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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

君はアゼルバイジャン映画史を知っているか?~Interview with Firuza Mammadova

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さて、日本の映画批評において不満なことはそれこそ塵の数ほど存在しているが、大きな不満の1つは批評界がいかにフランスに偏っているかである。蓮實御大を筆頭として、映画批評はフランスにしかないのかというほどに日本はフランス中心主義的であり、フランス語から翻訳された批評本やフランスで勉強した批評家の本には簡単に出会えるが、その他の国の批評については全く窺い知ることができない。よくてアメリカは英語だから知ることはできるが、それもまた英語中心主義的な陥穽におちいってしまう訳である(そのせいもあるだろうが、いわゆる日本未公開映画も、何とか日本で上映されることになった幸運な作品の数々はほぼフランス語か英語作品である)

この現状に"本当つまんねえ奴らだな、お前ら"と思うのだ。そして私は常に欲している。フランスや英語圏だけではない、例えばインドネシアブルガリア、アルゼンチンやエジプト、そういった周縁の国々に根づいた批評を紹介できる日本人はいないのか?と。そう言うと、こう言ってくる人もいるだろう。"じゃあお前がやれ"と。ということで今回の記事はその1つの達成である。

最近Youtubeを散策していたところ、すごいものに出会った。何とアゼルバイジャン映画を英語字幕つきで配信しているYoutubeアカウントというものが存在していたのである。最初は違法配信かと思ったが、調べてみるとアゼルバイジャンの外語大学の生徒や教師が行っているプロジェクトだということが分かった。そこで、一体どんな人が携わっているのだろうか?と興味が湧くのが私である。概要欄を手掛かりに字幕翻訳者を探したところ、いとも簡単にFacebookでその人に行き当たった。こうなればインタビューしなければ損である。ということで今回はアゼルバイジャン映画を英語に翻訳する字幕翻訳家Firuza Mammadova フィルザ・マンマドヴァに直撃、アゼルバイジャン映画史について尋ねてみた。Youtubeアカウントとこのインタビューを手掛かりに、アゼルバイジャン映画史の海に飛び込んでくれたら幸いである。ではどうぞ。

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済藤鉄腸(TS):まず、どうして字幕翻訳家になるほど映画が好きになったんですか? 映画に興味を持ち始めた頃、アゼルバイジャンではどのような映画を観ることができましたか?

フィルザ・マンマドヴァ(FM):映画が好きになったのにはいくつも理由があります。まず映画は楽しみながら何か新しいことを学ぶのにはベストでした。映画を観ている時、私たちは他者の人生を観察し、そこから何かを学び取るんです。問題から逃げ出したい時には、いつも新しい映画を観ていました。この大きな情熱によって私は字幕翻訳家になった訳です。映画への興味は何年も前から始まりました。まだ子供だった頃、TVで色々な映画がやっていたんです。アゼルバイジャンの映画、外国の映画、新しい映画、古い映画……

TS:最初に観たアゼルバイジャン映画はなんですか? どんな感想を持ちましたか?

FM:最初に観たのが何か正確には思い出せませんが、初めて感銘を受け、映画の中毒になったきっかけの作品は覚えています。"Şərikli çörək"(日々のパン)という作品で1969年というソビエト連邦時代に撮影された、第2次世界大戦についての作品でした。映画と劇中で披露される歌に魅了されてしまい、そこから観れるだけのアゼルバイジャン映画を観るようになりました。

TS:アゼルバイジャン映画の最も際立った特徴とはなんでしょう? 例えばフランス映画は愛の哲学、ルーマニア映画は徹底したリアリズムと黒いユーモアなどです。では、アゼルバイジャン映画にはどういったことが言えるでしょう?

FM:私はソビエト時代の作品により興味があるんですが、実例を挙げながら質問に答えましょう。アゼルバイジャン映画には様々なジャンルの作品がありますが、リアリズムは最も一般的なものです。最も際立った例の1つが、"Gün keçdi"(過ぎ去った日々)における最後の主人公のモノローグです。それから"Şərikli çörək""Bizim Cəbiş müəllim"(私たちのカビシュ先生)、"Ölsəm, bağışla"(死ぬのだから、赦して)などは戦争のリアルを反映しています。しかし"Babək""Nəsimi""Nizami"などからはロマン主義を感じることでしょう。"Babək"は19世紀のアゼルバイジャン史において、イスラム帝国と戦った英雄についての映画です。今作に現れる言葉はロマン主義の最も印象的な例です。"1日だけでも誰に従うことなく生きられるのなら、それは何千年もの間奴隷のように生きるよりも素晴らしいことだろう"

TS:アゼルバイジャン映画史において最も重要な映画はなんでしょう。その理由は?

FM:とても難しい質問ですが、私は"Nasimi"を挙げましょう。Imadaddin Nasimi イマダッディン・ナシミという偉大な詩人・思想家の悲劇的な人生を描いています。彼は中世という暗闇で太陽のように輝いていた人物であり、その著作は英語にも訳されています。Nasimiはフルーフィー派の教義を広めていた人物なんですが、この教義は神秘主義を基にしたイスラムスーフィズムの教義であり、14世紀後半から15世紀前半に西ペルシアやアナトリア地域に広められました。Nasimiは無知や帝国に、象徴的な剣――つまりは詩と思想で戦い、歴史上類を見ないほどの人気を獲得しました。NasimiとAmir Teymur アミル・テイムルとの戦いについての歴史的事実について知ったなら、感銘を受けないなどありえません。そして彼は悲劇的な死の直前にも信仰を捨てませんでした。彼の考えは、日本の映画好きにも魅力的に映ることでしょう。今作においてはアゼルバイジャン史と東方の哲学を反映した多くの事実が描かれています。特にRasim Balayev ラシム・バライェフの素晴らしい演技は強調するべきでしょう。

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TS:1作だけ最も好きなアゼルバイジャン映画を選ぶとするなら、何を選びますか? それは何故でしょう。何か個人的な思い出がありますか?

FM:ふむむ、もし1作だけ選ぶならRamiz Azizbayli ラミズ・アジズバイリ"Bəxt üzüyü"(幸運の輪)でしょうか。ジャンルはコメディで、アゼルバイジャン社会の問題が熟練の技量で描かれているんです。今作には社会経済的な状況を映し出した、無数の比喩的な表現が存在します。文化的な瞬間の数々を素晴らしいユーモアとともに描き出したのが、今作が成功した最も大きな理由でしょう。まだ今作の字幕翻訳に取り掛かっていないのは、他の言語では極端に表現の難しい、アゼルバイジャン文化のニュアンスがあるからなんです。しかしプロとしての自覚が芽生えるとともに、今作やその文化を世界に知ってもらうよう頑張れると思います。

TS:アゼルバイジャン国外において、世界のシネフィルに最も有名な映画作家Arif Babayev アリフ・ババイェフでしょう。彼の作品"Gün keçdi"はその複雑さと切なさにおいて最も有名なアゼルバイジャン映画であるでしょう。しかし、彼はアゼルバイジャンにおいてどのように評価されているのでしょう?

FM:アゼルバイジャン映画には長い歴史がありますが、後にまで影響が及んだ作家は少ししかいません。その数少ない1人がArif Babayevです。彼は抒情的でロマンティックな雰囲気をアゼルバイジャン映画界に持ちこみました。彼の作品"Uşaqlığın son gecəsi"(子供時代の最後の1日)や"Gün keçdi""Alma almaya bənzər"(リンゴはリンゴに見える)や"Arxadan vurulan zərbə"(背中への一撃)はアゼルバイジャン映画史における至宝です。

TS:一時期アゼルバイジャンソビエト連邦下にありましたが、1991年に独立を獲得しましたね。聞きたいのは、独立以前と以後において映画は変化したのかということです。もし変化したとしたら、どのように変わったのでしょうか?

FM:率直に言って、独立以前と以後では様々な違いがあります。ソビエト連邦が崩壊した後、アゼルバイジャン映画もまた落下を経験し、素晴らしい映画は減りました。それでも近年は若い才能がアゼルバイジャン映画を再生してくれています。

TS:あなたはアゼルバイジャン映画を英語に訳し、Youtubeにアップするという計画を行っていますね。そのおかげで、私もアゼルバイジャン映画史の傑作を観ることができました。どのようにしてこの計画は始まったのですか? 日本の私を含めて、世界から何か反響はありましたか?

FM:アゼルバイジャン映画の熱烈なファンとして、全世界にその作品を観て欲しかったんです。始めた時はたった17歳で経験もありませんでしたが、翻訳しようと決意したんです。この計画を始めた時、世界中からこんなにも大きな反響があるとはおもっていませんでした。この世界からの関心が私を刺激し、気力を与えてくれるんです。

TS:どのように翻訳するアゼルバイジャン映画を選んでいるんですか? 映画史における重要性、個人的な嗜好、もしくは他の要素ですか?

FM:正直に言うと、個人的な嗜好から選んでいます。翻訳しようとしている作品はとても多くて、今ある作品を翻訳しようと思ったのはこれが自分の国について伝えるにベストの作品と感じたからです。

TS:2010年代も数日前に終りを告げました。そこで聞きたいのは2010年代における最も重要なアゼルバイジャン映画です。例えばElmar Imanov エルダル・イマノフ"End of Season"Hilal Baydarov ヒラル・バイダロフ"Xurmalar Yetişən Vaxt"(ザクロが咲く時)etc...

FM:近年の作品で最も好きな作品をいくつか挙げましょう。Ilgar Najaf イルガル・ナジャフ"Nar Bağı"Ilgar Safat イルガル・サファト"İçəri şəhər"(内部の都市)です。"Nar Bağı"チェーホフ櫻の園にインスパイアされた作品で、ザクロの木々に囲まれた家族の慎ましい人生を描いています。"İçəri şəhər"は心理ドラマであり、ある若い少女が抱く、ナゴルノ・カラバフ戦争の帰還兵への愛を描いています。

TS:アゼルバイジャン映画の現状はどのようなものでしょう? 外側からだと良いものに見えます。新しい才能が有名な映画祭に多数現れているからです。例えばロッテルダムElmar Imanov、シネマ・デュ・リールのHilal Baydarovなどです。しかし内側からだと、現状はどのように見えるでしょう?

FM:独立後、アゼルバイジャン映画への関心は小さくなっていきましたが、現代の映画作家たちによって再生期を迎えています。あなたが挙げた2人以外にも、例えばJavid Imamverdiyev ジャヴィド・イマムヴェルディエフIlgar NajafZamin Mammadov ザミン・マンマドフIlgar SafatMirbala Salimliミルバラ・サリムリAsif Rustamov アシフ・ルスタモフElchin Musaoghlu エルチン・ムサオグルShamil Aliyev シャミル・アリイェフなど現在のアゼルバイジャン映画において語るべき作家たちはたくさんいます。最近は70もの短編や長編が国際的な映画祭で賞を獲得していると言えるのは、私としてもとても嬉しいことです。

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