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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Damien Hauser&“Blind Love”/ケニアのロマコメは一味違う!

さて、ケニア映画である。調べてみると、あれだけ日本未公開映画を紹介しているのに、ケニア映画に関しては1本も紹介していないという事実が発覚し、驚いてしまった。それくらい新作ケニア映画に遭遇するのは難しいことであると言えるのかもしれない。だがここで、日本未公開ケニア映画を紹介できることを嬉しく思う。そしてその1本はマジでとんでもない映画と言わざるを得ない代物だった。今回は先日のタリン・ブラックナイト映画祭でプレミア上映された、ケニア系スイス人のDamien Hauser ダミアン・ハウザーによる長編デビュー作“Blind Love”を紹介していこう。

今作の主人公はブライアン(Mr. Legacy)という青年である。彼は目が見えず、障害児のための学校に通っていたのだが、そこでアベル(Jacky Amoh)という少女と出会い、助けてもらうことになる。そこから交流を深め始めるのだが、2人の関係がもどかしいまでに難しいものとなっているのは、アベルもまた耳が聞こえないという障害を抱えているからだった。

序盤においてはそんな2人の恋模様が描かれる。障害を持つ者同士のロマンスだと、特に日本の映像作品などでは辛気臭く感傷的に描かれがちだが、ここではそれが良い意味であっけらかんと描かれている。ブライアンは声で喋るが、アベルは耳が聞こえないので伝わらない。アベルは手話で喋るが、ブライアンは目が見えないので伝わらない。この状態で互いの思いを伝えようとして、2人はもうとにかくワチャワチャ動きまくる。手を動かし、足を動かし、互いに触れて、表情を変えては変える。障害はありながら、それを苦としない明るさが、初々しい愛となって輝き、観客を思わず笑わせていく。

Hauser監督が兼任する撮影は、そんな2人の動きの数々を途切れのない流れとして捉えるためか、長回しが主体となっている。手振れを伴いながら被写体に肉薄したり、距離を取りながら横移動でその動きを撮しだしていくのだ。そうしてスクリーンに浮かびあがるブライアンとアベルの姿には生命力が溢れている。今作が優れているのは、彼らが互いを理解するための涙ぐましい努力、愛するための過程をこうしたアクション主体で描きだそうと常に試みるからだ。今作はロマンティック・コメディであると同時に、アクション映画なんだと言いたくなる欲望すらも抱く。

そしてこういった物語の常として、やはり2人の恋路を邪魔する存在が現れる。ブライアンに敵意を抱いてアベルを寝取ろうとする男性、逆にブライアンが好きだからこそアベルから彼を奪おうとする女性、2人のせいで関係性は大きく荒れ狂う。だが彼ら以上に大きな障壁となる存在がいるのにも観客は気づくだろう。それこそが酒である。そもそもブライアンが盲目になった理由は、工業用エチルアルコールを飲んだせいで目が潰れてしまったという頗る不穏な理由だ。それで弟を失った挙げ句、ブライアンはアルコール中毒にもなり、いつでも酒を飲み続ける。これがアベルに不信感を抱かせる一員ともなるのだ。

だが酒が2人にもたらすのはそういった不幸だけではない。ある日、2人が新しい酒を一緒に飲むのだが、酩酊の後に夢の世界で2人は再会することになる。しかも障害はさっぱり消えて、交流には何の支障も無くなるのだ。ブライアンたちは夢の世界で何の気兼ねもなく会話を始める。家族について、部屋のリノベーションについて、自分たちの未来について。そしてこの夢のひとときから帰ると、障害は元に戻っている。あの夢を追いまた酒を飲み、あの夢を追いまた酒を飲み……

読者の方々も、このロマンティック・コメディの流れが妙な方向に舵を切り始めたと思うかもしれないが、いや本当にここから全く異様としか言い様がない展開へと進んでいくことになる。Hauser監督は脚本まで兼任している(というか監督、製作、脚本、撮影、編集、音楽、音響全て兼任)のだが、脚本家としての彼は何というか、自由すぎる。物語に、ここではネタバレしたくない様々な要素を闇鍋的にブチこんでいき、整合性などかなぐり捨てたような何だかスゴいものを提示してくる。そして観客を予想もできない地点へ連れていってしまう。少なくとも私は後半部から驚愕の連続で、口をあんぐり開けるしかなかった。

だが今作の支離滅裂な展開の数々に、不思議な一貫性を感じてしまうのは、おそらく物語の核に酒と酩酊という、予想できなさを象徴するものが据えられているからだろう。この存在はブライアンたちにとって支離滅裂なまでに多様な表情を見せる。あの障害から解き放たれた夢を見せてくれる陶酔、ブライアンから視覚を奪い取る劇薬、そして登場人物たちに異常な選択をさせる気まぐれな悪魔。私たちも酒に呑まれて、説明しがたい奇矯な行為に打ってでてしまったことは何度もあるのではないか。これがそのまま物語として顕現しているのが今作であると言える。だから支離滅裂さに不思議な一貫性、論理、何より破格の魅力を感じてしまうのだ。

とか冷静に書いているが、正直今でもその衝撃が抑えられないでいる。あの微笑ましいロマンティック・コメディがまさかこんなことになってしまうなんて。毎年自分でも呆れるほど大量の映画を観ており、今年も世界各国の映画を観まくってきたわけだが、“Blind Love”は間違いなく今年1番の問題作だ。本当に必見である。いやマジで何だったんだ、あの映画一体……