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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Radu Jude&"Țara moartă"/ルーマニア、反ユダヤ主義の悍ましき系譜

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ラドゥ・ジュデ&"Cea mai fericită fată din ume"/わたしは世界で一番幸せな少女
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Radu Jude & "Aferim!"/ルーマニア、差別の歴史をめぐる旅
ラドゥ・ジュデ&"Inimi cicatrizate"/生と死の、飽くなき饗宴
ラドゥ・ジュデの経歴及び今までの長編作品のレビューはこちら参照。

第2次世界大戦時においてはヨーロッパ各地でユダヤ人排斥が繰り広げられた。その中でもドイツに次いで大規模な弾圧を行ったのがルーマニアだった。各地でユダヤ人から財産を収奪したり、絶滅収容所へと送ったり、虐殺を繰り広げたりとそれは凄惨を極めるものだった。今やルーマニアの新たなる波を代表する存在となったラドゥ・ジュデ Radu Jude監督のドキュメンタリー作品“Țara moartă”は、そんな凄惨なユダヤ人弾圧の過去を描き出した作品だ。

今作を構成するのはユダヤ人のエミール・ドリアン Emil Dorianという医師が、戦前から戦後にかけて書いた日記の朗読だ。彼の日記はまず、ドイツでヒトラーが台頭を果たすと同時にルーマニアでもユダヤ人排斥が活発化したという文言で幕を開ける。今まで息を潜めていた反ユダヤ主義が公然と叫ばれるようになり、ドイツと同じような形で、ルーマニアは第2次世界大戦の始まりへと近づき始める。

ドリアンもユダヤ人であるがゆえに、この潮流には甚大な影響を受ける。医師としての仕事はもちろんのこと剥奪された上、ルーマニアの劣悪な衛生状況はユダヤ人医師たちのせいだと罵倒されることとなる。そしてルーマニアの正統なる後継者はラテン民族であるという理由で、ローマ式の敬礼を要求される。ドリアンはそんなルーマニアの過去を憂うが、その心配は正に現実のものとなっていく。

そしてユダヤ人排斥は更に加速する。財産の収奪に始まり、逮捕や処刑の連続などルーマニアでは激動の季節が繰り広げられる。ユダヤ人排斥をマニフェストに掲げ、イオン・アントネスク元帥が国家指導者の座に就くことともなり、それと同時に鉄衛団という反ユダヤ主義的極右政党が猛威を振るう。鉄衛団は余りにも苛烈な活動を続けたゆえに、アントネスク元帥からも見放され粛清されることとなるが、その元帥が鉄衛団よりも激しいユダヤ人排斥運動を開始することになるのだった。

ジュデ監督は日記の朗読と共に当時撮影された写真を連ねていく。それはコスティカ・アクシンテ Costică Acsinteという写真家(彼の作品はこのサイトから鑑賞可能)による、ルーマニア南東部に生きた人々を写した作品だ。民族衣装を着た女性たち、曲芸を披露する子供、皆で笑顔を浮かべているような記念写真。表面上はろても和気藹々としており、これら単体で見れば微笑ましいものと思える。

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しかし朗読と写真が不気味にシンクロし始める瞬間がある。先述したローマ式敬礼を求められる文章が流れる際には子供たちの堂々たる敬礼写真が浮かび上がる。激しく右傾化するルーマニアにおいて軍歌が雄々しく響く場面ではポーズを決める軍人たちの写真が現れる。そうして不穏な雰囲気が写真の数々に満ちていくのだ。

そして笑顔の微笑ましい写真すらも不気味になっていく。その笑みの裏には隠されたユダヤ人への差別や虐殺が存在している。差別に対して目を向けようとはしない民衆の姿は、現在も様々な差別に対して見てみぬふりをする人々の姿に繋がる。それは正に現在の日本において、中国や韓国への差別を存在しないものと見なす人々の姿にも重なるはずだ。こうしてジュデ監督の手によって写真は新しい意味を獲得していくのだ。

“”は過去に存在した苛烈なユダヤ人差別を伝える作品だ。しかしそれは、先述通り、現在も終わってはいない。戦争と差別の嵐を何とか生き残ったドリアンは今まで敵性思想だった共産主義ソビエト連邦は国民によって熱狂的に迎え入れられる光景を、全てが熱狂の中でうやむやにされていく光景を目撃することとなる。そして古いユダヤ主義は消え去りながらも、新たな反ユダヤ主義が猛威を振るうだろうと彼は締めくくるのだ。差別の歴史は未だ終わってはいない。

さて、劇中でルーマニアウクライナに位置するトランスニストリアにユダヤ人を送ったことや、その後に港湾都市オデッサルーマニア軍がソ連軍と戦ったことが綴られる。ルーマニア軍はこの戦いで膨大な死傷者を出した後、報復としてユダヤ人の大量虐殺を行う。ドイツ人の悪行をも越えた最悪のユダヤ人虐殺と呼ばれる、いわゆる“オデッサの悲劇”をルーマニア軍は起こしたのである。そしてドリアンは綴る。一人の軍人がユダヤ人に対してこんな言葉を吐き捨てた。“俺はオデッサで、お前らみたいな奴らを20人、犬のようにブチ殺してやったんだ”と。

そんな中で“オデッサの悲劇”を調べるうち、面白い日本語のブログ記事を見つけた。筆者はブカレスト在住の日本人だそうなのだが、少しこの記事を引用しよう。

“外国からの友人を案内してブカレストの観光名所をぶらぶら歩いていると、何時にもなく賑わっている革命広場付近。旧式の軍服を着た人たちや、時代映画から抜け出たような装束の女性たち。それもそのはず、映画のロケに出会いました。

「こいつはドイツ兵役だよ。僕がルーマニア軍人役。」とお茶目にスナップ写真に納まってくれた俳優さんたち。(長身の方がルーマニア軍人役)「どんな映画ですか?」~「1941年のオデッサの戦いで、ルーマニア軍はソ連と勇敢に戦ったんだ。その時の映画さ。」”

だが上記の事実を鑑みると、その俳優の言葉はあまりにも無邪気すぎではないだろうかと思わされる。おそらくジュデ監督も現在のルーマニア人のこういった歴史観に疑義を抱いているのではないだろうか。彼は今作の後、“オデッサの虐殺”を基にした作品、もっと詳しく言うと“オデッサの虐殺”についての演劇を上演しようと奔走する女性の姿を描いた作品を監督する。それこそが2018年完成の最新作“Îmi este indiferent dacă în istorie vom intra ca barbari”(日本語訳:"私は歴史において野蛮人に成り下がろうが構わない")だった。だがそれについては、また別の機会に。

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