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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Radu Jude&"Iesirea trenurilor din gară"/ルーマニアより行く死の列車

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ラドゥ・ジュデ&"Cea mai fericită fată din ume"/わたしは世界で一番幸せな少女
Radu Jude&"Toată lumea din familia noastră"/黙って俺に娘を渡しやがれ!
Radu Jude & "Aferim!"/ルーマニア、差別の歴史をめぐる旅
ラドゥ・ジュデ&"Inimi cicatrizate"/生と死の、飽くなき饗宴
Radu Jude&"Țara moartă"/ルーマニア、反ユダヤ主義の悍ましき系譜
Radu Jude&"Îmi este indiferent dacă în istorie vom intra ca barbari"/私は歴史の上で野蛮人と見做されようが構わない!
Radu Jude&"Tipografic majuscul"/ルーマニアに正義を、自由を!
ラドゥ・ジュデの経歴及び今までの長編作品のレビューはこちら参照。

Radu Judeの、Adrian Cioflâncăとの共同監督作"Ieșirea trenurilor din gară"が描き出すのは、ルーマニアの地方都市ヤシにおけるユダヤ人の大量虐殺である。ナチスドイツに侵略されたルーマニアユダヤ人の大規模弾圧を開始する。1941年6月29日、ユダヤ人たちは警察に拉致され、凄惨な拷問を受け、最悪の場合は射殺される。運良く生き延びたとしても、彼らは死の列車に載せられ、強制収容所へと送られていく。そして多くのユダヤ人は劣悪な環境の中での窒息や飢えによって死んでいった。

第1部では、そんな凄惨なる光景が被害者の親族や、時には被害者の本人の証言によって紡がれていく。例えばある者は警察署で射殺される、ある者は外人部隊によって撲殺される、ある者は4歳の子供が泣き叫ぶのを聞きながら死の列車の壁に空気穴を開ける。言葉は頗る淡々としたものであり、明確な感情は存在しない。この意図的に無味乾燥な語りは、ルーマニアによる非人道的かつ機械的な虐殺の本質を雄弁に語っていると言えるだろう。

その語りの数々は古びた写真とともに紹介される。笑顔を浮かべる青年、厳粛な表情を浮かべる中年男性。ある男性は子供たちに囲まれて嬉しそうだ。ある女性は後ろから夫を抱きしめている。その写真全てに個人の親密な記憶が刻まれており、それは誰にもそれぞれの未来があったと語る。だがそれらはいとも容易く踏みにじられ、この世から暴力的に消去されたのである。

この写真と証言の融合は、ジュデの前作"Țara moartă"でも使用された手法だ。今作ではナチスドイツの侵攻によって、ルーマニア反ユダヤ主義に染まっていく姿を、1人のユダヤ人医師の日記を通じて描き出した作品だった。小さな町に住む人々の写真と日記の言葉が共鳴することで、当時の禍々しい空気感がリアルに立ち上がってきていた。その意味ではこの"Iesirea trenurilor din gară"はこの"Țara moartă"の続編とも言える。不穏な雰囲気は虐殺へと繋がっていったのである。

3時間もの上映時間の間、ジュデは剥き出しの死を観客に提示し続ける。その死が無慈悲にも積み重なっていく中で、私たちはルーマニアの大きすぎる闇に、人間の持つ残虐性の長い歴史に圧倒される他ない。そして心の中には無限の絶望がこみあげてくる。私たちはこの映画が終わることを願うかもしれないが、そこには安易な終りなど存在していないのだ。

そして写真の中にいる死者たちは私たちを見つめるのである。例え私たちが気まずさに目を逸らしたとしても、彼らは私たちを見据え続ける。彼らは語るのだ。遠くない過去、残虐なる歴史が確かに築かれていた、今を生きる者たちはこれを忘れてはならないのだと。

より短い第2部において、ジュデは実際の虐殺現場を写した写真を提示していく。例えば軍隊に連行されていくユダヤ人たち、射殺された後に打ち捨てられた死体、野原に積み重なる死体の山。そして傘を持ったルーマニア人が、道路に転がる死体の傍らを歩いている写真はあまりにも衝撃的だ。

この第2部においては、もはや言葉すらも存在することがない。無音の中で虐殺の歴史が繰り広げられていくだけなのだ。そしてこれを観る私たちからも言葉が奪い去られていく。言葉などはもう無意味なのかもしれないとさえ思わされる。

だが、深い絶望に心を絡め取られてはならないというのは今作が作られたという事実から証明される。私たちの責務は過去の忌まわしき歴史を、次の世代に語り継ぐことなのである。何よりもそれをジュデ自身がこの語りを成し遂げているではないか。では何故観客である私たちが絶望する暇などあるのだろうか?

"Iesirea trenurilor din gară"クロード・ランズマン「ショア」に匹敵する、人間の残虐性を忌憚なしに描き出した大いなる傑作だ。ジュデは間違いなくルーマニア映画史に残るであろうドキュメンタリーを作り上げたのである。

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