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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Gastón Solnicki&"Introduzione all'oscuro"/死者に捧げるポストカード

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皆さんはHans Hurchという人物を知っているだろうか。彼はオーストリア出身の映画ジャーナリスト兼ウィーン国際映画祭のアーティスティック・ディレクターも務めた人物だった。更に彼はドイツを拠点に活躍した偉大なる作家コンビであるストローブ=ユイレの作品製作にも携わっており、ドイツ語圏映画界に多大なる貢献を果たした。惜しくも65歳の若さでこの世を去ったが、彼の影響はとても大きく、今にもそれは受け継がれている。さて今回はそんな彼にこそ捧げられるべき一作である、Gastón Solnicki監督作“Introduzione all'oscuro”を紹介していこう。

Gastón Solnickiは1978年アルゼンチンのブエノスアイレスに生まれた。国際写真センターとニューヨーク大学ティシュ・スクール・オブ・アーツで映画について学んでいた。デビュー長編の"Süden"はアルゼンチンのユダヤ系作曲家マウリシオ・カーゲルを描いた作品だった。2011年には"Papirosen"を監督、Solnicki自身の家族史を通じてユダヤ人が辿った歴史を浮き彫りにする1作で、ブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭(BAFICI)で最優秀アルゼンチン映画賞を獲得する。2016年には初の劇長編である"Kékszakállú"を製作、バルトーク・ベーラの作曲したオペラ「青ひげ公の城」を元にした今作は、アルゼンチンの中産階級に属する少女たちの倦怠と停滞を描き出した作品で、ヴェネチア国際映画祭で国際批評家連盟賞(FIPRESCI Award)を獲得するなど広く話題になる。そして2018年、新作ドキュメンタリー"Introduzione all'oscuro"を監督する。

この作品を手掛けたSolnicki監督はHurchと長年の友人関係であった。彼とはメールを使わずに、手紙やポストカードを送り合いながら互いの近況を伝えあうという古きよき交流を続けていたのである。しかし2017年に彼が死んだ後、その事実に衝撃を受けた監督は、Hurchが人生を謳歌していたウィーンの街へと向かうことになる。

ウィーンの風景は美しく芸術的で、しかも趣深いものだ。霧の濃厚な路地に立ち並ぶ車の列、大きく開かれたトンネルに満ち渡る黒々しい闇、人々が自由に滑るのを楽しんでいるスケート場の純白、聖性を湛えた石像が多く立ち並ぶ墓地、その全てが崇高というべき雰囲気を纏っていることに、観客はすぐさま気づくだろう。

そんなウィーンでSolnicki監督はHunchの生きていた軌跡を追っていく。彼の手紙の筆跡から使っていた万年筆を探し当てたり、彼が生前好んでいたという絵画を見学しに行く。そして正装で以て、Hunchの墓標へと赴き、彼の死に思いを馳せる。そんなSolnicki監督の姿は聖地をめぐる聖職者のような面持ちを浮かべている。

更に彼はHunchが愛しただろうウィーンの芸術の都としての真髄をも味あわんとする。Solnicki監督は服を作るために布を裁断する女性の姿や、奇妙な歪みを主体とする現代音楽を奏でるオーケストラの練習風景を撮影監督のとRui Poçasと共に捉えていく。更に監督自身が慣れた手つきでピアノを演奏し、傍らの女性と流暢な英語で以てそのピアノについて語るのだ。そんな芸術に携わる人々の姿はウィーンの街並みと同様に崇高なものであり、私たちは襟を正さざるを得なくなるのだ。

今作にはピアノを巧みに弾いてみせた監督の芸術への造詣深さがに裏打ちされた美しさに満ち満ちている。ショットの構図は完璧に計算されたものであり、日常の風景にも芸術が生まれる光景にも観る者に等しく畏敬の念を抱かせるほど完成されている。その1つ1つは絵画然としてHurchが監督に送ってくるポストカードに載った美しい風景そのものであり、まるで天国にいる彼へとSolnicki監督が返礼を送り返しているように思われてくる。つまり“Introduzione all'oscuro”とはウィーンという都市に捧げられるラブレターであり、Hans Hurchという偉大なる人物に捧げられる哀歌でもあるのだ。

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