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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

世界の皆がチリ映画史を待っている~Interview with Héctor Lientur Oyarzún Galaz

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さて、日本の映画批評において不満なことはそれこそ塵の数ほど存在しているが、大きな不満の1つは批評界がいかにフランスに偏っているかである。蓮實御大を筆頭として、映画批評はフランスにしかないのかというほどに日本はフランス中心主義的であり、フランス語から翻訳された批評本やフランスで勉強した批評家の本には簡単に出会えるが、その他の国の批評については全く窺い知ることができない。よくてアメリカは英語だから知ることはできるが、それもまた英語中心主義的な陥穽におちいってしまう訳である(そのせいもあるだろうが、いわゆる日本未公開映画も、何とか日本で上映されることになった幸運な作品の数々はほぼフランス語か英語作品である)

この現状に"本当つまんねえ奴らだな、お前ら"と思うのだ。そして私は常に欲している。フランスや英語圏だけではない、例えばインドネシアブルガリア、アルゼンチンやエジプト、そういった周縁の国々に根づいた批評を紹介できる日本人はいないのか?と。そう言うと、こう言ってくる人もいるだろう。"じゃあお前がやれ"と。ということで今回の記事はその1つの達成である。

さて今回インタビューをしたのは、チリの映画評論家Héctor Oyarzún エクトル・オヤルスンである。2010年代においてチリ映画界は「NO」パブロ・ラライン「グロリアの青春」セバスティアン・レリオの台頭で一躍世界トップの座に躍り出たが、それ以前のチリ映画史について知っている人はどのくらいいるだろう。今回はチリ映画界の重鎮ラウル・ルイスを含めたチリ映画史、本国におけるパブロ・ララインの存在感、今後のチリ映画の展望などについて尋ねてみた。ラテンアメリカ映画に興味がある人はぜひ読んでほしい。それではどうぞ。

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済藤鉄腸(TS):まず、どうして映画評論家になろうと思ったんでしょう? それをどのように成し遂げたんでしょう?

エクトル・オヤルスン(HO):映画にのめりこんだのは小さな頃からです。正確にどんな映画がまず私に影響を与えたかは覚えてません。ですがその後の映画については完璧に思い出せます。母が私の趣味に気づいてから、ブロックバスターで映画を借りてくれるようになりました。そうしてたくさんのチャップリン映画やアメリカン・ニューシネマを観て、子供心に大きな影響を受けました。そこから映画を観ることを止められなくなりました。その後、ある教師に出会ったんですが、彼はたくさんの映画を見せてくれましたし、映画を批評するやり方も教えてくれました。それからは映画を分析的な距離を以て観るようになりました。Raúl Ruiz ラウル・ルイス言うところの"自身の情熱と競合しあわない距離感"です。

その後、映画製作について学んでいる時、私は映画批評家Iván Pinto イバン・ピントの元で学ぶことになりました。私は彼が運営する映画批評サイトEl Agente Cineで何か書けないか頼んでみました。最初、私は自分が何をしているか分かっていませんでしたが、今まで読んできた批評家の文体を模倣していくようになりました。覚えているのはその頃(ジョナサン・ローゼンバウムの)"Movie Mutation"に強い影響を受けたことです。今でもそこから何かをコピーしようとしていますね。

TS:映画に興味を持った頃、どんな映画を観ていましたか? 当時チリではどんな映画を観ることができましたか?

HO:チャップリンが何年も私にとって全てだった後、色んな方法を使って次に何を観るべきか知ろうとしました。そうして観たのはキューブリックやスコセッシ、子供時代において"重要な作家たち"として響くような作家や作品全てでした。ほぼ全てをブロックバスター経由で観ましたね。なのでほとんどはアメリカ映画でした。海賊版映画を売っている人物に会ってから、もっと広く映画を観られるようになりました。その人物は映画のリストを持っており、重要な作家とは知りながら1本も観ることができなかった作家の作品をそこで手に入れたんです。ゴダールフェリーニトリュフォー、クローネンバーグ、ラウル・ルイスetc。興奮しながらも当惑しながら、私は映画史に深く入りこんでいきました。11歳の時、私は「ソドムの市」ソラリスを観ました。それは素晴らしかったのか、するべきではなかったのか、今でも判断がつきません。

私は小さな町で育ったので、劇場で興味深い映画を何度も観ることはできませんでした。思うに私と同世代の人々は愛すべきシネフィル的記憶は必ずしも劇場で培われてきた訳ではなことに同意してくれると思います。だから映画への情熱を育むには劇場での経験が"正しい"ものだという考えには抵抗したいと思います。その頃のチリではたくさんの映画を観ることができましたが、それには"海賊版"やインターネットに頼るしかありませんでした。そうでなければ、サンティアゴにでも住んでいない限り、選択肢はほとんどありませんでした。

TS:あなたが最初に観たチリ映画は何でしょう? 感想もぜひ知りたいです。

HO:最初に観たのが何かは定かではありませんが「マチュカ 僕らの革命」(Andrés Wood アンドレス・ウッド, 2004)は自分に影響を与えた最初のチリ映画ですね。自分の人生は共産主義を背景としているので、家では政治が大きな問題でした。家族の一部はピノチェト独裁政権に直接影響を受けており、中でも祖父は亡命しました。この時代そういった話は別に珍しくはなく、両親は共産主義の若い活動家でした。なので「マチュカ 僕らの革命」で、私は初めてスクリーンでそういった精神的イメージが描かれるのを観たんです。今作はサルバドール・アジェンデ政権の転覆で終わりますが、彼は私の家族にとって英雄として語られていました。アジェンデが直接映画に出ることはなくとも、2人の子供が別離を経験する様には感動しました。それがアジェンデ政権の終りと意味していたからです。今は「マチュカ 僕らの革命」のファンではありませんが、自身の国の歴史を映画で観るのはとても力強い経験です。

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「マチュカ 僕らの革命」

TS:チリ映画において最も際立った特徴とは何でしょう? 例えばフランス映画は愛の哲学、ルーマニア映画は徹底したリアリズムや黒いユーモアなどです。では、チリ映画についてはどうでしょう?

HO:思うにそれは定義するのが難しいもので、狭いものに落としこみたくはありません。"チリ人のアイデンティティ"というものは何人かの社会学者が言うように、いかに把握するかが難しいかによって定義されているんです。際立った特徴というより、異なる時期によって異なる傾向があると思います。例えば、人民連合の短い時代には新しい政治的現実に適応しようとする作品が多かったです。ここで初めて、多くの映画作家が政府の公認プログラムに貢献しようとしたんです。それは彼らがアジェンデ政権を非難しなかったことを意味はしませんが。この時代は実験精神に溢れていて、後のチリ映画にも大きな影響を与えています。

最近になると、ドキュメンタリー制作が最も際立った特徴になっています。"ドキュメンタリー"とは言いますが、多くの作品がその境界線を曖昧にしています。もしあなたがIgnacio Agüero イグナシオ・アグエロJosé Luis Torres Leiva ホセ・ルイス・トレス・レイバCamila José Donoso カミラ・ホセ・ドノソの作品を観たなら、それらが"狭間"の空間にあるものだと気づくでしょう。それはフィクションとドキュメンタリーの違いは何かという問いにまつわるだけのものではなく――それは古い論争でもあるでしょう――コントロールを失うための計画でもあるんです。"El viento sabe que vuelvo a casa"(Torres Leiva,2016)のような映画は、人々に"嘘をつく"ことの力強さ、真実性を見せてくれます。

TS:チリ映画で最も重要な人物は間違いなくRaúl Ruizでしょう。"Tres tristes tigres""La Ville de Pirates"などの作品は世界のシネフィルに神のように崇められています。しかしチリ本国ではどのように評価されているのでしょう?

HO:Ruizが私たちにとって最も重要な映画作家であることは否定できませんし、彼の存在感は年を経るごとに大きくなってきています。チリにおいて彼の作品を観ることが難しかった期間は長かったので、人々が全貌を知ることはできない、ある種の伝説ともなっていました。しかし1992年に"Palomita blanca"が公開されて、人々が彼の作品に触れられるようになりました。今作は70年代に撮影されていましたが、1973年に起こったクーデターのせいで上映が中止になってしまいました。RuizとValeria Sarmiento バレリア・サルミエント――彼女はRuizの妻であり編集技師、そして素晴らしい映画監督でもあります――は亡命し、20年間本作は観られることがありませんでした。最終的に本作が上映された時には、興行的に成功しました。

最近、Ruizについての本の執筆や研究が日に日に深まっています。ある人はアカデミックな領域においてRuizの"オーバードーズ"を起こしていると言いますが、彼の作った作品はあまりにも多すぎて彼を発見するために多くのことをしなくてはならないのも真実です。先に"チリ人のアイデンティティー"は定義するのが不可能と語りましたが、Ruizはそれを定義しようとした映画作家であることは間違いありません。亡命する前、Ruizのチリ映画は"チリ人の行動"を構成する要素を真似て探し出そうとしていました。彼は私たちがいかに語るかに関して正確であり、それを多くのユーモアとともに描き出しました。

TS:個人的に好きなチリ映画はPatricio Kaulen パトリシオ・カウレン"Largo viaja"Miguel Littin ミゲル・リッティン"El chacal de nahueltoro"です。これらの力強い映画的言語には魅了されます。聞きたいのは、この2作がチリ映画史においてどういった存在であるかです。有名ですか?

HO:この2作は最も重要なチリ映画であり、とても有名です。製作年は2年しか離れていない(1967年と1969年)ですが、チリの映画史における全く異なる時期を体現してもいます。"Largo viaje"(1967)はイタリアのネオリアリズモに強い影響を受けると同時に、チリ特有の儀式を描いてもいます。"Velorio del Angelito"というのは3歳になる前に亡くなった子供のための長い夜番にまつわる古い伝統なんです。最初の場面はそれを描いたもので、主人公が亡くなった弟に彼の羽を返そうとするのは儀式の文字通りの解釈なんです。今作は"無邪気な"ロードムービーであり、個人的には「ともだちの家はどこ?」(アッバス・キアロスタミ, 1987)を思い出す。そして今作はいわゆる"新たなるチリ映画"に先行する映画なんです。

他方"El chacal de Nahueltoro"(1969)は"新たなるチリ映画"に欠けてはならない映画です。チリ映画の文化的モーメントはラテンアメリカの視点を含んでもいます。例えばブラジルの"シネマ・ノーヴォ"やアルゼンチンの"第三の映画"など反植民地主義的な映画やマニフェストに影響を受けながら、当時の社会的な闘争を描き出していた訳です。今作は"ドリームチーム"というべきだろう、当時の最も才能ある芸術家たちが集まっています。編集Pedro Chaskel ペドロ・チャスケル、撮影監督Héctor Ríos エクトル・リオス、作曲家Sergio Ortega セルヒオ・オルテガなど、映画の技術的側面が素晴らしいことは否定できません。それが今作が長年最も愛らしく創造的な映画であることの理由でもあります。Chaskelのラフカット、Ríosの影と光の使い方、それらによって今作は魅力的なものになっています。物語は国を震撼させた実際の出来事を基にしています。そして最も素晴らしいチリ映画として見做されています(映画サイトCinechileで行われた公式投票でも勝利しました)

TS:外側から2010年代最も重要なチリ人監督を選ぶとすれば、それはPablo Larraín パブロ・ララインになるでしょう。彼は"Post Mortem"ネルーダ 大いなる愛の逃亡者など数々の傑作を監督しただけでなく、重要なチリ映画、例えばMarialy Rivas マリアリー・リバス「ダニエラ 17歳の欲望」Sebastián Lelio セバスティアン・レリオ「グロリアの青春」などの製作を手掛けていますね。しかし彼の作品や功績はチリでどのように受け入れられているんでしょう?

HO:思うにこれはとても興味深い問題です。なぜなら私はチリ人以外の人々と何度もララインの映画について議論してきて、その反応は様々なものだったからです。彼については論争を呼ぶだけの理由があり、それは議論と切り離すことができません。ララインは2人のとても重要な右派政治家の息子ですが、彼らはSebastián Piñera セバスティアン・ピニェラ――彼は去年の暴動において殺人、拷問、レイプを主導した人物として罰されるべきでしょう――という現在の大統領の元で二期大臣を務めました。その前でもララインの名はチリにおいて権力と富と同義だったんです。

それがどう映画と繋がるのか。知っての通り、チリの現代史と政治的闘争を語るにあたり階級がどうでもいい要素な訳がありません。全員がララインを軽蔑しているということではないですが、議論を呼ぶ存在であることは間違いないです。彼の作品は複雑かつ曖昧なもので、議論を呼ぶには十分です。例えばネルーダ 大いなる愛の逃亡者は実在の人物という枠から遠く隔たった存在の神話や表象を分析する意味で興味深いものでした。ですが彼の最新作"Ema"は嫌いですね。

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"Largo viaje"

TS:あなたの意見において最も重要なチリ映画はなんでしょう。その理由も知りたいです。

HO:答えは"El chacal de Nahueltoro""Tres tristes tigres"の間になるでしょう。しかしこの2作については既に語りましたね。その他に選ぶならMarilú Mallet マリル・マレ"Journal inachevé"(1982)です。他に比べ最も重要という訳ではありませんが、それはただ観ている人が少ないからだけです。今作は虚構と自伝をとても複雑な形で組み合わせたドキュメンタリーで、亡命者についてのとても真摯な肖像でもあります。それから挙げたいのはIgnacio Agüero「100人の子供たちが列車を待っている」(1988)ですね。今作は独裁政権をそれとは分からない、賢い方法で批判した作品(Agüeroの他の作品は検閲を受けました)で、映画の力を見せてもくれます。チリにおいてとても重要なのは当時の状況を"側面から"批評してみせたからだけでなく、道具として、教育として映画の最も貴重な力を見せつけたからでもあります。

TS:もし1作だけ好きなチリ映画を選ぶなら、どの作品を選ぶでしょう? それは何故ですか、個人的な思い出でもあるのでしょうか?

HO:繰り返しになりますが「100人の子供たちが列車を待っている」ですね。個人的な思い出以上に、今作は私の映画に対する政治的な視点をシフトしてくれました。映画製作に関する他の作品と違い、彼の作品は映画を愛し、映画を知りたいと思うことは何も特別で特権的な知識ではなく、自然の本能なのだと教えてくれます。Alicia Vega アリシア・ベガの映画クラスは好奇心がどのように生まれるか、皆はそれをどのように持つこととなるのかについての完璧な例です。それが一般に言う知識というものなんでしょう。

TS:2010年代も数か月前に過ぎました。そこで聞きたいのは、2010年代において最も重要なチリ映画は何かということです。例えばTheo Court テオ・クールト"Blanco en Blanco"Malena Szlam マレーナ・ツラム"Altiplano"Dominga Sotomayor ドミンガ・ソトマヨール"Tarde para morir joven"などがあります。しかしあなたの意見はどうでしょう?

何度も繰り返しますが、私はIgnacio Agüeroの"El otro día"(2012)を挙げたいですね。今作は彼の映画とは何かという考えを尖鋭化したもので、文字通り家にある全てを撮影しているんです。彼のアプローチはほとんど解放のようであり、最初に目に入ったものについての映画を作ろうと叫ぶんです。もちろんそれは簡単なことではありませんが、そうできると思わせてくれるんです。それは私にとって、友人たちと「フガジ:インストゥルメント」(ジェム・コーエン, 1999)を観に行った時のようで、私たちは次の週からバンドを始めたんです。フガジの足元にも及びませんでしたが、やれると思えたんです。今作は「100人の子供たちが列車を待っている」と同様に、知識と芸術についての複雑な考えを描いた作品なんです。

TS:チリ映画の現状はどのようなものでしょう? 外部から見ると、状況はとても良いものに思えます。パブロ・ラライン以降も、新しい才能が有名な映画祭に現れています。例えばヴェニスTheo CourtトロントMaría Paz González マリア・パス・ゴンサレスロッテルダムCamila José Donoso カミラ・ホセ・ドノソなどです。しかし内側から見ると、現状はどのようなものなのでしょう?

HO:映画祭での存在感が増していることを考えると、状況は改善していると言ってもいいでしょう。いい作品が何本も作られているとも言えます。ドキュメンタリー映画の重要性も強調すべきでしょう。しかし重要なのは、映画に携わる人のほとんどが孤立していることであり、とても不安定で競争的なファンドシステムに頼らざるを得ないことです。いい映画はありますし、私もその事実に同意しますが、映画人の立ち位置をもっと安定させる抜本的な変化が必要とされています。実際、この隔離は安定性について多くを暴き出し、多くの映画人を無職にしてしまいました。

TS:チリ映画祭で最も注目すべき新たな才能は誰でしょう? 例えば私は独特の映画的な声を持つDiego Céspedes ディエゴ・セスペデスFelipe Gálvez フェリペ・ガルベスMalena Szlam マレーナ・ツラムを挙げたいと思います。あなたの意見はどのようなものでしょう?

HO:私もMalena Szlamには同意です! それから最近知った作家であるCarolina Moscoso カロリナ・モスコソMaría González マリア・ゴンサレスを挙げたいです。彼女たちは去年最も印象的な映画を作り上げました。それから実際寡作ではありますが(最初の作品は2010年のものです)、多くの人は知らないAntonia Rossi アントニア・ロッシを挙げましょう。彼女の"Una vez la noche"(2018)は最近でも最も興味深いながら、不当に無視されたアニメーションであるでしょう。アニメーションの分野ならJoaquín Cociña ホアキン・コシニャCristobál León クリストバル・レオンも挙げるべきでしょう。

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"Una vez la noche"