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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

"Otac"~南東ヨーロッパの哀しみをめぐるリアルな肖像画 written by Arman Fatić

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この鉄腸マガジンは長らくこの私、済藤鉄腸が一人で運営してきた。が、最近世界中に映画批評家の友人たちができるにあたって、彼らから何か記事を執筆してもらえたら面白いのではないかと思いはじめた。そこで募集してみると、彼らからいくつか記事が集まってきた。ということで、今回はボスニア映画批評家Arman Fatićから寄稿してもらった、今年のベルリン国際映画祭上映のセルビア映画"Otac"のレビューをお届けする。

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神経衰弱の危機にある女性が、自分の子供たち――9歳ほどの少女と12歳ほどの少年だ――を連れ、古い工場へとやってくる。入口に立ち、女性は作業員たちや管理者に向けて叫ぶ。もし夫の未払賃金を払わなければ、自分と子供にガソリンをブチ撒け、火を放つというのだ。しかし工場には無視と怠惰の苦しみばかりが響き、とうとう女性は子供たちが抵抗するのも構わずガソリンをかけ始める。そして自分にもボトルの残りをかけて、絶望の最高潮で、火をつけた。この驚くほど陰鬱なオープニングで以て、セルビア人監督Srđan Golubović スルジャン・ゴルボヴィチの最新作"Otac"は観客に吐き気と怒りを催させる。しかしこれはセルビアで実際に起こった社会的・政治的出来事を描いたドス黒い物語において前奏でしかない。

工場での事件の後、映画に現れるのはニコラという男、今作の主人公だ――演じるのはGoran Bogdan ゴラン・ボグダン、おそらく彼のキャリアにおいて最も難しい役柄だろう。ニコラの妻は病院に搬送され、子供たちは社会福祉局に引き取られる。彼らを取り戻すため、父は評価委員会がやってくる前に、家族が基本的な生活を送れるようにしなくてはならなかった。しかし委員会はニコラに彼の日雇いでの賃金(工場は事件の2年前にクビになっている)では子供を世話できないと通告する。そして下劣な腐敗によって、地方の権力者はニコラを子供に会わせるのを禁じたため、彼は自身の住む村からセルビアの首都ベオグラードまでの300キロを歩いて踏破しようとする。大臣の決定を変えるためだ。

Golubovićが今作で表現しようとしているものは多い。表面上、この作品は当然旧ユーゴ諸国における官僚主義、抑圧された市民たちの自明な深淵を描いた作品であるが、最終的に今作は人生における社会的・政治的スフィア上の機能不全なシステムについての映画であるのだ。

それでも"Otac"は同様の作品群よりも多くのことを成し遂げている。映画は、顔の表情や感情両方から、官僚主義の恐ろしい堕落まで、その状況を可能な限りリアルに描こうとする一方、監督のGolubovićは不条理なまでに崇高な共感を主人公に向けることで、ここに希望の息吹を託そうとしている。ニコラの周囲にいる登場人物のほとんどは灰色の/黒いモラルや価値観、仕事を持っており、それがニコラとの対峙を緊張感溢れる、とても興味深いものにしている。おそらくそんな登場人物や状況の最良の例はニコラが移民の運び屋と出会った時だろう。彼は人々を虐待し裏切ることで多額の金を奪っていながら、ニコラに対しては慈悲を見せ、無料で彼を運んでくれるのだ。似たような場面として政府の管理者たちとの対話が挙げられる。例えば大臣から送られたベオグラードの監視員や地方のソーシャル・ワーカー、後者はニコラに対して厳しい裁きを下すのだ。

実際の出来事において、映画も同様にだが、メディアのイメージや可視性が際立った役を演じている。あるTVクルーの助けで、小さな地方紙へ向かう時、それは輝かしいものになり、市民たちの独立した行動を求める。それは当然権威が恐れるものでもある。その一方で、映画において権威の座にある者はポジティブなメディア・イメージの役割を熟知している。今作は抑圧的な政治家が少しの共感を見せながら、自身の興味に邁進する姿を映し出している。

もし今作で最も際立ち、衝撃的だという場面を挙げるなら、それは厳しく骨の折れる旅の後に広がる最後だろう。監督Golubovićは主人公に祝福の時やハーモニーを与えることはしない。しかし最後のショットにおいて、彼を取り囲む社会における、また1つの恥さらしなほど腐敗した状況にニコラを晒すのだ。

全体として"Otac"は南東ヨーロッパの社会を描き出した力強い社会派ドラマだと言える。それは他者への乾いた共感やより良い明日への希望から、生を生き始めている。このGolubovićにとって最も複雑な作品はヴェンダースパリ、テキサスのヨーロッパ版として観ることができる。そこに今作はヨーロッパの極における現状を描いているという強烈な事実が付け加わるが。

(オリジナル:Father - a realistic portrayal of the southeastern Europeans' sorrows? by Arman Fatić on Duart)

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