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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ラドゥ・ジュデ&"Cea mai fericită fată din lume"/わたしは世界で一番幸せな少女

Radu Jude&"Toată lumea din familia noastră"/黙って俺に娘を渡しやがれ!
Radu Jude & "Aferim!"/ルーマニア、差別の歴史をめぐる旅
ラドゥ・ジュデの経歴及び"Aferim!"のレビューはこちら参照。

1989年に勃発した血の革命の後、社会主義国家であったルーマニアにも資本主義の波が押し寄せることとなる。しかし中国や北朝鮮の体制に順応していたこの国が急に資本主義国家になれる訳もなく、経済は混迷を窮めることとなり、むしろ革命以前よりも経済が停滞するという状況に陥ってしまう。それからルーマニアは資本主義への移行に多大なる犠牲を払うこととなる訳だが、今回紹介するラドゥ・ジュデ監督の長編デビュー作Cea mai fericită fată din lume”はそんな今に残る資本主義の傷を描き出した痛烈な一作と言えるだろう。

この物語の主人公は18歳の高校生デリア(Andreea Boșneag)だ。彼女は清涼飲料水の懸賞に大当たり、その賞品である高級車をもらいに、両親(Vasile Muraru&Violeta Haret-Popa)と共にブカレストへと向かっていた。田舎町出身の彼女はそんな状況に大きな不安と小さな期待を抱えながらも、父のボロ車はブカレストへと近づいていく。まずCea mai fericită fată din lume”は題名の通り“世界で一番幸せな少女”の姿を丹念に追っていく。最初に映るのは後部座席に横たわるデリアの姿、何だかお腹痛くなってきたような気がすると両親を困らせていく。車の窓から見える風景は閑散としたものからだんだんと都会的なものへと変わっていくが、それと同時に彼女の不機嫌な表情は苦味を増していく。

そして家族はブカレストへと到着するのだが、車をもらい受けるためには当選者としてCM撮影に参加する必要があった。前の当選者の撮影が長引き、炎天下の中での待ち時間が続くのだが、監督はこういった時間こそ徹底したリアリズムで以て描いていく。デリアはメイク係の女性に雑な形でメイクをブチ施され、終わればまた待ち時間が始まり、余りの長さに彼女は母親と口論まで始める。CM撮影の裏側を延々と省略せず描く様には、何とも厭な感触ばかりが付きまとう。

が、やっと撮影が始まった時こそが本当の地獄だったとデリアは知る羽目になる。まず服にダメ出しを喰らい出だしから意気を挫かれたかと思うと、会社の重役らしい人物から笑顔が足りないと文句を言われ、美味しそうにジュースが飲めなければカットがかかり、何度も何度も何度もジュースを飲まされる。その姿は十二分に肥えるまで餌を喰わされる家畜のようだ……

デリアがここで知るのは資本主義の身勝手な理論の数々だ。会社側はとにかく飲み物が売ることに注進し、そのためには手段を選ばない。美味しさを誇るためデリアに笑顔と幸せを要求し、それが達成されなければ容赦なく撮影をやり直させる。そしてCMの映像に色が映えないと分かるや否や、ジュースの入ったペットボトルにコカコーラをブチ込んで色彩を調整するという荒業まで行う。資本主義の理論においては個よりも全体の利益が優先され、汚い手段も平気で行われる。それを目の当たりにしたデリアは、どんどん疲弊していく。

撮影監督Marius Panduruのカメラはそんな風景をある種の独特さと共に映し出していく。彼は誰かの横顔にクロースアップするだとかそういった肉薄的な撮影は行わない。絶えず被写体と距離を取りながら、地に腰を据えて静かに目前の光景を切り取っていく。そうなると必然的にデリアたちだけでなく、撮影現場で働く人々も映り込むことになる。多くの人々が忙しなくフレームイン/アウトを繰り返す姿によって、世界はフレーム外へも広がっていき豊かさを増していく。

広がっていく先にはブカレストという都市そのものが存在していると言ってもいいだろう。実際映りこむのはCM撮影スタッフだけではなく、広場に遊びに来ている一般人もだ。現場をチラと眺めて立ち去る者がいれば、別に撮影には興味もないまま立ってお喋りをする者たちもいる。そういった多様な風景がブカレストの空気をリアルに伝える一方で、そんな街並は常に夕日色の橙で覆われている。この色が半袖の一般人と繋がりあうことで、画面には生々しい熱もまた浮かび上がる。熱は観る者の首の皮膚に吸いつき、不愉快なまでに染みこんできながらも、それはブカレストの一側面であり映画の豊穣さに寄与していく。

それでいて豊かさは良い方向にばかり作用する訳ではない。撮影でもう1つ独特なことがある。デリアのCM撮影は様々な失敗によって何十回も繰り返されることになるのだが、その度に微妙にアングルが変わっていく。デリアの横顔が見える場所/見えない場所、監督が指示を出すのが見える場所/見えない場所、様々な角度から撮影現場は映し出されることになる。それはつまり微妙に異なりながらほぼ同じ風景が、ほぼ同じながら微妙に異なる角度から幾度となく描かれる訳であり、その様には覚めない悪夢を見ているような不気味さが同居している。ここにおいてデリアは資本主義の国のアリスと化すのだ。

そして資本主義はデリアと彼女の両親にまで軋轢を生み出すことになる。デリアは当然高級車がもらえるものと思っていたのだが、両親が裏で手を回してお金に換金しようとしているのを知りもちろん激怒、口論が始まってしまう。更にそれは”自分は車が欲しい/家族にはお金が必要だ“という対立を越えて、大学に行って観光学を学びたいデリアとその余裕はないから働いて欲しいという親の対立にまで飛躍していく。この対立の原因は完全に金である、金によって親子間の絆は完膚なきまでにブチ壊されていくのだ。

更にジュデ監督はこの資本主義の蹂躙の先に、親と子の間に横たわる痛烈な認識の差異までも見据える。得てして親という奴は自分の人生を犠牲にして子供に幸せを与えたと思いがちだが、むしろ子供はその思いを過干渉と取り、他の子のような“普通の人生”を送れなかったという怒りを抱くことになる。そんな子の心を親は知らないまま、自分の味わった苦労を子にも味あわせようと必死になる。そして子供は親の無理解に絶望しという負の螺旋が繰り広げられ、今作でも正にそんな風景が浮かびあがる。この凄まじい相互不理解の構図はルーマニア出身の反哲学者エミール・シオランからこの国に続く伝統とも言うべき絶望だが、このテーマはジュデの次回作“Toată lumea din familia noastră"で更なる強度を以て反復されることになる。

今作にはもう1つ重要な要素がある。それが車だ。ブカレストの道は異常なほど車に埋め尽くされていることで有名で、例えばクリスティ・プイウ「シエラネバダなどでその一端が伺えたりする。この件についてルーマニア人の友人に話を聞いてみたりしたのだが”(彼女のそのまた友人が)車を持ってても停める場所がない”、”せっかく家の近くに停めても、一回車で出掛けると停めてた場所に他の車が停まってしまい、遠くに停めざるを得なくなって面倒なので車で出掛ける気がしない”と言われた。それなら何故持つのかと思ってしまうが、この映画を観る限りでは、車は親など様々なものから自由になる鍵になるからだろう。デリアもそのために意地になって車を欲しがり、対立は激化の一途を辿っていくこととなる。

そして今作の痛烈さを担うのが俳優たちの熱演だ。このブログでは既にお馴染みだろうシェルバン・パヴル(「日本からの贈り物」など)がここではCMの監督役で、デリアを追い詰める役どころを演じている。“飲め飲め飲め!飲め飲め飲め飲め飲め!”と彼女を罵倒する姿は鬼畜も斯くやといった迫力である。しかし勿論この作品のMVPはデリア役を演じたAndreea Boșneagの存在感だ。ぽっちゃり体型に人生への不満をたっぷり溜め込んだ彼女は仏頂面で撮影現場を彷徨い、無理な笑顔を強要され、これでもかとジュースをブチ込まれていく。そうして資本主義の奴隷に仕立てあげられる少女を熱演する様は、何とも言えず哀れだ。この惨めな姿にこそ、ジュデ監督はルーマニアの現在を託していくのだ。

ルーマニア映画界を旅する
その1 Corneliu Porumboiu & "A fost sau n-a fost?"/1989年12月22日、あなたは何をしていた?
その2 Radu Jude & "Aferim!"/ルーマニア、差別の歴史をめぐる旅
その3 Corneliu Porumboiu & "Când se lasă seara peste Bucureşti sau Metabolism"/監督と女優、虚構と真実
その4 Corneliu Porumboiu &"Comoara"/ルーマニア、お宝探して掘れよ掘れ掘れ
その5 Andrei Ujică&"Autobiografia lui Nicolae Ceausescu"/チャウシェスクとは一体何者だったのか?
その6 イリンカ・カルガレアヌ&「チャック・ノリスVS共産主義」/チャック・ノリスはルーマニアを救う!
その7 トゥドール・クリスチャン・ジュルギウ&「日本からの贈り物」/父と息子、ルーマニアと日本
その8 クリスティ・プイウ&"Marfa şi Banii"/ルーマニアの新たなる波、その起源
その9 クリスティ・プイウ&「ラザレスク氏の最期」/それは命の終りであり、世界の終りであり
その10 ラドゥー・ムンテアン&"Hîrtia va fi albastrã"/革命前夜、闇の中で踏み躙られる者たち
その11 ラドゥー・ムンテアン&"Boogie"/大人になれない、子供でもいられない
その12 ラドゥー・ムンテアン&「不倫期限」/クリスマスの後、繋がりの終り
その13 クリスティ・プイウ&"Aurora"/ある平凡な殺人者についての記録
その14 Radu Jude&"Toată lumea din familia noastră"/黙って俺に娘を渡しやがれ!
その15 Paul Negoescu&"O lună în Thailandă"/今の幸せと、ありえたかもしれない幸せと
その16 Paul Negoescu&"Două lozuri"/町が朽ち お金は無くなり 年も取り
その17 Lucian Pintilie&"Duminică la ora 6"/忌まわしき40年代、来たるべき60年代
その18 Mircea Daneliuc&"Croaziera"/若者たちよ、ドナウ川で輝け!
その19 Lucian Pintilie&"Reconstituirea"/アクション、何で俺を殴ったんだよぉ、アクション、何で俺を……
その20 Lucian Pintilie&"De ce trag clopotele, Mitică?"/死と生、対話と祝祭
その21 Lucian Pintilie&"Balanța"/ああ、狂騒と不条理のチャウシェスク時代よ
その22 Ion Popescu-Gopo&"S-a furat o bombă"/ルーマニアにも核の恐怖がやってきた!
その23 Lucian Pintilie&"O vară de neuitat"/あの美しかった夏、踏みにじられた夏
その24 Lucian Pintilie&"Prea târziu"/石炭に薄汚れ 黒く染まり 闇に墜ちる
その25 Lucian Pintilie&"Terminus paradis"/狂騒の愛がルーマニアを駆ける
その26 Lucian Pintilie&"Dupa-amiaza unui torţionar"/晴れ渡る午後、ある拷問者の告白
その27 Lucian Pintilie&"Niki Ardelean, colonel în rezelva"/ああ、懐かしき社会主義の栄光よ
その28 Sebastian Mihăilescu&"Apartament interbelic, în zona superbă, ultra-centrală"/ルーマニアと日本、奇妙な交わり
その29 ミルチャ・ダネリュク&"Cursa"/ルーマニア、炭坑街に降る雨よ
その30 ルクサンドラ・ゼニデ&「テキールの奇跡」/奇跡は這いずる泥の奥から