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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Hilal Baydarov&"Xurmalar Yetişən Vaxt"/アゼルバイジャン、永遠と一瞬

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さて、アゼルバイジャンである。旧ソ連の構成国であり、アジアとヨーロッパに跨るコーカサス山脈の傍らに位置している。首都バクーは新たな観光地として話題になり始めている。映画製作においては影の薄いこの国であるが、もちろんこの国独自の映画史は存在しているし、新しい映画史を紡いでいくだろう才能たちも現れ始めている。ということで今回はそんな才能の1人であるHilal Baydarov(ヒラル・バイダロフ)と彼の長編作品"Xurmalar Yetişən Vaxt"を紹介していこう。

物語はまずある中年女性の姿を映しだしていく。朽ち果てていこうとする白い壁、その前に腰を据えている中年女性。彼女は笑顔を浮かべることはなく、渋い表情を浮かべたままでいる。その周りには古びた写真の数々が飾られており、彼女の背後にある歴史を語っている。彼女は何者なのか、彼女は何をしている人物なのか。そういった問いが静かに現れては消えていく。

今作はそんな女性の平凡な日常の素描で構成されている。例えば椅子に座っている姿、食事をしている姿、家の近くにある森を散策する姿、そういった光景が浮かんでは消えていく。それらは断片的な物であり、繋がりと形容できるものはほとんど存在していない。観客はそういった細切れの日常を目撃することになるだろう。

そして1人の日常は村そのものの日常へと拡張されていく。夕日の橙が空を満たす頃、子供たちが野原に集まり空に向かって石を投げ続ける。そして主婦たちは部屋に集まり、お喋りをしながら柿の皮むきをする。羊飼いは羊の群れを引き連れて、村の中を大移動する。監督自身が持つカメラは彼らに対して静かに寄り添っていく。それ故に、そこには微笑ましい空気感が満ちている。

そして更に印象的なのは、このアゼルバイジャンの村を取り囲む自然の豊かさだ。おそらく冬に直面しているこの地において、木々は緑を失いながらも、太い幹を勇大なまでに天へと伸ばしている。その下では、清冽な水が音を立てながら大地を流れている。もっと広い目で見ると、それらを抱く山々には濃厚な霧がかかり、神々しい雰囲気を湛えている。それらを観る度、私たちは息を呑まざるを得ないだろう。

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そんな中で村の光景とは異なるものも現れることともなる。私たちは1人の男性が列車に乗る姿を目撃することになるだろう。寝台列車の席に寝転がりながら天井を眺め、彼は思索に耽っている。この描写に呼応するように、村では中年女性が線路の傍らに立って列車を待ち続ける姿が描き出されていく。映画はその関係性がどういったものかを説明しない。ただただ静かに見据えるだけなのである。だがある時、私たちは悟るだろう。彼は女性の息子なのだと。彼女たちは再会を喜び合う。

そして二人はあの朽ち果てる最中にある白い壁の前で、様々な事柄について対話を始める。例えば愛について、自殺について。そういった簡単には答えのでないだろう抽象的ながら重要な事柄について、彼らは言葉を重ね続けるのだ。その様は親密ながら、時には意見を衝突させ、緊張感が生まれることともなる。その複雑微妙な対話を、監督は静かに描き出すこととなる。

こうして日常の風景や勇大な自然の数々、親子の間での親密な対話。こういったものが積み重なることによって、今作は紡ぎだされていく。ここにおいてアゼルバイジャンという国を描き出すといった、大それた意志は存在していない。本当にただただ日常と言えるものだけを淡々と描き出しているのである。

だがその筆致は、アゼルバイジャンの寒々しい風景とは裏腹に胸を揺さぶられるほどに優しいものだ。そんな監督の類稀な手捌きによって、時の流れの中に位置する日常がいかに切実で美しいか描かれることによって、今作には一瞬の遥かさと永遠の儚さというものが宿ることとなっているのだ。

"Xurmalar Yetişən Vaxt"アゼルバイジャンという国に広がる日常を通じて、人生が湛えている普遍的な美しさを描き出した作品だ。私たちの人生には何も際立ったものは無いように思えるかもしれない。だがその傍らに存在している日常こそが、正に美そのものであるということを今作は教えてくれる。

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