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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Juris Kursietis&"Oļeg"/ラトビアから遠く、受難の地で

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東欧の国々は貧困に喘ぐ国が多く、よりよい未来を求めて国外へと移住する若者たちが後を絶たない。バルト三国の一国であるラトビアも今現在そんな現実に直面することとなっている。今回紹介する作品はそんな国外生活を送るラトビア移民の姿を描き出した、Juris Kursietis監督作"Oļeg"を紹介していこう。

オレグ(Valentin Novopolskij)はベルギーのブリュッセルで暮らす不法移民のラトビア人だ。彼は愛する祖母と離れ離れになりながら、精肉工場で働き続けている。だがもちろん市民権は持っておらず、いつ首を切られるかも分からない不安定な状況が続いている。そんな中でオレグは何とか生きていた。

まず今作はオレグという青年が置かれた逼迫した状況を描き出している。貧困と孤独の中で、彼の生活は荒れ果てている。ラトビア移民が住むシェアハウスに住んではいるが、心を開ける友人も存在しない。精肉工場の環境も劣悪で、目の前で凄惨な事故が起こることも有り得る。そんな生活ぶりは確実にオレグの精神を疲弊させていく。

この映画のスタイルはいわゆるダルデンヌ兄弟に代表される社会派リアリズムだ。撮影監督であるBogumil Godfrejowが持つ、激しい揺れを伴ったカメラは、常にオレグの傍らに居続け、彼の一挙手一投足を映し出し続ける。そして彼が生きる空間の狭苦しさ、薄暗さ、そういった空気感までも生々しく切り取っていくのである。私たちはオレグが吸っている淀んだ空気を共に吸うこととなる。

ある日、精肉工場で作業員が指を切断するという事故が起こるのだが、オレグはこの罪を被せられて馘首されてしまう。食い扶持を一瞬にして失ってしまう彼だったが、そこで出会ったのがポーランド移民のアンジェイ(「最後の家族」Dawid Ogrodnik)だった。彼はオレグを雇い、更に住居まで提供する。最初は感謝しきりのオレグだったが、徐々にアンジェイは本性を見せ始める。

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今作にはヨーロッパにおいて移民が直面する現実が存在している。不法移民として生きる人々は何の権利も持たないままで何とか生存しよう必死に行動を続ける。そして表通りの影で密やかに生きることになる。そんな中である者たちは犯罪に走るが、アンジェイはその1人だ。彼は移民労働者斡旋のブローカーとして暗躍しており、移民たちを搾取しながら生きている。監督はこの弱い立場にある者が更に弱い立場にある者を傷つける負の構造を描き出しているのだ。

オレグはそんな彼の獲物として罠にかかってしまった訳であるが、そんな彼の転落劇が悲惨なまでのリアリズムで以て描かれていく。金もない、住居もない、仕事もない、頼れる友人もいない。故に彼は搾取と引き換えに全てを提供してくれるアンジェイに依存する他ない。こうして泥沼に絡め取られる様は正に地獄だ。ここにおいてブリュッセルの地は歴史ある古都ではなく、寒々しき牢獄でしかないのである。

俳優陣では傑出した人物が2人いる。まず1人がアンジェイを演じるDawid Ogrodnikだ。彼はテン年代ポーランド映画において最も才能ある俳優の一人であり、ここでもその演技力を遺憾なく発揮している。彼は脳性麻痺を抱えた青年からから自殺衝動に満ちた若者まで様々な役柄を演じわけるカメレオン俳優だが、ここではいつ爆発するか分からない怒りを抱えたブローカー役を不気味に演じている。

しかしMVPは主人公であるオレグを演じたValentin Novopolskijだろう。異国で過酷な生活をオレグは、その全身に切実な孤独を纏っている。そして如何ともし難い苦境に直面して、様々な感情を燻らせている。そんな難しい人物を、Novopolskijは灰色の肉体性で以て、静かに力強く演じている。この2人が衝突する様には異様な緊張感が宿っている。

劇中において、オレグは"自分の存在は誰にとっても異星人のようなものだ"と、自身の心情を吐露する場面がある。そしてこの言葉は愛する祖母が話してくれた生贄の羊についての昔話と呼応し合い、ラトビア人がめぐる受難の物語が浮かび上がってくるのだ。この"Oļeg"という作品は、そんなラトビアの長く苦しい歴史を背負う青年の姿を描いているのである。

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