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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Ivan Salatić&“Otapanje vladara”/モンテネグロ、寄る辺なき小さな国よ


razzmatazzrazzledazzle.hatenablog.com
Ivan Salatić監督のプロフィールとデビュー長編"Ti imaš noć”に関してはこちら参照。

舞台は19世紀、モンテネグロは危機に瀕していた。オスマン帝国の脅威に常に晒される一方、その保守的な政治体制から西欧諸国から孤立を深めることになっていた。今作の主人公モルラク(Marko Pogačarクロアチア人の詩人で今作が俳優デビュー作)は主教として侵攻勢力に立ち向かい人々の尊敬を集めていたが、結核を患ってしまう。その治療法を求めて、彼はジュコ(Luka Petrone)といった従者たちを連れてイタリア南部はナポリへ赴き、そこを拠点として旅を続ける……

モンテネグロの新鋭Ivan Salatićによる、7年ぶりの第2長編“Otapanje vladara”はこのようにして幕を開け、モルラクたちの旅路を描きださんとする。モンテネグロの山岳地帯を越えた後、広大な海を渡ってイタリアへ。彼らはナポリに位置する壮麗な邸宅に腰を据え、結核の治療法を追い求めていく。時には鬱蒼たる森の中へ身を委ね、時にはサロンへ赴き詩を披露するなかでその情報を探し、そして時には霧深い丘へと足を踏み入れて故郷のモンテネグロを想う。だがいっこうに治療の手掛かりは掴めないままに時間だけが刻々と過ぎ去っていく。

Ivan Markovićが担当する撮影は凄まじいまでに格調高いものだ。陰影深く、細部まで計算された古典絵画のような構図が続くどころか、ショットの全てがそこまで作り込まれているような印象すら受ける。さらに美術の作りこみも半端がないものであり、19世紀のモンテネグロひいてはヨーロッパ史を知らない者でも“この歴史考証は完璧なのではないか?”と思わせる、有無を云わせぬ説得力がどのショットにも存在している。さらにJelena Maksimovićによる編集は性急さを一切感じさせることのない、王の歩みのごとき鷹揚な遅さが宿っており、映像が湛える崇高さをより印象深く、盤石なものにしていく。

しかしその壮麗さと打って変わって、物語は空虚そのものだ。モルラクたちは旅を続けながらも成果はほとんど皆無であり、ただただ疲弊していく。倦怠感が彼らを覆い尽くし、邸宅の中で無為に過ごす時間が多くなっていく。画面が壮麗だからこそ、彼らの旅はより苛つかされる形で空虚であり、観客にも退屈さを覚える者は少なくないだろう。だがおそらくその空虚さを最も味わっている者たちが、モルラクや従者たちこそなのだ。治癒と救済を求めても届かず、ゆえにその空虚さにも終りは全く見えない。

そしてこの空虚さ、絶望感は当時のモンテネグロの情勢にも重ねることができるのかもしれない。先述した通りモンテネグロ超大国であるオスマン帝国の脅威に常に晒されている一方、政治は保守思想と家父長制に傾き、進歩的な西欧諸国から孤立を深めることなっている。ゆえの終りの見えない苦難をモルラクと従者たちの道行きが象徴しているのだ。

モルラクにはモデルとなっている人物がおり、それが主教公ペータル2世である。彼は19世紀前半にモンテネグロを率いた人物であり、詩人や哲学者としても名高いのだという。こうした文人政治家が基になったモルラクだが、ここでは結核という当時における難病に冒されたことで、自分の殻に閉じこもることとなりモンテネグロ情勢から目を背けて詩などの芸術に耽溺していってしまう。そんな彼を演じるMarko Pogačarクロアチア出身の詩人であり、演技経験はこれが初めてであるらしい。その浮き世離れした存在感は、この悲劇の文人モルラクを演じるために生まれてきたと思えるほどだ。監督はPogačarのように素人俳優を起用することが多いが、これについてCineuropaのインタビューでこう答えている。

“私にとってキャスティングはとても直感的なプロセスで行われますが、そこで最も重要なのは登場人物に存在感を持たせる人物を探しだすことです。私はプロでない俳優たちと映画を作るのが本当に好きです、これが私にとってベストなんですよね。演技を複層的にするよりも、余計なものを削ぎ落とそうということです。私は正直さを求めているので、そんな“完全に不完全な”演技こそがいいと”*1

そしてこの空虚さの中でモルラクは理解者であるはずの従者たちとも対立することになる。モンテネグロ情勢が悪化しても何もしようとしないモルラクと、故郷への郷愁がゆえに彼に反感を抱き始めるジュカ。この対立が悲劇へと繋がっていく。“Otapanje vladara”モンテネグロという寄る辺なき小国の悲哀とその底で燻る国としての誇りを冷ややかに見据えた、静かなる1作だ。