鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Luis Armando Roche&“El cine soy yo”/ベネズエラ、生きるってこと自体が映画なのさ

さて、ベネズエラである。2026年1月現在、アメリカによるベネズエラ侵攻とニコラス・マドゥロ大統領の拘束が日本でも報道されており、様々な場所でこの事件やこれが引き起こす世界情勢への影響についてが議論されている。私は正直ここについて語る言葉を持っていないし、それは専門家に任せるべきと思っている。こういった時に私がやるべきなのは、一般の人が容易には触れられないベネズエラの文化、特にベネズエラ映画というものを紹介することだと思っている。ということで今回はベネズエラ映画史の重鎮Luis Armando Rocheと、1977年制作である彼のデビュー長編“El cine soy yo”(日本語訳:“映画とは私だ”)を紹介していこう。

今作の主人公はハシント(Asdrúbal Meléndez)という中年男性だ。彼はいわゆる何でも屋であり、受容がありそうな仕事を見つけ出してはその場しのぎのお金を稼ぎながら日々を生きていた。ある時は美しい女性に美しい花を売りつける花屋、ある時は路上で写真を撮るフォトグラファー、ある時はパーティで場を盛上げる司会者……こうして彼はベネズエラの片隅で生計を立てていた。

序盤においてこのようにしてRocheはそんなハシントの慌ただしい日常を綴っていく。Jimmy Glasbergによる撮影はクレーンなど機材を存分に駆使した浮遊感のある長回しを主体としてそれをスクリーンに映し出していくわけだが、そこではハシントがいかに市井の人の暮らしぶりに密着しそのニーズを見出していくかの過程が、言葉でなく映像で伝わる。そしてその光景は必然的に、彼の周りで生活を営む名もなき人々の姿をも映し出していく。観客は彼らの日常とそこに満ちる空気感をまず体感することになるだろう。

ある日ハシントが映画館に赴いた時、観客のこんな声を聞く。こういう田舎町って、映画館ないから映画なんか観れないんだろうなあ……その言葉から彼は、ベネズエラの田舎町を巡って映画を上映すれば、たんまりお金を稼げるんじゃあないかと思いつく。彼はオンボロトラックを買って、それを一目を惹きそうな赤いクジラのように塗り替えた後、映画を上映するために必要な機材を詰めこんで旅に出かけるのだった。

ここにおいてとにかく魅力的なのはハシントの人たらしっぷりである。トラックで辿り着いた先で彼はまず外で遊んでいる子供たちを言葉巧みに上映会へと誘ったのち、次は大人たちをも巻きこんで上映会を盛上げに盛上げていく。その最高潮のままの上映へと雪崩こんで、映写をしながら映画に見惚れる老若男女を見てハシントはほくそ笑むのである。

そして上映会を映すGlasbergの撮影もまた興味深い。あまり観る機会のない映画を夢中になって見つめる観客の顔を横移動で1つ1つ印象的に捉えながら、次に捉えるのは彼らの足元と、そこに散らばるゴミの数々だ。観客として我が身を省みざるを得なくなる画から、ふとカメラには観客の靴をみがく少年の姿が映る……田舎部における映画の物珍しさ、何かに夢中になった時の思わぬ余波、当時のベネズエラにおける貧困の状況など。ここには1977年当時においてベネズエラに広がっていたのだろう生々しい現実が焼きついているのだ。

ハシントはこの靴みがきの少年マヌエル(Alvaro Roche)を映画上映の助手として雇うことになり2人での旅が始まるわけだが。ここから作品はロードムービーとしての趣きをも得ることとなる。猥雑さと少しばかりの寂れた雰囲気が混ざりあうような街並み、水場を取り囲むように積み上がる砂丘、淡い緑がどこまでも広がり見るものに息を呑ませる山地など、ベネズエラにある無数の美しい風景が今作では映し出されていく。

そこには同時にベネズエラの様々な側面もまた現れていく。悲しいことに田舎町には貧困が蔓延しており、マヌエルは正にその煽りを受けた存在でもあり、この閉塞感から逃げだすために彼はハシントと旅することを決めるのだ。一方でベネズエラカリブ海に面しているわけだが、その海岸線にはカリブ系の住民たちが多数住んでおり、歌や踊りなどの文化を受け継ぎながらそこで暮らしており、マヌエルたちはそれを目撃しベネズエラの、そして世界の広さを知っていくのだ。

そんな光景を観客も目の当たりにしていく中で、今の情勢に繋がるような状況もまたここに見出さざるを得なくもなる。ハシントたちがある時広大な荒野に行き当たるのだが、そこには石油掘削機が規則的に設置されて地面を掘っていく様が見て取れる。現在の報道において、アメリカの大統領であるドナルド・トランプベネズエラの石油利権を狙っているのではないか?ということが言われる。真偽は不明でありながらも、この光景を見るなら否応なくこの報道を想起させられてしまうだろう。

このようにして今作はジャンルも越境していくのだが、ここも興味深い特徴の1つと言えるだろう。旅の途中、ハシントたちの元にはジュリエット(ジュリエット・ベルト、リヴェットの「デュエル」翌年の出演)というフランス人ヒッチハイカーが現れ行動を共にすることとなる。3人は旅を通じてかけがえのない絆を紡いでいき、ある種家族のような関係性にもなっていく。つまりロードムービーにまた疑似家族ものという要素が掛け合わさるわけである。

そうして今作に生まれるのが多幸感というものである。この紹介文でも様々な場面について書いてきたが、今作においてはどの瞬間にもかけがえない幸せが宿っているのだ。浮遊感ある夢心地の長回しに浮かんでは消えるそんな幸せを目の当たりにしながら、観客はこの光景がいつまでも、いつまでも続いていけばいいのにと思わされるのだ。

しかし監督はハシントや観客に叩きつける、何事も永遠には続かないのだと。ベネズエラの経済が少しずつ発展していく中で、喜ばしいことに田舎町にも少しずつ映画館はできていく。だがハシントにとっては移動映画館が稼げなくなることを意味しており、その経済状況は逼迫していかざるを得ない。そんな不安定な状況においてはマヌエルやジュリエットととの関係性も不安定になってしまう。そこに宿る愛も移わざるを得ないのである。こうして多幸感に満ちていたファンタジー的な白昼夢は、容易なまでに悪夢に転じることとなってしまう。そしてこの白昼夢と悪夢の狭間で、ハシントという男が何を選ぶのか。監督は彼が成す選択を見据えていくわけである。

ところで今作の原題であるスペイン語“El cine soy yo”とは“映画とは私だ”ということを意味している。“Yo”とはスペイン語の1人称であり、いくつもの1人称がある日本語には訳しにくいのだが、それでも言えるのはこの1人称を使う存在、つまりは今作に出てくる全ての人、そしてスペイン語を喋るベネズエラの人々全ての生こそが映画ということだ。今作を通じて監督は、ベネズエラに生きる人々のその生を、その選択がどんなものであれ肯定し、そして祝福するのだ。人生賛歌、この“El cine soy yo”を観ながら私の頭に浮かびあがった真実の言葉とは正にこれだ。