鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Lola Arias&"Teatro de guerra"/再演されるフォークランド紛争の傷痕

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1982年、アルゼンチンから500キロ南西に位置するマルビナス・フォークランド諸島で紛争が勃発することとなる。この世に言うフォークランド紛争はこの地の領有権を巡って、アルゼンチンとイギリスが対立した末に起こった物であった。約70日間の闘争の末、イギリスが勝利しながらも両者合わせて1000人もの犠牲者が出る結果となった。しかも36年経った今でも領有権の所属は決まっていない。つまりは今でも遺恨が残るこの紛争、それを新たなる視点から語り直そうとする作品が現れた。その作品こそ今回紹介するLola Arias監督作“Teatro de guerra”だ。

私たちは、ホワイトスクリーンの前に立ちカメラに向かって言葉を紡ぐ中年男性たちの姿を目撃することになる。彼らが伝えるのは名前や階級、現在就いている仕事、そしてフォークランド紛争時に起こった出来事についてだ。あるイギリス人男性はこんなことを語る。ある時自分は腹を怪我したアルゼンチン人兵士を見つけた、彼は英語で自分に話しかけてきたんだ、イングランドを旅した経験についてを、しかし話し終わった後に彼は死んでしまった……

序盤において私たちはそんな彼らの語りを静かに聞くこととなる。そこには様々な語りがある。例えばカメラに向かって言葉だけで滔々と語り続ける者、映画のスタッフを巻き込みながら演技と共に語る者、言葉すらも伴わずに持参したナイフを振りかざす姿で当時の激戦を語る者。それぞれのやり方で以てフォークランド紛争について語る元兵士たちの姿を、Ariasは静かに映し出していく。

そしてアルゼンチン人とイギリス人が出会う瞬間がやってくる。まず彼らは過去の紛争など無かったように和気藹々と友人に接する如く互いに接する。例えば片言の英語/スペイン語で意思疏通を行おうとしたり、楽器を弾ける者たちについては即席バンドを組んで演奏を行ったり、撮影の裏側でも片方が片方に対してボクシングを指導したり、戦争で負った怪我について語り合ったりとその交流は徐々に深まっていく。

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とはいえそこにはやはり遺恨も残ってはいる。ある時両者は地図を目の前にして口論を始める。フランスやスペインの占領下にもあったという複雑な歴史を持つフォークランド諸島だが、それ故にそれぞれの歴史認識についても齟齬がかなり存在しているのだ。互いにかなり話し合った後にも微妙な表情は消えることがない。序盤においても“この島はアルゼンチンのもの”というシャツを着た人物がそれをカメラに主張したりと、未だにこの紛争は終わらない問題なのだということが分かってくる。

その中でも両者に刻まれた傷跡は共鳴していく。あるアルゼンチン人は戦争の後に、仕事に恵まれない故に麻薬中毒に陥ってしまった過去を赤裸々に語る。あるイギリス人は先にも紹介した、腹を怪我したアルゼンチン人兵士について何度も語り、彼の亡霊に囚われ続けているかのような素振りを見せる。戦争は非情だ。誰彼構わずに等しく傷跡を残していく。その残虐性は今作の節々から明らかになっていく。

それ故だろう、今作にも出演する元兵士たちにもこの忌まわしい経験を後世に伝えていこうという姿勢は通低している。彼らは子供たちに戦争の頃に恐ろしかった物の存在を語るし、自分がフォークランド諸島だけでなく様々な場所で戦争に参加してきたことを語る。教室では生徒たちの質問に答えていく。そして自分たちと同じく軍隊に所属する若者たちを教え諭す。その過程を通じて彼らは、彼らと眼差しを重ねていく私たちは過去を見据え直していく。

そして元兵士たちは見据え直した過去を再演することになる。叫びや恐れ、大地に突き立てた銃、その傍らに横たわる死、そういった物を再現していくのだ。更に同時に若者たちにもその光景を演じさせる。元兵士たちはそれを体操座りで眺めていく姿はとても穏やかなものだ。セラピーにおいてトラウマを演じたり外から眺めたりすることでその脅威を軽減するという療法があるが、これは正にそんな癒しの過程が捉えられているのだ。

“Teatro de guerra”フォークランド紛争という忌まわしい過去に新たな光を当てる作品だ。そして監督はどんな傷跡にもいつかは癒しの時がやってくるのだと、静かに語る。

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