鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

極私的ユーゴスラビア映画50選!

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Twitterで"ユーゴスラビア映画とかになると、もう何を見ていいかわからないな"という呟きを見かけた。映画批評家がそう途方に暮れるくらいなのだから、普通の映画好きはもう何が何だかという感じだろう。なので1つくらいユーゴスラビア映画を観るための指針が日本語であるべきだな、じゃあ自分で作るかと思い、作った。

範囲はセルビアボスニアクロアチアスロヴェニア北マケドニアモンテネグロコソボ。基準年数はユーゴスラビア成立の1918年から、スロヴェニア独立でユーゴが分裂した1991年まで。今まで旧ユーゴ圏出身の映画批評家映画作家にインタビューしてきてコネを作ってきた(末尾にそのインタビューを貼っておく)ので、彼らの意見を取り入れてリストを製作した。が、究極的には自分が好きなユーゴスラビア映画をブチこんだ極個人的リストという風になっている。並びも好きな順番になっている、いや実際全部好きだけども。

一見すれば分かると思うが有名作品や作家、例えばエミール・クストリツァドゥシャン・マカヴェイエフらの作品は1本も入っていない。そういう日本語で情報がすぐに入るものでこのリストを埋めたくはなかったので、意図的に入れなかった。彼らについては是非ググってください。

先にも書いたがこのリストは極個人的かつ、有名すぎるのは意図的に入れていないし、短編・ドキュメンタリー・アニメーションがほぼ入っていない、全く以て偏ったものになっている。ので"おい、これ入ってねえぞ!"と思った方は自分自身のユーゴスラビア映画リストを作って公開してほしい。リストは幾つあってもいい。このリストはあくまで踏み台であり、ここから新たな何かが生まれたら幸いである。ということでどうぞ。

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Rojet e mjegullës / Isa Qosja (1988) コソボ
チトー政権下で弾圧されるアルバニア人の苦難を、小説家の現実と幻想を通じて描き出すコソボ映画。野を駆ける炎の馬、警官の耳を喰いちぎる狂人の笑み、どこまでも荒涼たるコソボの大地。その詩情は余りにも凄絶。今作が映画史の傑作に数えられてないのは信じ難い。

"もし1作好きなコソボ映画を選ぶならIsa Qosja"Rojet e Mjegullës"ですね。検閲と権威主義にまつわる素晴らしい映画です。私の意見では今作はバルカン地域から生まれた最もオーウェル的な作品の1本であり、世界的にもっと知られているべきなんです。そして政治のための政治ではなく、80年代のユーゴスラビア社会を反映した批評としても際立っています(この国が傾き始め、民族間の緊張が高まってきた時代です)美しく設えられながらも象徴的でかつ隠喩的、そして多く超現実的なところに惹かれます。そしてその象徴主義はここで使われるに正に相応しいと思えるのは、主人公が自身の作品において正に象徴主義を使うゆえに弾圧されるからです。さらにXhevat Qurraj ジェヴァト・チュッライEnver Petrovici エンヴェル・ペトロヴィツィの目覚ましい演技も特徴的です。制作された時期を考えると、本当に大胆な映画だったと思えます"(Donart Zymberi ドナルト・ジンベリ)

Peščeni grad / Boštjan Hladnik (1963) スロヴェニア
スロヴェニアの巨匠Boštjan Hladnik ボスチャン・フラドニクの第2長編。あてどなくスロヴェニアの大地を駆け抜ける3人の男女の青春劇。スロヴェニア突然炎のごとくというべき三角関係もので、広大な自然を背景に親密な弛緩と不穏な緊張を繰り返す様が見事。ラストの寂寥感は本家越え。傑作。

Dečki / Stanko Jost (1976) スロヴェニア
寄宿学校に住む2人の恋愛を描いた、スロヴェニア初のゲイ映画。当時の東側諸国の状況を鑑みれば破格の意味を持つ作品で、確かにアマチュア的な瑕疵はかなり見て取れるものの、アンディ・ミリガンなどそういった素人映画だからこそ持つ、予期せぬ輝き、崇高さが存在。無二。

"Stanko Jost スタンコ・ヨストはアマチュアの映画製作者で、私の故郷ツェリエの出身です。彼はツェリエの劇場にアーキビストとして雇われましたが、映画にとても興味がありました。そんな中で彼はFrance Novšak フランツェ・ノシャクの小説"Dečki"と出会いました。今作は1938年に出版され、基本的にスロヴェニア初のゲイ小説とされています。Jostは今作に魅了され、映画を作ろうと決意しました。自身のお金を注ぎこみ、プロの俳優からアマチュアの友人にまで頼み、映画を完成させました。しかし最初の1作は禁止され、後のインタビューでの言葉を借りると、打ちひしがれてしまいました。3年後に自身のお金を使い、警察の監視付きで撮影を行いました(彼によると警察はただの市民で、毎日撮影に来ては万事快調かと聞いてきたそうです)映画はツェリエとリュブリャナで2回上映され、当時における最も有名な映画監督、例えばHladnikなども鑑賞したそうです。

Jost自身もゲイであり、2000年までには自身の人生に幻滅していました。なので作品の最後のコピーも焼き捨てたかったそうです。しかし幸運にもLGBT映画祭によって救い出され、デジタル化されました。そして彼はYoutubeにアップする許可も与えてくれました(残念なことに字幕はないんですが)映画は技術的に良く組み立てられた映画ではありません。Jostは自分自身で撮影しなければならず、カメラの雑音も聞こえるでしょうし、影やブームマイクがショットの中に映りこんでもいて、さらにショットや演技もぎこちないです。しかし重要なのは内容なんです。さらにJostはワンマンの創作者で、大きな決断力がありました。映画を作るために懸命に戦い続け、1970年代スクリーンに同性愛を映し出したんです。彼に対する称賛は止みません" (Jasmina Šepetavc ヤスミナ・シェペタブツ)

Белиот ѕид Beluot sid / Љупчо Билбиловски Ljupčo Bilbilovski (1978) 北マケドニア
聖人画の制作を依頼された青年と、奴隷のごとく扱われる若い尼僧の出会いが生む悲劇。マケドニア正教の噎せ返る神秘主義とその裏側にある崇高な陰惨、それらがゾッするほど軽い暴力と死によってこそ更なる聖性へ高められる。北マケドニアの揺るぎなき残酷。

Планината на гневот Planinata na gnevot / Љубиша Георгиевски Ljubiša Georgijevski (1968) 北マケドニア
社会主義の理想を胸に、集団農場化を推し進める男が直面する不信と裏切り。北マケドニアの荒涼壮大なる自然を背に、男が彷徨う受難劇へと発展する後半は正に圧巻。ヤンチョー・ミクローシュが作れなかった北マケドニアの名作。

Muke po mati / Lordan Zafranović (1975) クロアチア
猛毒を持った官能、激烈な暴力、深淵のような絶望、そういった後のLordan Zafranović ロルダン・ザフラノヴィチ作品に浮かぶ要素の数々が剥き身の形で宿ったような、彼の第2長編。母や妻に自分の強さを証明するためにボクサーとして高みに昇ろうとする男の鬼気迫る物語として秀逸であるとともに、スロヴェニアを代表する監督・撮影監督であるKarpo Godina カルポ・ゴディナの贅を尽くした撮影には恍惚。

Ples v dežju / Boštjan Hladnik (1960) スロヴェニア
"Hladnikは疑いなくスロヴェニアの映画監督で最も重要な人物の1人です。彼の"Ples v dežju"は20世紀のスロヴェニア映画で最も力強い作品の1つであり、モダニズムを私たちの映画史に導入したんです。芸術家として、彼は"恐るべき子供"というべき人物であり続けました。常にタブーを破っていき、特に60年代には彼は雄弁で議論を巻き起こす人物と見做されていました" (Petra Meterc ペトラ・メテルツ)

Мементо Memento /  Димитрие Османли Dimitrie Osmanli (1967) 北マケドニア
スコピエ地震後、再び巡り会った男女が過去と現実を彷徨う姿を描き出した北マケドニア映画。大破壊によって築かれた凄惨な廃墟の数々、そこから立ち現れる透明で儚い愛の風景。まさか北マケドニアヒロシマ・モナムールに肩を並べる作品があったとは!

Okupacija u 26 slika / Lordan Zafranović (1978) クロアチア
1941年、クロアチアの枢軸国入りによって砕け散る友情についての物語。徐々に情勢が退廃に傾いていく様が流麗なカメラワークで綴られながら、精神の歪んだ変貌や唐突で無残な虐殺が描かれていく。世界史知らなくとも厭さは凄まじく抜群。クロアチアとイタリアの微妙な関係性が背景にあったり、この映画自体がファシズムに対するチトー政権のプロパガンダ的側面があったり、内実は頗る複雑。クロアチア「ソドムの市」と呼ばれる。

Kolnati sme, Irina / Колнати сме, Ирина / Коле Ангеловски Kole Angelovski (1973) 北マケドニア
オッサンが息子の嫁に恋して悶々。そんな陳腐な物語を、北マケドニアはこうも淫靡に背徳的に崇高に描き出すかと驚かされる。秘めたる激情の重さに思わず心が揺さぶられる。北マケドニア映画史上の傑作として名高いそう。

U mreži / Bojan Stupica (1956) モンテネグロ
モンテネグロ映画史、黎明の1作。明確に当時のイタリアの通俗劇への影響が見られるも、それを咀嚼しての軽妙な喜劇的前半から、資本主義の倫理に引き裂かれる男女の友情と愛という後半の流れは滑らかで盤石。題の意は"網の中で"ですが、網が漁村の風景に根づきながら、様々な機能を見せてくれて、これも巧み。

Nočni izlet / Mirko Grobler (1961) スロヴェニア
若者たちの饗宴が常軌を逸脱する頃、それに背を向ける男、そこに身を委ねる女、それぞれが越えてはならない一線を越えてしまう……50年代の退廃を引きずりながら、狂気スレスレの若さが突き抜けてしまった後の悲壮感が壮絶。スロヴェニア太陽族映画といった趣。

Ram za sliku moje drage / Mirze Idrizovića (1968) ボスニア
ボスニアの郊外に住む少年たち、都市部から来た青年の導きで彼らは大人の階段を上る……まるで1つの映画の中にヌーヴェル・ヴァーグの心躍る軽妙さとネオリアリズモの荒涼たる現実が同時に存在しているような作風で、ボスニア映画界の豊穣さを想わされる1作。

Po isti poti se ne vračaj / Jože Babič (1965) ボスニア
出稼ぎのためスロヴェニアにやってきたボスニア人たちが直面する差別。貧しい南から裕福な北へ移民する人物への軽蔑がそこに。喧嘩の華麗な横移動撮影から脂臭い闇に紛れる汗まみれの男。同時代に日本で作られたプログラムピクチャーのような佇まいに興奮。

Žena s krajolikom / Ivica Matić (1976) ボスニア
"好きな作品はたくさんありますが、その中でも1本を選びましょう。それはIvica Matić イヴィツァ・マティチ監督の"Žena s krajolikom"です。今作の中では、芸術と自然が結い合わされています・絵画を通じて、監督は人生を描いているんです。 そして彼はIsmet Ajanović イスメット・アヤノヴィチ(ボスニアの有名な画家)の繊細な絵画を使って、風景を構成してもいます。森の管理人が風景を通じて彼の絵画を描き出す時、2つは溶け合い1つになるんです。芸術家と社会の軋轢、芸術家が自由と正義を求める姿が美しく描かれています。思い出すのはジョージアの映画監督ゲオルギー・シェンゲラーヤ「放浪の画家ピロスマニ」です。両作品とも繊細な絵画を通じて物語を語り、芸術家と社会の間に横たわる不理解を描いていますね。監督はボスニアに広がる風景を垣間見て、それを映画の枠に閉じ込めてみせました。今作は画架に立てかけられた映画なんです" (Maja Novaković マヤ・ノヴァコヴィチ)

Jovana Lukina / Živko Nikolić (1979) モンテネグロ
"あの素晴らしい俳優Merima Isaković メリマ・イサコヴィチによるトランス的な舞踏場面は忘れられません。彼女は悲劇的な交通事故によって俳優としての未来を断たれてしまいますが。今作の意味は映画的にもメタ的な意味でも多様です。今作は男性中心主義的な世界で自身のアイデンティティーを探し求める女性の姿を描いた、極めて実験的な映像詩です。その詩情は夢のような場面の繰り返しが基となった構築に裏打ちされています。幻想的なミザンセンの中で主人公の暗いシルエットには白い光が不吉に輝きます。そしてイメージと音の反復は映画の詩的ライトモチーフとしても機能するんです。一時的なプロットでは、今作はアダムとイヴの聖書神話の再構築であると言えます。それはヨヴァナ(Merima Isaković)とルカ(Boban Petrović ボバン・ペトロヴィチ)という主人公たちによって遂行されます。そして二次的なプロットにおいて、映像的・言語学的なコードが絡みあい、女性のアイデンティティーの探求という読解が明らかになるんです" (Maja Bogojević マヤ・ボゴイェヴィチ)

Rondo / Zvonimir Berković (1966) クロアチア
"Zvonimir Berković ズヴォニミル・ベルコヴィチは死後11年が経っても未だに尊敬されている人物です。最近、クロアチア映画のオールタイムベストを決める批評家投票が行われました。彼の"Rondo"は2位であり、脚本を執筆した"H-8..."が1位になりました。トップ20位以内には"Ljubavna pisma s predumišljajem""Putovanje na mjesto nesreće"が入ってもおかしくはなかったんですが、今回は入らずでした。彼が亡くなった時、私は"追悼文"を執筆したり、繋がりのあった映画作家たちと連絡を取り思い出を語ってもらいましたね。彼がクロアチア映画やその文化一般に長きに渡る影響を与えたのは皆が賛成するところです。彼が存命の頃にインタビューできなかったのが残念でなりません。間違いないです、きっと素晴らしいものになったでしょうから。彼は間違いなくクロアチア映画において最も重要な映画作家の1人であり、監督としても脚本家としても素晴らしい存在でした。短くも偉大な歴史を作りあげたんです。クロアチアの脚本家(もしくは世界の脚本家)で"作曲の原理、特にモーツァルトの理論"を基に脚本を書きあげた人物を知りません。しかしBerkovićは書きあげてみせた、もしくは作曲してみせたんです" (Marko Njegic マルコ・ニェギチ)

Izdajnik / Kokan Rakonjac (1964) セルビア
パルチザンの男がゲシュタポに拷問を受けた後転身、裏切者として仲間たちを虐殺する姿を描き出した冷酷なるセルビア映画。ルーマニアなど同時代のパルチザン映画と空気感を共有しながら絶望の深さ、闇の黒さは凄まじい。夭逝したセルビア人作家Kokan Rakonjac コカン・ラコニャツの長編デビュー作。

H-8... / Nikola Tanhofer (1958) クロアチア
""最も重要な"というのは定義するのが難しいですが、個人的なお気に入りはNikola Tanhofer ニコラ・タンホフェル"H-8..."ですね。今作はドラマ、スリラー、ディザスター映画、ロードムービーの完璧なブレンドなんです。序盤から最後は予想できるんですが、それでも本当に緊迫感ある1作で、同時にそのサブテクストにおいて人道的で映像も美しいんです。舞台となるバスはザグレブからベオグラードへ向かう途中、逆サイドから走ってきたトラックと衝突してしまうのですが、この事件とバスの個性的な乗客たちの姿を通じて、社会そのものが交わる様を描きだしているんです" (Marko Njegic マルコ・ニェギチ)

Ovo malo duše / Ademir Kenović (1987) ボスニア
最愛の母を亡くし、悲しみに暮れる少年とその家族の行く末を描いたボスニア映画。描かれる貧困は壮絶なものでありながら、ボスニアに広がる無限の自然はとてつもなく寛大で鮮やかなまでに緑を輝かせている。この国の勇大さを静かに想わされる1作。Ademir Kenović アデミル・ケノヴィチ監督作。

Gosti iz galaksije / Dušan Vukotić (1981) クロアチア
観ました。売れない小説家の想像力が銀河から3人の宇宙人を呼び寄せてしまった!というクロアチア産SF。発展途上の演出力で以て紡がれるSFへの愛は素朴で、何だか懐かしく、その癖、後半の抹茶色の粘液交りな人体破壊の大炎上っぷりは壮絶で、腹の底から大爆笑。必見ユーゴSF。

Ne joči, Peter / France Štiglic (1964) スロヴェニア
"子供の頃に何度も観たと思い出せる作品はFrance Štiglic フランツェ・シュティグリッツによるパルチザン映画"Ne joči, Peter"(1964)です。多くのスロヴェニアもしくはユーゴスラビア映画と同じく、今作は第2次世界大戦が舞台であり、3人のパルチザンが3人の子供をドイツ兵から匿いながら安全地帯へ連れていくという内容でした。様々に物語が展開するロードムービーでした。作品がどのように戦争を描くかに興味がありましたが、同時にとても笑えるものでした。今でも多くのスロヴェニア人がそのジョークを言えるほどです。自分はエンディングも好きです。旅の途中、あるパルチザンの男性が同じくパルチザンである女性に出会い、当然のように女なのに戦争で戦っているのかとからかい、彼女の能力に疑いの目を向けます。しかし最後、皮肉にも彼女が自身の新しい司令官だったと判明するんです。パルチザンという流れにおける女性への魅力的なオマージュでもありました" (Petra Meterc ペトラ・メテルツ)

Zle pare / Velimir Stojanović (1956) モンテネグロ
ユーゴスラビアの政府要人たちとナチスドイツが、国立銀行の莫大な金をめぐり鎬を削るという1作。監督のVelimir Stojanović ヴェリミル・ストヤノヴィチユーゴスラビア映画界にネオリアリズモを齎した映画作家として有名、数々の短編ドキュメンタリー作品を制作後、1955年の"Lazni car"で長編デビューを果たす。今作は第2長編だが、1959年に38歳の若さでこの世を去った。

Posljednji podvig diverzanta Oblaka / Vatroslav Mimica (1978) クロアチア
高度経済成長中のザグレブ、ビル建設のための立ち退きを迫られた男は孤独な戦いに打って出る……立ち退きをめぐる狂騒の数々を、当時な猥雑な風景や流麗な長回しとともに描き出すクロアチア映画で、終盤の物悲しさはアメリカン・ニューシネマのよう。

Tople godine / Dragoslav Lazić (1966) セルビア
急激に移り変わる時代の流れに取り残される男女を描きだす作品で、ユーゴスラビア映画界でも早い段階でヌーヴェルヴァーグを取り入れた作品としても有名な1作。監督のDragoslav Lazić ドラゴスラフ・ラジチは60年代から活動を始めた映画作家で今作が長編デビュー作、他にも出稼ぎから戻ってきた男の苦難を描くメロドラマ"Kosava"や、公営住宅をめぐるゴタゴタからユーゴ社会を風刺する"Kante ili kese"などが有名。

Devojka sa Kosmaja / Dragovan Jovanović (1973) セルビア
ナチスドイツとパルチザンの戦いを描いたユーゴ映画は数多いも、そこで第3勢力として大セルビア主義/反共主義を標榜する極右組織チェトニックを描き出す作品はそこまで多くない。パルチザンである今作の主人公は、ナチスへの抵抗に消極的なクロアチア人やムスリムボシュニャク人をも虐殺する彼らをも相手としなくてはならない。凄まじく血腥い戦争メロドラマの名作。

Frosina Фросина / Vojislav Nanović Воислав Нановиќ (1952) 北マケドニア
北マケドニアで制作された初めての長編映画。外国に出稼ぎへと出なければならない夫を待ち続ける女性と彼女の子供たちがめぐる苦難の時を描きだした作品。漁村の素朴で親密な風景、第2次世界大戦におけるブルガリアの暴虐、虐げられながら希望を捨てないマケドニア人の魂、そういったものが力強く描かれている。

Era dhe lisi / Besim Sahatçiu (1979) コソボ
第2次世界大戦時、英雄的活躍を見せたパルチザンとして尊敬を受ける男、しかしナチスからの解放の後、ユーゴスラビアが劇的な変貌を遂げるなかで、彼は時代に取り残されていく。コソボにおける世代間の断絶を描きだした作品で、監督のBesim Sahatçiu ベシム・サハトチュは他にも工場における労働争議を描きだした"Përroi vërshues"などが有名。ドキュメンタリー作家、舞台演出家としても著名でコソボを代表する芸術家の1人として名前が挙げられる。

Kekec / Jože Gale (1951) スロヴェニア
"正確に何が最初だったかは思い出せませんが、それでも"Kekec"に間違いないでしょう。1950年代のとても人気な子供映画で、とてもスロヴェニア的(観念的とも言えるでしょう)な作品でした。舞台は山間部(初期のスロヴェニア映画は山岳地帯や登山にこだわりを持っていました。今でも山は国の象徴なんです)で、主人公はとても勇敢で善良な羊飼いの少年と彼の友人たちです。臆病だけども優しいロジュレに目の見えない彼の妹モイカです。彼女が囚われの姫君役で、恐ろしい山男ベダネツに誘拐されてしまいます。だから頭がよく勇気あるケケツが助けに行くんです。

私たちは皆この映画を観ていますし、続編もあります。何て勇気があって賢いんだ!とみながケケツに共感します。こんにちではその裏側にイデオロギーを見ることができるでしょう。スロヴェニア国民意識ジェンダーロールがいかにこの映画を形成しているのかという訳です。それでも"Kekec"スロヴェニアの皆が人生で1回は観たことのある映画です、テレビでも何度も放送していました" (Jasmina Šepetavc ヤスミナ・シェペタブツ)

Ada / Milutin Kosovac (1985) ボスニア
身勝手な夫が仕事の関係でアメリカへ行ってしまったことから、独りで息子を育てる羽目になる主人公の苦闘を描いた作品。ボスニア流メロドラマであり、サラエボの翳りある洗練が魅力的であるとともに、主演であるZoja Odak ゾヤ・オダクの頬骨の映画史を股にかける美しさに魅了される。

Poletje v školjki /  Tugo Štiglic (1985) スロヴェニア
"1番好きだったスロヴェニア映画の1つがTugo Štiglic トゥゴ・シュティグリツ"Poletje v školjki"(1985)です。トマシュという少年と彼の友達に家族、ヴェディという頼れるコンピューターをめぐる物語です。明るく、滑稽で、色彩に溢れ、夏の匂いに満ち満ちた作品でした。私が生まれた時に作られた作品で、舞台はセチョヴリェ・サリナ国立公園やピランにポルトロシュという町、そこにある牧歌的なスロヴェニアの海岸でした。今まで語った作品はとても人気なスロヴェニアの古典作品です" (Ana Šturm アナ・シュトラム)

Proka / Isa Qosja (1984) コソボ
コソボのとある村、絶望的貧困と実存主義的戦慄を乗り越えようとする男、彼に不信を抱く村民たち、そして巻き起こる悲劇を描きだした1作。リストの始めに据えた"Rojet e mjegullës"の監督であるIsa Qosja イサ・テョシャの長編デビュー作で、カンヌで賞も獲得している。しかしユーゴ崩壊と紛争が原因で映画製作を行えず、40年のキャリアで制作長編はたった4本となっている。だが間違いなく映画史に残るべき偉大な映画作家の1人だ。

Glasam za ljubav /  Toma Janić (1965) クロアチア
大人たちの欺瞞に不信感を抱く少年少女の、思春期の苦悩を描きだしたボスニア映画。時代柄、ヌーヴェルヴァーグの影響はかなり濃厚で瑞々しい青春が綴られながら、同時にその青春は灰色でもあり、サラエボに彼らの心の影がかかる様が印象的。有名小説が原作。

Njeriu prej dheu / Agim Sopi (1984) コソボ
コソボ移民である男が最後に願ったのは、故郷の大地に骨を埋めること。どこに住もうと付き纏うのは酸鼻に耐えぬ貧困と荒涼、そんなコソボ人という受難の中で、それでもそこに土に根づく深い尊厳が立ち現われてくる。コソボ映画史に屹立する1作。

Исправи се, Делфина Ispravi se, Delfina / Александар Ђурчинов Aleksandar Đurčinov (1977) 北マケドニア
英国の海峡を泳いで制覇しようとする女性水泳選手の苦闘を描きだした、当時のユーゴスラビアではかなり珍しいスポーツ映画。何といっても主演を演じるNeda Arnerić ネダ・アルネリチの存在感が抜群で、ユーゴスラビア映画におけるセックスシンボルとして途方もない人気を誇っており、完全にそれにあやかった1作でもある。

Operacija Cartier/ Miran Zupanič (1991) スロヴェニア
ナターシャ・キンスキー沼に沈む男たちの悲喜交々を描くコメディ。注目は今作がスロヴェニア独立前後に製作された作品の1本で、資本主義やらセレブリティ文化など西側の論理流入スロヴェニアの劇的変化に直結みたいな印象が付き纏う。ここで幻視される未来は頗る暗澹。

Jad Јад / Кирил Ценевски Kiril Cenevski (1975) 北マケドニア
11世紀の終り、スラブ民族キリスト教徒の暴虐に晒されながら生存の苦闘を続ける。バルカン半島におけるスラブ人の受難を描きだした歴史大作で、監督はおそらく北マケドニア映画界で最も尊敬される映画作家として有名、1971年制作の"Црно семе"ギリシャにおけるマケドニア人虐殺を描きだした作品で、北マケドニア映画史上の傑作と数えられている(が、個人的にはこの映画の方が好きなのでこっちをリストに入れた) 

Slucajni zivot / Ante Peterlić (1968) クロアチア
"私が好きなクロアチアの作家の1人はAnte Peterlić アンテ・ペテルリチです。彼のデビュー長編"Slucajni zivot"は自由なスタイルと美しい魂によってクロアチア映画史の傑作の1本に数えられていますね。しかし興味深いことに、彼はクロアチアで際立った映画批評家であった一方、監督作はこの1本しか残していませんえ。そこで聞きたいのはクロアチアの映画産業における彼の人生、そして"Slucajni zivot"が今のクロアチアでどのように受容されているかです。そして映画批評家としての彼の仕事はクロアチア、もしくは旧ユーゴ圏でどれほど有名なのでしょうか?

そうですね、彼がもう何度かだけでもカメラの裏側へ行ってくれなかったことは残念でなりません。しかし彼が"Slučajni život"を監督したのは正に偶然のことで、先述したクロアチア映画の批評家投票で今作は19位になりました。Peterlićは映画批評における伝説ですが、それ以上にクロアチアにおける映画学の父であり、著者としても編集者として映画理論や映画史にまつわる多数の本を編纂し、更には大学教授でもあったんです。人々にとっても、私にとっても彼の存在は愛おしい思い出であるんですが、それは彼がTV番組"3,2,1... Go!"の司会者でもあり、世界的に有名な映画作家、例えばオーソン・ウェルズなどがクロアチアに来た際はインタビューを行っていたんです。若い映画批評家として、私の著書がPeterlićの最後の本の1つである"The Early Work"が出版された会社から発刊されたことを誇りに思っていますね。"The Early Work"は彼の人生や仕事を発見したいという映画好きには心からお勧めしたい本です  (Marko Njegic マルコ・ニェギチ)

Kompozicija / Vjekoslav Nakić (1970) クロアチア
"彼の作品は素晴らしいものです。それが好きなのは作品たちが、かつてのユーゴスラビアに伝わった素朴派絵画――そして映画も――の重要な伝統を呼び起こすからです。ここにおいて、この映画作家は世界を"ありのまま"受け止めようとし、この受容は彼の子供時代(そしてそこに宿る構成物全てです。原始的な古代の知識、自身が育った環境、家族もしくは文化的な繋がり、大地やそれが生じる背景……)を直接的な源とする感性によって裏付けられています。私は彼の映画が注目すべき理論的概念(実際、彼の作品群は技術研究所から生まれています)から生まれているところが好きなんです。しかしそこには献身的な無邪気さも存在しています。これこそ私にとって最良の映画なんです。そして私は世界が知識に向かず、攻撃的で持続的な既知に向いている今、もうそんな映画は生まれないのではと恐れています。今や到達ではなく、それは征服なんです。

Nakicの作品に偶然出会ったのは課題に取り組んでいた時です、本当ですよ。私は2015年のプラヴォ・リュドスキ映画祭(サラエボの人権映画祭です)の公式日刊紙において編集者としての責任がありました。私たちが編集チームとして成した重要な決意の1つが異なるセクションに分けてニュースレターを組織することで、内容やページに宿る声に多様性を確約することでした。ニュースレターの第2版において、私はちょうど町にいたVjekoslav Nakic(コーヒーショップにいたんです。本当です、作り話ではないです)にインタビューすることになりました。彼の作品の注目すべきレトロスペクティブについて聞くとともに、彼の同僚たちが1960年代70年代のユーゴスラビアでかつて作った、いわゆる素人映画の潮流について聞きたかったんです(私の好きな映画はKokan Rakonjac コカン・ラコニャツの無名な映画"Suze"(1964)です)ここで私は彼の作品を発見しました。その全てが驚くことに編集技師である彼の息子によってYoutubeに無料でアップされていたんです。そしてインタビューの準備として作品を観た訳です。その美学は偶然の出会いという意識的な耕作から生まれていました。つまり"出くわす"、"偶然出会う"、対象に"誤って"辿りつくというものでした。それに対しては普通ではない関心があてがわれ、宇宙的な重要性で満たされていました" (Anuj Malhotra アヌジュ・マリョトラ)

Valter brani Sarajevo / Hajrudin Šiba Krvavac (1972) ボスニア
"Hajrudin Šiba Krvavac ハイルディン・シバ・クルヴァヴァツ監督作"Valter brani Sarajevo"(1972)はユーゴスラビアで最も観られた作品です。中国でも社会主義の宣伝によって広く観られました。統計では1億人もの人が今作を観たという結果が出ており、今日でもその人気は留まるところを知りません。今作は第2次世界大戦中、ドイツ人に占領されたサラエボで活躍した実在のパルチザンValter Perić ヴァルテル・ペリッチを描いています" (Ines Mrenica イネス・ムレニツァ)

Crne ptice / Eduard Galić (1967) クロアチア
強制収容所から決死の逃走を図るパルチザンたちの姿を描きだした作品、逃げれども逃げれどもナチス以上に超越的な何かに常に監視されているような演出が印象的。監督のEduard Galić エドゥアルド・ガリクロアチア映画界を代表する存在の1人、50年間のキャリアがあり、今でも現役で映画製作を行う大重鎮。

Ritam zločina / Zoran Tadić (1981) クロアチア
土地開発が加速度的に進むザグレブ、立ち退きを求められている教師は、成り行きからある男と同居することになる。彼は統計学を至上の学問と信じ、これによって犯罪を予知できると教師に語るのだが……善悪の彼岸をめぐるクロアチア産犯罪映画、原作はこの国を代表する小説家Pavao Pavličić パヴァオ・パウリチチの短編作品。

Na svoji zemlji / France Štiglic (1948) スロヴェニア
"(スロヴェニア映画史において最も重要な作品として)私は"Na svoji zemlji"を挙げたいですね。今作はスロヴェニア映画においてはじめてのトーキー映画と見做されています。この映画を作るため、先駆者たちはどのように映画を作るか学んでいったんです。最近リストアされたのですが、私はリュブリャナのCongress Squareで行われた野外上映で観ました。今でも観られる価値のある作品ですね。2019年にはŠtiglicの生誕100周年であり、疑いなくスロヴェニア映画史で最も重要な人物として祝福されました" (Ana Šturm アナ・シュトラム)

Tko pjeva zlo ne misli / Krešo Golik (1970) クロアチア
母親がチョビ髭紳士と不倫のような違うような、そんな少年の1週間を描く1作。誰も彼もが能天気な歌を響かせ、不倫劇も何だか楽天的。ザグレブの極彩色が人々を包みこみ、ユーゴ時代にもクロアチアの魂が紡がれる。国民皆に愛される的なコメディでなかなか楽しい。

Iskušavanje đavola / Živko Nikolić (1989) モンテネグロ
"Nikolicの官能性と女性の性への傾倒はとても型破りなものです。彼の作品の官能性は権威や古い存在、家父長制、マチズモなどへの反抗であり戦いであるんです。時おり官能性の利用が成功していない時もありますが、愛と性を固定観念と神話の破壊に駆使するのは彼のトレードマークです。それがモンテネグロ社会の伝統主義に対する反乱であり、皮肉的な態度なんです"(Zerina Ćatović ゼリナ・チャトヴィチ)

Dječak je išao za suncem / Branislav Bastać (1982) モンテネグロ
"Bastaćはモンテネグロで初めてのプロの映画監督と見做されており、彼の作品群、特にドキュメンタリー作品(50本以上の作品に数本の長編があります)は歴史的な現実に関する素晴らしい証言となっています。彼の作品はユーゴスラビア国外で様々な賞を獲得しています(彼の初のドキュメンタリー"Crne marame"は1958年フランスでジャン・ヴィゴ賞を獲得しました)彼は時代に先駆けて映画を作ってきましたが、依頼された作品に関しても、繊細にプロパガンダを避けながら、人々の物語を語ってきました。そして人々の人生、心理模様、伝統に関する親密な肖像画を記してきたんです。あなたが“Dječak je išao za suncem"を気に入ってくれて嬉しいです! この作品は感動的で魅惑的な映像美であり、今にも普遍的に響く稀な信頼性があります。他の不当に無視された映画作家と同様に、Bastaćもモンテネグロシネマテークのおかげで、より一貫した形で再評価が始まっています" (Maja Bogojević マヤ・ボゴイェヴィチ)

Vrane / Gordan Mihić & Ljubiša Kozomara (1969) セルビア
貧困によって追い詰められたボクサーは、同じ状況にある隣人たちと手を組み一発逆転を狙う……MihićもKozomaraも本国では脚本家としての方が有名、両者でユーゴ映画トップ10的な企画には必ず選出されるŽivojin Pavlović ジヴォイン・パヴロヴィチ監督作"Kad budem mrtav i beo"を手掛けている。更に後者はクストリツァの「ジプシーのとき」「黒猫、白猫」なども執筆している。

Opatica i komesar / Gojko Sipovac (1968) ボスニア
"私の好きなボスニア映画の1本はGojko Sipovac ゴイコ・シポヴァツ"Opatica i komesar"です。人間心理への鋭い洞察に驚かされました。そこで聞きたいのは、ボスニアでこの作品と監督はどのように受容されているのでしょう?

Gojko SipovacHjrudin Krvavac ヒュルディン・クルヴァヴァツとともにオムニバス作品"Vrtlog"でデビューを果たし、先述の"Valter brani Sarajevo"では助監督も務めていました。人間心理という面であなたの言葉は正しいと思いますし、本作は私にイングマール・ベルイマンの作品を彷彿とさせます。登場人物たちの欲望は悲劇で終るのが常なんです"

Gjurmë të bardha / Ekrem Kryeziu (1980) コソボ
コソボの雪深い山奥で暮らす村民たちの人生が交錯する姿を描き出した作品。どこまでも純粋な白の広がる険々たる山の連なりを背景として、大木をチェーンソーで伐採する男たち。コソボの鷹揚たる大地、豊饒たる文化、そういったものが勇壮に刻み付けられており力強い。

Nacionalna klasa / Goran Marković (1979) セルビア
ラニミル・ミトロイチ、通称"フロイド"と呼ばれる新進気鋭のレーサー、その華麗にして泥臭い、栄光への1週間を描きだしたセルビア産レース・コメディ。主演のDragan Nikolić ドラガン・ニコリチセルビアで最も愛される俳優の1人で、切手に肖像画が載るほどの人物。

Македонска крвава свадба Makedonska krvava svadba / Трајче Попов Trajče Popov (1967) 北マケドニア
オスマン帝国支配下におけるマケドニア、スヴェタという1人の女性がトルコ人によって拉致され、結婚とイスラム教への改宗を強制される。彼女はそれに抵抗し続け、マケドニア人もまたトルコ人の暴虐に対して反旗を翻す。原作はマケドニア文学の重要作と呼ばれるVoydan Chernodrinski ヴォイダン・チェルノドリンスキ著の同名戯曲、今作もマケドニアの魂を描きだした作品として今でも親しまれている。

Rojet e mjegullës / Isa Qosja (1988) コソボ
Beluot sid / Белиот ѕид Љупчо Билбиловски/ Ljupčo Bilbilovski (1978) 北マケドニア
Dečki / Stanko Jost (1976) スロヴェニア
Планината на гневот / Planinata na gnevot Љубиша Георгиевски Ljubiša Georgijevski (1968) 北マケドニア
Muke po mati / Lordan Zafranović (1975) クロアチア
Ples v dežju / Boštjan Hladnik (1960) スロヴェニア
Мементо / Memento Димитрие Османли/ Dimitrie Osmanli (1967) 北マケドニア
Okupacija u 26 slika / Lordan Zafranović (1978) クロアチア
Колнати сме, Ирина / Kolnati sme, Irina / Коле Ангеловски Kole Angelovski (1973) 北マケドニア
U mreži / Bojan Stupica (1956) モンテネグロ
Nočni izlet / Mirko Grobler (1961) スロヴェニア
Ram za sliku moje drage / Mirze Idrizovića (1968) ボスニア
Po isti poti se ne vračaj / Jože Babič (1965) ボスニア
Žena s krajolikom / Ivica Matić (1976) ボスニア
Jovana Lukina / Živko Nikolić (1979) モンテネグロ
Rondo / Zvonimir Berković (1966) クロアチア
Izdajnik / Kokan Rakonjac (1964) セルビア
H-8... / Nikola Tanhofer (1958) クロアチア
Ovo malo duše / Ademir Kenović (1987) ボスニア
Gosti iz galaksije / Dušan Vukotić (1981) クロアチア
Ne joči, Peter / France Štiglic (1964) スロヴェニア
Zle pare / Velimir Stojanović (1956) モンテネグロ
Posljednji podvig diverzanta Oblaka / Vatroslav Mimica (1978) クロアチア
Devojka sa Kosmaja / Dragovan Jovanović (1973) セルビア
Tople godine / Dragoslav Lazić (1966) セルビア
Frosina / Фросина Vojislav Nanović / Воислав Нановиќ (1952) 北マケドニア
Era dhe lisi / Besim Sahatçiu (1979) コソボ
Kekec / Jože Gale (1951) スロヴェニア
Ada / Milutin Kosovac (1985) ボスニア
Poletje v školjki /  Tugo Štiglic (1985) スロヴェニア
Proka / Isa Qosja (1984) コソボ
Njeriu prej dheu / Agim Sopi (1984) コソボ
Исправи се, Делфина Ispravi se, Delfina / Александар Ђурчинов Aleksandar Đurčinov (1977) 北マケドニア
Operacija Cartier/ Miran Zupanič (1991) スロヴェニア
Jad Јад / Кирил Ценевски Kiril Cenevski (1975) 北マケドニア
Slucajni zivot / Ante Peterlić (1968) クロアチア
Kompozicija / Vjekoslav Nakić (1970) クロアチア
Valter brani Sarajevo / Hajrudin Šiba Krvavac (1972) ボスニア
Na svoji zemlji / France Štiglic (1948) スロヴェニア
Crne ptice / Eduard Galić (1967) クロアチア
Ritam zločina / Zoran Tadić (1981) クロアチア
Tko pjeva zlo ne misli / Krešo Golik (1970) クロアチア
Iskušavanje đavola / Živko Nikolić (1989) モンテネグロ
Dječak je išao za suncem / Branislav Bastać (1982) モンテネグロ
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