鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

アイダ・パナハンデ&「ナヒード」/イラン、灰色に染まる母の孤独

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シングルマザーの苦境を描き出した作品は少なくない。社会の停滞や腐敗の影響をまず真っ先に受ける筆頭が周縁の中の更に周縁にいる彼女たちであり、日本でも彼女たちを見舞う苦境や悲劇についての報道が止むことがない。そして国が違えば彼女たちの直面する現実は、核は同じにしろ少しずつ様相を異にしていく。それは映画を観るだけでも明らかだ。ということで今回はイランにおけるシングルマザーの苦境を描き出した作品、アイダ・パナハンデ監督作「ナヒード」を紹介していこう。

中年女性ナヒード(Sareh Bayat)はシングルマザーとして愛息子であるアミール・レザ(Milad HosseinPour)を懸命に育てる日々を送っていた。しかし家賃や学校の授業料が払えず支払いを待ってもらったりと、今はかなりの苦境に陥っている。マスード(Pejman Bazeghi)という恋人がいるにはいるのだが、元夫であるアフマッド(Navid Mohammadzadeh)に親権を取られてしまうことを恐れて、再婚に一歩踏み出せずにいた。

今作はそんなナヒードの日常を丹念に描き出していく。料理や洗濯を淡々とこなしていく中で、母親の心も知らずに散々悪口を叩いてくる反抗期のアミール・レザを必死にしつけるかと思えば、管理人の元へと赴いて家賃の期日を引き伸ばしてもらおうと懇願する。いやいやながらアフマッドにアミール・レザを預けた後には、マスードの働くモーテルへ行き彼と束の間の語らいを交わしていく。

この日常の数々は、撮影監督Morteza Gheidiのカメラによって端正かつ陰鬱に切り取られていく。日々の風景は常に灰色に覆われており、そこからはナヒードの切実な不安や燻る怒りが滲み渡っている。中でも印象的なのはナヒードとマスードが待ち合わせる海岸の光景だ。鬱々たる色彩の波が幾重にも重なり、鈍い音を響かせる。凍てついた海風が画面から吹きつけてくるような寒々しい風景には、ナヒードが抱く癒しがたい孤独すらも表れているのだ。

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そんな中で彼女の人生が進展を見せる。マスードに説得された後に意を決したナヒードは、彼と2ヶ月の一時婚という契約を結ぶことになる(一時婚とはイスラム法で定められた独自の結婚方式)そして彼女は息子を預けている間は、マスードの邸宅で彼の妻として生活するようになり、楽しい時を過ごすこととなるのだったが……

しかしそうして誰かが幸せな心地になると、更なる不幸に陥る者がいる。今回の場合はアミール・レザがそうだ。母といる時ですら毎日怒られ、その怒りからか学校や塾をサボり続けている上、父に預けられた時は賭博場に連れていかれ彼がボロボロに負ける姿を、そして時には借金取りによってリンチされる姿を目撃することになる。正直言って2人とも借金まみれで悲惨な状況にある。それ故にアミール・レザはうちひしがれながらも、未だ子供であるままに人生を自分で選び取らざるを得なくなる。

それでもやはり物語の主となるテーマはイランにおいて女性が置かれた過酷な現状のついてだ。アフマッドはギャンブル狂だった故に愛想を尽かして離婚したのだが、マスードも表面上は優しく献身的ながら過度に紳士的な態度からは傲慢な態度が透けて見えてくる。しかし誰か男に頼らずシングルマザーとして生きていくには、イランという国はそう優しく出来ていない。そうしてナヒードは苦境に陥るのだ。

そして物語が展開するにつれそのテーマは明確なものとなっていく。密かに結婚していたことがアフマッドにバレたことでナヒードはアミール・レザを奪われてしまう。更に一時婚は売春婦のための制度だと家族に責められた末、彼女は自宅に軟禁されることになる。全ての責任がナヒードに転嫁され、彼女は実家で孤独な日々を送る。その姿にはイランの息苦しい社会体制がこれでもかと濃厚に浮き上がってくる。

「ナヒード」は1人の女性が直面する苦しい現実を通じて、イラン社会に未だ根強く残る女性に対する抑圧を描き出していく。物語全体に満ちる灰の色彩は正にナヒードの心だ。その陰鬱な色彩が晴れる時が、いつかはやってくるのだろうか? 私たちは深い余韻の中でそう思いを馳せることになるだろう。

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