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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

José Luis Valle&"Uzi"/メキシコ、黄金時代はどこへ?

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うらぶれたスパに置かれたラジオ、そこからニュースが聞こえてくる。過去のメキシコには栄光が広がっていた。しかし今ではどうだろう。記録的な暴力と殺人によって、この国は悍ましい状況へと陥ってしまった。あの黄金時代は一体どこへ行ってしまったのだろう……この問いこそがメキシコの新鋭Jose Luis Valleの第4長編"Uzi"に通底する問いなのである。

今作の主人公はウシ(Manuel Sorto)という名前の老いた男だ。彼は郊外でひっそりとスパを経営しているのだが、状況はあまり芳しくない。常連客を除けば、客は皆無に等しく、もう既に倒産寸前だった。しかしウシは特に対策をするといった風もなく、緩やかな自殺でもするように日々を過ごしている。

まず監督はウシがめぐる些細な日常の数々を丹念に描き出していく。彼はスーパーマーケットと個人商店の両方を行き交い、生活用品を買っていく。さらに荷物を持って、街中をゆっくりと歩き続ける。帰ってきてからはうらぶれたスパを掃除するなどしている。そして最後には、テレビの通販番組を見ながら眠りにつくのである。

この日常の中には、メキシコという国の逼迫した現在が浮き彫りになっていく。ウシが目の当たりにする建物の数々は惨めに朽ち果て、大きなひび割れや極彩色のグラフィティが白日の下に晒されている。猥雑なエネルギーも存在しながら、それらはいつか消え去ることを運命づけられているようだ。朽ちて穢れ果てる過渡にあるようなその様子は、観る者の心に悲哀を齎していく。

特にスパの荒廃具合は異様な悲哀に満ち溢れている。壁は腐り落ち、空気には腐臭が充満している。もはや修復するのは不可能であると悟ったのか、ウシは天井から垂れ下がる鬱蒼たる緑をただただ呆然と見つめることしかしない。そしてそんな光景に、冒頭で紹介したラジオのニュースが重なるのである。この崩壊目前の荒廃はメキシコの現在を象徴しているのだろうか?

そんな中で現れるのがゴルド(Mauricio Pimentel)という男性である。彼はスパの常連客であり、ウシの旧知の友人でもあるのだが、それ以上に昔の仕事相手でもあった。ゴルドはウシに対して、仕事に戻るようにと懇願してくる。ウシは昔、凄腕の殺し屋でもあったのだ。しかし何らかの理由で隠居生活を送っていたウシは、直面する貧困のせいで、再びその仕事と向き合わざるを得なくなる。だが彼は殺す手前になって、その仕事を放棄してしまう。

この選択にはある出来事が関わっている。ウシはある時、市場で小さな蟹をもらい受けることになる。本当は食材として殺してしまうはずだったのだが、ウシは心変わりをして蟹をペットとして育て始めることになる。しかも殺しのターゲットであるネルソンの名前を彼に授けることになる。

ネルソンをめぐって、ウシと友人であるグマロ(Diego Jauregui)がこんな対話を繰り広げる。昔は鶏といった家畜を自分たちの手で殺して、その肉を食べていた。子供たちはそうやって死に触れていたのである。今はカルテルなどの虐殺やそれを報じる新聞などによって子供たちは死に触れる訳であり、この状況では過去は郷愁深く映る。だが果たして本当にそうなのだろうか。

ウシという男は生と死に激しく引き裂かれている存在である。彼は生きながらにして亡霊のようにしか在ることができず、常に死に憑りつかれている。何故なら彼の過去は血に染まっているからだ。ウシはそれから逃げることができない、というよりもう逃げることを諦めてしまったかのようにすら見える。

しかし監督はウシの人生のその先を見据えていく。彼は蟹のネルソンを大切に育て続け、初めて優しさを見せるようになる。そしてこの優しさは同じ名前を持つ殺しのターゲット・ネルソンとの友人関係、そして行きつけの個人商店の主人ソル(Regina Flores Ribot)との恋人関係に繋がっていく。そうして彼が生を手繰り寄せようとしていく姿は、静謐に満ちながらも感動的なものだ。

"Uzi"は過去への郷愁と目前に広がる現在、血にまみれた死と輝ける生の間で引き裂かれた男の姿にメキシコの行く末を託した作品だ。私たちはメキシコの闇の深さに絶望することともなるだろう。それでもその先に希望があると、私は信じたい。

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