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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Tonia Mishiali&"Pause"/キプロス、日常の中にある闘争

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さて、ギリシャでは“ギリシャの奇妙なる波”が叫ばれるほどに奇妙な映画が台頭し始めているが、その奇妙さを取っ払ってみると見えてくる共通のテーマがある。それが現代における家父長制だ。例えばヨルゴス・ランティモス監督の籠の中の乙女は強権的な父親の支配から逃れようとする娘の姿を描いたものであったし、アレクサンドル・アルヴァナス監督の“Miss Violence”は家父長性の悍ましさと自壊してゆく姿を描いた作品だった。さてこのテーマ性は、ギリシャとは繋がりの深い小国キプロスにも継承されているようである。ということで今回はキプロス映画界の新鋭Tonia Mishialiによる作品“Pause”を紹介していこう。

エルピダ(Stella Fyrogeni)は夫のコスタ(Andreas Vasileiou)と共に二人暮らしをしている。しかしコスタは強権的な夫の典型例であり、エルピダを専業主婦として家に閉じ込め続けていた。ひきこもりのような毎日を送るエルピダは日々憔悴していくが、彼に対して抵抗する術を持っていなかった。こうして息苦しい生活が引き伸ばされた永遠のように、エルピダへと迫っていく。

彼女の人生は、否応なく全て夫のために捧げられているといった風だ。夫のために食事を作り、夫のために部屋の掃除をし、夫のためにアイロンがけを行い、夫のために洗濯をする。その姿はまるで奴隷だ。そして実際、彼女はコスタの奴隷なのだ。そこに夫婦として対等な関係は存在しない。妻が夫に、女が男にかしづくという構図がここには広がっている。

Yorgos Rahmatoulinによる撮影は常に灰色がかったものであり、陰鬱の極みだ。部屋の中全体に淀んだ瘴気が漂うような、そんな不気味な印象を与えてやまない。そして構図の切り取り方も、常にエルピダの険しい表情と奴隷的生活に接近しているゆえ、閉所恐怖症的な触感を常に与えることとなる。観客である私たちは、エルピダの感じている息詰まるような苦しみを追体験するのだ。

この息苦しさは、そのまま家父長性という大いなる社会体制に抑圧される女性たちの構図とだんだんと重なってくる。その中でエルピダは常に奴隷に甘んじるかと言えば、違う。彼女は日常において抵抗を始める。例えばコスタのために作った料理をブチ撒けたり、彼が見ているテレビの電線をハサミで切断したり、抑圧されながらも、確かに抵抗を続けるのだ。

そんな状況で、彼女にとってこの現実から逃げる術が妄想だった。例えば向かいのカップルがキスしているのを目撃した時には男にキスされる姿を妄想し、誰かに愛される姿を妄想するのだ。ある日、エルピダはアンドレイ(Andrey Pilipenko)という若い画家と出会う。彼はエルピダが描いた絵を激賞し、それから交流が始まることになる。彼の存在が、そして妄想を加速させていくことになる。

後半においてはエルピダの孤独な苦闘と妄想が混じりあっていくことになる。彼女をめぐる現実は余りにも苦痛に満ち溢れている。それがどんどん膨張していく時、妄想だけがそこから逃れる術となる。それでも抵抗を続けなければ、この地獄から逃れることは叶わないだろう。そうして選択を迫られたエルピダはどんな道を進むことになるのか。

この映画の核となる存在は、エルピダを演じるStella Fyrogeniだろう。彼女は終始苦渋の滲む表情を浮かべながら、奴隷として家事をこなし続ける。そんな中で、しかし静かな怒りを抱いて抵抗の狼煙を上げるかと思いきや、妄想へと逃げ込む弱さをも持ち合わせる。この繊細で複雑な震えを見せる彼女をFyrogeniは熱演、その姿に共感を覚える者も少なくないだろう。

“Pause”は家父長性というシステムに対する、1人の女性の闘争を陰鬱なまでに印象的に描き出した作品だ。この非道で残酷なシステムはどこの国にも存在している。だがそれと闘い続ける人々もまた存在しているのだ。

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