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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Redon Kika&“I Have Never Been on an Airplane”/コソボ、ここからはじめて飛びたつ

さて、コソボである。ユーゴ内戦を経て後の2008年に独立を果たしたコソボは未だに国として若い。これゆえに国際的な信用度が相当に低く、国民は満足に海外へと渡航することもままならない。その煽りを矢面で受けざるを得ないのが前途ある若者たちだ。ただの楽しみにしろ、学びや仕事を求めるにしろその道が国境という存在によって閉ざされる状況が続いていた。しかし彼らは諦めることなく、自由を求めていく。今回紹介するRedon Kika監督作による長編ドキュメンタリー“I Have Never Been on an Airplane”はそんなコソボに生きる若者の現状を追った1作だ。

今作の中心となるのはコソボの首都プリシュティナに住むイェラ、トリンガ、そしてアティエという若者3人だ。彼らと監督は友人関係なのだが、まだコソボから一度も出たことがない彼らの夢は飛行機に乗って外国に行くことだった。初めての長編映画を準備していた監督はそんな彼らの夢を思い出して、それをそのまま作品のテーマにすることを思い立つ。

ここにおいてはまず彼らのプリシュティナでの日々が綴られていく。3人でつるんだり、それぞれに仕事をしたり、将来について語ったり……そういった他愛のない日常の風景の数々が淡く詩的に浮かんでは消えていくと、そんな夢心地な雰囲気が今作には宿っている。そしてまだ地に足ついていない若さに共鳴するような浮遊感もまたここには常に存在しているのだ。

こうして4人は皆で夢を叶えるために奔走することになるのだが、彼らが決めた旅行先はベルリンである。トリンガは遠距離恋愛をしている恋人のフロリアンがベルリンに住んでおり、そしてイェラやアティエはFacebookを通じて知ったそのクールなクラブシーンに魅了されていたからだ。しかしそこまでの前途は多難だ。先述したコソボの事情がゆえ、同じヨーロッパにしろビザが下りないといったことが普通にあってしまう。シェンゲン協定という、ヨーロッパ内においては国境検査なしで国境を越えることを許可する協定があるが、これに加入することも他国の反対によって阻まれていた。正に3人も煩雑な書類手続きを経たのにビザが下りないというアクシデントに襲われてしまう。

だからこそやっとのことでベルリンに行けることが決まった時の感動たるやひとしおだ。彼らは映画の主人公さながらに飛行場ではしゃぎまわり、そして初めての飛行機に乗りこんでいく。そして到着したベルリンに大興奮であり、街並みやクラブシーンのカッコよさといったものは正に求めていた夢がここにあるといった風だ。

しかし想像したものとはまた違う風景が広がっていることにも気づく。タクシーに行く場所を間違えられて彼らは深夜の街を彷徨うことになるのだが、言葉も分からない異邦の都市で迷う時の心細さたるや圧倒的なもので、カメラにはその心細さが克明に映し取られている。それでもその不安を乗り越えられたのなら、不安を越える喜びが先には確かにある。想像と現実は実際かなり異なっている。それでいてそんな想像とは異なる現実も、想像と同じくらい面白いし楽しいものだと3人はベルリンで知っていくのだ。

そして3人は旅を通じて大人になっていく。旅をすると自分がちっぽけに思えるんじゃないかって予想してた、そうトリンガは言う。でも実際は同じ場所に居続ける方がそう思えてしまうのに気づいた。自由と、そしてそれを通じて知ることのできるだろう世界に広がる果てしない可能性、これらは人をちっぽけに思わせるかもしれないが、それ以上に自分に眠る可能性もまた果てしなく広がるかもしれないと思わせるのだろう。

さらに私が最も感動した場面はイェラたちがベルリンの公園に行く場面だ。ここで何をするかと言えば、自転車の練習だという。イェラは子供時代からずっと乗れなかった自転車を今ここで乗れるようになりたいというのだ。アティエとトリンガに支えてもらいながら彼女は頑張って自転車を練習し、そしてその果てに公園内を長く走れるようになる!……実は私も子供時代のトラウマもあって33にして未だに自転車に乗れない。だが自転車に乗れて涙ぐむイェラと、長い距離を走れた彼女を抱きしめるアティエとトリンガの姿を見ているともらい泣きしそうになった。大人になるというのもそう悪いことばかりではないと。

そんな3人を祝福するように、今作の最後においてコソボの人々は2024年からシェンゲン圏はビザ無しで自由に渡航できるようになるというニュースが流れる。まだシェンゲン協定に入れてはいないが、それでもこれは自由への大きな一歩であり、3人は友人を集めてパーティまで開催するはしゃぎようだ。監督はそんな彼らを映しだしながら、コソボとそこに生きる若者たちが自由に、そして自由を生きることができるよう願う。それは観客である私たちの願いともなるだろう。この“I Have Never Been on an Airplane”という作品にはそうさせる力がある。