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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

"Minotaur"~映画作家の思索の迷宮に迷う…… written by Arman Fatić

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この鉄腸マガジンは長らくこの私、済藤鉄腸が一人で運営してきた。が、最近世界中に映画批評家の友人たちができるにあたって、彼らから何か記事を執筆してもらえたら面白いのではないかと思いはじめた。そこで募集してみると、彼らからいくつか記事が集まってきた。ということで、今回はボスニア映画批評家Arman Fatićから寄稿してもらった、彼の母国における2020年最重要映画の1本"Minotaur"のレビューをお届けする。

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カメラはある若い男の顔半分を捉える。瞬き、カメラはズームし、再びの瞬きの後にズームアウトする、記録されている全ては鏡像であると暴露するためだ。若い男、カメラ、鏡像、序盤における紹介としての映像の1つにおいてそれらは、ボスニア人監督Zulfikar Filandra ズルフィカル・フィランドラの実験映画"Minotaur"の正に核を示している。今後63分間描かれるのは、カメラによって捉えられる思い出の迷路、その中における意図的な彷徨いだ。

このデビュー長編において、Filandraはカメラの裏側で成してきた15年間の仕事を総決算する。初期作に見られる、映画製作という芸術を学んでいた時代においての好奇心や映画への生の愛、そこが始まりであり、そして彼の知識や技術が在る状態が今である。

思い出と反映は若い映画作家が探求するには珍しい現象ではない。それどころかここ10年、それは完全な素人監督にとってすら広く流行となっていた。今は日常を1秒記録できるアプリを自分の携帯に誰でもダウンロードできて、毎日を1秒切り取るビデオエッセイも作れるし、ある程度時間をかければ自身の実験映画すら作れる時代だ。しかしそういった作品群と"Minotaur"の違いはそれが何か観察し理解する、観客の可能性と技術のなかにこそ横たわっている。

作者以外は誰にも理解できないことも多い、数えきれない主観的作品群とは違い、Filandraの作品は1時間に渡る厳しく没頭的な集中を観客に求めながら、その触れやすさや観客各々によって理解される技術の面において観る価値が確かにある。おそらくそれが今作を、自身の映画愛を人生の天職としたいと考えている若いシネフィルに勧めるべき理由だろう。

その作品において、Filandraは人生や愛、友情における個人的な部分を明かしながら、同時に映画を学ぶうえでのプロセス、学生映画の撮影準備、学校を卒業した後に準備していたり――こちらは既に彼に親しんでいる人々にこそ興味深いだろう――完成を見なかった作品の数々について語る。これこそ"Minotaur"の最も偉大な力であり精髄だ。自身への残酷なまでの正直さ、世界への覚悟、人生において日頃私たちに付きまとうその乱高下……

そして"Minotaur"が非商業的でナラティブを否定するこんにちの作品に対して門外漢な人物にもアクセスしやすいようになっていることもまた特筆すべきだろう。これはここ10年で私たち皆SNSに慣れ親しんだという新しい習慣に根差すものだ。Filandraは新たな映像的技術で私たちへ頻繁に爆撃を仕掛けてきながら、私たちが観る物から物への劇的な移動をもたらす、聴覚的な背景によって私たちの集中を保たせる。さらにその上、監督は目前に広がる物象のリズムを巧みに遅めては早めることで、風景に対する固定ショットやスローなカメラワークが見られる物に対して私たちが考えを深められるようにするのだ。Filandraは自身の作品が観客に思い起こさせるものに対しある程度意識的であり、Facebookのフィード、写真の群れを延々とその深淵に至るまでスクロールしていくショットにこそそれが最も象徴されている。

ボスニア・ヘルツェゴビナ、この国には映画に仕事として携わる機会が極めて少なく、ファンドやサポートは観客を喜ばせる商業的作品にばかり費やされる。そしてそういった作品はこの国の精神性に合っているか、ヨーロッパや世界中の観客にバルカン地域の過酷な現実を見せるため憂鬱さに執着する類の、とても浅く表面的な物語しか持たない。だからこそ素晴らしいのは今までとは異なる新しい何かを見せることに興味があり、稀で過小評価された形態やフォーマットに挑戦する大胆さがある若い作家たちがいることだ。この地域において明日の映画史となる価値ある何かを作る最も大きな可能性を持つのは正に彼らだからである。

オリジナル:https://duart.hr/news/filandra-minotaur

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