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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Beatriz Seigner&"Los silencios"/亡霊たちと、戦火を逃れて

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近現代のラテンアメリカ地域では、大規模な内戦や武力紛争などが頻発している。例えばコロンビアでは政府軍と反政府ゲリラの対立によって50年以上に渡る内戦が起こるなどしている。それによって国を離れることを余儀なくされた離散民は数えきれないだろう。今回紹介する作品はそんな離散民の姿を幻想的な筆致で追った作品、Beatriz Seigner監督作"Los silencios"だ。

アンパロ(Marleyda Soto)は子供たちと共に、アマゾニア地域のある島にやってきた。ここはコロンビアとブラジル、ペルーの国境が接する場所だった。彼女たちはコロンビア内戦の戦火から逃れるために、この地に住む叔母の元へ身を寄せたのだ。ここを新天地として、アンパロたちは新しい生活を始めようとするのだが……

まず描かれるのはアンパロたちが直面する苦難の数々だ。初めに彼女たちは生活のために様々な手続きを行わなくてはならない。学校への入学手続き、保証金の申請、そして難民認定のための書類提出。そういった官僚主義的な手続きの数々は、アンパロを否応なく疲弊させていくのである。

監督であるSeignerはそんなアンパロの姿を、アマゾニアに広がる風景と一緒にゆったりと描きだしていく。この町は牧歌的で、観る者に懐かしさを感じさせるような郷愁がそこかしこに宿っている。その一方でこの地を覆う貧困の根深さも見て取れるだろう。そんな2つの対立する要素が混ざり合いながら、この地で時は流れてゆくのである。

そして町は離散民にとっての逃げ場であるがゆえ、各地での内戦の情報が次々と飛び交うことになる。ラジオではコロンビア革命軍であるFARCと政府の和平交渉についてのニュースが流れる。夜、東屋に集まる離散民たちは自分の国で起こった忌まわしき事件について共有し、涙を流す。ここにおいて内戦はいつまでも終らない、アクチュアルな現実なのである。

そんな時、アンパロの長女であるヌリア(María Paula Tabares Peña)が家で失踪したはずの父の姿を見つける。彼はゲリラの構成員であり、紛争が原因で姿を消していた。他の家族には彼の姿は見えていないらしい。しかしヌリアが何度も父の姿を目の当たりにするうち、彼の存在は家族の中へと静かに浸透していく。

物語はこの父の奇妙な存在感を見つめていく。最初は日常を生きる亡霊のような形で現れるが、消えては現れてを反復するうち、その存在は実体を得ていくようだ。しかし観客は常に彼の存在が実体なのか霊体なのかという問いを突きつけられ、居心地の悪い思いをすることになるだろう。しかしこの曖昧な震えこそが、今作の要ともいっていい。

この日常の中に幻想が入り混じるという表現手法は、いわゆるラテンアメリカ文学における魔術的リアリズムを想起させるだろう。しかしブーム期の文学が溢れる生命力をそのまま幻想に反映させていたのに対して、今作や昨今作られるラテンアメリカ映画はもっと繊細な筆致で以て、日常に根づく幻想を描き出すという手法を取ることが多い。どちらが優れているなどは簡単には言えないが、今作は正に抑制的な幻想の筆致を用いていることには疑いがない。そしてこの演出が物語を幻惑的な雰囲気に変えているのだ。

"Los silencios"は苦難に直面する家族の姿に、引き裂かれる国の悲哀を重ね合わせた、幻想的な作品だ。ラテンアメリカは内戦で傷つき続けた大陸だ。しかしそんな哀しみの地で必死に生きようとする人々がいる。私たちはそんな力強さを目撃することになるだろう。

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