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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Alfonso Morgan-Terrero&"Verde"/ドミニカ共和国、紡がれる現代の神話

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さて、ドミニカ共和国である。映画的な意味でこの国の影はかなり薄いと言わざるを得ない。だが確かに新たなる才能が現れている喜ばしい現実を無視するべきではないだろう。例えばLaura Amelia GuzmánIsrael Cárdenasの監督コンビは"Dólares de arena"(レビュー記事)や"La fiera y la fiesta"といった作品で、ヨーロッパなどの諸外国によって眼差されるドミニカ共和国の現在を描きだしている。そしてNelson Carlo de Los Santos Arias"Cocote"(レビュー記事)という傑作によって、リベンジスリラーという枠組みを利用しながらドミニカ共和国という国家それ自体を描かんとしており、その壮大な野心に驚かされた私は2010年代ベストの1本として今作を挙げている。そして今回紹介するのは彼ら新鋭に追随する、2020年代の最初にして、もしかするなら最大になるかもしれないドミニカ共和国映画の傑作、Alfonso Morgan-Terreroのデビュー長編"Verde"を紹介していこう。

今作の主人公はこの国に生きる3人の若者たち(Luis Ernesto&Contreras Batista&Andres Peralta Gomez)だ。彼らはある秘密を抱えながら、日常を過ごしていた。その秘密とは町の権力者が所有する金鉱に押し入り、資源を強奪して大きな金を手にしていたのだ。今はまだバレてはいないようであり、彼らは比較的楽天的に日々を生きていた。

まず"Verde"はこの3人の日常を描きだしていく。寝室で着替えをしながら父親と他愛ない会話をする、清潔な飲み水の運搬という仕事を淡々とこなす、極彩色のネオンに包まれたクラブで女性たちと踊りに耽る、闇と橙色の灯が交錯する通りを彷徨う。そういった日常の風景の数々が、断片的な素描として立ち現れていくのである。

だがその日常の連なりを映像詩に高めていくのは撮影監督であるKevin Xian Ming Yuだ。彼の空間の広がりに対する意識は先鋭なものであり、その盤石な視線で以て目睫に広がる風景の数々を鮮やかにレンズへと捉えていく。この明晰さは日常のディテールを豊かに浮かびあがらせ、私たちをドミニカ共和国の今へと詩的な形で誘うのだ。

そんな中で金鉱の主である権力者が強奪の犯人を3人であると特定し、その代償を払わせようと彼らの家族を脅迫することとなる。こうして家族もろとも3人は危機的状況へと追いこまれることになるが、この最中に悲劇が起こってしまう。

と、一応あらすじを上述してはいるのだが、今作はおそらく意図的に物語が極度に捉えづらい構成となっている。基本的にこの作品は日常や些末なディテールを淡々と積み重ねていく語りであり、明確なプロットが存在しない。重要な事件である金鉱強奪もただ言葉で語られるのみで直截は描写されない。そして監督は編集を担当するElliot Farinaroとともに幾度となく省略を行うことで、観客を五里霧中の感覚に迷いこませるのだ。

この作劇を思わせぶりと取る者も多いかもしれないが、巧みなのはこの感覚がドミニカ共和国の宗教的な文化に直接接続される点だ。劇中ではこの国のキリスト教信仰を背景とした民話が語られたり、実際に教会――と言うには小さく、猥雑な空間だが――が現れ、主人公たちが祈りを捧げる場面がある。この要素が頻出することで、私たちはスクリーンの裏側で不可視の何かが蠢くのを感じるだろう。これが語りの断片性や省略と重なりあうことで、超越的な雰囲気へと繋がるのである。

そして観客は気づくだろう、この映画によってAlfonso Morgan-Terreroという映画作家ドミニカ共和国に新たな神話を紡ごうとしていると。登場人物たちがめぐる不条理な生と死の旅路は、繰り返される異様なる省略の数々によって論理や現実を越えた何かへと昇華されていくことになる。それこそが超越的なる神話なのだ。

"Verde"ドミニカ共和国でこそ語られうる、死生をめぐる神話を紡ぎしていく無限の野心に満ちた映画だ。この驚異の連続に、私たちはAlfonso Morgan-Terreroという新鋭が未来に必ずや輝きを誇ることを確信するだろう。

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