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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Ivan Ayr&"Soni"/インド、この国で女性として生きるということ

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最近ネット上でキャットコーリングという言葉が話題になった。この言葉は、その人の迷惑も考えずに男性が女性に対して声をかけたりナンパしたりするハラスメント行為を意味している。これらにウンザリしている女性たちは少なくないだろう。そしてそれは日本だけの問題ではなく、世界的な問題だ。今回はこのキャットコーリングなどの迷惑行為を取っ掛かりに、女性の置かれた抑圧的な立場を描き出すインド映画、Ivan Ayr監督作“Soni”を紹介していこう。

Ivan Ayrは1983年にインドのアボハールに生まれた。高等教育を受けるためアメリカに移住、電気工学の学位を取得後、カニャダ・カレッジでは英文学を、サンフランシスコ映画ソサエティーでは脚本執筆と監督業について学んでいた。2014年に短編"Lost & Found"で監督としてデビューを果たし、2015年にはSF作品"Quest for a Different Outcome"を手掛ける。そして2018年には故郷のインドへと戻り、長編デビュー作である"Soni"を完成させる。

深夜、1人の女性が自転車で道を走っている。すると同じく自転車に乗った男がどこからともなく現れ、彼女に並走し始める。彼は女性に声をかけ、しつこく迫っていき、女性は無視を続けるのだが男は動じることがない。痺れを切らしたのか、女性は自転車から下りると、男もまた自転車から下りてナンパを再開する。だが次の瞬間女性の拳が男に直撃、彼が倒れてもなお女性は拳を叩き込んでいく……この冒頭シークエンスは“Soni”という映画の姿勢を、何よりも明確に語っていると言えるだろう。

今作の主人公はその女性ソニ(Geetika Vidya Ohlyan)、彼女は警察官として働いているのだが、近年増加傾向にある犯罪に対してウンザリするような思いを抱いていた。特に先のキャットコーリングなど自分を含めた女性への嫌がらせや犯罪には怒りを燃やしており、彼女はその撲滅に力を入れていたのである。

そんなソニの勤務風景は事件に満ち溢れている。上司であるカルパナ(Saloni Batra)に先日の暴力沙汰を注意されて苛立ちを覚えたかと思えば、仕事場ではとあるアパートの住民が大家に襲われたと訴えておりその処理に頭を悩ませる羽目になる。そして夜に検問を行おうとすると、自分は海軍兵士だと主張する男がソニが女性故に明らかに舐めた態度を取り、彼女の怒りが爆発、再び暴力沙汰を起こすこととなる。そしてその罰によって、ソニは管制室へと左遷されてしまう。

Ayr監督はそんな風景の数々を印象的な長回しによって描き出していく。撮影監督David Bolenのカメラは常にソニの傍らに位置し続けながら、彼女の表情や行動、それに伴う挙手挙動の1つ1つを途切れのない映像で以て追っていくのだ。時間をそのまま切り取っていくその手捌きや灰色に包まれた画面からは、薄暗い空気感やソニの抱える不満と鬱屈が生々しく伝わってくるのだ。

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そこには息詰まるような臨場感も張り詰めている。冒頭における夜道での出来事やレストランの外に設置されたトイレへとソニが向かう場面などにおいて、私たちはソニと共に濁った闇の中を進んでゆくような心地にさせられる。横にいる男がいきなりソニを襲うのではないか、道の角からいきなり何者かが現れてレイプされてしまうのではないか、そんな不穏な空気が常に充満しているが、それは正に女性が日々感じている恐怖と同じものだ。観客はその恐怖をここで追体験することとなる訳である。

そして今作には他にも女性が置かれている抑圧的現状が描かれている。例えば時おり物語はソニの上司であるカルパナの視点に移ることがあるのだが、家族と同居している彼女は母親から30代にもなって結婚していないなんて!と、露骨ではないが言外に仄めかされるような言い方で以て仕事に重点を置く自分の生き方を揶揄される。ソニはソニで、元恋人であるナヴィーン(Vikas Shukla)からしつこく復縁を迫られ、その度にイライラが募っていく。女というだけで生き方を否定されたり男たちに舐められる現状は、ソニたちを確実に疲弊させていく。

それでもこの中に希望があるとするなら、それはソニと上司カルパナとの連帯だろう。仕事上で目をかけたり便宜を図ってくれたりは勿論のこと、プライベートでもカルパナはソニを高級レストランに連れていったり差し入れを届けたりと、何かと甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。この女性同士の絆は家父長制社会で生き延びるにあたって重要なものであり、輝く希望であることも今作では描かれる。

だがこの作品が題名通りソニの心の奥へと潜行していく時、悲痛な事実も明らかになる。様々な騒動の中でソニは孤独を深めていく。カルパナから救いの手が差し伸べられようとも、彼女はそれを掴むことを躊躇ってしまう。というよりも、彼女は誰かが伸ばしてくれる手をどう掴めばいいのか分からない、そんなこと遠い昔に忘れてしまったとでもいうような様子だ。連帯の可能性は確かに示されながらもその悲哀の中で、彼女は更に孤独を深めていってしまう。

“Soni”は女性がこの世界で生きる上で直面する苦境を、印象的な長回しと途切れることのない臨場感で以て描き出す作品だ。そうして女性同士の連帯の可能性と拭いきれない深い孤独が混じりあいながらも、時は無情にも過ぎ去っていく。

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