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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Juan Mónaco Cagni&"Ofrenda"/映画こそが人生を祝福する

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映画を観ている時、時おり映画にしかできないことはなんだろうと考えることがある。小説や演劇、絵画や彫像、芸術には様々な形態がありながらも、それを越えて映画にしかできないことは一体何かと。正直言って答えは簡単にでることはない。それでも、この映画がその答えだと言いたくなる作品が存在する。それが今回紹介する作品、弱冠21歳の新鋭監督Juan Mónaco Cagniによるデビュー長編"Ofrenda"だ。

まず私たちは1人の少女がアルゼンチンの広大な自然の中にいる姿を目撃するだろう。彼女は自身の祖父らしき人物に外出する許可をもらってから、家の敷地から出ていく。そして彼女は1人の少女と会い、2人はその自然へと駆け出していく。

まず今作はそんな2人の姿を丹念に追っていく。例えば2人は大きな大きな木に登って、その下に広がる世界を眺めながらお喋りに興じる。さらに例えば2人は芝生に座りながら、落ちていた果物を手に取ってもぐもぐと元気よく食べていく。その姿は子供特有の元気が漲っていて、見ながら思わず微笑みが浮かぶほどだ。

だがそれと同時にもう1つの風景が今作に浮かび上がることとなる。20代ほどの女性が、大きなバックパックを背負いながらアルゼンチンの自然の中を歩いている。彼女は緑深い木々や朽ちた家屋、煙を吐く工場を横目に見ながらひたすら歩き続ける。最初、彼女の目的が何か、私たちには分からないだろう。

そんな最中、観客はバックパックの女性が短い告発を輝かせる女性と出会う姿を目撃するだろう。彼女は煙草を吸うことが好きらしく、歩きながら、時には何処かで休みながら煙草を何度も吸い続ける。そんな姿を傍目にしながら、バックパックの女性は彼女と一緒にアルゼンチンの田舎町を歩き続ける。

監督とカメラ担当のAugusto Monacoは2組の女性たちの旅路を通じて、世界を静かに眺め続ける。その旅路には濃厚な緑を湛える木々が聳え立ち、長閑な雰囲気で以て黒い煙を吐き出す工場の数々が建ち、悲惨なまでに欠片の散らばった廃墟が広がり、濁った色彩を太陽光の中で輝かせる川が流れている。

さらにここにおいては響き渡る音も印象的だ。女性たちが旅を続けるうち、私たちは様々な音を聞くことになるだおる。例えば川面を優しく撫でる風の音、草を踏みしだく女性たちの足の音、風に揺れながら擦れる葉々の音。そういった音が常に映画には充満しているのだ。そしてそれがここに映し出される世界がいかに豊穣であるかを語るのである。

そして物語が進むにつれて、2つの世界が重なりあっていくことが私たちにも分かってくるだろう。2組のの女性たちの旅路は徐々に重なりあい、どこか共鳴するような感触をも持ち始める。ある時、私たちは知るだろう。この少女たちは20代の女性たちの過去の姿であるのだと。

それを悟ったうえで、バックパックの女性たちの姿を観察していると見えてくるものがある。ある時、黒髪の女性は廃墟に腰を据えて、いつもの通り煙草を吸う。その膝の間では、バックパックの女性が複雑な表情をしながら寝転がり、空を眺めている。そこには不思議な感情が存在しているように思われる。友情以上の何らかの感情が存在しているように思われるのだ。

そこには微妙な関係性が存在している。それは友情と愛情のあわいに存在する淡い感情だ。観客である私たちにはそれが何かを断言することはできない。彼女たちにしか断言できない関係性がそこに存在している。この魅力的な曖昧さが今作を牽引していくのである。

そして今作においてはこの曖昧さが2つの時、2つの世界を跨ぎながらその風景を彩るのである。この言葉にはし難い感情の数々が自然や人物の表情に浮かび上がりながらも、明確な形にされることはない。だからこそ切なさがこみ上げる瞬間というものがあるだろう。その瞬間が今作にはあまりにも多くあるのだ。それは映画にしか描けない魔術であるのだ。"Ofrenda"は映画にしかできないやり方でこそ、私たちの人生を祝福する映画なのである。

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