ラテンアメリカの一国であるグアテマラ、この国においては血腥い内戦が30年にも渡って行われていた。それは軍内の親米派と反米派及び左派勢力などの間で1960年から1996年まで続いたのである。現在、内戦に加担した戦争犯罪人の裁判が行われており、被害者たちが日々証言を続けているのだ。今回紹介するのはそんなグアテマラの現状を反映した1作、César Díaz監督のデビュー長編"Nuestras madres"を紹介しよう。
エルネスト(Armando Espitia)は警察署で検死官として働く若者だ。内戦が原因で、この国の各地には弔われていない遺骸や骨の数々が存在しており、彼はその対応に追われていた。この時も、墓場で遺棄された人骨の集積物が発見されて、エルネストはその調査に駆り出されていた。
今作はまず主人公のエルネストを通じて、グアテマラの現在を描き出そうとする。グアテマラの街並みは他のラテンアメリカ諸国と似通った猥雑な活気を呈している。人々の喋り声、車の騒音、酒場での耳障りな音楽、その地に人々の人生が息づいていることを示す証がそこかしこに現れている。
しかしその節々にはグアテマラという国家に刻まれた傷が浮かび上がる。冒頭に現れるのは黄ばみ汚れきった人骨だ。エルネストはそれらを人の形に並び替えていくが、そこからは残酷な過去の一端が見えてくる。そして印象的なのは常に聞こえるTVやラジオの音声だ。そこでは内戦によって起こった悲劇や今なお行われる処置の模様が克明に明かされる。内戦は未だ終わってはいないのだ。
ある日、エルネストはニコラーサという老女と出会う。彼女は村の大地に埋められている夫の骨を掘り起こして欲しいと懇願してくる。だが彼女が持ってきた写真を見た時、事情が変わる。そこに映っていたのは、ゲリラの一員として行方不明になった父だったのだ。彼は真相を探るために、ニコラーサを助けることを決める。
そしてエルネストはメキシコとグアテマラの国境に位置するサン・クリストバルへと赴くのだが、事態はそう簡単なものではない。遺骸の埋まっている場所は私有地ということで自由な立ち入りを許されておらず、更に自分たちの過去についても補償を求める女性たちが彼の元へ詰めかけてくる。内戦の終りのなさを、エルネストは厭というほど認識させられることとなる。
この時、監督であるDíazと撮影監督のVirginie Surdejは老いた女性たちの顔に注目する。深く穿たれた皺、日に焼けきった肌、皺の波によって細くなった瞳。そこにはそれぞれの苦難を生きてきた歴史が刻まれている。夫や子供、親類を失いながらも、今まで生き長らえてきて、とうとう国が過去の内戦を深く反省する段階に来た時、彼女たちの顔にはどんな表情が浮かんでいるのか。その答えが、監督たちの捉える顔なのだ。
"Nuestras madres"において描かれる現実はあまりにも過酷なものばかりだ。しかし監督の筆致は不思議なまでに優しいものだ。私たちは幾多の、信じられないような残酷な事実に直面するだろう。それでも監督は凪を迎えた水面のように静かな視線で以て、それを眺めていく。そして私たちもその静けさに導かれて、事実に動揺するのではなく事実を受け入れていき、それぞれの心で内省を深めていくことになるのだ。
監督の優しさは主人公であるエルネストに注がれる視線にも表れている。彼は父の不在を心のどこかで苦にしており、それ故に父の居場所を掴んだ時、ひどく依怙地になって同僚や上司の言う事も聞かずに、突き進んでいく。その苦闘にも、だが監督は非難の眼差しを向けるのではなく、柔らかな、慈愛に満ちた眼差しを向けているのだ。これが物語のトーンを規定していると言っていいだろう。
そして物語は父の不在から、今を生きるエルネストと彼の母親クリスティーナ(Emma Dib)との関係性にシフトしていく。彼女はエルネストが父の跡を追うことに反対であり、それが原因で2人の関係性はぎこちないものになる。しかし彼の心の内を知った時、クリスティーナも心を開き、自分たちの父/夫への思いを共有することになるのだ。
この作品において最も際立っているのは、監督自身が執筆している脚本の繊細さだ。グアテマラの過去を中心として様々な要素を織り込みながら、まるでたゆたう波のような優しさで、物語を紡ぎ出していく。その繊細さは全く無理がない。同時に76分という短い時間ながら過不足を感じさせない、グアテマラへの濃厚な思索を私たちに見せてくれる。
"Nuestras madres"はグアテマラの過去の傷と、それを抱え生きる人々の姿を、深いヒューマニズムで以て描き出した作品だ。時に過去はあまりにも残酷だ。しかしその残酷さを直視してこそ、私たちは前へと進むことができるのだろう。
最後に監督について紹介していこう。César Diazは1978年グアテマラに生まれた。メキシコとベルギーで映画製作を勉強した後、パリの名門映画学校FEMISで脚本について学ぶ。編集技師としても活躍しており、同じくグアテマラ出身の映画作家ハイロ・ブスタマンテの「火の山のマリア」にも携わっている。2015年には秘密を抱えた母親と息子の対話を描き出した長編ドキュメンタリー"Territorio liberado"を監督するなどしている。そして2019年には初の長編劇映画である"Nuestras madres"を完成させた。ということでDiaz監督の今後に期待。
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