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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Adina Pintilie&"Touch Me Not"/親密さに触れるその時に

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私たちは精神や魂だけで生きているのではない。そこには否応なく身体というものが付いてまわる。身体とは人間にとって最も近しい存在の1つでありながら、最も遠い他者の1つでもあり、それを理解するのは余りにも難しい。ゆえにそれを探求する旅路はひどく険しく過酷なものだ。Adina Pintilie監督の長編デビュー作“Touch Me Not”はそんな旅路を映画として捉えていこうという試みに満ちた、野心的な1作と言えるだろう。

今作の主人公の1人はローラ(Laura Benson)という40代の女性だ。彼女は親密さとは何か?という問いに取り憑かれており、その答えを探し求めて様々な人々と交流していく。ブルガリア人の男娼を家に招いてマスターベーションを鑑賞する。トランスジェンダーの娼婦と親密さについて議論を繰り広げる。セラピストと“身体に触る”ということについて突き詰めていく。しかしそんな体験を経るごとに、親密さの謎はますます深まっていく。

そして私たちはトマスとクリスチャン(Tómas Lemarquis&Christian Bayerlein)という男性たちにも出会うことになるだろう。トマスは無毛症であり全身に毛が存在していない。クリスチャンは全身に障害を抱えており、車椅子なしには生活することができない。病院のセラピーで出会った彼らは交流を深め始める。2人もやはり親密さとは何かを探し求めており、日々セラピーに参加しては互いの身体を感じあうのだ。

今作が身体感覚についての映画というのは冒頭から明らかだ。撮影監督George Chiperのカメラはまず体毛に覆われた男性の身体を這いずるように映していく。肌に浮かぶ染みがハッキリ見えるほど近づく。そして太ももやぺニス、腹に置かれた手や乳首などの身体の部位が次々と映っては消えていく。それが濃厚な実体を以て深くこちらに迫ってくる中で、画面の中のそれに限ることなく、私たちは自分の身体に対する感覚をも鋭敏になっていくのに気がつくだろう。

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そして身体感覚というものの核であろう“触れる”という行為にも監督は迫っていく。セラピーの最中、トマスはクリスチャンの身体に両手で触れていく。指先を新しい瞳に変えることで彼の身体を感じるのだ。それは見知らぬ他者を知る行為であると同時に、自分の身体という他者を知る行為でもある。誰かの身体を自分の間近に感じることでこそ、親密さに近づこうとするのだ。

この流れにおいてはもちろんセックスも重要な要素と成りうる。相手に触れるという交流の最たるものであると言えるからだ。トマスは昔の恋人の面影を追って怪しげなSMクラブへと赴く。そこで繰り広げられるSMプレイなどの過激なセックスの数々はトマスの心を掻き乱していく。先に学んだ親密さの意味を再考せざるを得なくなるのだ。

そして身体に関すること以外で特徴的な演出が1つ存在する。劇中においてはPintilie監督自身が現れることとなり、ローラなどを演じる俳優たちとカメラの前で対話を果たすのである。その中で監督は俳優たちに“自分がどうしてこの映画を作っているのかが分からない”と吐露する場面がある。そんな映画を製作する意味を探る監督の苦悩は、ローラたちによる親密さを手探りで見つけ出そうとする苦闘と共鳴しあい、今作に新たなる思索の層を宿していく。

そういった感覚や苦悩といった要素の全ては、“Touch Me Not”においては白へと収斂していく。白を基調とした潔癖的にも思えるプロダクション・デザイン(Adrian Cristeaが担当)の中で、登場人物たちは親密さについて思考を重ねていく。そして彼らは答えを見つけ出すため頻繁に世界に対して自身の裸体を晒け出していくが、その裸体の白が世界の白に溶けこんでいくのだ。それぞれの身体はそれぞれの美しさを持っている。そして最後には鬱々とした雰囲気が爆ぜるように、1つの身体が解放を見せる。その様は最も輝かしい美を誇っているのだ。

“Touch Me Not”はこうして親密さについて、私の身体についての洞察を深めていく。だがこの作品自体、Pintilie監督自身答えに辿りつけると思ってはいないし、実際明確な答えが提示されることはない。それでもここに映るのが答えを探し求める痛切な過程であるからこそ、親密さとは何かを自分でも探し求め、自分の身体に触れようという1歩を踏み出す勇気に、私たちは触れることが出来るのだ。

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