊迫感。この2つの巧みな交錯が今作の要という訳だ。

そもそもピンキーとは一体何者なのか。彼はTシャツ工場で働く労働者でありながら、怪しい活動を行う危険人物でもある。そんな中、劇中で紡がれる言葉はある組織の存在を語り、その頂上の君臨する"父"の存在を指揮する。彼の言葉に従い、ピンキーは動き続けているのか。それとも他に理由があるのか。私たちはそれを見極めるために、この映画を見据え続けなければならない。

そしてピンキーは夜のメデジンへと飛び出していく。誰にもいない空っぽの街並み、真珠のような無数の光が輝く都市の夜景、闇よりも濃厚な黒煙を噴き出す工場の煙突。そういった風景の中を掻き分け、ピンキーが進むうち、物語には異様なまでに不穏な緊張感が張り詰めることになる。私たちはテロリズム、大いなる破壊の予感をも感じ取るだろう。

今作の要は、髭面の謎めいた男ピンキーを演じたFernando Úsaga Higuítaの存在に他ならないだろう。彼の鬱蒼たる髭面の中には野性的な神秘が存在しており、都市に生きる人物というよりも洞窟に住む隠遁者か、ジャングルに潜む部族の住人に見えてくる。私たちは周縁に住まう彼の瞳からこの世界を眺め直すことで、資本主義やテロリズムの根本を問い直すことになることともなるのだ。

"Los conductos"はコロンビアが直面する悍ましき黙示録の光景を、幻惑的な形で描き出した唯一無二の作品だ。にも関わらず本作は2020年代におけるコロンビア映画界の輝ける躍進をも予告する、新人作家のデビュー作ともなっている。

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