自殺というテーマは、比較的若い芸術ジャンルである映画・ドラマでも多く描かれてきた。例えばルイ・マルの「鬼火」は人生への虚無と倦怠が自殺へと繋がる様を描き出した作品だったし、最近話題である「13の理由」は少女の自殺が高校生たちの心に波紋を広げる様を描きだし、現実世界にも影響を与えてきた。さて今回紹介する作品は、そんな作品群の先端に位置するデンマーク映画、Marie Grahtø監督のデビュー長編"Psykosia"だ。
自殺の研究者であるヴィクトリア(Lisa Carlehed)は、郊外に建てられた精神病棟へとやってくる。ここでの目的は、収容患者の1人であるジェニー(Victoria Carmen Sonne)を診察することだ。彼女は奔放な少女であり、自殺に魅入られている。そして病院を故郷と感じており、ここから離れようとしない。ヴィクトリアはそんな彼女をこの精神病棟から解放しようと試みる。
監督の演出は頗る不気味なものだ。彼女はまるでゆっくりと拳を壁に押し付けるようなスローズームや、登場人物たちの姿を斜めから切り取る奇妙さで以て、恐怖を煽る。更に撮影監督であるCatherine Pattinama Colemanが映し出す風景は端正なもので、美しいとも言える。だがPessi Levantoの鼓膜を震わすような音楽と組み合わさることで、何かがその美の裏側で蠢いているような予感を憶えさせるのだ。
それらの表現方法は、良い意味で70年代や80年代の映画作品へと回帰していっているようだ。特にホラー映画と文芸映画を融合させたような作品群、例えばスウェーデンを代表する名匠であるイングマール・ベルイマンの諸作を彷彿とさせる。そして精神病棟という舞台はその頃のアメリカのB級ホラーには多かった。"Don't Look in the Basement"や「ジャンク・イン・ザ・ダーク」などが代表的だが、それらにヨーロッパ的な端正さを付け加えた作品が本作であるかもしれない。
ジェニーは不安定な精神を持ちながらも、それはヴィクトリアも同様である。自殺の研究を生業とする彼女もまた自殺に魅了されており、彼女は日々首を吊るという自殺法を繰り返す。そのせいで首には惨い傷痕がついており、それを隠すために彼女は19世紀の貴婦人のような服装を着ている。まるで武装しているかのようだ。
今作で描かれるのはそんな2人の交流である。最初、ジェニーはヴィクトリアに対して敵愾心を隠すことは無く、その交流は静かに不穏なものである。その距離感はまるで檻越しに対峙する人間と動物といった風であり、常に危険が付き纏っている。そんな心の障壁を取り払うために、ヴィクトリアは行動を続ける。
その行動もあってか、ジェニーは彼女に心を開き始めるが、むしろそのせいで危険は深まっていく。心を剥き出しにし、それを少しずつ近づけていくにつれて、2人の間には友情のようなものが芽生え始める。それでいて自殺という考えに身を委ね、だんだんと挑発的な態度を取り始めるジェニーに、ヴィクトリアは性的にも惹かれ始めるのだ。愛と友情の間に広がる曖昧な感情の中へと、2人は迷いこんでいく。
この一言では形容できない関係性が、今作の主軸である。危険で官能的な雰囲気が満ちる中で、女性たちの間にこそ紡がれるだろう濃密な関係性が立ち現われ始める。彼女たちは互いに惹かれあいながらも、己の自殺衝動へと巻き込むように、静かな殺し合いを繰り広げる。表面上は洗練された映像が浮かびながらも、実際に繰り広げられるものはもっと激しく、異様なものだ。
この闘争の核にあるものは2人の女性を演じる俳優たちの熱演である。まずジェニーを演じるVictoria Carmen Sonne、彼女は日本でも公開された「ビッチ・ホリデイ」で注目を浴びたデンマーク期待の新人である。奔放にして脆い心を持つジェニーを、彼女は感情を炸裂させながら自由に描き出している。そしてヴィクトリアを演じるのはスウェーデン出身のLisa Carlehedだ。常に感情を抑圧し、自己の厳しい規律に従い生きる彼女は、しかしその心の奥に大いなる感情の濁流を抱え込んでおり、それはいつか爆ぜる時を待っている。そんな感情の炸裂と抑圧という相反する要素を持つ2人が対面し合う時に生まれるのは、とてつもなく複雑な死の煌めきなのである。
"Psykosia"は人間存在が抱く、自分を殺すということに対する抗い難い魅力を描き出した作品である。そしてそんな魔物に魅入られた2人はどこまでも洵美なる白い闇へと墜ちていくのである。
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